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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第8章 迷宮(ダンジョン)
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第8章 迷宮(ダンジョン)(終)

大変お待たせしました。

皆様いつもありがとうございます。


「ん、朝、ね。身だしなみは……てきとーでいいわね。どうせ乱れるし」


 陽が昇った頃、洞窟の入り口付近に設置されたテントの中から寝ぼけた表情のアリスが這い出してきた。アリスは指輪――装備することで一定レベルの魔法が使えるようになる物――を付け替えると、桶に水を出した。桶の水にタオルを浸けて濡らした後、そのタオルで顔を洗う。

 開ききらない目で空を見上げると、そこには太陽が元気に輝いていた。


「今日も楽しいダンジョンアタックといきましょうか。んっ、この感じ慣れないわね」


 太陽に顔を向けながら大きく伸びをしたアリスは、唐突に小さく震えると愚痴を吐いた。その後、すぐに茂みに移動すると大きく広がったスカートをたくし上げる。

 アリスが今外で野営しているのにはいくつか理由がある。一つは先日の件でギルドに行き辛くなったこと、もう一つが町を出る前にお礼も兼ねて未攻略となっているダンジョンを攻略するためだ。ジムなどは引き止めてくれたが、それも振り切った。

 ダンジョン攻略はそれだけで冒険者として大きな功績となる。浅すぎる場合はそうでもないが現状わかっている情報から、ここのダンジョンは攻略できればAランク確実と言われている。

 そのため、ここにキャンプを張って数日こうしてダンジョンを細かく探索している。最奥を目指して攻略するだけならすぐに終わるはずだが、お礼も兼ねているためマッピングにも力を入れていた。

 そうして数日一人で過ごしていると、町にいた時には余裕がなくて気付かなかったことに気付くことになる。

 町に来た当初は塞ぎこんでいて、それからは周りの目や、自覚はなかったが緊張もしていたらしく、その問題を気にしている余裕などなかった。それでも確かに違和感もあったのだが、それ以外の問題が多すぎてそれどころではなかったのだ。

 その問題というのが、男性から女性になったことによる感覚の違いだ。今現在襲われている尿意もそうだが、他にも違いはあった。驚くべきことに、わずかだが精神にも影響はあった。

 女性になったことによる肉体的、精神的変化。数々の変化を耐えたり、気付かなかったりしていたものに目を向けることになった。

 独りになった途端に感じた寂しさ。宿にいた時には周りの人間が気にかけてくれていたために気付けなかった。

 男性の時には当然のように襲ってきた性的欲求。男性の時には唐突に肉体的にムラムラきたのだが、この身体になってからはそういうのはなくなっていた。反面、女性になったことを意識して、今までの異性の触れ合いを思い出してわずかに身体が火照ることがあった。


「こう、抜きたい時に抜けないのって不便よね。これが男女の違いってやつなのかしら?」


 ダンジョンアタックの準備を進めながら、アリスは自分の身体に対しての不満を口に出す。準備とは言うが、やるのは紙とペン、インクの確認くらいだ。食料はブラッド・ポーションで済むし、衣服は『穢れを払う』効果のおかげで清潔だ。髪や肌も夜に適当に洗っている。女性としては落第点かもしれないが、準備することはほとんどない。

 アリスは準備を終えると、周囲を確認しながらダンジョンである洞窟へと足を進めていく。残る未攻略エリアはダンジョン最終層、ボスエリアだけだ。


 ――ダンジョンの中でアリスは目頭を押さえて俯いていた。


「ビースト・ウォーロード……。ザコよりも弱いザコじゃないのよ……」


 アリスの前には切り伏せられた獣のように毛むくじゃらの上半身に、厳つい鎧を纏ったモンスターの死体が転がっている。

 戦闘は一方的なものだった。最初は相手がボスということもあって緊張していた。緊張から、この世界に来て初めて攻撃を受けることになってしまった。攻撃は確かに受けたのだが、軽く押された程度の衝撃しかなかった。

 そこからは、何も考えず正面での力押しだった。自身は無傷で、一度刃を振るうごとに相手は大ダメージを受けているようだった。さすがにダンジョンのボスだったため、多少耐えたが、十数回切りつける頃には後ろ向きに倒れて動かなくなった。


「ボス戦、終わっちゃった……」


 こうしてダンジョンアタックは終りを告げた。あまりにもあんまりな最後に、アリスはしばらくその場に立ち尽くしていた。


 ――ギルドマスターの部屋に、アリスとギルドマスターが向かい合って座っている。テーブルの上には、先ほど攻略が終わったばかりのダンジョンのマップとモンスターの詳細が書かれている紙が乗っている。


「うぅんむ、これはなんとも、ありがたいのぅ……。おんしの仲間を守れなかったワシらには過ぎた好意じゃて」


 ギルドマスターは髪の生えていない頭を撫でながら、申し訳なさそうにアリスに告げる。


「この町に対する最低限の恩返しをしただけよ。私には大した手間でもないもの」


 ギルドマスターが悲痛な面持ちで語った言葉に対して、アリスは目を瞑ったままあしらうように手を数度振りながらそう答えた。


「出て行くな、と言っても無駄じゃろうし、それは言わん。じゃが、最後に領主様に挨拶はしていってもらえんかの。スタンピートの件も含めて、何度か招待されとるんじゃけど」


「柄じゃないわ」


 アリスは町を出て行くことを決めている。ギルドマスターにはそれを止めるつもりはなかった。冒険者が拠点を移すのは珍しい話ではない。

 何度か領主からアリスに招待状が届いているのだが、今までは不安定な精神を理由にギルドマスターが止めていた。だが、町を出て行くならその前に一度でも領主の招待を受けてほしいと考えている。

 それを口に出したのだが、それは素気無くあしらわれる結果となる。その返答内容にはさすがに苦笑いを浮かべるしかできなかった。


(お前さんの礼儀作法で柄じゃないとか、多くの貴族が柄じゃなくなるじゃろうが)


 言葉には出さないが、そんなことを考えていた。


「ともかく、今日からお前さんはAランク冒険者じゃ。ダンジョン、それもボスのLVが87の大物。単独で攻略したんじゃ、誰も文句はあるまいて」


 ツッコミを入れたい気持ちを抑えながら、ギルドマスターはランクを更新したギルドカードをアリスへと差し出す。アリスはそれを受け取って少し眺めた後、後ろに放り投げつつアイテムボックスにしまった。


「まぁ、ありがたく受け取っておくわ。ランクとか正直どうでもいいんだけど、ないよりはマシでしょうし」


「そう言うでない。他の冒険者が聞いたらまた騒動が起こるわい」


 ため息を吐きながら、無駄とわかっていてアリスを諌める言葉を口にする。


「それよりも、この先どうするつもりじゃ? お前さんの実力を考えればグリムス領にでも行くのかの?」


「しばらくは王国内を巡ってみるわ。バトルジャンキーじゃあるまいし、強敵を求めて流離うつもりもないもの」


 アリスはそう答えると、ソファーから立ち上がってドアへと歩を進める。ドアノブに手をかけたところで、何かを思い出したようにドアを開けようとしていた動きを止める。そして、顔だけをギルドマスターの方へと向けると口を開いた。


「精々長生きしなさい、ご老人」


 そう告げて、再びドアへと向き直って部屋を出て行く。部屋の中には、一人の老人が残されていた。その姿は筋骨隆々な身体に反して、ひどく小さく見えた。


 ――少女は悩んでいた。相棒を失ったことに、心の整理がまだつかない。それでも、今日、この日『ここ』に来なければいけない気がした。

 自身が別の少女に告げた言葉。その少女の嗚咽する姿。様々な記憶が頭の中を巡って、考えがまとまらない。少女に告げた想いは未だ自分の心に残っている。それでも、少女の慟哭に心が痛む。

 少女は俯いて、その場に立ち尽くすことしかできないでいた。


「ルーシル?」


 俯いた少女、ルーシルの前に待ち人が現れる。ルーシルが顔を上げると、そこにいたのはアリスだった。アリスは気だるそうな表情でルーシルの顔を見ている。

 ルーシルはイェレナからアリスが町を出て行くことを聞いた。国内を巡るという話も聞いていたので、普段使っているのとは反対の門であるここにくることを予想して待っていた。もしも、すれ違って会えなければ、それはそれでよかった。むしろ、その方がいいとさえ思っていた。

 アリスは小さくため息を吐くと、何も言えずにいるルーシルを無視して門へと足を進めた。アリスが徐々に門番のいる場所へと近付いていき、ルーシルの心に焦りが募っていく。


「待って」


 ルーシルは小さな声ではあったが、ただ一言、そうアリスへ向けて言葉を紡いだ。それを聞いたアリスは足を止めて、ルーシルへと振り返る。その表情に光はなく、どこか冷たい印象を感じさせた。

 三人でいた時には見たことのないアリスの表情に、たじろぎそうになるのを堪えて口を開く。


「村に帰ることにした。メリアのお墓を作るつもり」


「そう」


「あなたのこと、許せるかわからない」


「そう」


「でも、もし、許せたら、また会いたい」


「そう」


「だから、あなたも、あなた自身を許せたら、会いにきて」


 ルーシルの最後の言葉に、アリスは目を瞑って黙ってしまう。ルーシル自信、何故自分がそんなことを言ったのか理解できないでいた。それでも、それ口にせずにはいられなかったのだ。


「また、会えるのを楽しみにしてるわ。ルーシル。私の初めてのお友達」


 アリスは目を瞑ったまま、答えを返して再び歩き始める。それ以上、ルーシルにはなにも言えなかった。ただ、アリスの背中を見送ることしかできなかった。『友達』、その言葉がルーシルの胸を締め付けていた。そして、その言葉が胸を温かくする。


(『友達』、だから、私はあなたを憎むだけなんてできないのかな……)


 これが二人の最後の出会い。二人の道はもう交わることはない……。


 ――ここはかつて開拓村だった場所。一人の少女が祖母の墓への道を歩いていた。今日は少女の祖母の命日だった。この日は祖母のこと、祖母の話したことを思い出す。

 祖母はかつて冒険者で、この村に帰ってきてからは、外で得た知識と力をもって村に多大な貢献をした。幼かった少女には祖母の話は、まるで英雄譚のように聞こえ、憧れすら抱いた。

 だが、祖母は自身が村に戻ってきた理由だけは語らなかった。そして、一度だけ寂しそうな顔をしてこう告げたことがある。


 ――私はあの子を許せたけど、あの子は、結局自分を許せなかったのね……。


 その言葉の意味を少女は理解することはなかった。

 祖母がなくなり年を重ねるごとに、少女の中の憧れは薄れていく。少女は自身に戦闘の才能がないことに気付いた。更に世間では『冒険王物語』が長年のロングヒットを記録していたのも理由だろう。たった独りでグリムス領を発展させた英雄の物語だ。

 少女が祖母の墓が視界に入るところまで来ると、その墓の前に一人の少女の姿が見えた。

 銀色に輝く髪、白く透き通るような肌、闇のように暗いドレス。少女の姿は、ただの村でしかないこの場所にはそぐわない美しさだった。その美しさに見惚れて、少女の足が完全に止まってしまう。


「あなたは、彼女の親族かしら?」


 まだ距離はあったはずなのに、銀の少女の声が少女の耳に届いた。その言葉を聞いた少女は足早に銀の少女に近付いていく。


「えっと、おばあちゃんの知り合い……。にしては、若すぎだし、えっと、どなたですか?」


 銀の少女が振り返る。その瞳はルビーのように鮮やかな真紅の色をしていた。銀の少女が小さく少女に向けて笑みを浮かべる。少女は同性でありながら、その姿に動悸が早くなるのを感じた。

 銀の少女は再び墓の方へと視線を向けると、寂しそうな表情を浮かべて口を開いた。


「ようやく、ようやく、私は私を許せたみたいだわ。遅くなってごめんなさい」


 そして、銀の少女は再び少女へと顔を向けて、満面の笑みを浮かべて『言葉/想い』を告げる。


「私が誰か、だったわね。そうね、私はあなたのおばあ様が『始めての友達』だったの」


 墓地に風が吹く。風は二人の少女を包んで、空へと消えていく。

 二人の少女の道は最期まで交わらなかった。それでも、交わした約束は守られた。交わした願いはここで重なりあう。

 銀の少女は『二人』が愛した村に訪れた。言葉にできなかった想いは今ここに、結実した。

 少女の祖母の墓の隣には、もう一つの墓がある。『三人』のパーティーは長い時を経て、再開する。

 そこにはかつてがある。それは語られなかった、『冒険王』の最初の物語。


これにて、過去ストムロック編完結です。

最後のシーンの時間軸についてはまだ内緒です。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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[一言]  良いと思います。  お疲れ様です。
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