第22章 かつての戦友2(3/27 挿絵追加)
調子が乗ったから深夜投稿Ver2
今日明日が休みだからがっつり書けるといいな!挿絵も(´・ω・`)
――日は完全に落ち、外は暗闇が支配する時間。この世界に街灯など存在しないため、日が完全に落ちれば一部の夜も営業している店舗の中から漏れる光や、店先に置いている光だけが道を照らすことになる。
そう言った店舗に用事がないものは決して出歩くことはない。
今でもこの世界では光ない夜は魔性が支配するものだと信じられ、同じ人間もまた魔性へと心が変わると考えられていた。
――そう、夜は魔性が支配し、人の心に暗闇を落とし込むのだ。
領主の館の光なき一室にか細い吐息が響く。吐息は繰り返し漏れ、ベッドに座るその主が苦痛に喘いでいることを示していた。
吐息の主の向かいには従者の女性が立っている。女性は何かを我慢するように必死に自身の身体を抱きしめる吐息の主を何も言わず見ている。
そして一際大きな吐息が部屋に響いた時、女性は自身の服を肌蹴させ肩を露出させる。その姿を潤んだ瞳で見つめ、吐息の主たる少女はより強くなる吐息に身を震わせる。
やがて自身を抱きしめていた腕が女性へと伸び始めるが、その腕は震え、躊躇いが見て取れる。
「あっ……」
その手が女性へと触れた瞬間少女から声が漏れる。だがすぐに少女は弾かれたように腕を引っ込めてしまう。そして自身の身体を先ほどよりも強く抱きしめる。
抱きしめた身体を震わせ、少女は意味を持たない喘ぎを上げ続ける。
女性はそんな少女の傍に寄り、肌蹴た肌を少女の目の前へと差し出す。少女の身体が一度大きく跳ね上がる。
少女はその白く美しい肌から潤んだ瞳を離すことができず、だらしなく口を開き吐息を漏らす。次第に自身を抱きしめる腕からも力が失われていく。
そして少女の小さな両の手が女性の首を撫でる。指先から感じる『ソレ』の流れる感覚に、口の端から一滴の唾液が垂れる。
少女の瞳から徐々に光が失われていく。『ソレ』を求める本能が身体と心を支配し始める。
遂に少女の瞳から完全に光が失われると、少女はその両の手を女性の鎖骨の辺りに乗せ、顔を首筋へと近づけた。
少女の口から覗く尖った歯が女性の首筋に触れ、突き刺さった。少女の瞳からは涙が零れ落ちる。
更に深く、深く歯が食い込み、少女の口内に本能が求め続けた『ソレ』が流れてくる。その感覚に少女は更に涙を流す。
一度始めてしまえば止めることができないのか、少女は涙を止めることもなく、ただ後悔と嫌悪感の混じる声音で喘ぎ声を上げ続ける。
そうしている間にも口内には赤い『ソレ』がとめどなく流れ込み、少女の口を、喉を潤していく。
少女の表情が心の苦痛で更に歪む。まるで泣き叫び親に甘える子どものような表情で女性の『血液』で喉を潤し続ける。
女性はそんな少女は拒絶することなく、ただ優しく抱きしめた。少女の喘ぎが大きくなる。
徐々に女性の首筋に突き刺さる歯の感覚が弱くなっていく。
少女は光を失くした瞳から涙を流したまま目蓋を閉じていく。目蓋が完全に閉じるのと同時に少女の小さな口は女性の首筋から離れ、少女の赤い雫の漏れ出す口からは寝息が響いていた。
「お疲れ様でごぜーますよ。マスター」
そう告げたモアはアリスの口元を拭って、静かに小さな主の身体をベッドに横たえ、布団を被せる。
アリス・ドラクレア・グリムスは吸血鬼だ。この世界に降り立ち吸血鬼の身体となり、様々なメリットとデメリットを抱えることとなった。
AWOでは設定でしか存在していなかった吸血衝動。それもまたアリスの身に存在していた。
他者を傷つけることを恐れてやまないアリスにとって、他者の命とも言うべき血液を奪う行為は忌むべき物であった。
初めてその衝動に襲われた時は、幸いAWO時代に作成した吸血鬼用のポーションである『ブラッドポーション』が手元にあった為それで凌いでいた。
このブラッドポーション、通常のHP回復ポーションではHPを回復できない吸血鬼用のものであるのだが、その材料にモンスターの血液を使用していた。
このモンスターの血液は設定上では吸血鬼の渇きを凌ぐことはできても、満たすことはできないとされており、渇きを満たすにはプレイヤー種族に設定される種族――機械人は除く――の血液でなければならなかった。
それはアリスの身にも降りかかった。数年はブラッドポーションとモンスターの血液で耐えることができた。
だがそれにも限界が訪れた。限界を迎えたアリスは自身の従者であり、最初の娘とも言える側付きのモアにその吸血衝動を向けてしまったのだ。
アリスの苦痛と嘆きを側で見続けてきたモアはそれを受け入れた。幸い普通とは違うモアの血でも渇きを満たすことができた。そして、それ以降アリスの吸血衝動を一身に受け続けた。
アリスがヒトの血液を奪うことを嫌っているのはわかっている。しかし、それ以上にアリスの苦しむ姿を見たくなかった。
だから自分を差し出した。生み出してくれた母に自身の持てる『血液』で愛を示し続けたのだ。
普段金銭にがめついことを言ってはいても、モアはアリスを愛している。それが親愛か別の何かなのかはわからない。だが偽りでだけはないことは確かだった。
アリスはいつも吸血を終えると涙を流したまま眠りにつき、その表情は悲しみにぬれていた。モアはアリスの穏やかな寝顔など一度も見たことはない。
かつては満たされぬ本能が、今は自身へ向ける嫌悪が、アリスに穏やかな眠りを与えることを許さない。
アリスのこの姿を知っているのは従者である三人とエレミアだけである。モアはアリスのこの姿をそれ以外の人物に晒すことを決してよしとしない。
それは彼女の『強欲』なのだろうか……。
小さな主の寝顔は今日も悲しみにぬれる。
――ウィリアムは会議で領地を離れていた間に溜まった書類に目を通す。これと言った問題は見受けられない。ただ二つ……。
――『転移者問題』
――『白銀の竜騎士』
それを除けばだ。そしてこの二つの問題に明日大きな動きが現れる。
竜人、鬼人、機械人、この三種族に加えて、今までアリスともう一人しか存在しなかった吸血鬼。それが大量に流入することになる。
混乱は避けられないだろう。解決策はいくつか思い浮かぶ。最悪、全員グリムス領に送り込めば済む話ではある。
だがそんな最悪の考えには彼の想い人は難色を示すだろう。
(対応を誤ればカリュガに流れかねねーな。
転移者の情報こそなんとか渡さないで済んでるが、知られればアイツらは絶対に動く。
前科がある分注意は最大限必要か……)
ウィリアムは二つの意味でカリュガ帝国の取り込みを危惧していた。
かつてカリュガ帝国はアリスの取り込みを行おうとしたことがあった。その時帝国はこのアンジェリスに工作員を送り込み人質にとると言う蛮行に及んだのだ。
その時はまだ幼かったウィリアムも人質の一人となった。そして当のアリスに助けられたのだ。
その時の事は今も鮮明に覚えていた。
アリスの従者達が町に潜伏する工作員達を殺して回り、アリスは人質に取られたウィリアムを救うために戦った。
涙を流し、苦痛を浮かばせる表情で工作員達の血液を吸い上げる能力を使ったアリス。冷静だが優しいもう一人母の知らない顔がそこにはあった。
そして工作員達を片付けたアリスの見せた憂いに彩られた表情。
幸いその場にいた人質はウィリアムだけだったので、血に塗れるアリスの姿を見たのは自分だけだった。
思えばウィリアムがアリスを母としてではなく、一人の女性として愛してしまったのはこの時だったのだろう。
この事件を覚えているからこそ、ウィリアムは帝国を警戒している。帝国に転移者の戦力が渡ること、そしてアリスが再びあの姿を晒さざる得なくなることをだ。
「明日が開戦だ。ここの結果如何では対カリュガに戦略が移る。最悪戦争へのカウントダウンだ。
頼むぜ『騎士様』。あんたは間違いなく鍵の一つなんだからよ……」
書類を机に放り投げそう嘆くウィリアムの顔には疲労の色がありありと表れていた。ため息を吐こうとしたところで扉をノックする音が聞こえる。
「ウィリアム様、紅茶を淹れてまいりました」
扉の向こうから聞こえてきたのは補佐も務める執事の声だった。
一度休憩を入れるためにウィリアムは机を片付け始めた。
――月の光が照らすこの場所で町を囲う壁を見つめる青年がいた。
(明日が勝負だ。明日伯爵にうまく売り込めなければ、何もわからないこの世界でアイツを探すのは難しいだろうな。
それに護れる人数に限りがあるとはいえ、全員を投げ出すわけにもいかないしな)
青年は明日訪れる勝負の時を想い、夜風にその整った顔を晒していた。冷たい夜風に触れ、炎のように赤い髪がなびく。時間など考えず今すぐにでも伯爵に会って自分を売り込みたい衝動を、夜風が優しく冷やす。
「決戦は近い……か」
今夜は眠れそうにないな、と考え身体を動かすべく人気のない場所を目指す。徹夜自体は苦にはならないが、何かしていないと先走ってしまいそうな気がしたのだ。
(問題あるみたいだからモンスターは狩らないけどな)
再会の時は間近だ。
――夢を見ている。それは人が見る夢。儚い過去。
そこには『彼/彼女』の友人達がいた。一緒にダンジョンに潜ってボスを周回――繰り返し同じ場所やイベントをプレイすること――していた。目的のアイテムが出なくて何度も繰り返す。
何度も愚痴を言いながら『彼/彼女』達は見飽きたボスを討伐する。『彼/彼女』はそれだけでも満たされていたのだ。
そしてついに目的のアイテムを手にする。皆がバカみたいに喜んだ。
『彼/彼女』は手に持つアイテムににやけた表情のまま視線を落とす。アイテムを一頻り弄ったあと、友人達へと視線を向ける。
首が飛んだ
腕が千切れた
胴に穴が空いた
臓物が溢れ出していた
身体が二つに分かれていた
皮が剥がれ落ちていた
燃えていた
赤かった
友人達の慟哭が聞こえる。すぐに『彼/彼女』は友人達に必死にポーションをふりかけるが効果は表れない。友人達の助けを求める声が『彼/彼女』の耳に響く。助けを求める手が『彼/彼女』に触れる。
何かに急かされるように謝りながら『彼/彼女』はポーションをふりまく。そしてポーションが底をついた。
今も呻き泣き、助けを求める友人達を見ていることしかできない。それが堪えられなくて、『彼/彼女』は自分の目を手で覆い隠す。
だが顔に触れた手から感じる感触に水分を感じる。慌てて手を離すしその手を見ると、そこは赤色に染まっていた。
そう、真っ赤な血に染まった手。これは紛れもなく『彼女』の手だ。『彼』が押し付けたものだ。
気付けば足は赤い血の沼にはまっていた。『彼/彼女』にはわかった。これは『彼』の代わりに『彼女』が流したモノだ。
今も友人達が苦しんでいる。その姿も知っている。それは『彼』の代わりに『彼女』が行ったコトだ。
視界が赤く染まる。空が、月が、世界の全てが赤く見える。これが『彼』の代わりに『彼女』が作ったバショだ。
「ああああああああああああああああああっ!」
継いで『彼女』の目に飛び込んできたのは赤い世界ではなく、ベッドに付けられた天蓋だった。
「おはよーごぜーます、マスター」
声が聞こえ『彼女』が横を向けば、そこにはいつもの従者がいつもの姿で立っていた。部屋はほんのりと日の光で明るくなっており、そこが赤い世界ではないことを告げている。
――悪夢
アリスは何度も、それこそ数え切れない程見てきたモノ。それは自身の罪であり、弱さの証明。
寝巻きは汗で濡れ、身体が震える。胸からこみ上げるものを感じ、何かを求めるように腕が宙をかくと、横から袋を被せた箱が差し出された。
アリスはそれを急いで受け取るとその中に胃の内容物を全て吐き出す。その目は見開き、涙が流れている。内容物が終われば今度は胃液の番である。
アリスの嘔吐は数分間にも及んだ。終わってからもその瞳に生気はなく、虚ろとしている。人前で嘔吐することこそなくなったが、その精神は弱く、悪夢を見た朝には抑えられなくなる。
モアが横からタオルでアリスの口を拭う。それにもされるがままで、一切の力を感じない。
それが終わればモアの手で寝巻きを剥ぎ取られ、身体を新しいタオルで拭かれる。そうして着替えと髪の手入れまでの一切を無気力状態でモアの手で終えたアリスはふらりと力なく立ち上がると、自分の手を見つめる。
そこが赤く染まっていないのを確認してようやくアリスの瞳に生気が戻ってきた。
悪夢を見た日の朝はいつもこうなってしまうのだ。
(ああ、また、ううん、まだなのね……)
ようやく覚醒し始めた頭でモアの存在を確認すると、頭を数回振って完全な覚醒を促す。
「さあ、今日は大事な日なのだから食堂に急ぎましょう。
空腹で鳴るお腹のままお客様を迎えるなんて恥ずかしいことはできないもの」
そしていつもの調子を取り戻してドアへと足を向けた。
ゲロイン推参!
夜の出来事お届けしました。
吸血シーンは超ノリノリで書いてました