プロローグ・45年の軌跡・仕様外スキル
お待たせしました、遅れながら、皆様あけましておめでとうございます。
今年もアリス共々、ヴァンパイア辺境伯をよろしくお願いします。
新編突入です。
「さて、どうしたものかしらね……」
ある日、まだ大規模転移が起こるよりもずっと前、アリスは書類を見ながら頭を悩ませていた。
最大の悩みの種は領地内に入ってくるモンスターだ。その度に冒険者達が排除に当たっているが、おかげで領地内には腕っ節に自信がなければ住めない状況だった。
「うぅっ。というか、領主の館がこれってのも問題しかないわよねぇ……」
室内にいるにも関わらず、アリスの肌を冷たい風が撫ぜる。それに反応してアリスの身体が僅かに震えた。先日のモンスターの襲撃を受けて屋敷の一部が破壊されたのだ。現在は大工の護衛などの依頼を冒険者に向けて発注しているところで、修理の目処はまだ立っていない。
大きなため息を吐きながら、アリスは机の上に向けて視線を彷徨わせる。目に留まったのは第0級接触禁忌災害への対策を思考した名残、書類というより走り書きのメモといえるものだった。
「やらなきゃいけないことは多いのに、必要な時間がまるで足りない。領内の防衛に、レイドボスの対策。どこのブラック企業よ……、ん?」
渋い顔をしながら愚痴を吐いていたアリスは、対策案のメモの近くに置いてあった一枚の紙に気付いて手を伸ばす。
「疲れすぎね。まさか、書類の整理すらまともにしてなかったなんて、失態もいいとこだわ」
書類を手にとって、自身への呆れからまたため息を吐いてしまう。そのまま紙を横によけておこうと腕を動かすが、その内容が目に入る。そして、そのまま腕を止めて紙に書かれた内容を読むことに集中した。
「魔法の研究よね、これ。ちょっと前にやってたけど、結局時間が取れなくて進まなかったのよね。うわっ、詠唱とか色々書いてあるじゃない」
日本のサブカルチャーに出てくる魔法を再現しようとした名残がそこにあった。以前の自分の奇行に悶えそうになりながら、紙を最後まで読み終わってしまっていた。
「あれ? ちょっと待ちなさい。この理論と、これって確か……」
何かに気付いたアリスは、紙を再び最初から読み始めて、それでも足りないと考えると、すぐに残りの紙を棚から探し出す。そして、何度も研究資料を読みながら、頭の中に仮説を立てていく。
「もし、もしも、私の想像してる通りで、可能なら、それなら、作れる。日本のサブカルチャーはさすがね」
他の書類を全て整理して棚にしまうと、アリスは魔法研究関係の資料だけを引っ張り出して研究を開始する。
研究に没頭するアリスが発見されたのは数日後、外に出てこない彼女を不審がった冒険者が様子を見に来た時だった。
――研究再開から数年ほどしたころ、アリスは研究成果を試す為に荒野に来ていた。アリスの研究は魔法が使える冒険者を総動員するまでになっていた。
アリスはその目で一つでも多くの魔法をその目で見て、メモを行い、研究に還元していった。その結果が今日示される。
「魔法陣の形成は完了。あとは、ここに魔力を通して、触媒と魔石を用いて、錬金を行えば……」
アリスが地面に描かれた魔法陣の上に、よくわからない生物の一部やら、植物を配置して、最後に中心で膝をついて地面に手を置く。
周囲には研究に協力した冒険者も、魔法職でないために協力できなかった冒険者などが集まっていた。その中に、今から何が起きるのか理解している者は一人もいない。いないが、冒険王が何か面白そうなことをしているとあっては、見に来ない選択肢はなかった。
「錬金っ!」
アリスが地面に魔力を通すと、魔法陣が輝き始めた。輝きが最高潮に達すると、魔方陣から光のベールが立ち上り、消えた。そう、消えた。
「……ふぅ、失敗ね」
アリスのその一言を聞いて、周りになんともいえない空気が流れる。その空気の中で、アリスは首を傾げて失敗の原因を考えていた。
(一瞬だけとはいえ、光の壁っぽいのは出たわけだし、維持ができてないのかしら。魔力は魔石を用意したし、維持できなかったのは魔法陣が理由?)
アリスは今まで研究してきた各種魔法を思い浮かべるが、当然その中には一定期間効果を発揮する物もあった。そういった魔法も含めて研究してきた結果が今回の失敗であることに納得がいかない。
(魔法陣に間違いがあった? ん~、ん? 魔法陣……)
「あっ、あれだけは研究してなかったわ」
アリスは考え事の最中に何かに気付いて、手のひらを拳で軽く叩いた仕草をして驚いたような表情を浮かべる。
「よし、全員解散。次の実験日は追って伝えるわ」
こうして第一回実験は失敗で幕を閉じた。しかし、得たものがなかったわけではないようだ。
――更に数年後、再び冒険者達は荒野に集まっていた。顔ぶれが一部変わっているが、皆一様に期待に満ちた視線を浮かべている。
準備は以前とほぼ同じ。違うのは魔法陣が途切れ途切れであったりするところだけだ。
「それじゃ、始めるわ。モア、触媒を配置してちょうだい」
「りょーかい。給料は弾んでくだせーよ」
この数年の間に研究の結果、モアをはじめとする三人の従者が誕生していたのも違いの一つだろう。
アリスはモアに指示して、触媒を配置させていく。配置が終わると、アリスは前回と同じように魔法陣の中心に行き膝をついた。中心部で手を地面に置いて、魔法を起動させるべく口を開いた。
「それじゃぁ、はじめ……っ!?」
だが、その言葉を口にしようとした瞬間、全身が強張り、言葉を最後まで紡ぐことができなかった。それと同時に、息が荒くなり、全身を締め付けられるような感覚に襲われる。
(何? どうして?)
アリスの頭の中は困惑で埋め尽くされていた。周りの冒険者達も何事かと心配する視線を送っている。
(私にはできない? 私みたいな『バケモノ』には、『俺』みたいな『ヒトゴロシ』には……)
アリスは周りの冒険者の顔を見て、最後にモアと視線を合わせた。モアは動じることなく、アリスを真っ直ぐ見つめている。その瞳と視線を交わしていると、少しづつ呼吸が正常に戻っていくのを感じた。
(それでもやらないと、やらないといけないんだ)
自然とアリスの口から言葉が漏れ始める。それは『贖罪/願い』だった。
――何が始まりかなんて覚えていないけれど、何を求めたかは覚えている。
それは『罰/許し』を願う言葉。
――何が私を変えたのか忘れないけれど、何を失ったのかは忘れてしまった。
――私を変えたモノを愛しているから。私はソレを求めたのだ。
最初に失った少女を思い出す。
――罪に塗れた我が身で抱ける願いではない。目を背ける我が意思に貫けるものではない。
告解は止まることはない。
――それでも私は願い請う。穢れた血を知りながら私はただ、その血で願うのだ。
アリスの手にした瓶から血液が流れ出す。アリスがこの日のために、溜め込んだ自身の血液だ。
「結界魔法『鮮血の貴婦人』」
『彼/彼女』の願いは今、ここに姿を現す。
流れ出した血液は『血の儀式』の魔法陣を描いて、地面に描かれた魔法陣と重なり、一つになる。一つになった魔法陣は赤く輝いて、荒野を照らした。輝きが治まると、魔法陣の外周から光の膜が伸びて、小さなドームを形成して空に溶ける様に姿を消した。
その様子を見て、冒険者達は失敗と思ったのか、落胆した様子を見せたが、アリスは違った。
「モア、適当なモンスターを呼び込んでちょうだい」
それを聞いてモアは一度だけ頭を下げると、すぐに荒野へと駆け出していった。その数分後、モンスターを引き連れたモアが戻ってきたことで、冒険者達が臨戦態勢を取る。
しかし、モアがアリスの傍まで到達すると、モンスター達は何かに阻まれているかのように頭を空中にぶつけて止まってしった。冒険者達は思わず臨戦態勢を解いて、その光景に目を奪われてしまう。
モンスターは何度も頭を不可視の壁へと打ち付けていたが、次第に疲れてきたのか勢いがなくなってきた。その隙をついて、モアが巨大な斧でモンスターの首を斬りおとす。その様子を見ていたアリスは、満足げな表情を浮かべて口を開く。
「実験は成功よ。この魔法を町全体に張って、それで町の防御とするわ。さぁ、魔石はいくらあっても困らないのだから、冒険者も忙しくなるわよ!」
アリスがそう宣言すると、状況についていけていなかった冒険者達は、武器こそ手放さなかったが、腕を上げて大歓声を上げた。
人のいない荒野に冒険者達の雄叫びが木霊した。冒険者にとっても安心して休める場所は必要だった。特にグリムス領のような過酷な環境なら尚更だ。故に、今回の実験の意図を知って、冒険者達は喜びに声を上げる。自分達の新しい生活に思い馳せ、天を貫くほどの歓声を上げ続ける。
(これでレイドボス対策に一歩前進ね。あとは私がどこまで切り札を作れるか、そこにかかってるわね。それにしても、あんな詠唱みたいなマネしないと使えないなんてね。自分のバカさ加減には呆れて物も言えないわね)
AWOにも、この世界にも存在しない新しい魔法の誕生。それもAWOの知識と力を用いることによってなされたものだ。
アリスは後に、この魔法を『仕様外スキル』と命名する。奏でるは終焉の夜想曲、我至るは黄金の理なり、結界魔法『鮮血の貴婦人』、この三つの『仕様外スキル』が冒険王の代名詞となることになる。
プロローグ。
アリスのスキル誕生秘話です。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




