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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第32章 二人の吸血姫
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第32章 二人の吸血姫1

やばい、最近更新時間が朝に……。

お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


「また、この夢なの?」


 夢の中、アリスの目に映るのは白い少女と一面の花畑。この夢を見るのは今日で二回目だ。その夢が何を表しているのか、何故そんな夢をみるのか、アリスには心当たりはなかった。自分の深層心理にこんな光景が広がっていることはあり得ないので、自分の中から生まれたものでないことだけは確かだった。


「あなた誰なのよ」


 白い少女に話しかけてみるが、少女は小さく笑顔を浮かべるばかりで答えを返そうとはしなかった。少女はアリスを無視して花畑の中を楽しそうに踊っている。


「いや、本当にあなた誰よ。話せないわけじゃないでしょうに、答えくらい返しなさいよ」


 アリスが呆れたように問いかけるが、少女は口を開かない。

仕方ないので、アリスは花畑の中を歩いてみる。下に見えるのは知ってる植物、知らない植物様々だ。物は試しと鑑定してみると、情報が頭の中に浮かぶ。


「え、何これ?」


 その情報内容にアリスが困惑の声を上げる。その情報は、アリスが地球でもAWOでも、そしてこの世界でも見たことのないものだった。


 ――『名前・深遠草 品質・なし 説明・なし』


 名前だけでそれ以外一切なしだった。他の草花も鑑定してみると、同じ鑑定結果が出る。チューリップも慣れ親しんだ水晶薔薇も、全てが同じ鑑定結果である。


「ガワだけってことなのかしら?」


 そこから導き出されるのは、外装変更と同じ見た目だけを変えたものであるということだ。だが、月明かりに照らされた水晶薔薇は光の胞子を吐き出している。間違いなく水晶薔薇そのもののはずだった。

 外装変更にできるのは見た目を変えることだけ、性質や能力までは変更できないはずだ。


「って、夢だし、これくらい意味不明でも当然よね」


 呆れを通り越してうんざりした表情になったアリスが独りごちる。少女はそんなアリスの様子に、足を止めて首を傾げていた。

 アリスはそんな無邪気な少女の姿を見て、少女の頭に手を伸ばす。そのままアリスは同じ身長の少女の頭を撫でる。


「どうせ、あなたは何も答えてはくれないのでしょう?」


 アリスに頭を撫でられて、少女は気持ち良さそうな表情を浮かべていた。


「でも、何でかしらね。ここにいると心が落ち着くというか、今まで感じていた不安とか、罪悪感とか、そういうのを一切感じない。これって……」


 ――ガキの頃におふくろに甘えてた時みたいだな……。


 思わず漏れた『青年』としての言葉。普段ならそれに驚いていただろうが、今のアリスにはそれが当然であるかのように受け入れられた。

 この場所から感じるのは安心感。まるで、何の不安もなく、罪悪感も薄い、何も知らない子どもの頃に戻ったような感覚だった。

 いつからか、疑うこと、自分の内側の醜いものへの恐怖、他者からの評価への依存、その他にも多くのものに縛られていた。だが今は、その全てから解き放たれたかのように、素直に目の前にある世界を受け入れられた。


「はぁ、羽休めには丁度いい……のかしらね」


 周りの景色に目を向けて、素直にその美しさを受け入れる。そうすることで、少しだけ穏やかな気持ちになれた。

 しかし、視線を動かしているとある物体が目に留まる。


「そうでもないか……」


 視線の先にあったのは、全てを飲み込む『暗黒ブランク』。その黒い球体だけが、この美しい世界の中に異物感を醸し出していた。

 『暗黒ブランク』はある一線から先の全てを飲み込んでおり、その先に大地は見えなかった。


「夢ならあんなの放って置かないでほしいわね」


 目を細めて拗ねたような表情を浮かべて、アリスが愚痴を口にする。アリスが少女へと視線を動かすと、少女は少し困ったように眉を顰めて俯いてしまっていた。


「何で、あなたがそんな顔してるのよ。まったく、わけがわからない夢だわ」


 そう言いながら、アリスは少女の後ろに回って、少女の腰を抱きしめた。そのまま、後ろに重心を動かして地面に座り込む。当然、少女はアリスに引っ張られてアリスの膝の上に座る形になった。


「細かいことは、とりあえず置いておきましょうか」


 アリスは抱きしめていた腕を一本、少女の頭に乗せて撫で始める。アリスからは見ることはできないが、少女は嬉しそうに笑っていた。

 アリスは目が覚める時まで、こうして少女を撫で続けていた。



 ――アリスが目を覚ますと、目の前にエレミアの顔があった。ここ数日のいつもの光景だ。夢の中で忘れていた様々な感情が胸の奥から湧き出してくるが、その感情はどこか軽くなっているような気がした。


(まさかね。気のせい、気のせいだわ。気のせいでなければいけない。私にはそんな資格はないのだから……)


 その感覚が気のせいなのか、事実なのか、それはアリスにもわからない。しかし、事実であることだけは許されないと断じ、決して認めることだけはしない。

 エレミアの頬に手を触れて、その体温を感じる。吸血鬼故か普通のヒトよりも低いが、その体温の中に確かな暖かさを感じる。

 その後、アリスが周囲の気配を探ってみると、モアの気配を感じなかった。


(あの子はいないのね……)


 再び目を閉じて思い浮かべるのは先ほどまで見ていた夢の内容だ。それを思い出すと、胸の奥が暖かくなるのを感じる。同時に心が落ち着いていき、今の自分を冷静に見ることができた。


(私があんな様子じゃ、あの子にも苦労をかけているわね。自分のことながら愚かしいことね)


 自分の行動を振り返り、アリスはそれがモアを傷つけていることを悟る。だが、同時にこの感情も一時、このまどろみの中でだけだということもわかっていた。目が冴えて、エレミアを前にすれば、アリスはきっと自分を抑えることはできないだろう。


(ごめんなさい、モア……)


 アリスは目を開けてエレミアの前髪を弄る。エレミアは穏やかな表情で眠っており、アリスはそんなエレミアを穏やかな笑みで見守っている。

 モアに向ける想いだけではない、今この瞬間だけはアリスはエレミアに対してもいつもよりも穏やかな愛情を抱いている。ただ、愛でるように、純粋にエレミアの幸せを願う。

 今のアリスをエレミアが見たらどう思うだろうか、それはわからない。何故なら、穏やかだった心は徐々に普段の狂おしい想いに染まり始めている。もう幾許もしない内に、普段のアリスに戻ってしまうだろう。


(エレミア、あなたを愛しているわ。あなたの未来に幸があらんことを……)


 最後に残った僅かな穏やかさで、アリスはそう願った。そこには普段の不安や、罪悪感はない。ただ、母が子を想うように願った。


 ――食堂へ向かう直前、アリスは廊下でモアから報告を受けていた。その内容はアリスを不愉快にさせるのに十分なものだった。


「大体のことはわかったわ。ちっ、あのクソデブ……」


 アリスは不快感を隠さない表情で舌打ちをしながら毒を吐く。前を歩くエレミアの姿を見ながら、アリスは今後の予定を考え始める。


「エレミアは私から伝えておくわ。モアは周囲の警戒をお願い」


 アリスはモアへと指示を出しながら、鋭い視線を窓の外に向ける。


(上等ね。私の大切なモノに手を出すとどうなるか、その代償をしっかりとその身に刻んでやるわ)


 ――アリスとエレミアは食堂で食事を取りながら、歓談に興じている。その内容は多岐に渡ったが、エレミアはいつも通りの調子でアリスに関する事柄にしか反応を示さない。


「っと、こんな時にする話ではないかもしれないけど、一つ……」


 話の途中でアリスが何かを思い出したように話を変える。エレミアも強引な話の変え方に小さく首を傾げる。


「滞在の後に行く会議でも言うけど、近々出現する第0級接触禁忌災害の討伐を行うわ」


 さすがのエレミアのその内容に真剣な表情をする。それはこの世界に生きる者にとって、最大の課題とも言っていい。エレミアも領地を持つ貴族、その重要性と危険性は理解している。


「可能なの? 正直、どうにかできるとは思えないんだけど」


「普通はそう思うわよね。でも、とても嬉しいことに、転移者の冒険者が全員今回の作戦に参加してくれるのよ。死ねばそこで終り、ってことを理解した上でね」


 全員の参加はアリスにとっても予想外の出来事だった。AWOでのレイドボス戦では犠牲はつき物だった。それを知っていて参加するなど、本来なら正気の沙汰ではないだろう。それでも、各々が第0級接触禁忌災害のことを、自分達しか対処できないことを知って、今回の作戦に名乗りを上げた。60人には届かないが、それでも50人オーバーの人数は十分に討伐可能な人数だった。


「当然、私も参加するし、切り札も用意してあるわ」


 アリスは不敵な笑みを浮かべてそう告げると、パンの最後の一口を口に放り込んで立ち上がる。そして、両腕を大きく広げたポーズをとる。


「この戦いの結果をもって、あなたの母である私がどれほどの存在か証明してみせるわ」


 アリスは自信満々な表情でエレミアにそう告げる。

 エレミアが吸血鬼になった頃にはすでに、アリスは領主としての仕事の方がメインになっており、エレミアに自身の力を見せる機会が少なかった。全力の戦闘となれば、一度も見せたことはない。


「私のかっこいいところ、報告だけになるでしょうけど、期待していてちょうだい」


 軽い調子で口にしているようにも聞こえるが、アリスもその危険性は重々理解している。その上で勝算があると考えているのだ。


「うん、楽しみにしてるね」


 アリスのその様子に、エレミアは安心した様子で期待を口にする。アリスを信頼しているからこそ、その勝利を疑わない。

 アリスはエレミアの安心した姿に、満面の笑みを浮かべていた。


「それはそうと、今日なんだけど……」


「エレミア様……」


 アリスが今日の予定を口にしようとした時、フィレアが封書を持って困った表情を浮かべて主の名を呼ぶ。エレミア至上主義であるフィレアが二人の会話に口を挟むのは珍しいことで、アリスだけでなくエレミアもその出来事に首を傾げてしまう。


「ご歓談中申し訳ございません。こちらを……」


 渡された封書に書かれている名前は件の貴族のものだった。エレミアはその中身に目を通すために封を開ける。普段なら目を通さずに破り捨てるのだが、フィレアの様子から目を通すべきと感じたからだ。

 手紙に目を通さずに捨てているのを見抜かれているのか、手紙が届く時に予めどんな内容か大まかな話を聞いているのだ。だからフィレアも破り捨てられても平然としていた。そのフィレアが神妙な表情をしていたので、目を通す必要があることを悟ることができる。


「なっ……」


 エレミアが手紙の内容に、強い不快感を示した。アリスの目が鋭くなる。アリスは事前の報告から、その内容に心当たりがあった。


「あの男がもうすぐ傍まで来ていて、訪問を希望しているってところかしら?」


 アリスの予想を聞いて、エレミアの身体が一瞬跳ね上がる。フィレアも手紙の内容を言い当てられて、驚愕した表情を浮かべていた。


「うちの密偵は優秀なのよ。これくらいの情報なら簡単に手に入るわ」


 エレミアはテーブルに手紙を投げ置いてからアリスへと視線を向ける。その表情は少しばかり曇ったものだった。


「安心しなさい。あなたをあんなクソデブにくれてやるつもりはないわ」


32章スタートです。

謎の夢再び。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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