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第33章 月に踊る3

お待たせしました。寝る前だからまだ25日と言い張る!

いつも皆様ありがとうございます。


 ――


《ついにきたのか……》


 エミリアの屋敷の寝室に複数の通信魔導具が置かれ、その一つから重苦しいトーンでダリル・ダムズの声が聞こえる。

 部屋の中にはアリスとエレミアが座り、それぞれの後ろにモアとフィレアが控える。二人の吸血姫の表情に先日までの明るさはなかった。それだけ今の状況がよくないということである。


「状況は冒険者ギルドから各々にも報告がいったと思うわ。最悪は免れていると言えるわね」


 アリスが状況の説明を行うが、彼女の言った通り、冒険者ギルドからの報告は全員の下に届いている。そのため、彼女はほとんどの説明を省いて話を続ける。


「本当に運がよかった。そうとしか言えない状況ね。滑り出しは上々、私は明日グリムス領に戻るつもりだったんだけど……」


 アリスの言葉は歯切れが悪く、上々という言葉とは裏腹に問題が発生していることが窺える。その様子に隣にいたエレミアは一瞬表情が曇る。

 通信魔導具の向こうにいる面々も、その空気を感じ取っているのか押し黙っている様子だった。


「現状維持もある程度の期間なら可能。問題はLV250の冒険者が足りてないことよ」


 今起きている『問題』の対処に必要な最低人数に達していないのだ。アリスはこの問題の対処方法が二つ思いついている。


《60人か。そっちで引き取ったのが30人くらいいただろ? それは使えねーのか?》


 アリスが引き取った機械人29人、吸血鬼7人。機械人は全員、吸血鬼は3人。合計32人が冒険者になった人数だ。それ以外の56人と合わせれば88人になる。

 だが、アリスはウィリアムの質問に対して難色を示す。


「転移者の冒険者だけなら、確かに88人もいるわ。でも、LV250に達しているのは51人、残り37人の内200オーバーに達しているのは15人よ」


《200オーバーなんて、それこそエレミアか英雄オーパルくらいなものでしょう? それでも戦力にはならないのぉ?》


 通信魔導具越しにグレン・エインズワースが疑問を口にする。アリスがそれに対して眉を顰めた。

 両者、と言うよりアリスとこの世界の住人の間では認識に大きなすれ違いが発生している。アリスはAWO時代の経験がある。その経験から、今回の『事件』の対処にはLV250である必要があると考えている。

 犠牲前提で戦うならば、LV250である必要はない。だが、知識やサブジョブのバリエーションが豊富な転移者を犠牲にすれば今後に大きな影響を及ぼす。だからこそ、アリスは今回の勝利条件に犠牲者を出さないことを含めている。


「まったく戦力にならないことはない。けど、そんな犠牲前提の作戦にするよりもずっといい案があるわ……」


 アリスが作戦について話し始める。その作戦の内容に魔導具の向こうからでも、動揺している雰囲気を感じることができた。

 長い沈黙の中、魔導具の一つが光って声を伝えてくる。


《マジで言ってんのか、クソババァ?》


 沈黙を破ったのはウィリアムだった。その声には僅かだが怒気が篭っている。アリスの話した作戦の内容が、ストムロック領にある『あるモノ』を利用するものだったからだ。

 アリスはウィリアムの怒気を受けても涼しい顔をしている。


「使えるものは何でも使うとは言うけど、使うものを厳選できるならするのが当然でしょ。それに、『アレ』はそのまま放置しているべきじゃないわ」


《そうですね。それには私も賛成です。『アレ』はそのまま放置できない。『アレ』がどういった存在なのか、それを確かめる必要がありますね》


 アリスの言葉に賛成の意を示したのはエメラド・ウッドレアだ。その声はいつも通り静かだが、いつもの皮肉が鳴りを潜めている。


《エルフのウッドレア卿が申しんすなら、わっちも賛成ざんすよ》


《あ、『アレら』は実害は出してませんし、その、私も賛成です》


 エメラドに続くように、アマツ・キュウテンとブラッドフォード・アーデンベルグが賛成を表明する。

 それを聞いていたエミリアは小さく笑みを浮かべる。エミリアが『アリスに』賛成するのはわかっていることなので、聞く必要はないだろう。

 投票で決まるわけではないが、話が通りやすくなる。何よりエルフの問題が絡んでくる案件であるため、エメラドの賛成は議会に大きく影響を与える。


(まぁ、理由はそれだけじゃないんだけどね……)


 アリスは内心で考えていることを秘めたまま、もう一つの理由、問題解決のために『アレ』の条件付き開放の必要性を説く。

 結局、最期は国王オーウェンの許可が下り、ウィリアムが折れる形で決着となった。


《とりあえず、数の問題はこれでいいかのぅ》


 目下の問題が片付いたことで、ドムス・ヴァーデルンが話を締める。

 本来この問題に関する議題は王都に集まって議論されるはずだったが、予想よりも早く『対象』が姿を見せたために通信魔導具での緊急会議になったのだ。そのため、エレミアを除く王国十一議会の面々はどこか苛立っているように感じられる。

 アリスも例外ではない。


《私としては、本当に放っておいていいのかも疑問さね》


 前の話が終わったことで、今まで口にできなかった疑問を口にするのは、ステファニー・リュグナード。今、元気に太った貴族の領地に向かっている王妃の姪であり、王都筆頭貴族でもある女性だ。

 彼女の一番の関心は『対象』を放っておくことで問題がないのか、その点であった。


「一月、二月くらいなら問題ないわ。実際、『対象』はグリムスの森、それも特定の場所から一切動いていないわ」


 アリスは嘘は言っていない。ただ、まだ報告が途中であり、各々に伝わった情報も現状についてだけだったというだけである。

 だから、アリスは自分の知っていることを話さなければならない。彼女自身も話すことに躊躇いはない。


「無期限ってわけじゃないってこと、それを今から話すわ。各々、この情報は確定ではないということだけは胸に留めておいてちょうだい」


 そして、アリスが話す内容は各々の危機感を煽るのに十分なものだった。

 緊急会議は進んでいく。結果など最初から決まっている。それでも会議は進んでいく。『アリスに任せる』その確定した答えしかないのに……。


 ――会議が終り、アリスはベッドに身体を投げ出していた。そんなアリスに重なるようにエレミアが抱きついていた。二人の従者は昼食の準備をするために厨房へと向かっている。


「お姉さまお疲れ様。もう少しゆっくりしてられると思ってたけど、うまくいかないね」


 エレミアが声をかけるが、その声はどこか恐怖が感じられた。その恐怖の元は『対象』そのものではない。エレミアが恐怖するのはいつでも一つだけだ。

 それは『アリスを失う』ことだ。

 エレミアにとってアリスとは世界であり、全てだ。ただただ、アリスの『想い/心』を貪ることが、エレミアの至福であり、アリスに全てを捧げることが己の生きる意味なのだ。

 だから、今回の件で国が滅んだとしても、アリスさえいるならば特に困ることはない。むしろ、貴族というしがらみがなくなるので、アリスと四六時中一緒にいれることには魅力を感じている。


「エレミア。私のかわいいエレミア。私は負けないわ。死なない。意思も、願いもない、そんな木偶なんかにくれてやる命はないわ」


 アリスは人形のように無表情な顔でそう語る。ただ死ぬだけでは『悲願/贖罪』には至らない。これからアリスが挑むのは、この世界に根を張る『生き物』ではない。

 アリスの予想が正しければ、『対象』には意思は存在しない。そう『設定』されているはずだから。


「ねぇ、エレミア。私はあなたを愛しているわ。だから、私はあなたを残していなくなることはない。それがあなたの望みでない限り……」


 それを聞いてエレミアの眉間にしわが寄る。その言葉に僅かな不快感を抱いた。


(僕がお姉さまを望まないなんてあり得ない。僕にはお姉さまが必要で、僕にはお姉さまが全てなんだから……)


 だが、そんな想いは心の奥底に隠し、エレミアは僅かに強くアリスの腰を腕で抱く。

 それを受けて、アリスは目を細めて優しい笑みを浮かべながら、手をエレミアの頬へと伸ばした。そして、エレミアの顔を自身の顔へと向けた。

 二人の視線が交わり、アリスの潤んだ瞳にエレミアの恍惚とした顔が映りこむ。アリスの表情にエレミアの胸が跳ねる。恍惚とした表情は情欲に蕩けていき、次第に吐息に熱が篭り始める。


「思わず手を出してしまいそうね……」


 アリスはそう呟くと、エレミアを自分の上から退けて上半身を起こす。エレミアの頭は自然とアリスの太もも間へと落ちていく。

 アリスは手の甲でエレミアの頬を撫でながら再び口を開く。


「でもそれは夜までおあずけね。すぐに昼食ができるわ」


 エレミアは残念な気持ちになりながらも、アリスの言う事に『ん』と小さく返事をする。夜まで我慢できないが、自分からねだることはできない。それだけはアリスに絶対にしてはいけない。アリスの罪悪感こそがエレミアの支えなのだ。


「それにしても、今日も太陽が鬱陶しいわね」


 アリスは窓の外に視線を向けて目を細める。太陽は吸血鬼の天敵。陽の下を歩けても、彼女達もそれは変わらない。

 太陽に焼かれることはなくても、力を大きく損なう。だからこそ、二人の吸血姫にとっても太陽は忌々しいものなのだ。

 陽の光に目を焼かれるような感覚を感じながら、アリスは一度目蓋を閉じる。それはまるで、何かを願うかのようだった。


 ――ここはサブネスト領のカフェだ。そこに眼鏡をかけた男が一人座っている。男は紙に目を向けながら、カップに口を付けていた。


(ふむ、どうやら事態は動き出したようだな。これで私の仮説も証明されるか……)


 男は紙の束を眺めながら、自分のこれまでを思い返す。この世界に来た日のこと、ストムロック伯爵の話、そして、自分の手で調べた二人の英雄の物語。

 その全てが自身の仮説を裏付けるものだった。男にとって、この世界への転移は驚愕ではあったが、この世界そのものは予想に反するものではなかった。

 だからこそ、早い段階で順応し、AWOの設定に存在した文字を思い出してこの世界の書物を読み漁った。


(この世界は興味深いが、やはりというか、AWOとの関係性も予想の範囲内だな)


 男は異世界転移などの創作に興味はなかった。そのため、転移した時もそれほど感情が揺れ動くことはなかった。好き好んで戦闘をするつもりもないため、冒険者にはならなかった。

 うまいことストムロック領を出て英雄を追ってきた。モンスターは脅威にならないし、アイテムも豊富だったため旅に苦労することはなかった。

 そうして、男はただ淡々とこの世界を分析してきた。その結果が出ようとしている。そのための条件は揃った。

 最後の鍵となる事件も発生した。後はその事件の結末を見届けて答えを出すだけだ。


(さぁ、舞台は整った。この世界とAWOの差異。それを見せてもらうよ。二人の英雄殿)


 陽が落ち始める。男は席を立ち、店員を呼ぶ。

 代金を払った男は町の雑踏へと姿を消していく。もう誰も彼を見つけることはできない。彼はすでにそこにいないのだから……。


というわけで、今回はここまでです。

何が出てきたのか、読者の皆様は予想できちゃってると思いますが……。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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