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俺が空気を好きになった話をしよう


運命、って言葉はまぁー便利なもので、絶対に何かしらの原因があったはずの物事をあたかも自分のせいではなかったかのように語りたいときに非常に役に立つ。


誰とも知らない何者かもわからない神様だか、流れだか、時間だか、そういうものに責任転嫁することができる。


例えば男に飢えて血眼になった女が適当な男を引っ掻けたときに「あなたと私が出会うのは運命だったのよ」なんてロマンチックなことを言うことがあるが、あたかもそれが最初から決まっていた事のように言ってみせていてその実はたまたまそこにいた男がそいつだっただけの話である。袖振り合うも多少の縁、縁なんてモノはそこらじゅうに転がっていて石ころよりも数の多いものだろうが、その石ころのひとつを拾い上げて大仰に誉めて見せているだけに過ぎない。


もともとそう特別な価値もないもの。見せびらかす役目を終えれば飽きて捨てるのが関の山だ。



てなわけで基本的に運命なんてものはそう簡単には遭遇できないものだと思っている。したがって、運命の人だの運命の出会いだのというようなトンデモ確率の偶然、砂場でダイヤモンドを採掘するような兆分の一程度の奇跡もそうは出会えないし起こらない。そう感じる出来事があったとしたら大概の場合はその根本を突き詰めるだけの気力か必要性が欠けているか、あるいはお花畑で踊っていたいか、夢見る少女でいてみたいか、まぁそんなところだろう。願望を具現化するために無理やり用いた言葉に過ぎないというのが、最終的な見解になる。



ゆえに、だ。



入学式にこの俺、千葉県在住普通の一般男子……頭痛が痛いみたいな言い方になってしまったが、ともかく掃いて捨てるほどいるホモサピエンスの雄の中の一頭である個体名 左衛門三郎緑が、小学校卒業以来恋い焦がれて想い狂った相手である 東前門むぎに出会ったこともまた、運命のように感じられて運命ではなかった。


え?名前の読み方ですか?俺がさえもんざぶろうみどりで相手があがりまえじょうむぎ、です。難読名字一位と二位ですね。え?運命?いやいや、それがそうでもないという話を今からしようというんですよ、お客さん。


掃いて捨てるほどいるホモサピエンスの一頭だった俺だが、どうあがいても他人と一線を画している部分があるにはあった。


自分でも病気か、頭逝ってしまったのだと思っていたのだが、小学校卒業したあたりから、


空気に恋をした。


まぁ、あまり正確ではないのだろうけど、もうそう言うしかないってくらいに、具体的な表現だと思う。


ある日突然、ある女の子を好きになった。いや、その時点ではまだそいつ……いや、それが女かどうかすら怪しかったので、よく分からない何かを好きになってしまったと言った方が正確なのかもしれない。


きっかけもなにもない。どこでそんな感情がうまれたのかもわからない。とにかく、『東前門むぎ』が、急に好きになった。それも、胸が張り裂けそうになるくらい。道端で突然叫びだしたくなるくらい。


………まぁ、年頃の男子といえばそう言えなくもない時期ではあったし、誰かを好きになるというのは自然といえば自然だっただろう。周りにも誰が付き合っただとか誰が誰を好きだとか、そういう話は相応にしてあったのだ。自分の身にその手の話がふりかかってきたとしても特段不思議に思うことはない。


ただ。


自分で思うくらい奇怪なことには、だ。


心が叫びたがるほどに、世界の中心でアイを叫びたくなるほどに好きになってしまった『東前門むぎ』のことを、


俺は名前と、その住所以外の一切を知らなかったのだ。


繰り返すが、知っているのは名前と住所だけである。それ以外は何もわからなかった。顔も、容姿も、年齢も、性別に到るまでも、である。


空気を好きになった、という表現はもはや比喩でもなんでもない。実態も得体も何も知れない、神様より曖昧で感情より具体性のないものに、恋をしてしまったのだから。


今、俺はありのまま起こったことを話している。何を言っているのかわからねーかもしれないが、俺も何が起こったのかよくわからなかったのだから仕方ない。


まだ恋愛ゲームのキャラに本気で恋する限界オタクの方が、二次元でも実体のあるものに好意を向けているだけ理解ができることだろう。俺の場合は虚無だ。虚無とジェリーだ。果たして人類かどうかも怪しい何かが相手だったのだ。


で。で、である。


俺は中学三年間、そのひょっとしたらエイリアンか何かかもしれない何かに対して、一日も欠かさず、しかも長文の、想いをコレでもかと刻み込んだラブレターを、


一日18通近くそいつに送りつけた。何故か、住所だけは知っていたからだ。そういう事実を踏まえていえば、もはや俺はアドレスに恋をしていたと言っても過言ではないかもしれない。恋するアドレス、なんか聞いたようなフレーズではあるが割愛。


実体の知れないもの、住所しかわからないものに対しての愛情表現の方法がラブレターぐらいしかない、というのはあとから考えれば道理………道理?であって、ある意味妥当な行動であるという見方もできるのかもしれないが、当時の俺がそこまで理性的にラブレターを送っていたのかと問われれば、それはまるでノーである。ノンである。ニェットである。ナインである。


例によって妥当な表現が難しいところだが、極めて近い感覚で言うのであれば、


ラブレターを送らなければならないというある種の強迫観念に迫られていた、というものだろう。


無論、誰からのプレッシャーかは定かではない。実体の知れない『東前門むぎ』からのものではなかったし、彼女との唯一の繋がりを失いたい、などという一途な感情によるものでもない。


わからないのだからしかたない、というしかない。とにかくあの頃の俺は、ラブレターを送らなければならない、と思っていた。これまた正確ではないが、その圧力の強さを例えるとするなら、


それをしなければ明日地球が終わる、というくらいの激しいものだった。


……住所がわかっているなら凸ればよかったんじゃないか、という常識的な諸氏の声が聞こえてくるようではあるが、これがそうもいかなかった。例によってそうもいかなかった理由も説明ができない。それはダメだという強い観念に迫られていた。ラブレターと同じ説明になるので以下略である。


まるで、そうすることを定められていたかのような。そうするためにお前は生まれてきたのだ、といわれているかのような。敷かれたレールを爆走する芥川龍之介『トロッコ』の良平が乗ったトロッコの如く、俺はラブレター送信街道をばく進した。来る日も来る日も、指にタコもイカもできるまで書き続けた。同じ内容になろうが、ストーカーメールのように『好き』の羅列になろうが、おかまいなく。


そうして、そんな不毛としか言い様のない日々が過ぎ去って三年が経った。


あんまり頭のよくなかった俺は地元の私立高校、今通っているトコロに進学……頭のよくなかった理由は察してくれ、なに、小学校までは学年で一二を争う成績だったんだ。畜生が。


中学校を卒業して、入学式の前日までラブレターは書き続けた。もっとも、その頃には書くこともなくなって……仕方ないよね、だって会って話したことも無い相手だもの。共通の話題とかそういうの皆無でどうやって文章かけっていうんだよ、マジで。


で。前述の好きラッシュとか自分の感情をそのままクレヨンで描き殴った抽象画とかを送りつけ………ホラーだよな、怖いよな、思い返して俺が一番ビビってる。まぁ、そういうのを送っていたわけだ。


結局何通送ったんだか忘れたんだが、特筆すべきはその間ただの一度もその恋心は薄れることも消えることもなかったわけだ。つまり心のこもっていないそれはただの一通もない。まだ15年という短い人生ではあるのだけど、


ここまで真剣に、切実な感情を抱いたのもまた初めてであって、確かなことではあったと思う。



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