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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第5章 ほんの少しの勇気
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第5章 ほんの少しの勇気2(終)

大変お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。

 ――


「ねぇ、アリスの服ってさ、性能もすごいけど、すっごい高そうだし、本当にどっかのお嬢様とかじゃないの?」


 アリスの借りている宿の一室で、ベッドにアリスと並んで座っていたメリアが唐突にそんな疑問を口にした。


「あー、えーっと」


 アリスはそれに対して困ったように首を傾げてしまう。そんな彼女の様子を見て、メリアは慌てたように両手を振る。


「あ、いや、別に言いたくないなら言わなくてもいいんだよ。ほんとにちょっと気になっただけだし」


「詮索はマナー違反」


 必死に取り繕おうとするメリアを、ルーシルは椅子の上からにらめ付ける。


「言いたくないとかってわけじゃないんです。ただ、ちょっと恥ずかしくて……」


 今度はアリスの言葉に二人が首を傾げることになった。アリスは顔を真っ赤にして、ベッドの淵に視線を落とす。


「……って……つし……」


 アリスが小声で何かを話し始めるが、二人の耳には届かなかった。二人は立ち上がってアリスの口元に耳を寄せる。そうすると、辛うじてアリスが何を言っているのかが聞き取れた。


「生活費を削って、奮発したんです……。しばらくろくに食事も……」


 聞き取った内容に二人は驚愕した表情を浮かべる。生活費を削ったと言う事実もそうだが、普段身なりを気にしないアリスが一着の服にそこまでしたというのも原因だ。

 嘘みたいな話だが、これは事実だ。ただ、AWOのこと、地球のこと、それらを隠しているだけだ。

『塩かけレトルトご飯』という謎の食事の味を思い出しながら、アリスは更に顔を赤らめた。

 終いには小さく震え始めるアリスを見て、メリアとルーシルは我に返る。


(なんか、かわいいなぁ)


(かわいい)


 小動物のように縮こまって震えるアリスの姿にそんな感想を抱くが、いつまでそうさせておくのは忍びない。メリアはルーシルと一度顔を見合わせると、再び口を開いた。


「あ、そー、そうだ、その服って、何か似合ってて、デザインもすごいかわいいけど、モチーフとかあるの?」


 話題を変えようと必死に考えた末に出た言葉がそれだった。あまり話題を変えられたとは言い難い内容に、ルーシルが大きくため息を吐く音が聞こえた。

 アリスが勢い良く顔を上げる。そして、両手をベッドに叩きつけて立ち上がる。

 二人は話題の選択に失敗したかと思ったが、その後に続くアリスの言葉に驚愕することになった。


「わかります? わかります? この身体に合う服を一からデザインして、プロのデザイナーに手直しだけじゃなくて、素材選びもしてもらって、更にプロの3Dモデラーに完全再現までしてもらったんですよ!

 この銀髪美少女吸血鬼ボディに合う服なら、もはやゴスロリ以外ないだろうと、確信をもって言えます。

 いや、それ以外が悪いってわけじゃないです。むしろ、いいと思います。で、もっ! 威厳と気品と高貴さを出しつつ、かわいさを追求するならこれしかないと思うわけですよ。

 吸血鬼ということで赤も考えました。意表をついての白もいいかなと思いました。でも、ここは初心に立ち返って、黒ゴスです。それはもちろん吸血鬼の持つ夜のイメージを……」


 ここまで一呼吸もなしである。

 アリスの言っていることの半分どころか、一割すら理解できないが、その剣幕に押された二人は目を点にして固まってしまっている。

 アリスもそれに気付いて話を途中で止めると、また顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 二人もまさかアリスがここまで饒舌に語り始めるとは考えていなかった。凝りに凝った『うちの子』を語る時にやけに饒舌になるのは、一部のオンラインゲームユーザーやオリキャラ製作者によくある話だ。しかし、そんなことを二人が知るわけもない。ただ驚くことしかできない。


「えーっと、吸血鬼だっけ? 私の血飲む?」


 どう反応していいかわからないメリアの口から飛び出したのはそんな言葉だった。吸血鬼の説明は以前受けていたので、さっきの会話も吸血鬼の意味はわかっていた。それ以外は全く理解できなかったが。


「えっと、私は人の血を飲むのは苦手なので……」


「うん、そうだったね……」


 か細い声で答えるアリスに、目を逸らしながら気まずそうに答えるメリア。部屋の中をなんとも言えない空気が漂っていた。


――結局のところ、なんとも言えない空気もちょっとした友達同士の思い出に変わる程度の話だ。翌日には三人は元気に町の外に出て行った。

いつも通り狩りをして、いつも通り帰る。それだけのはずだった。


「まさか、ダンジョンモンスターがここまで来てるとは思わなかったよ」


 剣を構えるメリアの前にいるのは、いつものゴブリンではない。トカゲの頭を持ち、棍棒を手にしたモンスターだ。名前はリザードマン。同種のモンスターの中でも最下級に位置するが、それでもゴブリンなどとは比べ物にならないほど強力である。

 リザードマンは本来町の近辺には生息していない。しかし、町から少し離れた場所にあるダンジョンの中層には生息しており、稀にダンジョンから出てくることがある。

 それは極僅かな確率で、遭遇するとなれば更に確率は低くなる。


「私が引き付けるから、二人は町に戻って応援を呼んできて!」


 メリアがリザードマンの棍棒を避けながらそう指示を出すが、リザードマンは本来メリアとルーシルが二人で相手をしても手も足も出ない強さのモンスターだ。それこそ、町にいるそれなりに熟練した冒険者がパーティーを組んで。ようやく五分に持っていけるかというレベルである。

 それをメリアが一人で足止めするとなれば、当然それは死を意味する。


「ダメ。メリアだけ残していけない」


 自分の魔法が大したダメージにならないことがわかっているルーシルは、リザードマンの足元の地面を火の魔法で砕くことで足止めをする。それでも稼げる時間は僅かでしかない。


「だから、アリスだけ逃げて」


 薬草の群生地で座り込んでしまっているアリスに向けて、ルーシルがそう告げた。


「で、でも……」


 アリスは動けない。恐怖もあるが、なにより友人を置いていくことに僅かな抵抗を感じる。


「アリスを護るのが私達の役目」


「大丈夫だって。応援が来るまで耐えて見せるからさ!」


 アリスはリザードマンの能力をよく知っている。AWO時代のものと同じであれば、二人が持ち堪えることができないこともわかっている。

 だから動けない。逃げられない。同時に戦うことも、助けることもできない。


(なんで、なんで、俺なんだよ。どうして、俺達の前にでてくるんだよ……)


 恨む神すらなく、ただ疑問と怒りだけがアリスの胸中に渦巻いていく。


「アリス、早く!」


 二人だってわかっている。わかっているからこそ、アリスだけは逃がそうとする。

 叫んだメリアに向けてリザードマンの棍棒が振り上げられる。彼女も避けようとするが、それよりも棍棒が振り下ろされる方が早い。ルーシルの魔法も間に合わない。

 アリスの中に『ある仮定』が思い浮かぶ。そして……。


「止まりなさいっ!」


 アリスが涙を流しながら叫びを上げた。それと同時にリザードマンの腕が止まり、棍棒はメリアの頭頂部ギリギリで制止する。大号令、相手を怯ませるプリンセスのスキルである。


「跪きなさい!」


 続いてアリスが使った威圧によって、リザードマンの動きが大きく鈍る。

 更にアリスは六度叫びを上げてスキルを発動する。味方を強化するスキルを受けて、メリアとルーシルは自身の身体に力が漲るのを感じる。


「アリス!」


「アリス、ナイス! これならいける。やるよ、ルー!」


 メリアがリザードマンを斬り付け、ルーシルが魔法でかく乱する。リザードマンの攻撃が当たりそうになれば、アリスが大号令で怯ませた。元の能力に差があったためか、攻防は幾度となく続いた。


「しっずめぇっ!」


 メリアが気合を乗せて放った一撃を受けたリザードマンは、棍棒を振り上げた姿勢で固まる。大きく何度も呼吸を繰り返すメリアの前で、ついにリザードマンは背後へと倒れこんだ。

 念を入れてメリアがリザードマンの心臓に剣をつき立て、戦闘は終りを告げた。

 メリアはリザードマンの死体を見下ろし、ルーシルは座り込んで呆けている。アリスは今も涙を流し続けていた。

 しばらくそのまま三人は動くことができなかった。だが、メリアが剣を手放すと同時に何かが胸の内からこみ上げてくるのを感じることができた。


「あ、アハハ。勝っちゃった。リザードマンに勝っちゃったよ、私達……」


 メリアが乾いた笑いを上げながら、言葉を口にする。


「よっっしゃぁあ! 生き残った。生き残ったぞぉ!」


 そして、ガッツポーズをしながら空に向けて叫び声を上げた。


「生きてる。私、生きてる……」


 普段大人しいルーシルでさえ、拳を強く握り締めていた。アリスはその光景を涙を流しながら見つめていた。その胸中に渦巻くのは自身へ向けた『ある感情』。


「っと、早いとこ町に戻って報告しないと。もしかしたら他にも出てきたダンジョンモンスターがいるかもしれないし」


 メリアが思い出したように、討伐を証明する部位をリザードマンの身体から切り取って後ろに座る二人へと視線を向けた。


「うん、急ごう」


 ルーシルもメリアの言葉を受けて、地面から立ち上がる。二人は一度顔を見合わせた後、アリスへと向けて歩いていく。

 アリスの前へと着いた二人は、アリスへと手を差し伸べて笑顔を浮かべた。


「アリスのおかげで助かったよ。かっこよかったよ!」


「いこ」


 アリスはそんな二人の手を取って立ち上がる。胸の中にある『感情』が大きく膨れ上がるが、それを表に出すことはしない。

 三人は町に戻る為に歩き始める。


「アリスの勇気にかんぱーい!」


 と、杯もないのに手を上げて上機嫌なメリアと、それを嬉しそうにみつめるルーシルは気付かない。アリス表情に僅かな影が落ちていることを……。


 ――その夜、アリスは布団に包まって震えていた。

 あの後ギルドに報告した後、大騒ぎになった。緊急で町でもトップクラスの冒険者がパーティーを組んで付近の巡回に出発したり、詳しい状況を話すためにギルドマスターの部屋に行ったりした。

 状況説明の中で、アリスが手助けをしたことを聞いたギルドマスターは嬉しそうに笑っていた。


(違う。違う、違う、違う……)


 だが、アリスはそれを素直に喜ぶことができない。今も布団の中に包まって、『あの時』に感じたものを思い出しては、『自己嫌悪』に吐き気を催してした。


(勇気なんじゃない。俺はただ、怖かっただけなのに……)


 あの時、リザードマンがメリアを殺そうとした一瞬、アリスが考えたのは仲間を護ることでも、逃げることでもない。


(メリア達がやられたら次は……)


 次に襲われるのは自分だ。そう考えてしまった。能力の差があっても、ゲームではないこの現実では死なないとは言い切れない。恐ろしくて検証すらできない。だから、死ぬかもしれないと考えてしまった。

 メリア達には勝ってもらわないといけない。メリア達の身を案じることなどしなかった。メリア達が戦っている時はただ恐怖で動くことができなかった。しかし、その考えが頭に浮かんだ時に、自然と叫びを上げていた。


(俺は、ただ、メリア達を盾にしたかっただけなんだ……)


 同時にそれを知られたくなくて、黙って周りが自分を持ち上げるのを受け入れた。身体が震える。自分勝手で惨めな自分を思い、嫌悪感が募る。


(勇気なんて、そんなもの……)


 その夜、アリスはただ布団の中で震え続けた。

 『彼/彼女』は『ほんの少しの勇気』すら未だ胸に宿すことはない。ただ、怯え逃げ惑うことしかできなかった。敵からも自分からも……。


今回の副題はこういう意味でございました。

ゴスロリ談義については、私がアリスをデザインする時に考えたことそのままです。

いい感じにアリスが腐ってます。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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