第6章 ヒトゴロシ3(終)
大変お待たせして申し訳ございません。
この話を書くの辛かったす。
いつも、皆様ありがとうございます。
軽い欝回?です
――翌日、町の門の前にアリスとジムが立っていた。その脇にはいくつか木箱が並べられて、数人の衛兵が箱の中を見ながら紙に何かを書いている。
「それじゃぁ、検品が終り次第、受け取りのサインをお願いします」
木箱は夕焼けの天秤から納品されるポーションで、顔見知りということもあってジムが受け取りをすることになった。検品自体は他の人間が行っているので、アリスの対応をするだけだ。
検品を終えた衛兵が問題がないことを示す紙を持ってジムの下へとやってくる。数人の衛兵が次々と紙を渡し、最後の衛兵が渡し終えると、ジムは紙を黙読してそれをしまった。
「はい、こちらでも商品の数に不備がないことが確認できました。今、サインと印を押しますので少しお待ちください」
そう言って、ジムは近くにあった小さい机の上でサインをした後、衛兵所の印を押す。再びアリスの前に戻って、その紙をアリスに渡す。アリスは受け取った紙に視線を向けて、サインと印を確認すると、紙をポーチにしまってから小さくため息を吐いた後に小さく笑みを浮かべる。
「受領確認しました。夕焼けの天秤を今後ともよろしくお願いします」
アリスの言葉の後、二人はしばらくそのまま視線を合わせていた。周りの木箱は次々と衛兵所の中へと運び込まれていく。最後の箱が運び終わると同時に、アリスとジム、そして離れた場所にいたもう一人が大きくため息を吐いた。
「仕事とはいえ、こういう形式的な話し方は苦手だな」
「そうですね。仕事なので仕方ないですけど……」
もう一人の人物が駆け寄ってくるのを見ながら、二人はつい先ほどまでの自分達の会話を思い出して疲れたような表情を浮かべた。
「お仕事終わったー?」
遠くで二人の仕事を眺めていたメリアが駆け寄ってくる。アリスが朝、宿を出た時にやってきて一緒にここまで来たのだ。アリスの今日の薬屋の仕事はこれだけ、ルーシルがギルドの資料室に篭るというので、暇を持て余していたメリアがこれ幸いと引っ付いてきたのだ。
「はいはい、終わりましたよっと。後はお店に受領証を届ければフリーです」
「よっしゃ、それじゃさっさと届けて遊びに行こうよ!」
アリスは呆れた表情をしながら、メリアに答えを返す。それを聞いて満面の笑みを浮かべたメリアがアリスをせっついた。
「それじゃ、私達は行きますね。ジムも仕事頑張ってください」
アリスはジムに挨拶だけして、メリアに背中を押されながら門の前から離れていく。ジムはそんな様子を微笑ましく見守っていた。
(初めて会った時はどうなるかと思ったけど、いいパーティーに出会えたみたいで良かったかな)
アリスが見えなくなり、同僚から呼ばれるまでジムはアリス達が向かった方向へと視線を向け続けていた。
――
「串焼きうめぇ……」
メリアが串焼きを頬張りながら緩んだ表情で陳腐な感想を漏らす。アリスとメリアは歩きながら露店を見て回り、飽きてきた辺りでギルドに向かっていた。ギルドにいるルーシルに会うためである。
向かう途中で何かの騒ぎか、道が塞がっていたため路地裏を歩いている。
緩んだ表情のメリアとは正反対にアリスの表情は僅かに翳っていた。
「メリア、何か変です。嫌な視線というか、気配があるような気がします」
「変? それってどういう……」
アリスが違和感を伝えようとして、メリアはそれを聞き返そうとする。だが、それは複数の足音によって中断させられる。すぐに二人の目の前に数人の男が姿を現す。
「よぅ、ちーっと待ってくれねーかな」
男達は下品な笑みを浮かべながらアリスへと視線を向けている。メリアがそれに気付いてアリスの前に身体を滑り込ませる。
「何の用? 私達、これから仲間に会いに行くんだけど」
「あー、お前には興味ねーよ。俺らが用事あんのは、そこの『女神様』でねぇ」
メリアは背中越しにアリスが震えるのを感じた。アリスがその呼び名を好まないことは、よく知っていた。何より、この男達の言葉に嫌な気配を感じた。
「『女神様』に是非とも、俺達のパーティーに入ってもらおうと思ってな。俺達のリーダーは貴族様だぜ。泣いて喜べよ」
その言葉を聞いて、メリアは相手が何なのか理解した。この町にいる伯爵家の三男、そのパーティーの一員である。いい噂は聞かない。横柄なだけでなく、脅迫、殺人、強姦、自分達に利のあることならなんでも行う。ギルドが国営なのをいいことに、それら全てを父親がもみ消す。
表の道が塞がっていたのもこいつらの仕業であることも想像できた。貴族の地位を使ってどうにかしてしまったのだろう。
「ちっ、悪いけど、アリスはもう私たちとパーティーを組んでるんだ。だから諦めてくんないかな?」
メリアが男達にそう投げかけると、男達は顔を見合わせて大声で笑い始めた。
「おいおい、新人の枠を抜け出せねーザコが何言ってやがんだ。それに、これは命令なんだよ。わかってんのか?」
メリアも言葉でどうにかできるとは思ってなかった。だが、自分と相手のレベル差を考えれば、言葉でどうにかしないといけなかった。もちろん、相手の方が格上であるという意味だ。
「悪いんだけど、仲間とも話さないといけないから今日のところはさ……」
メリアがなんとかこの場を逃れようと言葉を口にするが、気付けば男の一人が彼女の目の前まで来ていた。
「命令だっつってんだろボケが」
次の瞬間、アリスの目の前に赤い花が咲いた。何かがズレ落ちると同時に男の見下すような表情が目に映る。真っ赤な花は赤い蜜を噴出し、様々な色の固形物に彩られていた。
「おぉい、せっかく悪くない女だったのに、コロすなよなぁ。どうせなら遊んでからにしろよ」
後方の男達が何かを話しているが、アリスの耳には入ってこなかった。何が起きたのか、理解できないアリスの身体に赤い蜜が降り注ぐ。酷く甘く、『食欲』を誘う香りだった。口元を伝い、僅かに口に中に入ってきた蜜の味でそれが何かを理解する。理解してしまった。
アリスが壊れた人形のように目の前でズレ落ちたナニカへと視線を向けると、そこには光を失った瞳があった。その顔は知っている顔だ。先ほどまで緩んだ串焼きを食べていた。
この世界で初めてできた仲間。
メリアの斜めに切り取られた上半身があった。
赤い蜜、メリアの血の味が口の中に広がっていく。何が起きたのか理解したくない、そんな感情ばかりがアリスの中を渦巻く。
「よぉし、さっさと『女神様』を回収すっぞ」
男達はメリアにもアリスにも構うことなく、アリスへと手を伸ばす。
今日、アリスはメリアとルーシルに伝えるつもりだった。自分が別の世界から来たこと、帰る方法を探しながら一緒に冒険者を続けて、二人が村に帰る時に帰るのを諦めて一緒に行くつもりだったと。
全部、男だったことも話して、それでも一緒にいてほしいと伝えたかった。戦うのは無理だけど、支援だけはするつもりだった。
いつか冒険を終えて、二人の村で薬師をしながら、子ども達に簡単な計算や文字を教える。そんないつかを、優しい夢を見ていた。
「おいっ、さっさとこっちに来やがれ」
男の腕がアリスへと触れる。
『青年』の何かにヒビが入る。理解したくない現実を前に、『青年』の心が大きく軋み、歪んでいく。歪んだ心は正しい反応を返すことなく、ただ軋む音だけを鳴らしている。
『青年』の心が形を失った。あるべき形を失った心は二度と元には戻らない。
少女と思えぬ慟哭が路地裏に響き渡る。心の形を失ったケモノの咆哮は数多の悲鳴を巻き添えに、その場に生きる者がなくなるまで続いた。
――その日、イェレナは気の抜けた表情で受付に立っていた。最近はリザードマン騒動が原因で冒険者もほとんど受付を利用しない。だから、退屈な一日になると思っていた。
赤い、真っ赤な白銀がナニカを抱えてギルドに現れるまでは……。
「メリア、メリアが動かないんです。どうして、ドウシテ、ドウシテ……」
赤色に染まった白銀の慟哭がギルドの中に轟いた。白銀の瞳に光はなく、繰り返し同じ言葉を紡ぎ続ける。
少女が、アリスが泣く。屍となったメリアを抱きしめ、必死に懇願する。だが、それに応えられる者はいない。死者は甦らない。AWOにすら完全な死者を甦らせる方法は存在しなかった。この世界にはアリスの希望になるモノは存在しない。
――アリスがギルドに訪れて少しして、職員が現場へとやってきていた。
だが、現場に到達して最初に数人の職員が嘔吐によって、その場所を離れた。そこにあったのは千切れたいくつもの手足、撒き散らされた臓物、そして絶望に染まる男達の頭部だった。
悪夢と呼ぶに相応しいその光景を前に、職員達は嫌悪感を隠すことができなかった。モンスターに殺された冒険者だってここまで酷い状況にならない。
甚振るように、怒りをぶつけるように、ただひたすらに相手を壊す殺し方である。これを行ったのが小さな少女である現実が異常性を際立たせる。
だが、いつまでも呆然としてられない。職員達は、遺体の回収を始める。だが、その手は遅々として進まない。
――夜、宿の部屋の中でアリスが膝を抱えてうずくまっている。
『どうして、どうして、メリアを守ってくれなかったの。そんなに強いのに……。私達、仲間じゃないの? この、ヒトゴロシ!』
頭の中には事情を聞いたルーシルからぶつけられた言葉が繰り返されている。仲間から受けた拒絶の言葉は『青年』の心を更に歪ませる。
――ヒトゴロシ
今日、『青年』は一線を越えた。だが遅かった。遅すぎた。もっと早く越えていたなら、メリアは生きていた。その考えが頭から離れない。
実際のところ、男達を殺した時のことを『青年』はよく憶えていない。がむしゃらに腕を振るい、握力を込め、相手の反撃を避けもせず『無傷』で受ける。
男達が動かなくなった後、必死でAWOの蘇生アイテムを使ったのは憶えている。それは何の意味もなさず、結局メリアを抱えてギルドへと足を向けた。朧げに憶えているのはそれだけだった。
その後のことだって、ちゃんと憶えているわけではない。ギルドで事情聴取を受けて、続きは後日と帰され、ルーシルに拒絶され、気付けば宿の部屋でうずくまっていた。
心が軋む。心が歪む。軋んだ心を支えるように何かを纏おうとする。歪んだ心を整えようと、綺麗な何かで覆い隠そうとする。徐々に『青年』の心は暗く沈んでいく。
厳しくも優しいと思った世界は、今日『青年』に牙をむいた。突きつけられた現実は『青年』の心を容赦なく抉る。
黒い少女が『青年』の中で小さく微笑んだ。
歯車は回り始めた。
『彼』が終り、『彼女』が始まる時はすぐそこにあった。
世界は優しいばかりじゃない。
『青年』に優しかった世界のもう一つの姿。
『青年』は自分を守るために、『少女』を世界の生贄に選ぶ。
次章『そして『俺』は『私』になった』
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




