第21章 激動の始まり6(終)
ついにここまで来ました
説明の多い章だった気がする!
では第21章ラストをお届けします
――数十分後、四人は馬車置き場で各々に事前に購入していた土産の積み込みなど、移動の準備をしていた。ウィリアムの従者は御者への指示なども出している。当然ウィリアムは見ているだけだ。視線は常にアリスがいる方向に向いているが。
土産には食品保存魔導具で保存状態にされたグラン・シーチキングの姿もあった。宰相の指示だろう。
だが、アリスはシーチキングの積み込みすらせずに、モアを連れてさっさと窓のない黒い馬車に乗り込んでしまっていた。
シーチキングは『アイテムボックス』に仕舞ったし、御者への指示も必要ないからだ。
(相変わらず、アイツの馬車はぶっ飛んでやがんな。なんだよ、『馬モドキ駆動型自動馬車』って……)
アリスの乗っている馬車は馬車本体も通常の物とは違うように見えるが、それよりも馬車を引く馬の方が圧倒的な異質さを持っていた。
その馬は光沢に輝き、その瞳は生気を持たず、その身体は関節などの駆動部分に隙間が空いていた。
金属でできた馬。馬用の鎧を付けているわけではなく、その全てが金属で構成されていたのだ。
その金属の馬は普通の馬よりも速く走り、疲れることをしらない。さらに主人の言うことを理解しその通りに動き、モンスターも恐れない。と言うか並みのモンスターなら蹴散らす。戦闘能力はAランク冒険者級だ。
その馬を作ったのは当然『またお前か』を代名詞とするアリスだ。
元々はブラッドフォードが王都に来る際に少なくない費用を投じて高ランク冒険者の護衛を雇い、それでも完全に安全とは言えない旅路を強要されていたからだった。
その為アリスは過程を飛ばして結果だけを生み出す魔導具作成の魔法錬金で、機械人のパーツを作り、それを基に研究を行い、それらのパーツを使って機械人(馬)と頑丈かつ快適な馬車を作ったのだ。
AWOの舞台設定を思い出しながら作り出された機械人(馬)は、AWOの機械人同様専用ジョブを持ち、見た目が馬なだけの機械人――LVは100――としてこの世界に30年前誕生した。
なんだかんだその乗り心地を気に入ったアリスが材料を使い尽くす勢いで合計三体作り、ブラッドフォード用、自分用、そして国王用とした。
引渡しの際にブラッドフォードが何十回も頭を下げて感謝したのは言うまでもないだろう。胃薬の件と合わせて、もはやアリスがブラッドフォードの生命線である。
――蝋燭で照らされた黒塗りの窓のない馬車の中で、椅子に座った主は目を見開いて自分の爪を噛み、貧乏ゆすりで身体を揺らしていた。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……。
1000人とかふざけてんのかよ。こっちは一人で放り出されたのに、なんだよ1000人って……」
外では常に冷静に思考することを心がけ、ウィリアムの前でも動揺はしても今のように癇癪を起こしたような態度は取らなかった。
だが今、ここにはモアと自分だけしかおらず、歪めた表情で延々と嫉妬、動揺、不安の入り混じる混沌とした感情を吐露し続ける。
「そうだ、アイツだ。アイツさえいればまだ逆転の目は十分にある……」
混沌とした感情にわずかな期待が宿り、揺れていた身体がピタッと止まる。そして歪んだ表情のまま一度舌なめずりをした。
「焦るな、まだ焦る必要はないだろ。アイツがいれば可能な対処法はかなり増えるんだ。
それに、この時のために準備をしてきたんだ。たかが人数が想定の数十倍になっただけじゃないか。焦る必要はない。必要はないんだ……」
身体の揺れが止まろうと、わずかな希望が生まれようとそれ以外の感情が消えることはなく、独り言も止まらない。
この馬車が防音仕様でなければこの無様を外に晒していたことだろう。その場合この醜態自体がなかっただろうが。
(今の『アレ』のストックじゃ1000人は対処できない。LV250の人数次第ではその場でストックを増やす必要もある。
アイツが前衛になってくれればその時間も稼げる)
少なく見積もっても40年は準備してきたのだ。転移者への切り札の一つや二つは当然用意している。
だが、その切り札のきれる回数にも限界は当然あるわけで、その事実が心に重く圧し掛かる。
「あー、マスター。トリップガンギマリの最中に申し訳ねーんですが、そろそろ馬車を出発させていーですかー?」
それまで黙って主人の醜態を見ているだけだったモアが口を開く。薄暗闇の中、見開き揺れる瞳とモアの前髪の奥から覗く瞳が交差する。
「いやー、ウィルのヤローももう出発するみてーですし、こっちがいくら早いからって街道を爆走するわけにもいかねーですよね?」
それを聞いた後、一度だけ爪を強く噛んで胸を押さえつけた後、深呼吸を一つ。
そうしていつもの冷静な表情に変わって、アリスはモアに指示を出す。
「じゃあ、グラニに指示を出してちょうだい。いつものルートでアンジェリスへ向かうこと。速度はウィル坊の馬車に合わせることも伝え忘れないようにね」
指示を受けたモアは馬車の小窓開けて、そこから外にいる機械人(馬)のグラニに主人の指示を伝える。
指示を出し終えて窓を閉めてすぐに車体がほんの少しだけ揺れて、馬車が動き出したことを告げる。
(無様だわ。私はこんなにも臆病に、無様に廻る。廻る廻って、踊り廻って、無様に揺れる。
ああ、どうか世界よ、あなたは踊り廻ることなく、ただあるがままでいてちょうだい……)
――アリスは願う。ただこの世界があるがまま在り続けることを
――アリスは想わない。この世界が優しくなることも、変わることも
――アリスは足掻く。ただこの世界で生きていくために
――アリスは擦り切れる。この世界に生きる誰かを愛してしまったから
――アリスは壊れる。その身は決して朽ちることなき不老不死のバケモノ『吸血鬼』だから……
――青空の下赤い髪の青年が壁に背を預けている。その手には白く美しい剣が握られ、その刃には己の顔が映っている。青年は自身の鏡像と目を逸らすことなく視線を交えている。
思い描くのは数日前、初めてこの世界に来たその時のことだ。
――喧騒に気付き目を開ければ、目の前は知らぬ大草原。青年は自宅のアパートでAWOをログアウトしたと記憶していた。
だが今目の前にあるのは慣れ親しんだ自宅ではなく草原、一人暮らしのはずなのに無数の人間が周囲にいる状況。
混乱しそうになる頭を押さえ、冷静に思考を巡らせることを自身に強要する。
(周りにいるのはAWOで見たことある連中もいるみたいだし、ログアウトに失敗した……なんてことはあり得ないか。
感覚がリアルすぎる。身体の重さ、装備の重さどちらもAWOにはなかった。
理由は……考えるだけ無駄か。対処法は……これも無駄。
やれること、やることは変わらないか……)
そこまで考えて青年は剣を抜き、刃に映る自分の顔を見る。そこに映るのは本来の30過ぎの仏頂面ではなく、赤い髪に角の生えた美青年だった。
周りにいる者達の中の数人がなにやら意気軒昂と大草原から駆け出していく。
剣を下げ周りをもう一度確認するために首を回した青年は、空いている剣を握っていない方の自身の手を見てため息をついた。
(俺一人にどうにかできる人数にも限界はあるか……)
そこでふと、いつも一緒にプレイしており、転移直前まで一緒にいた友人の姿がないことに気付く。
この人ごみにまぎれてしまったのか、それとも別の場所にいるのかはわからないが、青年の見える範囲にはいなかった。
もう一度剣を上げ、青年は自分の鏡像と視線を交えた。
(何かを『護る』にしてもまずはアイツだ。アイツは一般人なんだ、俺が護らなくちゃいけない)
そう最初の行動を決めた青年が動き出すべく剣を下げようした瞬間大きな声が響く。
「転移者の皆様! 混乱が治まらないでしょうが、こちらの指示に従って移動してください。
先ほど大草原を出た者達の保護も行っておりますのでご安心ください。決して悪いようにはいたしません。
我々にはあなた方と敵対する意思はありません!」
その声がした方向には鉄の鎧を着た男性が一人、剣を地面に付きたて両手を広げた姿で立っていた。
――数日前、そうして青年達転移者はこのアンジェリスという町の周囲で急ピッチで製作が行われていたキャンプに来たのだ。
キャンプに到着した翌日、ストムロック伯爵という青年が転移者達の前に姿を現し、今から王都で行われる最高議会で今回の問題について話し合い、対処法を考えると言った。
――決して悪いようにはしないから、おとなしく待っていてくれ。
そう真剣な表情で言うストムロック伯爵にその場にいる誰もが呑まれてしまった。人の上に立つ者が持つ独特のオーラが、そして強い覚悟を秘めた瞳が、ただの『日本人』でしかない転移者達を完全に呑み込んでしまった。
青年が選んだのは現状維持だった。何故か伯爵を信じられる気がしたのだ。
その翌日から青年はキャンプ内で友人を探して回った。1000人近くもいる中から一人の人間を探すのは難しいかもしれないが、一箇所に集まっている現状なら不可能ではない。
だがその結果は無残なもので、見つけることは当然できず、友人を見たという人すらいない始末だった。
もしかしたら転移から逃れたのかもしれないと淡い希望を抱くが、ここにいる1000人近くの者達は恐らく皆あの時ログインしていて、メンテナンス時間に合わせてログアウトしたか強制ログアウトされた者達だろう。
ならば友人だけがいないのはおかしな話だ。だがそれから数日探したが、結局見つからなかった。
最初の飛び出した中にいたのか、最悪の可能性が青年の頭をよぎる。
(ないな、仮にもLV250のアイツが簡単に死ぬなんてあり得ないか)
数日間身体を動かして得た結果から、そう結論付けた。
(伯爵が帰って来たら、僕の力を売り込んで、代価としてアイツを探してもらうのが一番確実か)
更に次の行動を決め、もう一度剣に映る自分の顔を見た。その瞳に迷いはなかった。
彼は当に戦う覚悟を決めている。それはこの世界に来るよりもずっと前からだ。
そして見知らぬ世界に来てしまった以上、一番大切な友人を護ることに躊躇いなど微塵もない。
「さて、決めたからには今日も鍛錬でもするか。スキルの使用感とかさすがに全然違うからなぁ」
空いている手で頭をかきならそう言った青年はキャンプを出て、モンスターが出る領域へと足を向ける。
――ここはアンジェリスの冒険者ギルド。荒事を仕事とする連中が訪れ、依頼を受け、その依頼の報酬を受け取るか、もしくはそのまま二度と戻ることはない。
この世界で生と死を賭け、そして世界に挑む連中の集まる場所。
この場所でここ数日の間で広がった一つの噂がある。
――曰く、それは白銀の煌き。その剣はモンスターを一撃で切り伏せる。
――曰く、それは白銀の竜。その猛き闘争はモンスターの死の具現。
――『白銀の竜騎士』
「まるで『臆病な女神様』みたいな話ね。つーか、あんた達噂話に花を咲かせるとか乙女かっ!
さっさと依頼に行け、このぼんくらども!」
白い肌にエルフの証である長い耳をした女性がギルドのホールで吠える。セミロングの金髪は眩しく、胸は小さすぎず大きすぎず、絞まった腰、高い身長、まさにモデル体型とでも言うべき女性である。
「そりゃないぜサブマス~。
『白銀の竜騎士』様のおかげでこちとら討伐依頼がここ数日渋い状態なんだぜ」
サブマス――サブギルドマスター、つまりこの冒険者ギルド・アンジェリス支部で二番目に偉い人――と呼ばれた女性は、一人の男性冒険者の発言を聞いて眉間を押さえると、大きなため息をついた。
(たしかに問題なのよね。どこの誰かもわからない謎の討伐者。
その身体的特徴から竜人なのではないかとさえ言われている。
それに最近町の周囲に滞在している転移者。ったく、ウィル坊は何やってのよ……)
サブマスは目を閉じ、かつてを思い出す。かつてこの町に現れた一人の少女。この町を救った『臆病な女神様』。
彼女は自信から何か未知に挑もうとはしなかった。彼女はどこまでは気弱で、最初なんて何ヶ月も薬草採取の依頼しか受けなかったし、依頼の最中にモンスターに襲われた時なんか泣いてギルドに逃げ帰って来た。
当時受付嬢だったサブマスは彼女とは仲が良かったし、彼女が始めて討伐依頼を受け成功させたときは我がことのように喜んだ。
彼女の目的は『生きたい』ただそれだけだったから、共感もできたし、応援もした。
だが『白銀の竜騎士』は違う。目撃情報はあれど、謎だらけであり、モンスターを容赦無用に葬る様は彼女とはかけ離れていた。
『転移者』
一瞬その可能性がサブマスの頭をよぎるが、彼らはまだこちらに来たばかりで、モンスターを狩れる力はあれど覚悟はないはずだと考えた。
サブマスの苦悩は続く……。
――日の光が入らぬよう窓の付けられていない馬車からは外の様子は目に見えない。だが、馬車での移動を開始して数日、アンジェリスがすぐ近くに迫っていることをアリスは感じていた。
アリスのもう一つの故郷。愛すべき者達の町。かつての始まりの町。
40年以上の年月を越えて今一度この町からアリス・ドラクレア・グリムスの物語は始まりを告げる。
アリスの願いを嘲笑うように世界が廻り始める。
第21章ラストをお届けしました
次回からは『第22章 かつての戦友』です。ゲロインはもうしばらくお待ちください。
アリスをよくしるエルフの元受付嬢の登場と赤髪の青年の現況
ただ所感としてはウィリアムをこじらせすぎたかなぁと
その内耐えられなくなって襲い掛かった挙句去勢されるんじゃないだろうかコイツ