第6章 ヒトゴロシ1
お待たせしました。
いつも皆様ありがとうございます。
寝るまで今日理論 発動。眠い。
「今日は遊びに出かけよう!」
メリアがそう提案したのはある日の朝だった。先日のダンジョンモンスターの件でギルドは一時的に、周囲の推定危険度を上げていた。そのため、新人や薬草採取をメインにしていた冒険者は外の仕事を受けなくなっている。ありあまる体力は路地裏の掃除など、ギルド発行の臨時依頼で消費している。
アリス達のパーティーはそれでもそこそこの蓄えがあるので、そういった臨時依頼を受けなくても周辺調査が終わるまでどうとでもなる。なので、それまで暇を持て余しているのだ。
メリアの提案はそんな中で、年頃の女の子らしい素晴らしいものだったといえるだろう。
「ふぇ……?」
「面倒」
ただし、残り二人がインドア派でなければの話だ。大きなぬいぐるみの耳を引っ張って遊んでいたアリスは素っ頓狂な様子で声を上げて首を傾げ、本を読んでいたルーシルは目線すら動かさず切り捨てた。
「いいじゃーん、行こうよ。買い物したり、美味しいもの食べたりさぁ……」
『美味しいもの』という言葉に一瞬ルーシルが反応するのを、メリアは見逃さなかった。メリアは口の端を上げて不敵な笑みを浮かべると言葉を続けた。
「そういえば、衛兵のジムさんから、ミィファって人のいるお店がすごく美味しいって聞いたなぁ。行きたいなー」
視線を向けてルーシルの反応を待っていたメリアだが、声は思わぬところから上がった。
「ジムのおすすめですか?」
メリアが顔を向ければ、そこには驚いた表情のアリスがぬいぐるみを抱きしめていた。余談だが、このぬいぐるみはAWOの雑貨アイテムだ。
アリスはジムとは頻繁に会っている。アルバイトをしている時は店に顔を出してくれるし、町で会うと話し込んだりする。互いに仕事があるため、一緒に出かけるなどはないが、仲のいい友人のような関係だった。
アリスとしては会うたびに頭を撫でられたり、あれこれと気を使ってくれたりと、頼れる相手でもある。スタンピートの時のこともあって、ジムが町の門に立っている時は、僅かな安心感を覚えるくらいには心を許していた。
アリスの反応に手ごたえを感じたメリアは畳み掛けるように口を開く。
「そうそう、ジムさんのおすすめなんだってさ。味よし、素敵なウェイトレスさんもいる、これはもう行くっきゃないでしょ!」
味よしに反応するルーシル、ウェイトレスに反応するアリス。メリアはその瞬間、勝利を確信した。
アリスはこの当時ジムに懸想していたわけではない。ジムの話に度々出てくるミィファという彼の思い人を一目見てみたかったのだ。『おっ、あれがアイツの好きな子かー』くらいの感じである。
だが、これは同性の友人なら自然だが、異性となると周りからは勘違いされる可能性がある。
(へぇ、アリスってもしかしてジムさんのことが好きなのかねー)
と、恋愛回路変換で想像されてしまうのだ。
メリアはアリスがジムに恋していると勘違いしたまま、ルーシルとアリスを交互に眺める。
ルーシルは本を閉じて立ち上がると、部屋の入り口へと歩いていきドアを開ける。そして、振り返って一言。
「早く。行く」
メリア大勝利の瞬間である。メリアはベッドから飛び降りたアリスと二人でルーシルについていく。
休日は始まったばかりだ。
――アリスはむくれていた。これ以上ないほどにむくれていた。隣を歩くメリア達が困惑した表情を浮かべるが、アリスはそれから顔を背けて明後日の方向を向いている。これ以上ないほど『私、不機嫌です』アピールをしているのだ。
原因は一時間程前まで遡る。
アリスは小物屋で見かけか小さなアクセサリーなどに目を輝かせていた。元々『青年』の趣味はAWOだけで、アリスを着飾るために生活を削るような人間だ。こういったものに目を輝かせるのは仕方ないことだった。だから小物屋を見て周り、気に入ったものを購入するところまではご機嫌だったのだ。
機嫌が悪くなり始めたのは服屋を回り始めたときだった。この世界で一般的な服といえば、古着を指す。新品の服というのは必要にかられた時か、貴族くらいしか用意しない。それも前者ならほぼ手作り、後者はオーダーメイドである。
さすがに下着類は簡素でも新品ではあったが、それ以外はどれも古着である。日本で生活していたアリスの満足のいくものではない。それでも『青年』の服ならば妥協できるだろう。何度も言うが、自分の生活よりアリスを優先していたのだ。買わないにしても古着など眼中にない。
ここで終わればアリスの機嫌もそこまで悪くはならなかっただろう。だが、アリスは二人に『新品の服』が買える店はないのかと聞いてしまったのだ。
開拓地生まれの二人が貴族の入るような店など知るわけもない。それでも貴族向けの店の立ち並ぶエリアへと足を向けようするアリスを必死になって止めた。
かわいい服を『アリス』に着せたかったために、アリスの機嫌は非常に悪くなってしまったのだ。
「貴族様向けの店はさすがに無理だからね。アリスの気持ちは少しはわかるよ。私も綺麗な新品の服には憧れるしね。でも、私らが貴族様達の領域に足を踏み入れるのはさすがにまずいっしょ」
(アリスってやっぱりどこかのお嬢様だったんじゃ……)
アリスのそんな様子を見て、今もなお説得しているメリアがそう考えてしまうのも仕方ないだろう。
「見えた」
アリスの機嫌を直そうと奮闘しているメリアを無視して、ルーシルは目的の場所へと指を指して呟いた。それは『ジムのおすすめ』の食堂だった。
「ほ、ほら、アリス着いたよ! いつまでもそんなむくれた顔してたら、『ライバル』に負けちゃうよ!」
なんとかアリスの気を逸らそうとメリアが慌てた様子で口にする。アリスは膨らませていた頬から空気を抜いて、メリアへと振り返って首を傾げる。
「『ライバル』?」
アリスにはその言葉の意味が理解できなかった。
「ほら、レッツゴー!」
そんなアリスの様子に構うことなく、メリアはアリスを引っ張って店内へと入っていく。
昼時だったこともあって、店内は賑やかで、座れ場所は見当たらなかった。
「席、ない」
ルーシルは少し落ち込んだ様子でそう呟いた。メリアは困った様子で頭をかいている。だが、天は三人を見捨てなかった。
「おっ、アリスちゃんじゃないかい?」
入り口に近い席の一つから三人に向けて声がかけられた。声に釣られて、アリスがその方向へと視線を向けると見知った顔が視界に入る。
「ジム? あなたも来てたんですね」
「丁度休み時間でね。それより、三人ともこっちに来なよ」
四人がけのテーブルに同僚と二人で座っていたジムの姿がそこにはあった。ジムは三人を手招きすると、近くのテーブルから使ってない椅子を一脚借りてきて、三人に促す。
三人は座る場所もないので、好意に甘えることにして席に着いた。
「いやぁ、ジムさんありがとね。空いてなくてどうしようかと思ったよ」
メリアが三人を代表してお礼を言い、さりげなく椅子をずらしながら、アリスをジムのすぐ隣に座らせる。それにまたしても首を傾げるアリスだが、特に嫌がる理由もないのでそのまま着席した。先に席に座っていたメリアは、頷きながら『うんうん』と満足そうな笑みを浮かべている。
「いやぁ、こっちも、今期待の美少女達、もとい新人冒険者と相席できるとは嬉しいねぇ」
そう口にしたのは頬杖をついて様子を見ていたジムの同僚だった。メリア達へと爽やかに微笑んでウインクなどしている。顔立ちもそれなりに整っているので、様になっていないこともない。だが、そのアプローチに対して、メリアは苦笑い、ルーシルはメニューを睨んで無視、アリスはジムへと視線を向けている。
「ありゃ、残念。噂の美少女冒険者とお近づきになれると思ったのに。完全に脈なしだねこりゃ」
「噂?」
『噂』という言葉に反応したルーシルが視線だけ上げて問いかける。それを聞いて、反応がもらえたことが嬉しいのか笑みを深めて、男は語り始めた。
「そっ、噂になってるよ。ジャイアントキリングを成し遂げた。そのおかげで、周辺の調査も順調。俺達衛兵も休み時間を潰さずにすんでる。感謝、感激ってね」
おちゃらけた言葉ではあるが、その言葉からは感謝の念が確かに感じられた。照れくさいのか、ルーシルは再びメニューに視線を落として黙ってしまう。その様子に男は苦笑いを浮かべた。
「リザードマンに勝てたのはアリスのおかげだし、ジャイアントキリングって言っていいのか微妙だけどね」
メリアが謙遜ともとれる答えを返す。ジムの顔を見つめていたアリスは自分の名前が呼ばれたことに気付いて視線を向けて首を傾げる。
「なんでもないよー。アリスはそのままジムさんの顔でも眺めててねー」
メリアが手を振りながらそう言うと、アリスは一度だけ更に深く首を傾げた後にジムへと向き直る。ジムも視線だけをアリスの方へと向けた。
「席、ありがとうございます。けど、このお店ってすごい人気なんですね」
「あぁ、そうだね。ここのコックは以前は貴族様の館でコック長をしてたらしいんだ。今は次代に席を譲ってこの店をやってるってわけだね」
「そうなんですか」
「それより、注文は決めなくていいのかい?」
ジムにそう言われて、アリスはメニューへと視線を向ける。そこに書いてある料理は庶民的な物ばかりで、メニューからは貴族の下でコックをしていた雰囲気は伝わってこなかった。アリスはその中から一つ、手ごろな料理を選んでそれに決めた。
「アリスも決まった? それじゃウェーイトレスさーん!」
アリスが注文を決めたのを見て、メリアがウェイトレスを呼ぶ。ルーシルもいつの間にかメニューをテーブルに置いていた。
「はいはーい」
呼ばれてテーブルに向かってきたのは、赤茶色の髪をしたそばかすが特徴の女性だった。特別綺麗なわけでも、かわいいわけでもない。ただ、どこか安心できる雰囲気を持った、そんな女性だ。
「やぁ、ミィファ。追加注文をお願いできるかな?」
「お、ジムにこんなかわいい女の子の知り合いが三人もいるなんてびっくりだ。なかなか隅に置けないじゃないか」
「バッカ、俺がそんなにもてるように見えるか? それより今、混んでるんだろ。注文をさっさと取ってくれって」
「はいよー。それじゃ、かわいいお嬢様方、ご注文を伺いますよ」
ジムとミィファは気心が知れた様子で軽口を交わしていた。アリスを挟んで喋っているため、アリスは話す人物が変わる度にそちらに首を動かしていた。
(これは幼馴染か何かかな? アリス、敵は手ごわいよ!)
内心アリスへと応援を送るのはメリアだ。ルーシルはその辺りに興味がないのか、注文を告げた後は大人しくしている。
注文を取り終わったミィファがテーブルを離れると、アリスはジムへと視線を向けて、呆れた笑みを浮かべていた。
「こう、安心するっていうか、すごくいい感じの人じゃないですか。早く告白しないと誰かに取られちゃいますよ」
「アリスまでそういうこと言うのか……。でもただの衛兵の俺じゃぁなぁ……」
「もっと言ってやってよ。アリスちゃん。コイツ、何かにつけて、衛兵がー、貯蓄がーって言い訳ばかりでさー」
アリスに指摘されたジムは困ったように苦笑いを浮かべる。同僚の男もジムへと追い討ちをかけるが、ジムが覚悟を決める様子はなかった。ジムとミィファの仲を後押しするような発言をするアリスに、それを見ていたメリアは疑問を抱く。
(あれ? なんで後押ししてんのー! え、どういうことなの? もしかしてアリスって自分の気持ちに気付いてないの? それとも私の勘違い? でもでも、ジムさんの話になるとこう、すっごい嬉しそうっていうか、いい表情するのに!?)
メリアの思考は混乱の極みにあった。それを余所にアリスと同僚の男はジムへと追撃を続けていた。ただ一人、ルーシルだけが、元コック長の料理を期待してソワソワしているのだった。
というわけで、日常回になります。しばらく出番のなかったジム登場。
ミィファ共々この先出番はあるのか……それは私のみぞ知る。
不穏なサブタイトル? 何のことですかな。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




