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第35章 英雄集結1

お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


 よく晴れた日の正午。一人の老婆と少女が、テーブルを挟んで向かい合って座り、紅茶を嗜みながら談笑していた。その光景は微笑ましいように見える。少女の背後に機械の馬が引く馬車がなく、老婆の背後に完全装備の騎士達がいなければの話だが


「あら、そうなの。(わたくし)も参加できればよかったんだけど。さすがに歳も歳だし、なによりレベルが足りないですよね


「ダメじゃない。あなたはもう王妃なのだから、危ないことばっかしてると周りのヒトたちの気が休まらないわ」


「第0級接触禁忌災害なんて危険な相手に、王家から誰も出ない方が問題よ」


 老婆、王国王妃エレノーラと少女、グリムス辺境伯アリスはまるでちょっとしたお茶会のような雰囲気で話している。だが、その内容は極めて危険な、この国の存亡を左右する出来事に関してだった。


「まったく、ロマの護衛をしてた頃と比べると、随分とやんちゃになったものね。あの頃の堅物な女騎士様はどこに行っちゃったのかしら」


「私をこんな風にしたのは、あなたでしょう?」


「濡れ衣ね。旦那の影響でも受けたんでしょ。自身の夫の責任をこっちに押し付けないでちょうだい」


 二人の会話は和気藹々としているが、馬車の中からその様子を窺っている一人の男はその様子に頭を抱えたくなっていた。


(出パつシヨうとしタら、ナンか知らなイガ、おウ妃が門ノマえニイテ、茶会ガハジまッた……)


 その男、オーパルはいつものようににやけ面をしていたが、内心では最前線ともいえるグリムス領に行くことを楽しみにしていた。

 だが、現在よくわからない状況が原因で足止めをくらってしまっている。今、彼は馬車の窓から茶会を覗き見ながら、早くそれが終わらないものかと焦れていたのだ。


「イライラを態度に出さないのは偉ぇーですが、ああいうのも貴族の仕事。我慢してくだせー犯罪者様」


「ナっ……」


 オーパルの内心を見透かすような声が、馬車の外にいるモアの口から聞こえてくる。内心を見抜かれたことに、オーパルの口から驚愕の声が漏れた。視線は自然とモアの方へと動いていた。


「ゲヒヒ、こちとら、毒と欲望しかねーような、貴族たち相手にマスターを守ってきたんですぜ? おめー程度のポーカーフェイスごっこなんて、お見通しでごぜーます」


 モアの指摘を聞いて、オーパルは自身の表情が僅かに強張ったのを感じた。


「あっちももうすぐ、終わるようですぜ」


 モアがそう言ったのを聞いて、オーパルが視線を茶会へと向けると、騎士たちがテーブルやカップなどを片づけているところだった。


「それじゃ、行くわね。あなたも、体を労わりなさい。友人が長生きしてくれるのは嬉しいわ。えぇ、とてもね……」


「そうさせてもらいます。私も夫も、まだまだ、あなたと遊び足りないから、生きしないといけないですよ」


 老婆が若い頃を彷彿とさせる笑みを浮かべた。その姿を見たアリスは優しく、だけど少し寂しそうに笑う。二人はそのまましばらく何も言わず、笑顔を向けあっていたが、アリスが視線を外すと、エレノーラも同じように視線を外す。そして、二人は互いに逆方向へと歩いていく。

 アリスが馬車の前まで来ると、テーブルなどの片づけを終えた騎士たちが、一斉に道を開けて武器を空へと向けた。まるで儀礼における整列のような、そんな荘厳な雰囲気すら感じることができた。その先頭に立つのはエレノーラ。

 

 グリムス辺境伯。それは、冒険者達の王。グリムス辺境伯。それは、救国の英雄。グリムス辺境伯。それは、力の象徴。


 彼女に敬意を払わない騎士はいない。剣を取る全ての者達にとって、その名は幼い頃に憧れたものであり、今尚憧れを抱くモノの名だ。

 騎士たちの忠義は王に、国に捧げた。だが、憧憬は彼女に捧げた。故に、彼らは敬意を払い、彼女に道をあけた。

 その姿に鋭い視線を向けた後、アリスはモアを連れて馬車に乗り込んだ。馬車が動き出す。騎士たちの作った道を通って機械の馬が突き進む。そして、馬車が騎士の道を抜けた先で、アリスは後方から金属が何かを叩く音を聞いた。

 それは、騎士たちが鎧を鳴らして作り出した、送る鐘の音。その音に送り出されて、アリスはグリムス領へと向かっていく。振り返る必要はない。

 何故なら、彼女は勝利を確信しているからだ。だから、『戦場へと』送る鐘の音に振り返ることはしない。次に聞くのは『勝利を祝う』鐘の音だ。





 ――


「おぉ? おおぉ? おおおぉ? ユグユグは今日も元気ににっこーよくしてるねー」


 グリムスの森の中、太い木の枝に座りながら、双眼鏡を手にメイが監視を行っていた。その先に見えるのはマギア・ユグドラシル、作戦目標であり、転移者が初めて遭遇する格上の存在だ。巨大な大木の体の頂には花弁のような羽を生やした神秘的な女性の上半身があった。

 その対象は現在、目を瞑り、大木の体を地面に埋めて日の光を浴びていた。ただ、それだけだ、動くこともなく、ただずっとそうしていた。


「むぅ、この様子だけ見てると、別に危険性はないと思うけどぉ」


 そもそもが、マギア・ユグドラシルというのは移動手段を持たないモンスターだ。少なくともAWO時代はそうであり、現在も今の所、移動したという報告はなかった。


「でも、倒さないとやばいかもなんだよねー。最悪、この国の問題で終わらない可能性もあるし」


「おーい、嬢ちゃん。そろそろ交代の時間だぞー!」


「わかったー! すぐいくー!」


 メイが珍しく頭を悩ませていると、木の下から声が聞こえてきた。その声に答えて、メイは木の上から勢いよく飛び降りる。そこにいたのは鎧を着こんだ男だった。監視は安全を考慮して、二人一組である。極力問題が起きないように配慮もされている。

メイの相棒が王牙ではないのは、王牙には別の仕事あることと、ある理由で安全であるからだ。


(おぉ、眼福眼福)


 その際にメイの豊かな双丘が激しく揺れるのを見た男は、合掌した姿勢のまま目を閉じる。その様子に地面に降りたメイは首を傾げるばかりだった。その姿には愛らしさもあって、自制心の弱い男性であれば襲い掛かってしまいそうな魅力があった。


(乳は好みなんだけど、ドワーフってロリロリしくてなぁ。それに、冒険王の友人でもあるみたいだし。どっかにボインなねーちゃんいねーかなぁ)


 ドワーフが低身長、童顔であることもあって、これに反応する男性は少ないだろう。この男も例に漏れず、というか、むしろ年上どころか熟女好きである。本人は熟女好きではなく、年上好きだと言っているが。

 メイは安全圏なのだ。これがもう一つのこの男がメイの相方に選ばれた理由だったりする。


「おーい、おっちゃーん。交代の人来たよー」


 男が合掌していると、交代のコンビが来たらしく、メイが声をかけてきた。男は合掌をやめて、向かってくる交代人員へと目を向けた。相手が腕を上げているのを見て、男も腕を上げて応えた。

 二人が到着すると、メイは双眼鏡を片方に渡して報告をしている。――報告と言っても、『にっこーよく気持ちよさそうだったよー』とかだが―― 男の方も残った片割れに報告を幾つかしてから、木の根元に置いていた荷物を手に取る。


「それじゃ、後頼むわ。俺は嬢ちゃんをギルド長のとこに届けに行かにゃならんからな。おーい、嬢ちゃん行くぞー」


 荷物を二人分背負った男は、メイに声をかけて森の中へと向かっていった。呼ばれたメイも交代の二人に大きく手を振りながら、男を追いかけていく。

 森の中は交代の二人がモンスターを倒していたためか、モンスターに遭遇することもなかった。


「ねぇねぇ、おっちゃんはさぁ……」


「ん~なんだ? つか、おっちゃんやめろ」


 道中、メイが男に質問を投げかける。男は意味がないとわかりつつも、おっちゃん呼びを訂正させようとする。


「おっちゃんは冒険王物語のどれが好き?」


「んなもん、邪神の塔攻略に決まってんだろ。単身塔に乗り込み、邪教徒を殲滅。復活した邪神を撃破して、世界を救うとか王道すぎて、めっちゃ燃えた」


「おぉ、序盤の方だねぇ」


 冒険王物語フリークスであるという共通点も、この男がメイの相方に選ばれた理由だ。二人は暇を見つけては冒険王物語について語り合った。


「てか、いい加減冒険王自身から聞いた英雄譚を俺にも聞かせてくれよ」


「えぇー、冒険王の許可ももらってないし、勿体ないからダメー」


 そんなことを話していると、気づけば町の目の前まで到着していた。二人はそのまま、話に花を咲かせながら街中を歩いていく。楽しく会話していたこともあって、大した時間をかけることなくギルドに着くことができた。そのまま男はギルドの受付へ、メイはギルド長の部屋へと足を向けた。


「じゃぁ、おっちゃんまたねー」


 メイは男に別れを告げて、ギルド長の部屋へと歩を進めた。そして、『いつものように』ノックせずに勢いよくドアを開ける。


「メイ、ノックくらいしなさい。レディがはしたないわよ」


 だが真っ先に聞こえてきたのはギルド長のものではなく……。


「冒険王! 帰ってきてたの!?」


 そこにいたのは勢いよく咳き込むギルド長と、メイが憧れる冒険王、アリスだった。





 ――メイが部屋に入ってくる少し前。


「こっちは上々、『彼』については明日紹介するわ」


「ほへぇ、状況は整ったってことでいいのかにゃぁ?」


「そうね、あとはいくつかすべきことを片づければ、出陣するだけよ」


 アリスはニャアシュにストムロック領であった出来事を報告していた。最初、アリスはオーパルを自分の屋敷に泊めるつもりだった。しかし、馬車の長旅など初めて経験で、疲労がたまっていたにも関わらず、オーパルは町に興味を示し繰り出していってしまったのだ。


「メイちゃんもいっぱい働いてくれてるし、こっちは驚くほど予定通りだにゃ。もう少し、難航すると思ったけど、思った以上にみんな優秀で助かるにゃぁ」


「当然でしょ、森のモンスターくらいならLV250の転移者にとっては雑魚みたいなものよ」


 アリスは誇らしそうな笑みを浮かべながらニャアシュに言葉を返した。ニャアシュはそれを見ながら、渋い表情を浮かべる。


「いや、あちしは領主様以外の転移者の戦闘を見たことなんてほとんどないんだけどにゃぁ……」


 そう言いながら肩を落としたニャアシュは、大きくため息を吐いた。そして息を吸う瞬間、ドアが勢いよく開く。それに驚いたニャアシュは勢いよく咽てしまう。


「メイ、ノックくらいしなさい。レディがはしたないわよ」


 ドアの前にいたのはメイだった。普段は癒しなのだが、今回ばかりはちょっとだけ恨んだニャアシュだった。

 これがメイが部屋にくる数分前の出来事である。





 ――部屋に入ってきたメイは、アリスと並んで座って目を輝かせていた。


「別に冒険してきたわけじゃないんだから、土産話の類はないわよ? だから、少し落ち着きなさい、メイ」


 アリスはそう言いながらメイの頭を撫でていた。ニャアシュは恨みがましい目を向けるが、あえてそれを無視する。


「えへへぇ、別に冒険の話じゃなくてもいいんだよー。サブネスト領ってどんな場所だったの?」


 メイの興味はどうやら、冒険だけでなく、いつか冒険する大地にもあるらしく、他の領地のことが気になるようだった。


「そっちはまた後で話してあげるわ。それより、マギア・ユグドラシルは相変わらずだったかしら?」


 一度メイの額を人差し指で軽く弾いて、アリスはメイに報告を促した。メイは特に痛いわけではなかったが、あえて額を擦って痛いふりをしながら口を開いた。


「んむぅ、約束だよ! ユグユグに変化はなかったよ。魔力が集まってるとか、やばそうな気配はなかったかな」


「そう、ありがとう。メイもしっかり働いてくれてたみたいだし、お兄さんに許可をもらえたら、今日はうちに泊まっていってもいいわよ」


「おぉっ! ほんと! 約束だよ!」


(『アイツ』は寝てて部屋から出てこないでしょうしね)


 アリスが客間で寝ている男のことを考えている間に、メイは全力で走りながら部屋を出て行ってしまった。


「さっきから、なんなのよ、あなたは……」


 そして、しかめっ面でアリスを見ているニャアシュに呆れた表情で視線を向ける。


「折角の癒しがーとか、領主様だけずるいー、とか考えてますとも、えぇ、考えてますとも」


(キャラ崩壊するほどか、この駄猫は……)


 アリスは内心でも呆れながら、大きくため息を吐く。その後、小さく笑みをこぼして、再び口を開いた。


「領主権限で今日はあなたも仕事は終わり。せっかくだし、うちに泊まっていきなさい。くつろげるわよ」


 早々にアリスが折れて、ニャアシュは久々の休みを得ることができたのだった。


今回場面転換が多いです。

今回の章は少しのんびり進みます。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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