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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第32章 二人の吸血姫
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第32章 二人の吸血姫7(終)

長らくお待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


 ――月に雲がかかり、月明かりが遮られた庭の中で、アリスと男が対峙する。


「それほど難しい話じゃないわ。ただエレミアが誘拐されるのを待って追いかけてきただけ。領地を押さえられたあなたには選択肢は多くはないもの」


 アリスが横髪を弄りながら種明かしを始める。あまりに稚拙で、誰も予想しない真実。ただ一人、エレミア以外はアリスの『真意』に触れることはなかった。

 アリスの種明かしを緊張した面持ちで聞くのは犯人である貴族の男。アリスがエレミアを溺愛している様子を見ていることから、エレミアを囮に使うことなど予想しているはずもない。


「あなたの目的は吸血鬼になって永遠の命を得ること。領地では錬金術や東の技術の研究もしてたみたいだけど、結局答えは得ることができなかったのね。だから、私やエレミアを狙ったんでしょ?」


 アリスの言葉は質問のように聞こえるが、これは確認ですらない。すでに報告は受け取っているし、何よりも……。


「その欲に塗れた目、今までよく隠し通したと褒めてあげる。でも、追い込まれたくらいで晒すなんて随分な失態じゃない」


 アリスの不老不死を求めて近寄ってくる貴族はごまんといた。今まで好色な男の側面しか見せていなかった男も、追い込まれた現状では同じ視線をアリスやエレミアに向けている。


「正直、動きを見せないんじゃないかと思ってたのよ。用心深い男だったし、本心を別の本心で隠し通せるくらいの男だもの」


 アリスがため息を吐きながら現状に呆れた様子を見せていた。呆れられた男の方は唇を噛みながらアリスへと欲に塗れた視線を向けている。


「そうは言うが、私が動かずに身を隠そうとすれば人知れず消すつもりだっただろうに……」


 男は現状を理解している。何もせずにサブネスト領を出れば、次に待つのは確実な死だけだ。それがわかっているからこそ、本性を晒してでもエレミアの誘拐に打って出たのだ。


「逃げ切ることができないなら、一発逆転にかけるしかないのだよ。さすがの辺境伯でも大事なサブネスト伯爵を盾にすれば何もできないのではないかね?」


 男は自信に言い聞かせるように言葉を口にする。目の前に盾にしたエレミアがいる限り、アリスは男に手を出せない。そう信じる為に。


(この様子じゃあの暗殺者は死んでいると考えるべきか。もう、この娘を盾に逃げ切るしか助かる道はない)


 アリスの『真意』を知ることができない男は、目の前で口だけしか動かしていないアリスを見て自身の考えが間違っていないと考えた。現にアリスは攻撃を仕掛ける素振りも、魔法を発動させる様子も見せていない。

 男は緊張で心臓が早鐘のように打つのを感じながらも、自身の作戦が間違っていなかったと確信する。ただ一つ、アリスが水晶薔薇に鼻を寄せ嗅いでいる姿、余裕とも取れるその態度に不安を感じている。


(追い詰めればどうにでもなるとでも思っているのか?)


 顔を下に向けて薔薇の香りを嗅ぐアリスの表情は、身長差もあって男からは伺うことはできない。自身に都合よく解釈するなら、焦りを悟らせぬように隠しているとも考える。だが、アリスがそんな安直な存在でないことは男も知っている。

 多くの悪徳貴族がアリスのせいでその地位を、時には命すら失ってきた。男の目の前にいる銀色の少女はそういった貴族たちにとっての死神なのだ。

 余談だが、アリスは別に小さな悪事も見逃さない正義の味方というわけではない。ただ、悪事の規模が見逃せない場合や、国のあり方に真っ向から逆らう場合に国から依頼を受けて動いていた。ただ一つの例外が、今回のように身内や自身に関わる場合だ。


「そこをどいてはいただけませんかね、グリムス辺境伯。状況はわかっているでしょう?」


 男は自分が優位であると考え、アリスに対して道を開けるように言う。魔法を使おうとすれば、動こうとすればエレミアに危害を加える。そう取れるこの状況はアリスの『真意』を知らなければ、自分が優位だと思って当然なのだ。

 アリスは道を開けることなく、先ほどと同じように薔薇の匂いを嗅いでいる。

そうしている内に、月にかかっていた雲が通りすぎ、月光がアリスと水晶薔薇を照らす。薔薇は月の光を受けて光の胞子を生み出して、アリスの顔を照らす。その表情は……。


(笑っている? 笑っているだと!)


 男の目に映ったアリスの顔は不敵な笑みを浮かべていた。男はアリスの『真意』を知らない、男は今自分が盾にしている金色の少女がどんな表情を浮かべているのか知らない。


「待たせたわね、エレミア。それじゃ、始めましょうか……」


 アリスの宣言と同時に、男の頭のすぐ下で何かが砕かれる音が聞こえ、それと同時に聞こえるはずのない声が響く。


「お姉さま! うん、お姉さま! わかってる、わかってるよ! 始めよう、終わらせよう。僕にはお姉さまの全てがわかっているんだから!」


 男が下へと視線を移せば、砕かれた口枷を首にかけたエレミアが恍惚とした笑みで笑っている。

男は自身の最大の失策に気付かされる。不老不死の吸血鬼を人質にしたとして、それは人質となり得ない。傷などいくらつけようと回復してしまう。人質が意味をなさない、そう男は『勘違い』した。

 アリスが顔を上げて小さく微笑む。それと同時に彼女は手に持った水晶薔薇を男に向けて投げ放った。

 『水晶薔薇プリズム・ローズ』の性質は実用的ではない。月の光を取り込んで胞子を放出することができるだけだ。そうしてもう一つ、この薔薇には実用性のない性質が存在する。

 水晶薔薇が男の目の前で砕ける。それと同時に内部に溜め込んだ月の光が一瞬だけ強く周囲に放たれた。一瞬、ほんの一瞬だけ男の目を奪う。普通ならちょっと眩しいだけの出来事だ。それが人間を越えた身体能力を持った存在でなければだ。


「なっ、なにがっ!?」


 男が作ってしまった一瞬の隙、その隙の間に腕に先ほどまであった感触が消えていく。男がすぐに目を開けて目の前へと視線を向けると、そこには自分の腕の中にあるはずだったモノの姿があった。

 そこにいたのは、恍惚とした表情のエレミアだった。拘束など最初からなかったかのように千切られている。

 エレミアはアリスと男の丁度中間辺りに立ち、男へと顔を向けていた。その状況に男は違和感を抱く。


(何か、おかしい……。どうして、この小娘はあの成り上がりの元まで逃げない?)


 エレミアはアリスに駆け寄ることもなく、その場所から動かない。救出された人質が何故逃げないのか、それが男の抱いた違和感の正体だ。

 それは男がアリスの『真意』に気付けず、現状を部分的にしか理解できてない故のものだった。


「ごめんなさい。一つ誤解させてしまったようね」


 男が困惑した表情でエレミアを見ていると、彼女の更に後ろからアリスの声が聞こえた。それは男の疑問に対するもので、現状を正しく認識させるためのものだった。


「私の目的はあなたを『見に来る』こと。人質など最初からいない。あんな拘束はエレミアには最初から無意味だった。あなたを殺すのはエレミアなのよ」


 アリスの口から真実が告げられると同時に、エレミアの周りの地面に複数の魔法陣が生み出される。ここに至ってようやく男は自身の本当の失態に気付かされる。

 男の作戦は最初から破綻していた。エレミアを人質に取ることは不可能で、いつでも拘束を破壊して自身を殺すことができた。アリスは最初からエレミアを助けにくるつもりなどなかった。男の最期を見に来ただけだった。

 男はただ二人の『吸血姫』の演劇に付き合わされていただけなのだ。攫われたお姫様を助けに来るもう一人のお姫様という歪な劇の役者だった。攫われたお姫様は悪の手を逃れ、突如現れた騎士達によって悪は滅びる。そういう台本だ。

 エレミアの周囲にある魔法陣から続々と骸骨の騎士が現れる。男は驚愕と絶望に染まった顔で、それを見ていることしかできない。


「さぁ、騎士様達、お姉さまと僕を守って」


 エレミアが指示を出すと、20に届こうかという数の骸骨達が動き出す。空洞になった眼孔の奥には赤い光を宿し、骨だけになった身体には鎧を身に纏っている。

 『ナイト・スケルトン』。死霊系モンスターの中でもLVは高くないモンスターだが、それでもLV77はある。そして、この世界の貴族のLVは100に届かないのがほとんどだ。驚愕の表情を浮かべているこの男も例外ではない。『ナイト・スケルトン』の数の暴力に抗える力など持っているはずもないのだ。

 骸骨達が男に向けて一歩一歩と足を進める。恐怖に歪んだ表情で男は後ろに後ずさる。走って逃げようにも、そうすればすぐに骸骨達は走って追ってくることはわかりきっている。何とか隙を見つけなくてはいけない。そう思いながら視線を動かした男は、骸骨達の隙間からアリスとエレミアの姿を視界に捉える。


「とても上手よ、エレミア。こんなにも素敵な騎士達を生み出すなんてすごいわ」


「お姉さまが僕に力をくれたから、お姉さまが僕を愛してくれるから、だから、僕はどんなことだってできるんだ」


 もはや男のことなど気にもとめていない二人が、抱き合い、頬を重ねながら睦言のように愛を囁き合う。月明かりに照らされ、銀糸と金糸が風に舞う。アンデットが人間を襲おうとしているこの場面においてあまりにも不釣合いな光景だ。

 男はしばらくその光景に目を奪われていたが、何かが肩を掴む感触に視線を逸らす。そこには男に抱きつくようにくっつく骸骨の姿があった。自身の状況を思い出し、男は叫びを上げる。


「頼む、やめてくれ! 謝る、もう手は出さない。だから命だけは助けてくれ!」


 男が必死に許しを請う。その叫びにアリスとエレミアが男へと視線を向けた。男は無様な表情を晒し、必死に二人に向けて手を伸ばす。それを見たエレミアが、小さく微笑んだ。その直後、骸骨達が動きを止める。

 男は自分が許されたのだと思い、安堵のため息を吐く。しかし、骸骨達は男から離れる気配は見せなかった。疑問を抱いていた男の耳に入ってきたのは予想を裏切る言葉だった。


「あれ、君まだ生きてたの?」


 エレミアのその言葉を理解できず、男は口を開けて固まってしまう。男の状況など気にせず、エレミアが骸骨達に向けて指を突き出す。突き出した指の先には魔法陣が浮かび上がっていた。

 骸骨達がカラカラと乾いた音を立てて振るえ始める。男が視線を向けると、眼孔の奥の光が強く輝いていた。それに嫌な予感を感じた男が腕を突き出して、再び許しを請おうとした瞬間それは起きた。骸骨の眼孔の奥の光が弾けて、組み付いた骸骨が爆発を起こす。

 男の懇願は爆発に飲まれて消えていく。男の身体もまた爆発に晒され四散する。ただ、伸ばした腕だけがそのままの形で弾け飛び、アリス達の近くに落下した。

 二人はそれに目を向けることなく、唇を重ねていた。周囲には残った骸骨達がカラカラと音を立てて立っている。

アリスはエレミアの成長を、エレミアは新しい魔法を成功させたことに達成感を得ていた。もはや、二人の中に男の存在などありはしなかった。ただ、目の前にいて唇を重ねる愛しい相手への思いだけだった。

 月明かりに照らされた二人の吸血姫が互いの愛を貪りあう。想いはすれ違い、それでも求め合う二人の姿を月明かりだけが照らしている。自然と二人の唇の交合にも熱が入り始める。それと同時に月は再び雲の後ろに隠れ始め、二人の営みを暗闇に隠していく。骸骨達がそれを祝うように音を鳴らす。

 夜は魔性の、吸血鬼の時間。二人の時間はまだ終わらない。


32章最終話です。

次回もいつになるかはわからないです。

1週間で投稿できればいいなとは思います。

次回から二人の吸血姫編最終章になります。その後は過去編やって次になります。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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