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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第7章 そして『俺』は『私』になった
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第7章 そして『俺』は『私』になった1

お待たせしました。

今回は事前告知なしです。完成したので即投稿。

いつも皆様、ありがとうございます。


 爪を噛む音が聞こえる。暗い、くらい、くらい、箱の中で爪を噛む音が聞こえる。

 歯車が廻る音が聞こえる。光が、希望ひかりが、ひかりが欠けた、小さなはこの中で歯車が廻る音が鳴り響く。

 赤い光が二つ、暗い箱の中で輝く。輝く真紅に光はなく、矛盾している。光なき真紅の輝きはどこにも向けられることなく、宙を彷徨う。


 ――俺のせいじゃない。


 小さく漏れる音は箱の中で溶けて消える。


 ――俺のせいじゃない。


 繰り返すなる音は何にも伝わることなく消えていく。


 ――俺のせいじゃない。


 はこの中で音は歯車の廻る音にかき消されている。


 ――俺の……。


 音は『自身』にすら届かない。

 音が消える。音が遠くなる。音が……。


 ――だから、私はここにいる。


 音が聞こえた。音が箱を満たした。音がはこを覆い隠す。

 その音は、妖艶に、挑発的に、可憐に、優雅に、冒涜的に、毒のように、喜びに、悲哀に、憂鬱に、響き闇を侵す。

 真紅に光が差す。真紅が揺れた後、箱の中に月の明かりが差し込んだ。


 ――私はここにいる。だから、『俺』はもういらない。


 月明かりに照らされて銀の少女が妖艶に嗤う。


 ――愚かで不出来な『俺』には何も、何もできない。ただ、他者を恨み、助けを求めることしかできない。あぁ、なんて惨めなのかしら。

 だから、私はここにいる。あなたが望まない全てを私が受け止める。あなたが目を背けた全てを私が見つめる。

 私はここに、いる。


 少女が嗤う。誰かを蔑みながら、誰かを悼みながら。

 少女が言葉を口にする度に、はこは深く、奥深くに沈んでいく。沈んだ闇は少女の光に照らされて消えていく。


 ――さぁ、ここから全てを始めましょう。


 闇の中から少女が生まれた。演技につくられた偽りの少女が消え、本当の少女の物語が始まる。

 女神は童話となり、王は伝説となる。女神が消え、王だけが人の世に残る。嘆くことしかできない女神をはこに押し込み、はこに捕らわれていた王が姿を現した。


 ――あぁ、今夜もとても、えぇ、とても月が綺麗だわ……。


 月に笑いかけるのは、この世界にただ一人の種族。ただ一人にして、王。絶対の不死者となった少女。

 吸血鬼の姫ヴァンパイア・プリンセス、血を奪い生きる者。

 夜の支配者は月に恍惚とした表情を向けて、舌なめずりをする。幼い容姿でありながら、その姿は異性だけでなく、同性の欲情すら誘う淫猥さを秘めている。

 爪を噛む音も、歯車が廻る音も、もう聞こえない。聞こえるのは少女の熱が篭ったため息だけだ。

 少女が目を閉じる。暗闇に映るのは、弱く何もできなかった女神の姿。

 少女を演じ、その果てに大切なものを失った愚者の姿。

 本当に守りたかったのなら、少女を演じるのではなく、少女になるしかなかった。少女に全てを押し付けて、こう口にしなければならなかった。


 ――俺は悪くない。


 それをしなかった。だから、弱いまま、大切なものを失った。失って初めて、『青年』はそれに気付いた。

 正面から受け止めきれないなら、何かに擦り付けてしまえばいい。弱くて最低な考えでも、間違いではない。

 できないことをやろうとして、『できませんでした』で終わるよりずっといい。逃げて、目を逸らして、擦り付けて、その結果として誰も不幸にならないならそれで十分だ。

 もし失敗しても悪いのは『少女』の罪で、『青年』の責任じゃない。成功しても『少女』の功績で、『青年』の名誉じゃない。

 同郷の助けを待つのは無駄だ。世界に優しさを求めるのは無意味だ。当たり前の自分の在り方など無価値だ。

 だから強く、気高い少女がここにいる。まだつぎはぎだらけの少女だが、それでも『殺す』ことくらいできる。


 ――だって、私は吸血鬼の姫ヴァンパイア・プリンセス、『アリス』だもの。だから、おやすみなさい。日本人の『俺』。


 沈む、沈んでいく。

 

 絶望の果てに、『青年』はかつて『娘』とまで呼んだ『少女』を世界の生贄に差し出した。

 

 はこはもう闇の底。


――だから、俺のせいじゃない。




 ――事件の翌日、ルーシルはギルドマスターの部屋に呼ばれていた。そこにいたのはギルドマスターの老人とイェレナ、そして冒険者をしている貴族の三男だった。

 男は横柄な態度でソファーに腰掛けて、嘗め回すような視線をルーシルに向けている。それに嫌悪感を抱くが、どうすることもできなかった。


「おぃおーい。肝心のアリスってガキがいねーじゃねーか。どういうことだよ。ギルマスさんよ、まさか呼んでないわけじゃねーよな?」


「呼んではいるんだがの。昨日の事件のすぐ後じゃし、遅くても許してはくれんかの」


 男は焦れたようにギルドマスターに文句を口にする。それに対してギルドマスターは普段のお茶目な態度ではなく、真面目な様子で返答する。

 男はそれを鼻で笑って、再び口を開いた。


「あん? なんで『加害者』が遅れるんだよ。あり得ないだろ。『被害者』の俺らがこうして時間通り来てるのに、ふざけてんのか?」


 ルーシルは男の言い様に喉まで言葉が出かけるが、それを口にすることはできなかった。

 それは昨日、自分がアリスに向けて放った言葉と、今も心の中にあるわだかまりのせいだった。

 『ヒトゴロシ』、そう口にした時のアリスの絶望した表情に罪の意識を感じるが、アリスが最初から戦っていればという思いも本心だったのだ。そして、その思いは今もルーシルの心の中に残っている。

 罪悪感と怒りの二つが混ざり合って、アリスをかばうことができなかった。


「なぁ、そこのお嬢さんもそう思うだろ? あのガキのせいでお仲間が死んじまったんだ」


 ルーシルが何も言い出せないでいると、男が下品な笑みを浮かべて語りかけてきた。ルーシルはそれでも何かを口にすることはできずに、周りに視線を向けるだけしかできない。ギルドマスターやイェレナはその様子を沈痛な面持ちで見守ることしかできない。


「でも、安心しろよ。あのガキはやらかした悪事の分だけ、うちのパーティーでしっかりと面倒見てやるよ」


「ひっ……」


 元々下品だった笑みは更に深みを増す。そのあまりの醜さに、ルーシルの口から小さく悲鳴が漏れた。

 今まで感じていた貴族と言う地位への恐怖、いやらしい表情への嫌悪は、完全に同じ人間とは思えなくなった相手への恐怖で塗りつぶされた。

 ルーシルは怯えから自身の身体が小さく震えていることに気付いて、それを両腕で抱きしめて俯いてしまう。


「そんなに怯えんなよ。そりゃ、今から大事な仲間を殺した殺人鬼が来るんだ。怖いかもしれねーけどなぁ」


 男は醜い笑みを浮かべながらそんなことを口にした。その内容があまりに見当違いであることも、わかっていて言っているのだ。

 ルーシルは言葉を返すことはおろか、相手の顔すら見ることができない。ただひたすらに恐怖に身を震わせるだけだった。


「うちできっちり調教して使ってやるさ。ガキなんざ趣味じゃねーから、『そういう奴』に任せることにするけどな。

なんなら、あんたも見に来るかい? あのガキが泣きながら許しを請う姿をさ」


 気弱で優しいアリスが権力を相手に抵抗できるとは考えられなかった。暴力ならもしかしたらどうにかなるかもしれない。だが、権力が相手ではさすがのアリスでもどうにもならないのではないだろうか。だから、男の言っていることが現実になるのだと、ルーシルは確信してしまった。


「趣味じゃねーけど、俺も一回くらい『教育』してやってもいいかもな。まぁ、俺のじゃでかすぎて裂けちまうかもしれ……」


「やぁねぇ。呼び出されて来てみれば、気色悪い猿もどきが自分のポークピッツを自慢してるとこに出くわすなんて……」


 男が楽しそうに下衆な話をしていると、突然部屋の中に透き通るような声が響き渡った。

 ドアの開く音はしなかった。ルーシルは自分が怯えていたせいで、気付かなかっただけなのかと疑問に思う。しかし、周りを見渡してみれば、男もイェレナも、そしてギルドマスターでさえも驚愕の表情を浮かべて同じ方向へ視線を向けていた。


「はぁ……。幽霊でも見つけたみたいな表情で見ないでくれるかしら。まぁ、人外って意味じゃ似たり寄ったりかもしれないけど」


 呆れたような声がする方向へとルーシルが顔を向けると、そこにいたのは銀色の少女だった。少女は呆れたような表情で、片目だけをこちらに向けていた。

 ルーシルにはそれが誰なのか理解できなかった。良く似た姿の少女は知っている。だが、『彼女』は目の前の少女のようにふてぶてしい印象さえ抱くような人物ではなかった。気弱で、どこか間の抜けた感じの少女だったはずだった。

 だから、ルーシルは目の前にいる人物が誰なのか理解できなかった。


「遅れてごめんなさい。とりあえず適当に座ればいいのかしら? できれば、そこのポークピッツの隣だけは勘弁してほしいんだけど。なんていうか、イカっぽい臭いがしそうで嫌だわ」


 男に視線を向けて、わざとらしく嫌そうな表情を浮かべてそう告げる。

 ギルドマスターもイェレナも、そんな少女の様子に呆気に取られて何も口に出すことができなかった。唯一、この場で動くことができたのは、バカにされた男だけだった。


「おい、クソガキ、ヒトゴロシの分際で調子のってんじゃねーぞ。てめぇはここに罪を裁かれるために来てんだ。もっと相応しい態度ってもんがあんだろーが」


 男の自分勝手な指摘を受けて、少女は驚いた表情を浮かべた後、頬に手を当てて何かを考え込んでしまう。

 少女は少しの間そうしていたかと思うと、何かに気付いたような表情を浮かべた。そして、悲痛な面持ちを浮かべると、ゆっくりと口を開く。


「そうね。私が目を背けてたせいで、メリアが死んでしまったわ。後悔してる。どうしてもっと早く、こうならなかったのか。ごめんなさいルーシル……」


 少女は今にも泣き出しそうな表情でルーシルの顔を見つめた。二人の視線が絡み合う。そして……。


「町に湧き出た野猿の駆除なんかに躊躇する必要はなかったのよ。本当に、私が愚かだったわ」


 その瞬間、時間が止まったかのような錯覚を、少女以外の全員が受けた。少女の謝罪はメリアの死についてのみだった。


「クソガキ、てめ……」


「害獣の駆除も冒険者の仕事よね。戦うことを恐れて、目を背けて、害獣の被害を受けて、本当にバカだったわ」


 少女は男を無視して話を進める。ここまで言えば、少女が誰だかルーシルにも理解できた。


「アリス……?」


 アリスは小さくルーシルへと微笑むと、男へと視線を向ける。男の目に映った少女の瞳はどこまでも冷たく、男を見下したものだった。

 その視線に怒りを覚えた男が、机を叩きながら立ち上がって叫ぼうとする。だが、それは先に口を開いたアリスの言葉に遮られることになった。


「だから、残った害獣の群れも駆除しなくちゃよね。私はそのために来たのだから」


 アリスが哀れむような視線で男を見つめ、そして嗤った。


う~ん、青年クズい!

事前告知なしなのは、完成しちゃったからです。

次も早めにあげられるといいなぁ。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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