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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第32章 二人の吸血姫
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第32章 二人の吸血姫3

やばい、投稿時間が……

何はともあれ、お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


 ――昼、昼食のためにアリス、エレミア、そして太った貴族の三人が食堂に集まっていた。


「ズーズッズズー……。んぐ、これがグリムス領で開発の新料理ですか。なかなか、コクもあり、我々貴族好みの味付けですなぁ」


 貴族がフォークで食事を取りながらそう言った。エレミアは一心不乱にフォークを動かして貴族の男の言葉が耳に入っていない様子だった。アリスだけは『短い二本の棒』を巧みに使って『耐熱性のある使い捨ての容器』に入ったそれを優雅に食べている。


「ズーズルズル、んぐ。元々は私が個人的に研究してたんだけど、学生が『保存性』と『作りやすさ』を追及してできたのがこれなのよ」


「スープパスタかとも思いましたが、これはなかなか素晴らしい一品ですな」


 それは、『ラーメン』だった。それも日本人に馴染み深い『カップラーメン』である。

 アリスが再現を始めて、寮の学食で数量限定で販売していた。それをなんとか手軽に食べたい一部の学生達が、『ラーメン研究会』を発足した。研究会は手軽にラーメンを食べる為に、保存性と作りやすさを追求していった。その結果、お湯で戻すラーメン、インスタントラーメンにたどり着き、カップメンに至ったのだ。


(いやぁ、まさか、私も私以外がカップメンにたどり着くのは予想してなかったわ……)


 アリスの目から見て研究会の成果が著しかったため、『産業支援』の名目で個人的に支援も行っている。何よりも、このカップメン、行軍や冒険者の携帯食としてかなり優秀だった。

 テストとしてとある冒険者に試してもらったところ、お湯を沸かして注ぐだけという調理方法がうけにうけた。守秘義務を課しているため話は広がっていないが、その冒険者からはいつから販売されるのかという催促が頻繁にきている。

 今、この貴族の食卓に出されているのはアリスが自身で作ったカップメンである。アリス自身が好きであるため、馬車に大量に積んでいたのを持ってきたのだ。

 アリスは貴族の男に手の込んだ料理を出したくないためそうしたのだが、逆に好評を得てしまったようで頭が痛くなるのを感じていた。エレミアはアリスが何を言ったわけでもないのに、アリスが作ったものだと見抜いて一心不乱に麺を啜っている。


「まぁ、気に入っていただけたようで何よりだわ。えぇ。本当に……」


 そう言いながらアリスの目はどこか遠くを見つめているようだった。アリス自身の考えとしては、嫌々ながら食べる姿を想像していたのだ。それが、蓋を開けた途端、匂ってくるスープの匂いに驚愕の表情を浮かべて、護衛の毒見の後に実に満足そうに食べ始めた。


(そういえば、普通の貴族って毒見の後に食べるせいで、匂いが結構飛んだ料理しか食べないんだったかしら)


 カップメンのカップは底が深く作られている構造上、薄い皿に入れるスープなどより冷め辛い。その上ラーメンのスープはじっくりと時間を使って作られ、貴族が好む脂がたっぷりと使われているのだ。貴族の目にはご馳走を一つのカップに纏めた料理に見えても仕方ないだろう。


「信じられん。これが本当に湯で戻しただけの肉の食感なのか!」


 貴族の男が驚愕に声を上げる。このカップメンの具はグリムス領で取れる高級食材を、お湯で戻しても味が落ちないように研究されて作られている。これを作る時には寮の料理長まで巻き込んだ大騒動になった。


「え、えぇ、この肉はズゥ肉を煮込んだ物を干しても美味しいように加工したものなのよ」


 他の領に頼らず使える一番いい肉がズゥ肉だっただけで、アリス個人としては豚肉で作ったチャーシューじゃないことにかなりの不満がある。それがこうまで受けることには呆れるしかない。


「この料理は国全体に広く知らしめるべき一品だ!」


 アリスの感情を余所に男は一人で盛り上がりを見せていた。アリスとしても普及させることには大いに賛成なのだが、工場があるわけでもないこの世界でそれをすることができない。地球でなら一日に大量生産できるかもしれないが、この世界でこのカップメンを作ろうと思えば、アリスが全力を出しても一日に10個かそこらが限界なのだ。


「製造過程が複雑すぎてなかなか外に出せないの。どうにか大量生産ができればいいのだけど、そうもいかないのよね」


「それならば、せめて貴族の間だけででも普及させたいですな」


(え、嫌よ。私の取り分減るじゃない)


 そんな会話を続けながら昼食は当初の予定を無視して和やかに進んでいった。


 ――昼食の後、男は馬車の様子を見に行き、アリスとエレミアは寝室にきていた。フィレアは貴族の男を兵と一緒に案内している。モアは昼食の片づけをしている。窓に腰掛けたアリスの顔は美少女がしてはいけないくらいに後悔に歪んでいた。


(最近転移者と触れ合うことが多くてカップメンの価値を見誤った……)


 原因は先ほどの昼食、その時の貴族の男の態度にあった。

 メイが泊まりにきた時は深夜にカップメン食べながら遊ぶことも多かった。そのせいもあって、ラーメンの料理過程、味がこの世界では高級料理に匹敵することが完全に頭から抜けてしまっていたのだ。


「あのスープパスタ美味しかったね。お姉さまお手製だと思うと、今も胸のドキドキが止まらないよ」


「何で私が作ったものかわかったかはあえて聞かないわ。でも、カップメンにはまっちゃだめよ。健康に悪いから……」


 アリスは椅子に座ったエレミアの言葉を聞いて、眉間を押さえながら注意を促す。化学調味料や食品添加物などの材料が使われてはいないが、脂たっぷりでカロリーなんかも気にしていない。加工の多くは魔法と錬金術で行われている。吸血鬼なので問題はないが、一応注意だけはしておく。

 アリスに注意を促されて、エレミアはよく理解できていないのか首を傾げてしまう。その様子を見て、アリスは小さく息を吐いてからエレミアに近付く。そして、エレミアの頭部を覆うフードに手をかけたあと、それを外す。


「一応手持ちのカップメンは少し置いていくわ。でも、エレミアには私がちゃんとした料理を作ってあげるから、カップメンはほどほどにしなさい」


 アリスは転移前には独り暮らしだったため、それなりに料理はできる。AWOに課金しすぎて白米だけ、パンだけ、という生活もしたことがあるが、それ以上に節約するために自己流だが料理の勉強もした。この世界に来た後には、旅生活もしていたため料理をしたし、一時期グリムス領の屋敷に独りでいたこともあって腕はそこそこだ。

 健康面を考えた料理も手馴れたもので、普段はモアやイカリに任せているが、たまに料理をすることもある。それを食べたメイ曰く、『おー、おかーさんの味だねー』とのことだった。味付けなどはほとんど日本の家庭料理なので、メイにとっても懐かしいものだったのだろう。


「お姉さまの料理かぁ。うん、楽しみにしてるね」


 アリスはエレミアの返事を聞いて嬉しそうに小さく微笑む。


(私に子どもがいたら、きっとこんな風に……)


 アリスはそこまで考えて、一瞬初恋の相手の顔が思い浮かんでしまい、頭を横に振る。


「お姉さま、どうしたの?」


「あぁ、何でもないわ。ちょっと昔のことを思い出しただけ。もう、終わったことよ」


 アリスは苦笑いしながらそう答えた。昔の出来事を懐かしむには、今は状況が悪い。何より目の前にいるのはエレミアであるため、昔の想い人を想うのは失礼だろう。そういう思いがあっての返答だった。

 アリスは少し視線を動かして、腕を組んでエレミアの向かいに座る。


「それよりも、あのデブどうしようかしらね。領地の方には遠からず国の手が入るでしょうけど、それを感付かれれば何をしでかすかわからないわ。むしろここにいる今が一番注意しないといけないわね」


 アリスがそう言うと、エレミアも少し考え込んでしまう。現状国の手が入っていない以上、アリス達の方から手を出すわけにはいかない。アリス達にはそんな権限はないのだから、やってしまえばただの私刑になりかねない。


「あえて情報を流して向こうの行動を促す?」


「それはあなたが危険だわ。私はあなたを危険に晒すつもりはないの」


 それがエレミアを想っての言葉だとはわかっているが、エレミアには少しだけ納得がいかない。ただ、それは守られるのが嫌とかいう話ではなく、自分が危険に晒されることでアリスに更なる罪悪感を抱かせたいという考えだ。

 アリスが首をかしげながら一度視線を外に向ける。そして外を見ながら小さくため息を吐く。


「あのデブの行いの証拠は揃えた。後は私がどうにかするから、あなたは何もしなくていいわ。あのデブの護衛も大したことなさそうだし、どうにでもなるでしょう」


「でも……」


 アリスがエレミアに視線を戻して口を開くが、エレミアは食い下がろうとする。だが、アリスは首を振って拒否する。エレミアが何かを言おうとするが、アリスがそれを遮って口を開く。


「とにかくダメよ。必ず私がなんとかするから、あなたはできるだけ屋敷から出ないようにしなさい。いいわね」


 アリスの真剣な眼差しに、エレミアは何も言えなくなってしまう。そして、小さく頷いて俯いてしまう。


「それじゃ私は早速行動を開始するわ」


 アリスはすぐに椅子から立ち上がってドアへと向かって歩いていく。ドアを開く前に一度エレミアへと振り返る。少しだけ悲しそうな顔をしてから口を開く。


「そんな顔しないでちょうだい。とにかく今日は部屋を出ずにここにいてちょうだい。夕飯は私がご馳走を作るから」


 そう告げて、アリスは部屋を出て行く。俯いたエレミアを残してアリスは廊下を歩いていく。廊下と廊下の中間にある天井窓の下まで来ると、アリスは足を止めて大きくため息を吐く。


「モア、いるわね」


 アリスがそう口にすると、昼食の片づけをしていたはずのモアが影から姿を現す。昼食の片付けといっても、カップは使い捨てで、フォークと箸を洗うくらいしかやることがなかったのだ。


「見事というか、わざとらしーというか、で、私への指示はなんでしょーです?」


 アリスが悪人面と言ってもいいほどの笑みを浮かべて、モアへと振り返る。そして、鼻で小さく笑うと、両腕を広げて口を開く。


「あのデブ野郎に誰に喧嘩を売ったか教えてあげようじゃない。奴はもう、この領から生きて出さないわ」


「うっわぁ、マスター、今自分がどんな表情してるかわかってます?」


「あら、私のような美少女がやってるのだから、どんな表情でもきっと花のように美しいはずよ」


 アリスはモアと普段のやりとりを交わす。そしてそのまま横に一回転すると、狂気とも言える笑みを更に深める。モアはアリスのあまりの表情に苦笑いしか出てこない。自分の主が元の調子を取り戻して嬉しいが、美少女らしからぬ表情には悲しみを感じてしまう。

 アリスはそんなモアの内心に気付くことなく、再び口を開く。


「さぁ、廻りなさい。廻り廻って、踊り廻るのよ。惨めに、醜く、踊り廻る時間ダンスタイムを楽しみましょう」


 アリスの宣言が廊下に響き渡る。その言葉は今この屋敷にいない一人の男に向けたものだ。自身の大切なものに手を出そうとする愚かな男への宣告である。そして……。


(ごめんなさい、エレミア……)


 それはこんな方法でしか対処できない愚かな自身へと向けたものだった。


アリスも動き始めました。

貴族との対決の時が迫る。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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