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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第7章 そして『俺』は『私』になった
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第7章 そして『俺』は『私』になった2(終)

お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


 ――貴族には決闘という文化がある。貴族同士で互いに譲れないものがある時に行われる。決闘において最初から決められているルールは一つ、相手の命を奪わないことだ。それ以外のルールは互いに話し合って決める。

 

 ――アリスが男を挑発してから少しして、彼女はギルドの訓練施設で十数名の男達と対峙していた。

 アリスの挑発は、図らずとも決闘の申し込みという形になった。アリスは貴族ではないが、相手は貴族だった。だから相手はそれを決闘として受けた。そして、追加されたルールは、アリス一人に対して、相手はパーティーメンバー全員で戦うというものだった。


 これをアリス『が』提案した。


 当然のようにそれを提案したアリスに対して、男は机をひっくり返すほどに激怒した。だが、それを好機と考え提案を受入れた。

 部屋を出て行く時、イェレナがアリスを諭そうとしたが、思わぬ回答に何も言えなくなった。


 ――だって、後から他の猿を相手するの面倒じゃない。害獣は一箇所に集めて駆除するに限るわ。


 まるで当然のように妖しく笑いながらアリスはそう答えたのだ。

 そして、今、アリスの前には十数人の男達が武器を手に立っている。対するアリスは何も持たず唇に指を当てて、その様子を見ていた。その目は細められ、口の端は上がっている。まるで、哀れむような笑顔だ。

 当然のことだが、その笑みを向けられた男達は苛立ちを隠せずにいた。獲物と言う立場はアリスの方だと考えるからこそ、その獲物が目の前で不敵な笑みを浮かべているのが気に入らないのだ。


「これより決闘を始める。見届け人はわし、冒険者ギルド、ストムロック領支部ギルドマスター―――が務める。ルールは一つ、命は奪うな。それだけだ」


 ギルドマスターが遠方から最後の確認を行う。彼の額には汗が浮かんでいる。彼とイェレナはアリスのレベルを知っている。だが、完全に未知の数字であるため、この決闘に不安を覚えてしまう。


(死ぬことがないとはいえ、これでは生贄ではないか。もしもの時はわしの首をかけてでもお譲ちゃんを助けるしかないかの)


 十数人を一人で相手する。普通に考えれば無謀なそれに、勝てるとは考えられなかった。だから、見落としていた。忘れていたわけではない。ただ、この展開の中で『その事実』を重要視できていなかった。


「それでは、決闘、はじめっ!」


 昨日、アリスは『無傷』で数人の男を『素手』で『解体』していた事実を……。


「あがぁああああああああ!!」


 合図と同時に先頭に立っていた男の一人が声を上げて『横』に崩れ落ちる。突然の出来事に男達も三人の見学者も、驚愕することしかできない。

 突然男が倒れたことも、それなりに距離を取っていたはずのアリスがポーションの瓶を倒れた男に傾け見下ろしていたことも、周りには理解できなかったのだ。


「ん。メリアの動きを真似てみたけど、全然だめね。もっと、こう、瞬発力を活かして……」


 自分の動きに納得がいかず、首を傾げて男を見下ろすアリス。その手には、大きな鎌が一つ握られていた。


「武術って難しいのね。あんなところまで吹っ飛んじゃったし」


 そう言いながらアリスが視線を動かした先には、誰のものとも知れない身体から切り離された脚が転がっていた。その脚から、倒れこむ男までの間には赤い液体が飛び散っている。

 これがどういうことなのか理解できない者はここにはいない。

 アリスが決闘開始と同時に男の片脚を切り飛ばしたのだ。それによって、男はバランスが取れずに横向きに倒れた。

 例え下衆でも命懸けの冒険者。男達は状況を理解してすぐに武器を構えて、視線をアリスへと向けた。男達の間に緊張が走る。

 だが、視線を向けられた本人であるアリスは、鎌を素振りしながら何度も首を傾げていた。


(なんか、こうしっくりこないわね。やっぱり、慣れてないのかもしれないわね。初めて使ったんだから仕方ないかもしれないけど)


「今回はステータスごり押しで妥協しようかしらね」


 男達が警戒する中で、アリスはそう口にして小さく微笑む。そして、鎌を構えた後に真っ直ぐに男達へと跳躍した。

ただの跳躍であれば、それこそリザードマンが相手でも男達は対処できただろう。しかし、今目の前にいるのは日の光を浴びていないLV250の吸血鬼なのだ。身体能力に頼った戦い方であっても、ランクの低い冒険者が反応できるものではない。

その結果、どうなるかは火を見るより明らかだ。


これから始まるのは決闘ではない、蹂躙である。


「は? おい? ふざけるなよ。あり得ねぇだろ……」


 パーティーのリーダーである、貴族の子息である男の前で、男達の腕が、脚が宙を舞う。その度に悲鳴が響き渡り、男達が倒れふす。異常であることに気付いて逃げようとした男は、両脚を切り飛ばされ、顔面と胴体で訓練施設の砂地の上を滑ることになった。


「支援だけが取り得のガキなんじゃねーのかよ。なんで……」


 この町におけるアリスの評価は『支援に特化した少女』といったところだった。戦闘を嫌う姿から、そう考えられていたのだ。

 この世界にレベルはあっても、ステータスは少なくとも知ることはない。だから、ギルドマスターですら、アリスが戦えるとは考えていなかった。それは男達も同じだったのだ。

 最後の仲間が切り伏せられ、アリスが取り出したポーションを使って男の命を繋いだ。アリスの視線が貴族の男に向けられる。視線を受けた男は、悲鳴が漏れそうになるのを必死に堪えて、一歩後ろに下がった。

 決闘において決着は寸止めか打撃による気絶、降参がほとんどだ。男もかつて幾度か決闘を行ったが、その全ての決着はいずれかだった。四肢を切り飛ばすなど、本来ならあり得ない出来事なのだ。

 あり得ない出来事に怯えた表情を浮かべる男を見て、アリスは小さく笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。死なないし、殺さない。ちゃんと生きて終われるわ。殺しちゃったら、私の負けになってしまうもの」


 決闘の唯一のルールは相手を殺さないことだ。アリスはルールを守るために、自前のポーションまで使っていた。その『事実/狂気』に男の中に残っていた自尊心が砕け散る。


「お、おい、まさか貴族の俺も同じようにするなんて言わないよな? 金か? それとも権力の後ろ盾か? なぁ、何が欲しいんだ?」


 男は震える声で必死に訴える。いつだって自分だけは傷つかないようにしてきた。仲間が死んだこともある。その時でも怒りこそすれ怯えることはなかった。何故なら、自分を守る人間がまだいたからだ。だから、相手に媚を売るほどに強い恐怖を感じてしまった。

そんな男に対して、アリスは満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「あなたの恐怖で歪む顔がもっと見たいわ」


 その言葉を男は即時に理解することができた。自分が今まで他者に対してしてきたことだ。理解できないはずがない。故に、男が取れる選択は一つしかなかった。


「わかった! こう……コホッ」


 最後の選択を取ろうとした瞬間、首に圧力を感じて言葉が止まる。男が視線を下に向けると、そこには自分の首に向けて腕を伸ばしたアリスがいた。


「何か言ったかしら?」


 アリスが言葉を口にしながら腕に力をこめる。それと同時に男の首にかかる圧力も増した。アリスの小さな手が男の首を絞めているのだ。

 アリスはそのまま男を地面に叩きつける。背中から伝わってきた衝撃に、男は肺の中の空気が全て口から外に噴出したのを感じた。そのせいで、再び降参を口にすることもできずに目の前の光景に目を向けていた。

 大鎌を構えて男を見下ろすアリスの姿。それがこの決闘で男が最後に見た光景だった。


 ――決闘の見学者であるイェレナとルーシル。二人は離れた場所から決闘を見守っていた。しかし、アリスによる蹂躙が始まると、ルーシルは目を見開いて口元を押さえたまま固まってしまっていた。

 もう一人の見学者であるイェレナは、男達が蹂躙される光景を前にして違和感を抱いていた。

 ギルドマスターですら、アリスがここまで強いとも、蹂躙と呼ぶべき行為ができるとは考えていなかった。だが、イェレナだけはわずかに違う考えを持っていた。


(あの子の性格を考えれば、一晩であそこまで変わるなんてあり得ない。それに、今日のあの子は、『出会った時』のあの子と同じ口調だった)


 イェレナは唯一、スタンピートの時にアリスの内心を知ることができた人物だ。それ故に、わずか一晩でここまで豹変したアリスに対して疑問を抱くことができた。


(私の予測が間違ってた? いや、後の様子を見る限りそれはない。それに、あの口調。だとすれば……)


 イェレナの中で仮説が組みあがっていく。そして、その仮説が頭の中で完成すると同時に、決闘はアリスの勝利で終りを告げた。アリスの鎌が男の両腕を斬り落として、男を見下ろしている。


「なんで。あんな、酷い……」


 決闘の終りを見届けたルーシルが嫌悪感を隠さない表情で口を開いた。その顔はアリスへと向けられていた。


(確かに、傍から見ればやりすぎに見えるかもね。でも、あれでもぬるいくらいだと私は思うけどね。それより……)


「どうしてかって? その答えが知りたければあの子を追いかけてみればいいさ。何かを話す必要も、面と向かって会う必要もない。ただ、あの子が『どうなるか』を見てくればいい」


 ルーシルの疑問に対して、イェレナはそう答える。イェレナは自分の中にある仮説が正しければ、その答えはわかるはずだと考えていた。

 施設の出口へと向かうアリスの姿が遠くに見える。ルーシルは何かを考え込んでいたが、一度自分の手を強く握るとゆっくりとした足取りでアリスを追いかけていく。イェレナはその姿を見送りながら目を閉じる。


――アリスを追いかけて施設の外に出たルーシルは、茂みの中にいるアリスを見つけることができた。見つけることはできたのだが、話しかけることも近付くこともできないでいた。


「あぁあああああ。ひっぐ。うぅ……」


 ルーシルがアリスを見つけて、すでに数分が経っている。しかし、アリスは見つけた時からすでに、茂みの中で身体を抱きしめながら嘔吐と嗚咽を繰り返していた。

 その姿を見て彼女が勝者であると、誰も思わないだろう。


(なんで、なんで彼女が……。わからない……。でも、あんなこと、したいわけじゃなかった……)


 ルーシルには何故アリスがそうなっているのか理解できなかった。できなかったが、何故かその姿に安心している自分がいることに気付く。戦うのを怖がり、モンスターに襲われそうになって泣き出すアリスの姿が、今のアリスと重なる。


 メリアが守りたいと願った少女がそこにいた。ルーシルはその少女をただ見ていることしかできなかった。


 ――夜、月明かりしか照らすもののない暗い町の中を歩く一人の男がいた。男は昼にアリスと決闘を行った貴族の男だった。


(クソがッ。絶対あのクソガキ許さねぇ。中央に戻って親父に……)


 男は失った両腕に視線を向けながら、怒りに心を震わせていた。決闘の後、目を覚ました時、男は両腕を失い、周りに仲間はいなかった。冒険者として必要な全てを失ったのだ。

 男が濁った瞳を闇に閉ざされた道に向けた時、男の周囲に大量のコウモリが飛び交った。コウモリ達は男に絡みつくように飛び回り、視界を塞ぐ。普段のように腕で顔を覆おうとするが、ない腕では顔を隠すことができずに歯噛みする。そのため、男は下を向いて必死に耐えることしかできなかった。


「今夜はとても月が綺麗ね」


 コウモリの中から美しく、艶のある声が聞こえる。コウモリ達は規則正しく動き回り、最後には男の目の前で一つの塊になっていく。塊は黒い色はそのままに、少女の形を作っていた。黒い塊は徐々に色づいていき、男の見覚えがある姿へと変貌を遂げる。

 その少女の姿を目にした男は恐怖で身動き一つとることができないでいた。忘れるはずがない、その姿に呼吸すら止めて震えることしかできなかった。


「こんなに綺麗な夜だもの。あなたの最期(ラストダンス)にしては上等すぎるくらいじゃないかしら?」


 夜は魔の時間である。男は人生の最期に、美しき魔に出会った。月光に照らされた美しき白銀の少女。それが男が最期に出会った存在だった。


 ――翌朝、ギルドの受付でイェレナは考え事をしていた。当然、その考え事というのはアリスのことだ。


(何かを演じて、自分の本来の感性を押さえ込む。表向きには変わったように見えるけど、内側に溜め込んでいるだけ。結局独りになれば爆発するしかない。長生きできない冒険者にたまに見る特徴か……)


 数多くの冒険者を見てきたイェレナは、今のアリスのような冒険者を見たことがある。それらは長く生きられなかった。ただ、アリスはそれらと決定的に違う点が一つあった。圧倒的な強さを持っていることだ。


(あの子の行く末はどうなることか……)


 その一点がアリスの行く末をわからないものにしていた。

 その数時間後、イェレナの元に一つの報告が届く。それは、アリスの今後、その一つを決定付けるものとなる。

 その報告とは、アリスと決闘を行った冒険者パーティー全員の死体が町の外で、モンスターに弄ばれているのが発見されたというものだった。

 誰もがモンスターにやられたとは考えなかった。四肢の一部を失った人間が町の外に出るなどあり得ないとわかっているからだ。だが、犯人が見つかることはなかった。その男達に恨みを抱いている人間が多すぎたからだ。

 犯人は見つからない。しかし、一番の容疑者は存在した。急に豹変した一人の少女。この日を境に、彼女は周囲から恐れられることになる。ただの冒険者が強すぎる力を持つことに恐れを抱く者は多い。

 少女、アリスが己の道を選ぶ時がきた。女神の物語が終り、冒険王の物語が始まる。


少女はダンジョンへ向かう。

恐れられ、それでも町の人々への想いは色あせることはない。

少女は町の人々に何かを残す為に、ダンジョンへと向かう。


次章、第8章 迷宮


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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