第22章 かつての戦友1
第22章開幕っ!
21章6にも挿絵付けたいわぁ
アトラクシア王国は王国の民が中央大陸と呼ぶ場所の南東に位置する国だ。気候は地域によって様々であり、四季折々を楽しむことができる。
隣接する人間の国は四つ。北西にある現在は『大破壊領域』と呼ばれ荒れ果てた荒野だけが続く場所。その先にあるかも知れない国々と王国を分断しているその場所はかつて、140年前まではカトゴア連邦と呼ばれ、王国とは一触即発の関係だった。
西から南東、南にかけて存在するのがカリュガ帝国。遥か昔、王国に存在した一人のエルフの英雄と戦い大きく戦力を殺がれてからは王国への侵攻は行っていない。しかし、王国以外の国へは侵略を繰り返しており、今も領土と戦力を増やし続けている。
北東には小国、ハンギス公国が存在している。ここは北の先に広がるグリムスの森と並んで北に広がる『暗黒地帯』と呼ばれる謎の地域への緩衝地帯となっている。だが、強いモンスターはほとんどおらず、豊富な鉱物資源をもって王国と貿易を続ける友好国だ。
そして、海を越えた南東に存在する島国がアマツの故郷であるアズマだ。その独特の文化様式故にアリスが気に入り別荘まで所持しているが、それは余談だ。
ストムロック領はアトラクシア王国南部に位置するが、南部でも王国に近く、カリュガ帝国との国境から遠い。
気候としては王都と同様で四季が明確に表れるが、どの季節でも人が過ごせない厳しさはない。
農村も多く、食料の生産量も安定している。豊かな領地である。
モンスターもあまり強くないどころか、むしろ弱い。冒険初心者へのおすすめ地域としてずっとトップ5に入り続けているくらい弱い。
ただ、準危険地域と呼ばれる少し強めのモンスターのいる洞窟状の迷宮が存在しており、その周囲は迷宮1階層レベルのモンスターが徘徊している。
だが町からも農村からも離れているため、逆に町周辺では手応えがなくなった冒険者にランクアップするための修行場として利用されている。
ただし、迷宮の中層以降は危険度が一気に上がる。この迷宮の最終層は48年前までは到達者がいなかったくらいだ。
ストムロック領アンジェリス、領主の館が存在するこの町の二つある出入り口の一つ、王都側へ向かう出入り口の前に二台の馬車が止まっている。一台目の馬車は普通の見た目なのだが、二代目は黒塗りで窓がなく、また御者もいなかった。
門番の男性は一台目の馬車の御者といくつか話すと、後ろに向かって手をあげた。それを合図にして馬車は門をくぐり、町の中へと進んでいく。
門を抜けた先には露店が立ち並び、多くの人が行き交い活気に満ち溢れた様子だった。馬車が近くを通ると、町民達は口々にその馬車の帰還を喜ぶ声を上げた。
だが二代目の馬車を確認すると態度が変わる。その馬車を知らぬ者はこの町にはいない。町民はその馬車の主のことを領主や国王よりも慕っているかもしれないからだ。
「うぉおおおおお!
女神様がご帰還なされたぞ、お前らもっと声あげろぉ!」
やたらと気分の昂揚した町民がそう叫ぶと、周囲の町民達が両手をあげてそれに追随するように大声を上げる。
「アリスちゃんおかえりなさい!」
「アリスお姉ちゃんだー! アリスお姉ちゃんあそぼー!」
「アリス様のおかげでうちのバカ息子も立派に育ったぜ!」
老若男女関わらず馬車の主であるアリスへと声をかける。その馬車の中で、備え付けてある集音機能を使ってそれを聞いていたアリスは苦笑いを浮かべている。
「相変わらず騒がしくも楽しそうな町ね。鼓膜が破れるんじゃないかと思ったわ」
「ゲヒヒ、でも嫌いじゃねーんですよね?」
モアがそんなアリスにそう問いかけると、アリスは少し困ったような表情をした後、優しそうに微笑む。
「当たり前でしょ。大好きよ」
そう言って町民の声へと耳を集中させるアリス。キザキザの歯を見せて笑うモア。その二人を包む歓迎の声は馬車が領主の館のある区画に着くまで続いた。
――領主の館に到着し、馬車を降りたウィリアムを待っていたのは一人のエルフの女性だった。
「ちょっと、ウィル坊! 帰って来るのが遅すぎるわよ!
ギルドが大変なことになってるんだからもっと早く帰ってきなさいよ!」
「おいイェレナ、外でウィル坊と呼ぶんじゃねーよ! サブマスなら公私は分けやがれ」
ギルドのサブマスターである女性、イェレナはそんなウィリアムの当然の抗議も鼻で笑い飛ばす。
「ウィル坊はウィル坊じゃない。今更私が領主様って呼んだ方が周りは困惑するわよ。
そんなことより……」
「久しぶりね、イェレナ。相も美しく、元気そうで何よりだわ」
イェレナはウィリアムに文句を言うことに集中しすぎて、見覚えのある馬車が止まっていることに気付いていなかった。
その馬車から人が降りてきているのも当然気付いておらず、被せるようにされた挨拶に一瞬反応が遅れる。
「ア、アリスゥ!? え、うそ、来てたの?
久しぶりね、じゃないわよ、もう! もっと頻繁に顔見せなさいよ!」
そう言ってイェレナはアリスに凄まじい速度で近づくと思い切り抱き上げ、熱い抱擁を行う。一頻りジト目でされるがままのアリスの温もりを堪能すると、アリスを地面に下ろして同じ視線になるようにしゃがむ。
「久しぶりね、アリス。あなたも相も可愛らしく、元気そうで何よりよ。
とても、ことあるごとに取り乱しては嘔吐しまくってた少女とは思えないわ」
イェレナの口から挨拶に続く言葉が紡がれると途端に場の空気が凍った。ウィリアムが二人から距離を取る。モアが馬車の後ろに逃げ込む。執事が「失礼します」とだけ言って屋敷に逃げ込む。
「あなたは毎回、毎回、毎回、毎回毎回! どうして私の過去を掘り返さないと気が済まないのかしら!?
そりゃ何度か私のゲロの始末させたのは悪いとは思ってるけど、それにしたって引きずりすぎよ! あなた天丼って言葉知ってる?」
激怒しながら負のオーラをばら撒くアリス、それを笑顔で流すイェレナ。アリスがアンジェリスを訪れ、イェレナと会う度に必ず見ることのできる光景である。周りの対応も慣れたものだ。つまり天丼である。
「はぁ、まぁいいわよ。それでギルドが大変って何があったのよ?」
アリスはため息を吐いて気を取り直すと、先ほど耳に入ってきたギルドのことを尋ねる。それを聞いたイェレナはちょっと困ったような表情を見せた。
「ウィル坊もさっさとこっちに戻ってきてよ。ギルドで起きてるちょっと見過ごせない問題について話すから」
ウィリアムは頭をかきながら二人の傍に来て、二人を見下ろす姿勢のままイェレナの言葉を待った。
「最近ギルドである噂と共に討伐対象のモンスターが何者かに撃破される事例があるの。それも一回や二回じゃない、日に数度、冒険者の討伐依頼の半分はそれで失敗となってるわ」
「それは厄介ね。食い扶持のない冒険者なんてただのあらくれと変わらないもの。
で、その噂ってのはどんな噂なのかしら?」
イェレナから語られた問題を聞きアリスが更に聞き返すと、イェレナは大きく息を吸う。
「『白銀の竜騎士』
美しい装飾のなされた白銀の鎧を身に纏い、剣と盾を武器にモンスターを一刀両断にする凄腕の騎士様。
ヘルムから飛び出した角があることから竜人ではないかと言われているわ。
ここ十数日ほどの間に現れて、モンスターを凄い勢いで狩ってる謎の騎士様よ」
『白銀の竜騎士』その噂を聞いたアリスは目を細め、嘆くように小さく呟く。
「あの、バカ……」
「アリス?」
イェレナはその呟きを聞き逃さなかった。
「アリスは『白銀の竜騎士』のこと知ってるの?」
アリスは観念したように一度肩を竦めると、イェレナの横を通り抜け屋敷へと歩を進める。
「ちょっと、アリス! 知ってるなら教えてよ!」
イェレナの抗議を無視して扉の前に辿り着いたアリスはイェレナの方へと振り返って口を開いた。
「大丈夫よ。その問題はもうすぐ解決するわ。この私、アリス・ドラクレア・グリムスが保証するわ」
言うべきことは言ったとでもいうように、アリスは扉を開いて屋敷の中へ入って行ってしまう。
しかし、その言葉を聞いたイェレナはどこか安心した表情でアリスの消えた屋敷を見ているだけだった。
(敵わないなぁ。この有無を言わせぬ安心感。ほんと、強くなっちゃって、お姉さん寂しいわ)
一足先に屋敷に入っていったアリスを追うようにウィリアムとモアも屋敷の中へと姿を消していく。
イェレナは立ち上がると、髪を抑えて空を見上げる。
(50年はきっとあの子に色々なものを与えてくれた。その良し悪しは様々だけど。
騎士様問題はもうこれで解決……かしらね)
初めて出会った50年前よりずっと強くなったアリスを想って、イェレナは自身のいるべき場所、冒険者ギルドを目指すべく歩き始める。
――屋敷の廊下を歩くアリスの顔は笑顔だった。
(こんな早く順応できるなんて、間違いなくあのバカね。動き出すのが早すぎるのよ。
待つだけなんて性に合わない奴だとは思ってたけど、『白銀の竜騎士』ね。からかうネタができたわね)
「ったく、俺の屋敷を我が物顔で歩いてんじゃねーよ」
聞こえた声に反応してアリスが足を止めて振り返ると、口をへの字にしたウィリアムが駆け足で追いかけてきていた。その後ろには歩くのと同じ動作でウィリアムの駆け足並の速度を出すモアもいた。
「あら、この屋敷は我が家も同然よ? この屋敷の構造をあなたに教えてあげたのは誰だかわかっているのかしら?」
アリスが言い返す。それ聞いたウィリアムは心底嫌そうに更に表情を歪める。
「そういう話じゃねーだろうが……」
屋敷の所有者は現在ウィリアムなので、彼の言葉の方が正しいのだが、アリスはそんなのどこ吹く風で再度歩みを進める。
「それより、『赤髪の騎士様』を屋敷に招待するのを忘れないでちょうだいね。モンスターの出現地域とキャンプの境を見張ってれば簡単に見つかるんじゃないかしら。
できるなら明日にでも会いたいわ」
それを聞いたウィリアム表情が一瞬固まる。
(『騎士様』……さっきの話と『赤髪』は関係ありか)
アリスは一人客室へ向けて歩を進める。その顔には喜びが浮かんでいた。
――転移してから十数日、混乱していた人々も一部だけだが徐々に落ち着いてきた。
『鍛錬』を終え、キャンプに帰ってきた赤髪の青年は周りを見渡した後、慣れた手つきで装備のチェックを始める。
AWOには武器や防具には耐久度が設定されていたが、一定以上のレア度の装備の一部は耐久度無限という仕様になっていたので、高レア装備で身を包む青年も装備のメンテナンスの必要はなかった。
ただし、ここはAWOではなく異世界、何があるかわからない以上装備のチェックも必要だと青年は考えていた。
この世界に来て、『鍛錬』の後に何度も装備をチェックするがどこもおかしくなったようには感じない。攻撃を受けても傷一つ付かないどころか、付くべき汚れすら見当たらない。
高レア装備の一部に存在する設定に、『穢れを払う』というものがあった。実際ゲーム時代も通常の装備はメンテナンスで汚れが落ちるまでは汚れたままだった。
しかし、この設定がある装備は一切汚れることがなく新品同様の輝きを保っていたのだ。それはどうやらこの世界に来ても変わらなかったらしい。
(まぁ、僕自身は汚れるし、ゲーム時代に描写されてなかった中着なんかもそのまま存在してないし、色々面倒なのは変わらないか。
その手の外観変更はアイツがやたら金かけてやってたなぁ。初めてその装備を見たときは、まさか下着からレース模様まで細かく作ってるとは思わなかったし)
彼の親友はその辺り非常に凝り性だったらしく、装備の外観変更という課金要素に少なくない金額をつぎ込んで自身のキャラクターの装備を徹底的に改造していた。
彼自身も今の装備になってから外観変更を行ったが、あくまで鎧に合うように各種装備の飾りや模様、色を変更しただけだった。
彼は装備のチェックを終え立ち上がると、アイテムボックスから食料アイテムを取り出して食事を始める。
AWOには数多くの無駄とも思える設定が存在した。装備の『穢れを払う』もその一つだったが、食料やポーションなどにも細かく材料や味、調理・調合手順などの設定があったし、金属の加工方法などの設定まで存在した。
そのお陰で現在料理を食べても味気ないなんていう事態に陥らずに済んでいるのだ。
(まるで異世界に言っても機能するように設定されてたみたいだな。
いや……ないか。誰がこんな事態予想できるんだよ)
食事に選んだサンドウィッチの最後の一欠片を口に放り込んだ彼は、再度『鍛錬』に赴くべく立ち上がった。
少し歩いてキャンプと『ある一帯』との境に足を踏み込んだ時、彼に話しかける声があった。
「そこの赤毛の転移者殿。少しいいだろうか?」
ヘルムを着ける前だったため、青年の赤い髪はそのまま晒されている。
青年は話しかけてきた兵士に顔を向けると一度首を傾げた。
「えっと、僕に用事ですか? 何かまずいことしちゃいましたかね?
もしかしてモンスターの討伐は許可制だったりします?」
「モンスター討伐……噂の元凶はこの人か……」
青年の言葉を聞いた兵士は何やら呟くと眉間を押さえて俯いてしまった。そして少し頭を横に振った後、気を取り直して口を開いた。
「モンスター討伐も問題っちゃ問題なんですが、領主様から個人的な言伝を預かっています」
(あー、問題あったのかぁ。
ん? 伯爵から言伝? 議会が終わって帰ってきたのか。
個人的な言伝か……)
青年が考え込んでいるのを気にせず、兵士は言伝を伝えるべく言葉を発する。
「明日、午前の鐘、四の時、町の入り口まで来られたし。『あなた方』のことについて重大な相談あり。以上が領主様からの伝言です」
それを聞いた青年は、自身を売り込む最大の機会にめぐり合えたことを喜んだ。
再会の時は近づいている。
再会までのカウントダウン開始
カウントダウンと言えばかなり昔、某TV番組は年越しカウントダウンミスして、
それ以降その番組がカウントダウンすることがなくなったっていうのを思い出した