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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第32章 二人の吸血姫
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第32章 二人の吸血姫5

何日も送れて申し訳ございません。少々体調が悪くて、時間がかかりました。

次の話も3日か4日かかるかもしれません。

いつも待っていてくださる皆様ありがとうございます。


 ――厨房の中でフリルの付いた可愛らしいエプロンを付けたアリスが鍋を振るう。エレミアに約束したとおり、アリスは手料理を振舞うために料理をしているのだ。


「悪くない匂いね。これなら夕食の時間には間に合うわ」


 貴族の男の問題もあるが、アリスがすぐに何かをできるわけではない。動きがあるまではモアに任せて自分は待っていることが最善だと考えている。

 一応他所の屋敷の厨房ということもあるので、後ろにはフィレアが控えている。そう命令を出したのはエレミア本人だ。フィレアは不満を抱くことなくその命令に従っている。モアが人形と称す通り、フィレアはエレミアの命令には忠実に従う。


(フィレアがここにいるのもいいわね。これで『無用な被害』は避けられるわ)


 アリスは考え事をしながらも、黙々と料理を進めていく。動きも最初からどこになにがあるのかわかっているかのようにスムーズだ。実際には厨房に入ってすぐに全ての位置を覚えただけだが、こういう時にAWO時代のIntがそのまま肉体に適応された恩恵が役に立つ。

 アリスは料理をしながら待つ。その時が来るのを待ち続ける。


 ――モアは影に潜みながら考える。あの貴族の男に感謝するのは癪ではあるが、今の落ち着いた状態のアリスは好ましい。エレミアを第一に考えてはいるが、それ以上に冷静に状況を判断することもできていた。あの男がいる間の一時的なことではあるだろうが、それでも今の状況に多少の喜びを感じている。


(できることならこのまま動きがない方がいーんですけど、まぁ、無理でしょーね)


 影の中からエレミアに視線を向けながら、モアはそんな風に考えてしまう。動きがあれば対処するが、動きがなくそのまま町を出てくれれば『事故』が起きて男は姿を消すことになるだろう。モンスターの襲撃か、落石か、『事故』の内容はわからないが、確実に起こる。

モアとしてはそちらの方が助かるのだが、そうならないことも容易に予想できる。むしろ、アリスが自分の手でどうにかしようと考えているので、動いてもらわないと従者としては困るのだ。


(あー、もう、なんで人間ってこー身の程ってのをわきまえねーんでしょーね)


 視線の先では部屋に篭るように言われたエレミアが寂しげに俯いている。アリスが部屋を出てから椅子に座ったまま、ずっとこの状態だ。


(しおらしーつーか、これもマスターが絡まなきゃ割りとまともな部類なんでしょーけど……)


 俯いて動かないエレミアを見ながら、モアはそんな感想を抱いた。エレミアはアリスに関わること以外だとまともな領主であり、立派な貴族と言える。知識も行動も、領主としての先輩でもあるアリスより優れていると言えた。ただ、その随所に問題ない範囲でだが、アリスを絡めている。他の領でも話題になる植物園への水晶薔薇園の増築、月を見やすくするための屋敷の改装などもその一つだ。

 領主として領地を豊かにしているように見えて、その実そのほとんどにアリスの影がちらついている。アリスのための領地作りをしつつ、それをうまく領民の利益に繋げているのだ。優先順位はアリスの方が上なのである。


(そもそも、マスターが絡まない事象が存在しないというか、なんというか……)


 モアとしてはそんなエレミアの呆れ半分、怒り半分といったところだ。エレミアの行動がアリスを縛り付けるためのものであるのは明白だし、エレミアがそれに喜びを感じているのも事実なのだ。そこまでやることに呆れ、そんなことをすることに怒りを感じてしまう。


(マスターもそれに必死に応えようとして、結局コイツの思うように扱われてやがりますし……)


 この場所に来るといつも、モアはこのことについて悩む事になる。何か言ったところでアリスが変わるとは思えないし、それは自分の役目ではない。その役目を担っているはずのリリスですら、半ば諦めていることだ。

 モアは考え事をしながらも、しっかりとエレミアを見ている。その時、わずかな違和感があった。その違和感の正体が姿を現すと同時に、事態は動き始める。


 ――日も沈み月が見え始めた頃、厨房ではアリスが最後の仕込みを終えたところだった。味見として口に含んだスープは少し熱かったが、味には満足がいったらしく、一人で頷いている。


「うん、これでOKね。あとは夜まで待つだけだけど、フィレア、食堂の準備をお願いできるかしら。エレミアは私が連れてくから、待っててくれればいいわ」


 アリスにそう言われて、フィレアは無言で食堂へと向かっていく。フィレアが厨房から姿を消し、気配が遠ざかるのを感じたアリスは小さくため息を吐く。

 その後すぐに手早くエプロンを外して近場の調理台にかける。


「モア」


「サブネスト伯爵が攫われました。申し訳ごぜーません。相手の方が一枚上手だったよーです」


 先ほどまでエレミアの部屋にいたはずのモアが影から姿を現す。その姿を確認して、アリスは火を消した鍋の前からドアへと動き出す。


「エレミアを助けにいくわ。あなたはフィレアを護ってちょうだい」


 そう言いながらアリスは厨房を出て行く。モアはお辞儀をしてその姿を見送る。

 アリスは廊下に出ると、一度足を止めてエレミアの部屋へと続く道に視線を向ける。


(もてなしの準備は必要よね)


 アリスはエレミアが『連れ去られただろう方向』とは違う、エレミアの部屋へ向けて足を進めていった。


 ――アリスが退室した後、モアは周囲の気配を探りながら食堂へと歩いていく。だが、厨房から食堂へと廊下の途中で突如立ち止まる。そして、そのまま斜め前の窓へ向けてお辞儀をしてから口を開いた。


「隠れててもわかりますんで、さっさと出てきやがれください」


 その言葉のすぐ後に、窓が開いてどこからか黒ずくめの男が姿を現す。男は廊下に降り立つと、小さく鼻を鳴らして言葉を発する。


「まんまとサブネスト伯爵を奪われたまぬけな護衛だが、さすがに二度目はないということか」


 モアはその男に見覚えがある。その男は先ほどエレミアを攫った男であった。影の中で『動かない』モアの目の前でエレミアを攫い、貴族の男へと届けた後、今度はフィレアを狙ってここに現れたのだ。男はモアがエレミアの護衛として潜んでいたこと知っていたらしい様子だ。


「だが、俺の動きに反応できなかった貴様が今更何ができる? まさか、メイド如きのくだらないプライドのために俺を呼び出したんじゃないだろうな?」


 男は頭に巻かれた黒の包帯から除く目で、モアを見下しながらそう告げた。モアはその言葉に動じることもなく、手を腰の前で重ねて綺麗な姿勢で立っている。男の言葉に返答することもなく、ただ立っているだけだ。男はそれをどう捉えたのか、再び口を開く。


「交渉でもできると考えているのか? 残念だったな。俺はあの方直属でね。金で動く安い暗殺者とは違うのだよ」


 再び投げかけられた言葉にも、モアは微動だにすることなく立っているだけだった。男はそんなモアの様子を見て、眉間にしわを寄せる。


「色仕掛けでも考えてるなら諦めろ。俺はそっち方面には興味がなくてな。それとも、命乞いでもするつもりか?」


 それでもモアは動かないし、言葉を発しない。男は暗殺者らしく、その態度に眉間にしわを寄せることはあっても、平静さを崩すことはなかった。何が目的かわからない相手に対して、多少の警戒はあるが、エレミアを攫う時に『動かなかった』のだから実力では勝っていると考えている。


「お前とその主はかつて世話になったグリムス領の人間だ。見逃してやりたい気持ちもあるが、仕事なんでな」


 男が短剣を両手で構えて動き出そうとする。それを前にしてもモアはまだ動かなかった。しかし、男が構えると同時に半月状になるように口端を大きく吊り上げて、キザキザした歯を見せた。

 男はモアがおかしくなったのかと思い、動きを止めた。追い詰められた相手は何をするかわかったものではない。それ故に、一度動きを止めて様子を見ることにしたのだ。だが、次にモアの口から出てきた言葉は男の予想とは真逆のものだった。


「予定どーりでごぜーます、マスター。獲物は餌に食いつきやがってごぜーます」


 モアの発言と同時に開いた窓から夜風が舞い込む。夜風はモアの緑色の前髪を揺らして、その奥に隠れた瞳をさらけ出す。口だけではない、目も笑っている。その表情を見て一瞬、男の全身が強張った。

だが、もはや男は逃れることはできない。男は罠にかかった獲物にすぎないのだから。


 ――屋敷を出てすぐの場所、エレミアは縛られて口枷をはめられた状態で貴族の男に連れられていた。男は普段の紳士ぶった表情を崩し、焦っているのか早歩きで、息も上がっている。


「この女さえ、吸血鬼さえ手に入れば再起など容易いのだ。忌々しい成り上がりの小娘が! この怒りはこのガキの身体で晴らしてやる……」


 エレミアは無抵抗のまま、不自由な状態で男についていく。男は息を荒げながら、必死に馬車への道を急いでいる。身体の小さいエレミアでは普段ですら歩幅が合わないのに、今は縛られている状態だ。まともについていけず、ほとんど引きずられているようなものだった。だが、エレミアはそれに対して苦痛の声を上げることはなかった。擦り傷程度ならすぐに再生され消えてしまうのもその理由の一つだ。

 男は再生されるエレミアの傷を見て、喜びで財宝でも見つけたかのように表情を歪める。


「そうだ、これだ、これが……」


 ――随分とお急ぎのようね。


 男が歓喜の言葉を口にしようとした時、男の進行方向から少女の声が聞こえてくる。その声を聞いて立ち止まった男は、エレミアの首を腕で挟んで自身の前へと寄せた。前方に対して、首を絞めた状態で盾にする形になった。


「もうすぐ夕飯の時間なのに、何をそんなに急いでいるのかしら?」


 男の前方にある暗闇から姿を現したのはアリスだった。アリスの手には水晶薔薇が握られていた。月明かりに照らされたアリスは愉快そうに笑いながら、男に問いかける。そのあまりの美しさに、男の唾を飲み込む音が聞こえる。


「夜のお散歩なら夕飯の後にしてくれると助かるわ。でも、そんなエスコートの仕方じゃ、エレミアがかわいそうだわ」


 アリスが一歩足を踏み出すと、男は一歩後ろに下がる。


「な、何故ここにいる。辺境伯は今厨房にいるはずなのではないですかな?」


 男は小さく疑問を口にした後、何とか表情だけは取り繕ってアリスへと問いかけた。だが、あまりの出来事にほとんど取り繕うこともできず、怯えが顔に表れてしまっている。

 アリスはそんな怯える男を前にして、エレミアへと視線を向けて小さく微笑んだ。


「無抵抗なところを見るに、私の意図があなたにはばれてしまっていたのかしらね? 本当、可愛くて、聡明なのね、エレミア」


 アリスは男の疑問に答えることをせずに、エレミアの現状に対して反応を示した。男がエレミアへと視線を向けると、エレミアは口枷をはめられながらも、口の端を吊り上げて笑顔を浮かべている。


「な、何を言っているんだ貴様は!」


 二人を見た男は、もはや取り繕うことができずに叫び声を上げる。怯えた表情で必死に搾り出した声を聞いて、アリスは小さくため息を吐くだけだ。

 そのまましばらくの間、三者の間に沈黙が続く。そして、アリスが再び一歩を踏み出し、男が一歩後ずさった。アリスは困ったようにため息を吐いた後に口を開く。


「まったく、怯えすぎよ。仕方ないから答えあわせでもしましょうか。と、言っても、別に大した話でもないんだけど……」


 獲物が網にかかった。もう、獲物は逃げられない。


次回から戦闘回です。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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