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第33章 月に踊る4(終)

またなんだ。また、寝る前なら日付変わってないよね。なんだ

いつも皆様ありがとうございます。


 ――月明かりの照らす庭、その場所に二人の少女が立っていた。銀の少女アリスは、金の少女エレミアの頬に小さな手を置いている。エレミアは手の熱を感じながら恍惚とした表情でアリスを見つめている。

 アリスの手が頬から唇へと動くと、エレミアの口から小さな吐息が漏れる。


「エレミア、ねぇ、エレミア。可愛らしい小さな唇、愛おしい潤んだ瞳、かつて私はあなたからヒトとしての生を奪った。なのに、あなたは私を恨んでくれなかった」


 アリスの言葉は贖罪であり懇願だった。エレミアは何度も聞いたその言葉を、潤んだ瞳を逸らすことなく聞いている。


「あなたに選ばせたつもりで、本当は私が望んでいた。独りになるのが怖くて、誰かに傍にいてほしくて……」


 エレミアを吸血鬼化するより前、アリスは自身が不老不死であることに気付いた。周りが自分を置いて老いていく中、自分は老いることがなかった。いずれ訪れる別れをアリスは恐怖していた。

 エレミアが吸血鬼になることを望んだ時、アリスは心の中でわずかに喜びを感じていた。それを思い出すたび、自分の浅ましさも思い出すことになる。その罪悪感と嫌悪感は彼女の胸を強く締め付けた。


「あなたはあなたの望みのままに生きてちょうだい。それが今の私の願いだから……」


 当時のアリスと違い、今のアリスには従者やカイトなど、様々な同じ時間を生きる相手がいる。従者を作った頃から、アリスはエレミアにこのように言う事が多くなった。かつては似たようなことを言っても、どこか建前のような言葉だった。

 それはアリスに余裕ができたこと、50年の中で多くの知人友人が老いていくのを見てきたことが影響している。だが、それはエレミアの価値が下がったということではない。むしろ、その逆である。

 アリスにとって、エレミアは全てを捧げるに値する存在である。それは今も昔も変わらない。自身の心に余裕ができたことで、アリスは自身の醜さにエレミアを巻き込んだことを強く後悔した。たとえ、それがエレミアの望んだことであったとしても、アリスは後悔の念を抱いてしまう。


「うん、わかってるよ。僕は僕の望むまま、望む形で、望む想いを遂げ続けるよ……」


(お姉さま、あぁ、あぁ……。こんなにお姉さまが気にかけてくれる。こんなにお姉さまが苦しんでくれてる。全部、全部、僕に向けられたもの。嬉しいな。こんな素敵な『偶然』をくれた神様には感謝しなきゃ……)


 後悔の念は罪悪感へと変わり、罪悪感は盲目になるほどのエレミアへの強すぎる想いへと変わった。エレミアにも予想できなかったことだが、好都合だった。

 より強く、より深く、自分への『想い』をアリスは抱いてくれた。エレミアが一番恐れるのはアリスの想いは弱まることだ。だからエレミアはアリスに贖罪を許さない。それが、アリスの『想い』を強くすると知っているからだ。

 そう、エレミアはアリスの知らない形で、思いもしない形で『望み』を遂げ続ける。


「エレミア……」


 アリスの唇がエレミアの唇に重なる。重なった唇の端から甘い吐息が漏れる。

 この行為自体に深い意味があるわけではない。ただ、アリスは他に自身がエレミアを求めていることを示す方法を知らないだけだ。

 『彼女/彼』は元々、異性関係に明るいわけでもなければ、経験が豊富だったわけでもない。この世界に来てからも、想われることはあっても想うことはほとんどなかった。それこそ、『初恋』と形は歪だがエレミアくらいのものだった。

 だから、相手に求めていることを伝える方法が漫画や映画で見るような、言葉やプレゼントか直接的な肉体的接触くらいしか思いつかないのだ。


(エレミア、愛しいエレミア。私の想いはあなたに届いているのかしら。あなたは私の想いを受け止めてくれているのかしら)


 二人の唇の間から粘着質な音が聞こえてくる。ただアリスが一方的に求めている行為に見えるそれは、その実そうではない。


(お姉さま、お姉さま、お姉さまお姉さまお姉さまお姉さま……。こんなに僕がほしいんだね。こんなに僕を愛してくれているんだね。じゃぁ僕は、お姉さまの愛を受け止めるよ。全部受け止めて、全部、全部、全部……)


 ――応えてあげないんだ。


 求められれば求められるほど、エレミアは全てを受け止める。それでも、エレミアはそれに応えて求め返すことはしない。ただひたすらに、アリスの想いを受け止め続ける。それこそが、彼女の望みであり幸せなのだ。

 アリスの瞳が潤み、二人の瞳から理性の光が失われ始める頃、アリスは重なった唇を離した。口からは荒い吐息が漏れ始めていた。

 アリスはしばらく、息を整えながら目を瞑る。そして、顔を夜空へと向けて月の光を浴びていた。


(お姉さま、キスの時のお姉さまも素敵だけど、やっぱりお姉さまは月の光に照らされている姿が一番素敵だよ)


 月光に照らされたアリスは透き通るような白い肌がより白く、重力に従って垂れ夜風に流れる蒼銀の髪は月の光を反射し輝いていた。その身体を包むのは夜のように暗い黒のドレス、随所に赤い薔薇をモチーフにした装飾が施されている。

 月の明かりに照らされたアリスの姿は、まるで月の光をスポットライトにして立つ妖精や幻想的な動物のようだった。現実と幻想の境界を曖昧にしてしまいそうになる姿だ。

 アリスの姿は、『青年』が生活費を切り詰めただけあって、美しい造詣をしている。更に、吸血鬼という種族であるために、夜と月に合うように趣向を凝らしている。その結果がこの幻想的な光景なのだ。幼い容姿がそれを加速度的に高めている。

 この姿に性的な興奮を覚えるような者は少ないだろう。『青年』もアリスには性的な要素は含んで作っていない。


「ねぇ、エレミア、踊りましょうか」


 アリスが目を開いて視線だけをエレミアに向けて口を開く。その瞳には先ほどまでの情欲は篭っていない。

 エレミアはアリスの求めを拒否しない。ただ受け入れるだけだ。だから、この求めも受け止める。アリスが手を差し出せば、その手を取りステップを刻む。

 二人だけのダンスパーティーが始まる。これにも何か意味があるわけではない。ただなんとなく、こういったシーンを日本にいた時に見た気がするからというだけだ。


「お姉さま、とても、綺麗だね」


「えぇ、とても綺麗な夜だわ」


「違うよ。お姉さまがだよ」


「私のような醜いバケモノが?」


「お姉さまはこの世界で一番美しいバケモノだよ」


 アリスの顔が一瞬歪むが、その顔はすぐに元の表情のないものに変わる。目の前の金の少女は自分を美しいと言う。それはアリス自身が受け入れられない言葉。

 何故ならアリスは自分が大切で、嫌いだから。辛いのも苦しいのも嫌なのに、自分の浅ましい心を受け入れられない。それが『青年』と『アリス』のあり方だ。


「お姉さま、僕は選んだよ。選ぶ余地なんてない。僕の選んだ今、それが目の前にいるお姉さまだ。とても美しくて、残酷で、でも優しいお姉さま」


 エレミアの言葉がアリスの心にトゲを刺す。エレミアの言葉の意味を全て理解したわけではない。それでも、エレミアが自分に陶酔していることだけはわかる。


(選ぶ余地なんて必要ないんだ。僕は全てをお姉さまに捧げて、お姉さまの全てを貪る。そう、他の選択肢なんて必要ないんだ)


「だから、お姉さまは世界で一番美しいんだ。月はお姉さまのために輝く。世界はお姉さまのために夜を迎える。夜と月はお姉さまのための世界なんだよ」


 アリスの目が悲しむように薄くなる。反面エレミアは喜ぶように顔を歪ませた。


「エレミア、私は明日ストムロックへ向けて出発するわ」


 アリスは区切るように話を変える。その目を悲しげに薄くなったままだ。


「わかってるよ。戦いに行くんだよね。でも、わかっているよ。お姉さまは勝つ。勝って、また僕に会いに来てくれる」


「その通りよ。私はあんな意思のない木偶になんて、命をくれてやるつもりはないわ」


 アリスは一度ステップを止めて、月を見上げる。月はあの夢の中で見たものと変わらない姿を晒している。

 そして、変わらないモノがもう一つ……。


(あの夢で見たモノがこの世界にも現れた。これは、もうただの夢と割り切れないわね)


 夢の中で『暗黒ブランク』の中からこちらを見ていた存在。それを思い出して、アリスは夢をただの夢と思えなくなっていた。


(レイドボス、いいえ、第0級接触禁忌災害……)


「……マギア・ユグドラシル」


 その姿を思い浮かべて、アリスは数度頭を横に振る。今はエレミアとのダンスを楽しむ時間だ。だから、今はそのことは考えない。考えてはいけない。


「さぁ、折角の夜だもの。踊りましょう、エレミア」


 エレミアが小さく頷いて応える。

 二人の吸血姫が月の光を浴びて舞う。夜は闇の時間。夜は魔の時間。吸血鬼は夜に生きる。夜に舞うのは二人の吸血姫。この時間、この月光の舞台は二人だけの舞台。

 今、この月夜を支配するのは二人の吸血姫だ。月を、夜を支配して、その下で踊る。その幻想的な光景を見るモノは誰もいない。

 今、この時だけは二人のためだけに月は輝き、世界は夜の姿を見せていた。


 ――月の光が差し込む牢屋の中、輝く金糸の髪を纏う男はそこにいた。長い耳はエルフの証だ。月明かりに照らされた男の口角は不気味に釣りあがっている。男は目を閉じ、格子の付けられた小さな窓に顔を向けている。


「あァ……。いイヨるだナ。アノ日をおモイだすナぁ……」


 男は切れ長の目を閉じて、なにかを思い出して小さく笑う。男の口調はとても軽やかで、とても牢屋に閉じ込められているとは思えなかった。


「デも、これハ俺のキおくじゃぁナイ。なツカしいキおくナのに身ニ覚えガなイ。俺はようヤク、コの世界ニ来レタんダな。ソうダロ、……」


 独り言と言うより、誰かに語りかけるように言葉を紡ぎ続ける男。牢屋の中でベッドに座り、独り言を呟き続ける男を気にかけるものはいない。同じ囚人も、牢番も彼に話しかけようとするものはいなかった。

 あまりに近寄り難い男の姿に、誰もが男を避けている。男はそれほどに異質であった。


「あァ……。本トうにいイヨるだナぁ。とテモ、とテモ、いイ予感がスル、ソんナヨるダ」


 男が目を開き、小さな窓から見える月へと視線を向ける。口元は相変わらず醜く歪み、不気味な笑みを形作っている。

 男は月を愛おしそうに見つめながら、小さく『少女』の名前を呟く。それは男にとって、大切な繋がり。自分の大切な『モノ』に繋がる大切な糸。だから、男はその名前を呟く。地獄に垂らされた蜘蛛の糸に縋る罪人のように、ただ縋り続ける。


「あァ……。エい雄『アリス』。『俺』と同ジエい雄のオ前ハ『俺』を知ッテイるのカイ?」


 男が何度も小さく『少女』の名前を呟く。月の姿に『少女』を映し、男は『少女』の先にある大切な『モノ』を思い浮かべる。


「ナぁ、『俺』ノこトを知ったラ、オ前はどンな顔をすルダろうカ? あァ、楽シみダなァ……」


 男が呟く。誰も寄り付かない牢屋の中で、『独り』の男が呟き続ける。誰も聞かない、誰も気にしない。その中で、男は確かに『自分』を失わず、ただ在り続ける……。

 男の予感が当たる、その時はすぐそこに迫っている。


二人の吸血姫編最終話です。

いや、本当にこの編は書いてて楽しかったですが、同時にアリスのぶっ飛びぷりが難しかったです。

わかりきっている、『対象』の正体がわかりましたね。詳細は次編で!

次回は過去編、ストムロック編が終わるまで書く予定です。少し長くなりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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