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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第34章 目覚める災害
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第34章 目覚める災害1

大変長らくお待たせしました。

事情については活動報告の方にあります。

いつも皆様ありがとうございます。

「本当に縁が深いと言うか、因縁が強いと言うか……」


 馬車から体を出したアリスは、ストムロック領主の館を見上げて複雑な表情で呟いた。この町には何かと訪れることが多いことに辟易とした様子を見せていた。

 そんな様子ではあるが、この町を嫌っているわけではない。ただ、彼女が口にした通り、何かと縁があり、短くない期間で再訪問となったことに呆れているのだ。


「領主なのに領地にいないことが多いとか、職務放棄ですかー?」


「貴族なんて柄じゃないもの。このまま、お役目御免といけばいいんだけどね。そうもいかないでしょうね。誰か適当な転移者を後釜にできないかしらね」


「うわぁ、仮にも辺境伯なんてやってる人が口にすることばじゃねーですねー」


 後ろからモアが顔を出して、アリスに悪態を吐く。アリスがそれに皮肉で返せば、モアも皮肉で返した。アリスは目を細めてジト目でモアを睨みながら、小さくため息を吐いて、それ以上は何も言わなかった。

 アリスが馬車を完全に降りきって館へと歩き始めると、モアもそれについて一緒に歩いていく。


「さーて、あのお坊ちゃんはどんだけ怒ってますかねー。まさか、最愛のお母さん、もといロリお姉さんが……」


 ――牢屋の中の犯罪者に恩赦を出すために訪れるんですもんねー。





 ――アリスの目の前には現在、目頭を押さえて俯いたウィリアムがいる。


「そんなに驚くことじゃないでしょ。『アレ』は性格に難はあっても、罪状に困るくらい何もしてないんだから」


「驚いてんじゃねーよ。嘆いてんだよ……」


 アリスがふてぶてしい態度でソファーに座りながら、ウィリアムに声をかける。だが、それはウィリアムの頭痛を更に強くするだけだった。

 ウィリアムとしては、個人的に『アレ』を危険視していることは判断材料にはしていない。それよりも、仮にも『犯罪者』である『アレ』を、『英雄/女神』の名前で『この町』で恩赦を出す。そのことに問題があると感じている。


(ちっ、頭が痛い問題だぜ。英雄が汚れなきゃいけないくらい、第0級接触禁忌災害はやばいってことかよ。それに、『アレ』の名前と容姿もよくないな)


 ウィリアムが考え込んでいると、アリス立ち上がる音が彼の耳に入ってきた。しかし、彼は俯いた顔を上げることなく、考え込んだままだった。


「考えすぎよ。私の心配は不要よ。私が貴族でいるのも、結局はこの時のため。そうじゃなきゃ、とっくに貴族なんてやめてるわ」


 アリスの声がすごく近くからウィリアムの耳に届いた。彼は驚いて視線だけを上へと上げると、そこには間近に迫ったアリスの呆れたような顔があった。


「おっ、おまっ!?」


 急な不意打ちを受けて、ウィリアムは椅子の上から転げ落ちそうになりながらも必死にアリスから離れようとしていた。だが、座っているのは椅子だ。距離を離すことは叶わず、大の大人が一人で慌てふためく姿を晒すだけだった。

 そんなウィリアムの様子に、アリスは小さく笑うと、一回転しながら後方へと飛びのいた。そして、自身の唇に人差し指を当ててあやす様に口を開く。


「何を恥ずかしがってるのよ。あなたのおむつだって変えたことがあるのに、顔が近づいたくらいで恥ずかしがる必要はないんじゃないかしら?」


「んなっ! んな、ガキの頃の話してんじゃねーよ、クソババアっ!!」


 アリスの言葉に、ウィリアムは顔を赤らめて声を荒げる。だが、アリスは小さく笑みを浮かべるだけで、それを肯定も否定もしない。ただ、幼子を見守るように彼へと視線を向けるだけだった。


(ロリコンでマザコンとか、坊ちゃんも救えねーですね。まぁ、マスターもわざとかと思うくらい、坊ちゃんのこと誘惑してますねー。小悪魔? 悪女? それとも淫魔ですかねー。うわっ、TSロリ吸血鬼淫魔とか属性盛りすぎじゃねーすかねー)


 二人の様子を眺めながら、モアは内心で突っ込みを入れていた。だが、止めるつもりは一切なかった。害があるわけでもなく、見ていて愉快だからだ。何より、アリスが楽しそうなので、問題は何もなかった。


「少しは頭がすっきりしたかしら? 無駄に考え込んでも仕方ないわ。万全を期すなら、これは必要なことだもの。さぁ、腹を括りなさない」


「はぁ、わーった、わーったよ。俺も覚悟決めるぜ」


 アリスが真面目な表情になって、ウィリアムに覚悟を促す。それに応えて、彼は鋭い表情で言葉を返した。


「それじゃ、行きましょうか。お客様をいつまでも待たせるわけにいかないし、何より、時間は有限で、残酷なのよ」


 アリスがウィリアムを部屋の外へと誘う。彼は頭を掻きながら、椅子から立ち上がった。そのまま、出口へと向けて足を動かす。それを見て、モアがドアを開けて、二人は部屋の外へと歩いていく。

 これから向かうのは衛兵の詰め所。その犯罪者を投獄しておく牢屋だ。





 ――アリスがストムロック領にいる頃、グリムス領には各地より、転移者の冒険者達が集まり、いつも以上の賑わいを見せていた。

 ここに呼ばれた転移者はLV250、もしくは生産職として高い能力を持つものだ。前者は来るべき討伐戦のために、後者はその準備のために集められた。双方共に周辺の討伐や、討伐戦の準備作業に忙しく動いている。


「いやぁ、久しぶりだな。あんたはこっちに来てたんだな。俺は別の町でのんびりやらせてもらってるぜ」


「ここにはアリスもいるし、貴重な経験もたくさんできるし、来てよかったと思うよ」


 酒場でカイトが話すのは、一人の大男だった。その大男はかつて、ストムロックの町でカイトと一緒にウィリアムの試験を受けた男だった。

 カイトが直接聞いた話では、今回の招集に応じるまで、危険度の低い別の町でのんびりと冒険者をしていた。のんびりとは言うが、何かその町の冒険者で手に負えない事などがあれば、それに対処している。


「しかし、リアルレイドボスか。正直な話、ぞっとしねーよな。こんな、そこらにいるモンスターが200にも届かない世界で、350のバケモノが沸いて出るなんて、ゲームならクソゲー決定だぜ」


「本当にね。でも、ここでどうにかできなければ、どれだけの被害がでるかはわからない」


「死ねばどうなるかわかんないからな。この件でアイツにも、何度も本当に行くのか聞かれたぜ」


「既婚者は大変だね。でも、それなら来ない選択肢もあったんじゃないかい?」


 大男はストムロックを離れた後、冒険者にはならなかったが一緒についてきた試験の時のエルフの転移者と結婚している。あの時の試験で妙に互いの距離が近づいた結果だった。

 今回の討伐戦参加に女性は難色を示したが、討伐失敗がどんな結果をもたらすかわからない以上、参加しない選択肢は大男にはなかった。説得を繰り返してなんとか、許可をもらったのだ。

 女性が一緒についてくることも、能力だけ考えれば可能なはずだが、現在妊娠中ということもあってついてくることはできなかった。


「140年前に現れた奴は国一つ滅ぼしたっていうしな。ここで討伐できなけりゃ、アイツとの生活も、近所の知り合いとの関係も全部おじゃんになっちまう。だったら、戦う以外に選択肢はないだろ?」


「生活を守るためか。そりゃ、覚悟も決めるよね。それなら頼りにさせてもらおうかな」


「そういうお前さんだって、領主様のためにここに来たんだろ? どうなんだよ、発展はあったのかよ?」


 カイトは悪戯っぽい表情を浮かべながら、大男を茶化すが、逆に痛いところを突かれる結果となり顔を背ける。


「おいおい、そんなんでどうすんだよ。領主様ってあんな形だが、意外と人気あるみたいだぞ。なんせ国王が40年以上も求婚し続けてるって話だしな」


 カイトは聞いたことのない話を聞いて、驚いた表情をして顔を大男へと向ける。その態度に、大男の方は引きつった表情を浮かべて驚くことになった。


「おい、この国じゃ有名な話だぞ。なんで知らねーんだよ……」


 カイトは両手で頭を抱えて唸り声を上げ始める。今まで知らなかった事実を聞いたこともだが、アリスについてくるばかりでこの国のことにあまり目を向けていなかったことに気づいたからだ。

 大男もその空気を感じたのか、呆れた表情こそするが、それ以上は何も言わずに飲み物をあおるだけだった。


「おーおー、あんちゃん達、男が二人で酒……じゃねーか、ジュースあおって暗い空気醸し出してるなー」


 そんな二人の空気の中に入ってきたのは、カイトと仲のいい猥談冒険者だった。この男はFランクでもあり、転移者の動向を監視する役目もあるのだが、カイトはもちろんそれを知らない。

 男の登場に二人は頭を掻きながらバツの悪そうな表情を浮かべる。


「酒が入ってないのは、仕事があるからしゃーないか。よっしゃ、エロスについて語ろうぜ。領主様とかギルマスとか名誉ギルド職員殿とか、メイちゃんや領主様の従者、他にも別嬪さんには事欠かないぜ」


「既婚者に何言ってんだよ。俺、まだ新婚って言ってもいいくらいなんだが……」


 猥談を進めてくる男に対して、大男は既婚者であることを理由に突っ込みをいれた。カイトも呆れた表情はしているが……。


(大狩猟祭の時のバニーはよかったなぁ。またやってくんないかな。来年が待ち遠しい……)


 なんてことを考えていたりする。


「まぁ、嫁の事なら今から数日かけても語り切れないくらい語れるけどな!」


「なら俺は、ドワーフ種特有のロリさと爆乳を併せ持つメイちゃんを押させてもらうぜ!」


 大男の言葉によくわからない対抗心を燃やして、男はメイについて語ろうと意気込んで見せる。


「ほーぅ、そうかそうかー、こんな状況でもお前さんらは元気が有り余ってるようだにゃぁ」


「おぅ! エロスのためなら、口も下半身も元気いっぱ……」


 後ろから聞こえてきた『四人目』の声にいい笑顔を浮かべて言葉を返そうとした男は、次第に顔を青ざめていくことになった。


「そっか、そっか、それじゃぁ、三人には追加の仕事を割り振ろうかにゃぁ。あちしも死にそうになってるし、一緒にデスマーチしようにゃ」


 男の後ろには満面の笑みを浮かべたニャアシュの姿があった。実にいい笑顔なのだが、感じる雰囲気はとても恐ろしいものだった。まるで、肉食獣を前にしたかのような悪寒を三人は感じている。

 この後、三人はニャアシュのデスマーチへと強制連行され、地獄を味わうことになる。





 ――光の差さない地下の牢獄。そこにはこの領地で罪を犯した者たちが投獄されている。その大半は生気のない顔をしているが、その中に一人異質な男がいた。

 鉄格子越しにその男の前に立つのは、この領地の領主と国の英雄だ。男は不気味な笑みを浮かべ、その目には生気が宿っている。対照的に牢の外にいる二人は苦々しい表情をしていた。これではどちらが囚人かわからないだろう。


「久しぶりね。まさかもう一度あなたに会うことになるとは思ってなかった。いいえ、思いたくなかったわ」


 英雄が口を開いて男に辛辣な言葉を投げかける。しかし、男は笑みを崩すことなく英雄の顔を眺めていた。表情を変えない男の胸中を知る術はない。領主はその姿をただ不気味に感じることしかできなかった。


「あぁ、安心して頂戴。別にあなたになにか面白い反応を期待してるわけじゃないから。むしろ、相変わらずでよかったわ。改心して爽やかになってたらどうしようかと思ったわ」


 英雄はそんな男の様子に逆に笑みを浮かべてみせる。その言葉は本心からのものだ。英雄は男に改心や変化を望んでいなかった。そうなる未来などないとわかっていた。

 目の前でヒトが殺される瞬間を前にして、感情を表すことなく傍観者であり続けた男だ。いい方向に変わることなど想像すらできなかった。だからこそ、英雄は男に会いに来た。


「あなたは彼によく似ているけど、彼じゃない。そんなあなたに彼のような在り方は期待しないに望まない。ただ、あなたが使える駒であればそれでいい」


 英雄は笑みを深めて、男の瞳を覗き込む。その瞳にはわずかな変化も存在しない。


「さぁ、交渉をしましょう。大英雄と同じ名を持ち、同じ姿を持つ異界からの放浪者さん」


 英雄は腕を大きく広げて、抱きしめるようなポーズをとる。そして、小さく笑った後、その名前を口にした。


「ねぇ、オーパルさん?」


 カイトが友人と再会を喜んでいる時、英雄アリスが大英雄オーパルと同じ名、姿を持つ男と再会を果たす。望まぬ再会、しかし、予想できた再会だった。その名との縁を最も深く理解しているのは彼女自身なのだから。


今回は色々な再会回です。

懐かしい人の登場です。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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