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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第34章 目覚める災害
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第34章 目覚める災害2

お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。

 ――


「ふぅ、今頃はグリムス卿が彼に会ってる頃ですかね……」


 エルフ達の森に隣接するウッドレア領。ここは王国がエルフとの交易と、監視も兼ねて設置した領地である。かつて、エルフの一部過激派が王国に戦争を仕掛けようとした事件もあって作られた。

 そのエルフとの関係において、重要な意味を持つ領地を治めるのが、エメラド・ウッドレアである。彼はかつて、ある事件でアリスと出会い縁ができた人物だ。その事件の中で重要な位置にいた彼と、その事件を解決したアリス。彼はアリスに返しきれない恩ができることになった。

 そのエメラドは現在、執務室の中で書類に目を通しながら、別の事柄に思考を割いていた。


(オーパル、オーパル、ねぇ。その名を名乗るのが、どんな人物か会ってみたくなりますね)


 アリスと『オーパル』の邂逅は彼にとっても興味深いものだった。オーパルはエルフの大英雄であり、彼とも縁の深い人物である。ある事件で繋がった縁が、彼に興味を抱かせる。

 彼は書類を机の上に優しく置くと、窓へと視線を向けて小さくため息を吐いた。


「グリムス卿、うまくやってくださいよ。『2度』も英雄を見送るなんてごめんですからね」


 彼の声は誰にも届くことなく、部屋の中に消えていく。





 ――鉄格子越しに挑発的な笑みを浮かべるアリスと、不気味な笑みを浮かべるオーパルが対峙していた。


(おいおい、ふざけんなよ。なんでこいつらこんなに愉しそうなんだよ。明らかにそういう雰囲気じゃねーだろ。すっげー、帰りてぇ……)


 そんな中、引きつった表情を浮かべるのはウィリアムだ。異質な空気を作り出す二人を前にして、胃の辺りに違和感を感じるくらいである。


「オれはそンなにダいエイゆウとやラに似てルのカい? ソうだッタラ光栄ダな」


「そうね、とてもそっくりよ。『見た』ことのある私が保証してあげる。本物と並べても見間違うんじゃないかしら、たぶん」


「肖像ケんの侵害で訴えラレタら、敗訴確定カぁ、そいツは困ッたナ」


 二人の会話は和やかなようだが、二人の笑みの濃さが増している様子を見ればそうではないことがわかる。互いに何かの情報を引き出すための牽制である。この手の腹芸をウィリアムはあまり好きではない。それ故に、今の状況に口を開くことができない。


(『見た』ことがある、ねぇ。『会った』ことがある、の間違いだろうに。どっちとも取れる言い方しやがって。陰険ババアらしいやり方だな)


 好きではないが、領主という地位にいる以上、知識はある。アリスが情報を隠しながら会話していることも理解している。そういうことが必要な場面なのもわかっている。だが、好きではないのも事実なので、どうしても内心で毒を吐いてしまう。

 そんなウィリアムの心など無視するかのように、アリスとオーパルの会話は続いていく。当然、ウィリアムはそこに口を挟むつもりはない。黙って見ているだけだ。


「そうね、敗けるかもね。あなたが何故、大英雄と同じ姿、同じ名前なのか、二つまでなら偶然で済ませてしまえるわね。そんなことは、今はどうでもいいことだもの。あ、でも、もし、そっちから話してくれるなら聞くわよ。偶然とはいえ、気になるものは気になるもの」


「割トジュう要そうナことナのニ、ドウでモいいとは、ナにカあッタのかい?」


「えぇ、そうなのよ。私達、今すごく困ってるの。頭を悩ませることって、呼んでもないのに次々に湧いてくるから困っちゃうわ」


 アリスはわざとらしく頭を押さえて困った様子を見せる。その姿は白々しさしかないとさえ言えるが、向かいに立つオーパルもわざとらしい驚いた表情を見せているので、何か出来の悪い喜劇のようですらある。


「英雄サまを悩まセルナんて、いッたイナにがあっタンだい! アァ、牢屋ノなカで案じルしカデきナイ、こノ身が恨メシい!」


(ぜってー、んなこと思ってねーだろ! なんだよ、この茶番は!)


 続くオーパルの反応も、実に心のこもっていない酷いものだった。明らかすぎる大根演技にウィリアムの表情は限界まで引きつってしまう。

 そんな彼の状況など気にすることもなく、アリスは大きく腕を開いて憂いを帯びた表情を浮かべる。


「そうね、あなたの力を借りられればもしかしたら、もしかしたらするのに……。あぁ、力のない自身を恥じるばかりだわ」


 アリスの言葉を聞いて、ついにウィリアムは頭を抱え込んで蹲ってしまった。


(嘘つくんじゃねーよ、クソババァッ! てめー、ソイツ出すためにここに来たんだろうがよぉ!)


 もう、ウィリアムには内心を口に出さないように必死に我慢することしかできない。

 ウィリアムがしばらく蹲っていると、ふと、二人の話し声が聞こえないことに気付く。嫌な予感を感じながらも視線だけを上へと上げると、そこにはウィリアムに向けるられる四つの瞳があった。

 その瞳の主達は口を半月状に歪めて、ウィリアムをじっと見つめていた。彼は悟った。悟るしかなかった。


(こいつら、はめやがったなぁっ!)


「まぁ、ウィル坊をいじるのもこの辺にして、本題に入りましょうか」


「ン? モう終わリカ? 結構、タノしカッたノニナ」


「えぇ、残念だけど、これ以上領主様の胃にダメージを与えるわけにもいかないもの。ま、最悪ポーションで強制治療すればいいのだけどね」


(なにより、このまま続けても口を滑らしてくれそうにないもの)


 さっきまでの茶番は意味のないものではない。オーパルが口を滑らすことを期待して、アリスはわざと道化を演じていたのだ。そうでもなければ、目の前の男と息を合わせるような真似などしたくはなかっただろう。その結果は失敗に終わったのだが。


「じゃぁ、本題に入りましょう。あなた、牢屋から出たくはないかしら?」


「ココの生活ハきライじゃナい」


「大英雄オーパルのこと、調べたいならここから出ないとできないわよ?」


「……」


 オーパルの表情が初めて笑み以外の形に歪むのが見えた。


「ドう……」


「どうしてか? なめないでもらえるかしら、日本人。偶然をただの偶然で片づけるような人間が、辺境伯なんて重要な地位に就けるわけないじゃない。私は確証もなく偶然だなんて思ってない。あなたは何故か、大英雄オーパル、それも『若い頃』の彼を知っていると考えているわ」


「……」


 アリスは真剣な表情をして、オーパルを睨みつける。今まであった笑顔は影も形もなく、その表情は領地を背負う領主のものだった。

 切り札は不意打ちで使うことで一番の効力を発揮する。アリスは今まで、本当にそのことを隅に置いているような態度を取りながら、その実、いつでもその手札を切れるように構えていたのだ。

 更に不意打ちでできた隙を見逃すことなく、アリスは畳みかけオーパルに何も言わせることなく追い詰めることができた。その後に待つのは当然……。


「もし、私とあなた、仲良くできるなら、私の大英雄のこと、そしてエルフであり辺境伯であるウッドレア卿への仲介、してあげてもいいわよ。友人は大切にするもの、あなたもそう思うでしょ?」


 飴だ。鞭の後に与えるのは飴、アリスは追い詰められたオーパルの前にとても甘く、美味しい飴を用意した。アリスは今までとは違う、優しい笑みを浮かべて飴を差し出している。


「ジョう件はナンだ?」


 オーパルはその飴に手を伸ばした。伸ばしてしまった。その表情は今までにないほど真剣なものだ。


(賭けには勝ったわね)


 だが、当然アリスの用意した鞭も飴も根拠のないものだった。鞭で動じなければ、飴に魅力を感じなければ、アリスは別の手を用意する必要があった。

 そもそも、目の前の男のことなど何もわかっていないにも等しいのだ。そんな状況で、確実な手札など用意できるはずもない。だが、切り札は目の前の男に刺さり、効果を十全に発揮することができた。

 アリスはこの賭けに勝ったのだ。


「そうね、条件一つ目はギルドの裏の仕事を担当してもらうことよ。どうにも、人員が足りなくて困ってたのよ。それで、もう一つの条件なんだけど、大英雄の作ったこの国のために命を賭けてほしいの」


「ホぅ、一ツ目はとモカク、二つ目ハどウいうコトかナ?」


 オーパルも先ほどまでの焦った様子はなく、ただ真剣な表情で問答を行う。ただ、わずかながら大英雄の名が出た時にだけは表情に変化があった。その変化に手応えを感じながら、アリスは言葉を続ける。


「グリムス辺境伯として、あなたにマギア・ユグドラシル討伐戦への参加を依頼するわ」


 それを聞いて、オーパルは目を見開いて驚愕した表情を浮かべる。今までもわずかな表情の変化はあったが、ここまで顕著に感情を表すのは初めてだった。


「お、オい、レイドボスとカ、冗ダんだろ?」


 それはあり得ないモノの登場に、その事実が信じられないといった反応だった。


「レイドボスガいルなんテ、オれは知らナいゾ。あリ得ナイだロ。イや、ソレよリもレイドボスが出タのは、今カイがハジめてなノか?」


「私が知ってるだけで二度目。昔、隣国にアーカーシャが出たみたいね。その時は国が一つ滅んでるわ」


「マじカヨ……」


(おいおい、こいつがここまでマジな面するって、第0級接触禁忌災害ってそこまでやべーのかよ。LV250が数揃えばどうにかなると思ってたけど、本当に大丈夫なのかよ)


 オーパルの鬼気迫る様子に、ウィリアムも今まで以上に危機感を募らせる。


「ドれだけダ? 今、ドレだケ出ゲんしてカラ時間が経っタ?」


「まだ一月経ってないわ。だから、フレーバーや設定が活きてても変化は現れてないわ」


「倒スなラ、今シカなイわけか……」


 ウィリアムが認識を改める間にも二人の会話は続いていく。アリスの顔に変化はないが、オーパルは顎に手を当てながら渋い表情をしている。

 しばらくそうして何かを考えている様子だったが、一度小さく鼻で笑うような声を出した後、アリスの顔を見つめて口を開く。


「交ショう、成立、ダ。アンたのテい案を受ケ入れるヨ。今、コの国を滅ぼさレルわけにはいカないンデね」


 オーパルの言葉を聞いて、アリスが笑みを浮かべる。ウィリアムも交渉が無事終了したことで、胸をなでおろした様子を見せている。

 それと同時にアリスはこのオーパルが大英雄と無関係ではない確信を得る。アリスは先ほどの会話の中でも、この男のことを探っていた。マギア・ユグドラシルの対処は最優先事項ではあるが、それを怠らない範囲で別の最大限の利益も求めた。それは貴族として身についた技術であり、しみついた在り方だった。


「とても有意義な時間だったわ。これから仲良くできることを期待させてもらうわね」


「トころデなンダガ」


 アリスが話を締めたところで、オーパルから疑問の声が上がった。何か疑問があるのかと、アリスは可愛らしく首を傾げる。


「ギルどの人イんブソくって、ドレくらいナんだ?」


 アリスが顔を背ける、ウィリアムが何も聞かなかったことを装って地下から逃げようとする。その様子にオーパルが珍しく引きつった表情を浮かべる。


「お、オイ……」


 嫌な予感が拭えないオーパルが二人に詰め寄ろうとしたところで、アリスの口からか細い声が漏れた。


「……くらいよ……」


 その声はあまりにも小さく、弱弱しいものだった。表情もどこか暗く、普段の人を食ったような印象は微塵も感じられなかった。

 あまりに小さい声だったので、オーパルが近づいてよく聞こうとしたが、次の瞬間アリスが振り向いて気まずそうな表情をして口を開いた。


「日本のブラック企業がホワイトに見えるくらいよ……」


 耳に届いた現実に、オーパルは天井を仰ぎ見て酷く疲れたようにため息を吐いた。


(ハやマッタかもしれナイな……)


 他の転移者と同じく、彼も現代日本の人間だったのだ。故に、言葉の意味が理解できてしまった。

 そんな彼を他所に、アリスはそそくさと牢屋の鍵を開ける。それは、もう逃がさないとでも言うかのようだった。


「大丈夫よ。その身体の能力なら早々過労死なんてしないから。だから、存分にこき使われてちょうだい。私も便利に使わせてもらうわ。新しい友人さん」


(恨ムぞ、『オーパル』……)


 牢屋の扉が開き、アリスが牢屋の外へと手を伸ばしてオーパルを外へと促す。彼は大きくため息を吐きながら、牢屋の外へと足を踏み出した。


「さぁ、忙しくなるわよ。大英雄様?」


 二人の視線が交わる。


「それじゃぁ、改めて」


 オーパルが牢屋の外に完全に出たのを見て、アリスは小さく愛らしいお辞儀をして口を開いた。


「ようこそ異世界へ、放浪者様。私はアリス・ドラクレア・グリムス。グリムス領の辺境伯をしているわ。あなたの来訪と、私達への助力を歓迎するわ」


 それはオーパルをこの世界へと歓迎する言葉。彼はただ目を細めてそれを聞いていた。その心に何を思ったのか、それは彼にしかわからない。


今回は会話多めです。

ウィル坊は胃痛枠、みんな知ってる。

ギルドはブラック企業、みんな知ってる。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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