第31章 吸血姫伯爵(エレミア・サブネスト)7
かなり遅くなりましたがお待たせしました。
いつも皆様ありがとうございます。
――朝、アリス達は町の外にある平原にいた。エレミアの訓練のためである。彼女が何度も魔法陣を作っては発動直前で消すという作業を繰り返している。
「うん、死霊術だけじゃなくて、黒魔法の方も随分と錬度が上がってるみたいね」
エレミアのサブジョブは『黒魔術師』。魔法使いジョブ呪術師系三次ジョブだ。ただし、ネクロマスターの前提三次ジョブであるネクロマンサーとは別である。
AWOにおいて一つの基本ジョブには二つの系統、四つの種類が存在する。二次ジョブで二つの系統に分かれ、三次ジョブで更に二つの種類に分かれる。四次ジョブは単純に三次ジョブの上位版になる。
魔法使いジョブを例にするとウィザード系、呪術師系の二つの系統、ウィザード系はアークメイジとエレメンタルマスター、呪術師は黒魔術師とネクロマンサーになる。これはジョブの数を水増ししているわけではなく、得意とするスキルに違いがあるのだ。どちらの系統も後者が亜種と称されるもので、前者が系統元の純粋な発展系になる。更にその系統も基本である一次ジョブの発展系と亜種の二つの系統に分かれていると言える。
ウィザードは純粋な魔法攻撃ジョブであり、アークメイジはその発展系、エレメンタルマスターは魔法トラップや属性付与などのテクニカルなジョブだ。呪術師は状態異常や闇属性に特化した亜種であり、黒魔術師はその発展系、ネクロマンサーは死霊術に特化したものになる。
これらの法則はこの世界でも有効であるらしく、エレミアは系統元の発展系である黒魔術師にも高い適正があった。そのため、サブジョブ取得条件達成と同時に黒魔術師がサブジョブとして付与された。
それらが有効である理由もアリスは考察したことがあったが、結局答えは出なかった。
「LV上げが難しい以上、エレミアが魔法を習得するには練習しかない、とはいえ……」
アリスがエレミアの魔法陣を描く練習を見ながら口を開くが、その言葉は歯切れが悪い。
この世界でスキルや魔法を習得する方法は二つある。一つ目は地道な練習による習得。ほぼ全ての人物がこの方法でスキルや魔法を習得してジョブを得る。
二つ目が、『天啓』と呼ばれるものだ。これはLVが上がった時に稀に起こる現象だ。突然頭の中に新しいスキルや魔法の使い方が思い浮かび、その通りに身体や魔力を動かせるようになるというものだ。
言い方を変えれば、前者が『スキルの使用』であり、後者が『スキルの発動』である。
ただし、転移者に関しては少しだけ事情が違う。これはアリスが他のジョブの『スキルを発動』できないことにも関係している。純粋な技術に落としこめるスキルは転移者でもある程度再現可能だが、ディバイン・スラッシュのような聖属性オーラを纏うものや、前者でも後者と違いのないもの、つまり魔法はAWOの使用制限が適応される。バックステップなどの簡単な動作のスキルもAWO時代の動きをそのまま『発動』することはできない。あくまでそれと似たような動作の動きでしかないのだ。
無茶苦茶のような気もするが、何故かそうなっているのだ。
この世界の人々の方がスキルや魔法のレパートリーが豊富なように思えるが、AWOに存在していてこの世界に存在してなかったそれらもあるので一概にそうとも言えない。更に習得できる可能性があるとはいっても、長い寿命を持つエルフでも一生の間に習得できる数などたかが知れている。ここ数百年で確認されたばかりで使用者のほとんどいないスキルや魔法も存在する。スキルも魔法陣も一から生み出すのは難しく、世間に知られているそれらの数もAWOよりもはるかに少ない。
エレミアのようにアリスから教わるなどしていれば例外だが、そんな羨ましい環境にいる者などエレミアと従者三人だけだ。
余談だが、アリスはAWOの別ジョブのスキルや魔法が使えないことを知った後、ゼロから生み出すことが考えた。その結果は是であり、生み出されたのが結界魔法『鮮血の貴婦人』や『奏でるは終焉の夜想曲』である。
「メインがネクロマスターでサブが黒魔術師って、あなた本当に闇属性魔法特化よね」
エレミアのジョブは双方とも呪術師系である。AWOでは完全特化型といわれている構成の一つだ。
メインジョブはその人物が最も得意とするスキルや魔法を基準として何故か存在している。誰がそう認定しているのかすら定かじゃない。だが、それを調べる方法をエルフの大英雄オーパルが見つけ出して、それが人々の間に広がった。
エレミアのケースから、アリスはこの世界でサブジョブを入手する条件が、LV200以上で二番目に得意とするスキルや魔法が他ジョブの条件を満たしていることだと気付いた。
ただ、この世界のジョブはAWOと違い自動で設定されるため、好きに変えることはできなかった。アリスもジョブ変更を行う手段を模索しているが、まだ『完成には』至っていない。
「これ一本に絞った方がやりやすかったから……」
「責めているわけじゃないわ。特化型としては理に適っているし、あなたは一人で戦闘するよりも集団戦の方が得意なのだから尚更よ」
貴族であり、指揮を取る立場にいるエレミアの場合、弱点を埋めるジョブをサブに設定するよりも、特化してしまった方がいいというのがアリスの考えだ。
アリスは時折魔法陣の間違っている部分を指摘しながら、エレミアの訓練を見守っている。
(その内、エレミアをうちに招いてカイトを使ってレベリングするのもいいかもしれないわね)
アリスがカイトの補助ジョブを思い出しながら、そんな計画を立て始める。
カイトの補助ジョブは教官、味方の成長速度を上げることができる。これがあれば、LVの差があるモンスターでもそこそこの経験地は期待できる。
この世界の住民には補助ジョブは存在しないと考えられている。先ほど上げた教官のような一部のものを除けば必要ないからだ。料理人の補助ジョブがなければまったく料理ができない者も滅多にいないし、勉強すれば様々な技術を身に着けられる。それは転移者も同じである。転移者の補助ジョブも自己申告であることと、一部補助ジョブのスキルの『天啓』の有無の違いくらいだ。この世界に補助ジョブを調べる方法も存在していないので、見えないだけという可能性もあるが。
「今日のところはこれくらいでいいかしらね。そろそろ門に戻りましょうか」
エレミアの魔法陣が形になり始めた頃、アリスが終了を告げた。
アリスとエレミア、従者二人は町に向けて歩き始める。壁が見えてくると、同時に壁の前に整列している兵士達の姿があった。
二人の訓練の邪魔にならないように騎士も兵士も付いてくることはなかった。だが、LV200オーバー三人に、LV100オーバー一人の四人組なら何が出ても問題ない。そのため、兵士達も訓練の方を優先して付いていくことはしなかった。今、門の前で待っていたのは別の理由である。
「さて、今日の間引きは私達も参加よ。いけるわね、エレミア?」
「うん、僕とお姉さまの二人ならこの辺りのザコくらいは物の数じゃないよ」
これから兵士達と、門の中で待機している騎士達、それにアリスとエレミア、従者二人を加えたモンスターの大規模な間引きが行われるのだ。
――控えめに言って蹂躙である。今、平原ではアリス達によるモンスターの大虐殺が行われている。
先頭で風の刃を無数に放ってモンスターを細切れにしているアリスの指には、普段つけていない緑の宝石がついた指輪があった。また、炎を放っているエレミアの指にも赤い宝石の指輪が見える。
アリスが本来使えないはずの魔法を使えるのはこの指輪の効果である。この『風精霊王の指輪』は伝説級アイテムで、装備者に上級以下の魔法を使用可能にする効果がある。上級の上には最上級があるが、この平原のモンスターは高くてもLV80台であるため、細切れにすることなど容易い。アリスは各属性のアクセサリーを持っており、エレミアにもプレゼントしている。
「まぁ、昼の時間だし、こんなもんかしらね」
太陽に照らされているために、本来のものより威力の落ちた魔法を見ながらアリスは不満そうに口にする。アリスとしては、もっとエレミアにかっこいいところを見せたいのだが、相手が弱すぎることもあって作業にしか見えない状況だった。
「お姉さまにとっては退屈かもね。でもね、でもね、お姉さまはやっぱり、凄くて、綺麗で、かっこいいと思う」
エレミアの賛辞を受けて、アリスの顔が喜びに染まる。
「そ、そう? それならもっと凄いとこ見せないとダメよね。だって、私はエレミアのお母さんだもの……」
アリスが恍惚した表情で、アイテムボックスから二丁の拳銃を取り出す。見た目は地球に存在した黒のデザートイーグルそのままである。ただ、継ぎ目にラインが入っており、アリスが握ると同時にそのラインに魔力の光が灯る。
アリスは二丁の銃を握ったままモンスターの群れの中へと駆け出していく。モンスターの攻撃を避けながら、群れの中に飛び込むと同時に引き金に指をかけた。モンスターの頭部へと銃口を向けて引き金を引くと、魔力の光を纏った弾丸が射出される。弾丸はモンスターの頭部を吹き飛ばす。
魔導銃・DE-01。AWO時代に特に理由もなく倉庫に放り込んでいた武器である。その名の通り、デザートイーグルをモデルにした、魔力を纏った弾丸を撃ち出す銃だ。
アリスは舞うように動きながら的確にモンスターの頭部を吹き飛ばしていく。
(むぅ……、お姉さまの勇姿が見辛い)
アリスは楽しそうに舞っているが、エレミアは不評らしい。アリスの演舞はそんなエレミアに気付くことなく、騎士や兵士に先頭を交代するまで続いた。
――屋敷に戻ったアリスとエレミアは、すぐに戦闘で付いた汚れを落とすために風呂に入ることにした。だが、脱衣所で服に手をかけたところで、アリスは手を止めて何かを考え始める。
「どうしたの、お姉さま?」
その様子にエレミアは首を傾げる。アリスは何度が唸っていたが、何かを決めたのか真面目な表情で口を開いた。
「今日のお風呂も我慢できるか疑問ね。がんばって自制しましょうね、エレミア」
アリスは大真面目に昨晩の失態を再び犯さないためにそう提案する。昨晩はあの後、目が覚めるとベッドに寝かされていて、何ともいえない表情の従者の二人の視線を受けていた。
そんなことを真剣な表情で口にするアリスの姿に、さすがのエレミアも目を丸くして固まってしまう。
(あぁ、お姉さま。昨日のこと、そんなに気にしてたんだ……。そんなお姉さまも可愛いからいいけど、我慢は……)
――僕もお姉さまも無理だと思うなぁ
一度知った蜜の味を忘れられるほど人間は強くないのである。
また説明回で申し訳ない。
もうこれで二人の吸血姫編の説明回はほとんどないはず。
やっとスキルやジョブ周りの細かい説明がかけてよかった。
どうじに伏線も張ってるんですが、伏線回収はまだ先なので……
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




