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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第34章 目覚める災害
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第34章 目覚める災害3(終)

すごくお待たせして申し訳ございません。

そして、いつも皆様ありがとうございます。

 ――


「いヤァ、キ族様のメシハ美味しイなぁ。でモ、コレステロールとカ大丈夫カ?」


「この味付け、私も慣れたけど結構苦手よ。自分とこでは、日本食ばっかり食べてるわね。でも、カレーみたいなスパイスをふんだんに使う料理はまだまだ完成してないのよね」


 牢屋を出た三人は今、領主の館で食事をしていた。貴族向けの濃い味付けのされた料理を食べながら、アリスとオーパルは雑談まで交わしている。ウィリアムはその様子をうんざりした様子で見ていることしかできない。


(そんなに濃いか? 日本人の味覚はわかんねーなぁ)


 慣れ親しんだ味付けを苦手と言う二人に内心疑問を抱きながら、ただ二人の様子を見ている。


「オォ、それハ楽しミだよ。オレはオムライスが好きダな」


「米は用意するのが簡単だから、その手の料理は再現できてるわよ。ズー肉のチキンライスと、ズーのふんわり卵で食べるオムライスは絶品よ」


 二人の会話は穏やかなもので、牢屋の時のような探り合いの気配も皆無であった。二人の会話はとても和やかなのだが、その位置関係がウィリアムに渋い表情をさせる原因になっていた。


(長いテーブルの端と端でよく会話できんなこいつら。つか、俺を挟むんじゃねーよ)


 長い食卓の端と端、一番距離の取れる位置に座って会話している。その丁度中間辺りにウィリアムが座っている。挟まれるようにして座っているため、非常に居心地の悪い思いをしているのだが、二人はそのことに気付いていないかのように会話を楽しんでいる。


「コンビニの(しゃけ)にぎりが恋しいわ」


「カロリーメイトハ常ビしてたぜ」


(もう、わけのわからねー話にシフトしてやがるし、本当にただの雑談かよ)


 二人の会話が日本での食事情に移ったあたりで、ウィリアムは頭を押さえて大きなため息を吐くことしかできなくなった。


「で、勝サんと被ガイヨ想ハどうなッテいるンだ?」


 ウィリアムのため息が止まる。オーパルが雑談の最中、唐突に口に出したのは現在の『状況』に関する質問だった。ウィリアムは不意を突かれ、頭を押さえたまま表情を強張らせてしまう。


「相手がマギア・ユグドラシルで良かったわ。勝算もなにも、勝率は100%ってとこじゃないかしら。被害予想はそうね、しばらく他領への輸出がなくなるわけだし、結構な額になるんじゃないかしら。いやねぇ」


 ウィリアムは予想外の返事が耳に届いたことで、伏せていた顔を勢いよく上げて声の主へと視線を向けた。声の主、アリスは余裕のある表情で真っ直ぐオーパルの顔を見つめている。

 第0級接触禁忌災害出現から今まで、アリスに余裕は感じられなかった。それが突然、なんでもないかのような態度をしていたのだ。ウィリアムの驚きは計り知れないものだろう。

 何よりもその返事の内容だ。勝率云々についてもそうだが、被害予想について『被害額』にしか言及していない。アリスが人的被害を金額に換算しないことを、知っているウィリアムにはその言葉の意味が理解できてしまった。


(なにか、つまりこいつは人的被害を出さずに国一つ滅ぼすバケモノに勝つ算段があるってことかよ。今までそんな様子微塵も見せてなかっただろっ)


 アリスは胸元のバラのアクセサリーを弄りながら、余裕を崩さずに優雅に食後の紅茶を楽しんでいた。

 その様子を見て、何かに気付いたのか、オーパルが一瞬驚いた表情を見せた後、乾いたような笑い声をあげる。


「ハはっ、強がり(ブラフ)かどうカは知ラナいガ、期たイハできそウダナ」


 その言葉を聞いて、ウィリアムは訝しげな表情を浮かべて考え込んでしまった。


(コレの前で弱みを見せたくないってことかよ。まっ、ばれてるブラフに意味はないだろうけど……)


 アリスは構うことなく紅茶の入ったカップに口をつけて微笑んでいる。しばらくそうやって、紅茶を味わった後にカップを置いて口を開く。


「どちらにしろ、勝ち筋は見えているわ。あとは準備を整え、実行に移すだけ。今更勝率だの、被害だの、そんなこと議論している時間はないの。もう誰も彼も、マギア・ユグドラシルすら(おど)るしかないのよ。机上で台本を書き記す時間はもう終わったの」


 アリスは立ち上がると、両腕を広げて大仰な動きで一回転してみせる。そして、スカートを掴んで持ち上げて、小さくお辞儀をしながら再び口を開いた。


「舞台も役者もあとは開演を待つばかり。もう、すでに練習も打ち合わせも過去のこと。今が公演日。私たちはもう、進む以外に道はないのよ」


「ソノ舞台に観キャくハイナいのカ?」


 アリスの不自然な言い回しを聞いて、オーパルが首を傾げながら疑問を口にした。その疑問を聞いて、アリスは小さく笑うと、窓へと歩いていく。

 窓の前に到着したアリスは、目の前の窓を勢いよく開け放ち、部屋の中へと振り返った。そのまま、窓枠に腰掛け、上半身だけを外に突き出して空を見上げた。吸血鬼の天敵ともいえる太陽の光を全身に浴びながら、恋焦がれる乙女のような甘い吐息を漏らした。


「もし、もしも、観客がいるとしたら、きっと、それは、誰にも知られず、誰にも顧みられず、誰にも語り掛けない。ただ一人、ただ独り、そこにあって、そこにいる。そんな誰かなのでしょうね。

 だってこの舞台は、観客も演者。観客は観客になれず、この舞台の上で、(おど)り続けるだけなのよ」


「抽ショうてキといウカ、中ニとイウか……」


 アリスの耳にオーパルの突っ込みが聞こえてくるが、彼女は窓の外から身体を戻すことなく、空を見上げ続ける。


(どうしてかしら。なんで、こんな時にあの子のことを思い浮かべてしまうのかしら)


 観客という言葉を思い浮かべ、一瞬脳裏を過る白い影。それに気付いて、アリスの口から小さな笑みが零れた。





 ――そこは花畑、それは夢、それは……。天に星空があり、地に花が咲き、果ては黒く塗りつぶされた場所。

 そこに浮かぶのはの白。小さな白がくるくる回る。無邪気な白がくるくる廻る。回る、廻る、くるくるマワる。何かを喜ぶように、何かを迎え入れるように、何かを期待するように、朧気な白はマワり続ける。

 塗りつぶされた黒から花弁が舞う。花弁が星々の光に照らされて、白に降り注ぐ。白は星々の生み出した花弁の雪の中を舞う。

 星が輝き、花弁の雪を照らす。星が煌めき、花畑を幻想的に彩る。その中にあるのは白が二つ。その中にいるのは白がニ人。


「こんばんは、観客さん」


 白の一つが言葉を口にした。もう一つの白は首を傾げて、言葉を発した白を覗き込んだ。


「寝る前にお揃いのワンピースなんて着てみたけど、本当にそっくりね」


 同じ形の白二つ。同じ姿の白が二人。


「この舞台、この世界という舞台。演目は雑多で、いい加減。金を取ればクレーム確実。くだらなくて、幼稚で、醜い、そんな舞台。ただ一人の観客はあなただけ」


 言葉のない白は満面の笑みを浮かべて、言葉のある白の音を聞いていた。言葉のある白はそんな言葉のない白を視線から外して、空の星へと目を向ける。


「本当の幕はもう上がっている。私たちは今も、今までもずっと演じ続けている。与えられた役も知らず、ただ必死に演じ続ける」


 言葉のある白の独白は続く。言葉のない白の笑顔は変わらない。二つの白の、二つの表情。二つは瓜二つだけど、今の二つは違う二つ。


「ねぇ、こんなくだらない舞台を見ていて楽しいの? あなたは見ているのでしょう? だから私と同じ形をしているのでしょう?」


 言葉のある白の視線が、再びもう一つの白へと向けられた。視線を受けて、一度首を傾げた言葉のない白は、後ろに飛び跳ねると、再びマワり始める。言葉のある白はその様子を見て、大きくため息を吐いた後、また星空を見上げる。

 塗りつぶされた黒から花弁が舞う。花弁は雪となって、白達に降り注ぐ。

 黒の奥底から覗くのは目。澱んだ瞳に色はない。ただ、ただ、二つの白へと視線を向け続ける。

 この場所に意味はあるのか、この時間に価値はあるのか、言葉のある白にはわからない。


「こんなふざけた舞台、楽しいわけないのに……」


 ただ言葉だけが漏れた。


私は元気です。

第34章はこれで終わりになります。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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