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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第31章 吸血姫伯爵(エレミア・サブネスト)
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第31章 吸血姫伯爵(エレミア・サブネスト)6

お待たせしました。

いつも皆様、ありがとうございます。


 ――夜、水晶薔薇の輝く寝室で、湯上りの少女二人が火照った顔で向かい合っていた。少女達は互いに困ったような表情で苦笑いを浮かべながら、身体を時折モジモジさせていた。


「ちょっと、やりすぎたわね……」


 銀の少女、アリスがそう言うと、向かいに座った金の少女、エレミアは無言で頷いた。ドアの近くで控えている従者二人は、その様子を呆れた表情で眺めていた。

 その理由は先ほどまで入っていた風呂にあった。

 少女二人は最初こそ普通に洗い合っていたのだが、途中から夕食に飲んだワインが回ったのか、ボディタッチを主目的としたものに変わっていった。唇を重ねるのはもちろんだが、洗うという本来の目的を忘れて、性的快感を得ることを目的としたものになっていた。

 結果、完全に茹で上がった少女が二人できあがってしまった。湯気の舞う風呂場でそんなことをすればこうなることはわかりきっていた。それでもこうなるまで続けた主の姿に、さすがのフィレアも呆れるしかなかった。


「とりあえず、お風呂での愚行は忘れましょう。そうしましょう……」


 アリスはバツが悪そうに目を逸らしながらそう言うと、モアに向けて手を差し出した。それを受けて、呆れた様子だったモアも口元を絞めてある書類を取り出す。その書類をアリスに手渡すと数歩後ろに下がって元の位置に戻る。

 アリスは書類を眺めながら、エレミアの顔と書類を何度も見比べるように視線を動かした。


「エレミア、あなたの次の課題についてだけど……」


 真面目な表情になったアリスは、エレミアの今後の能力育成方針が書かれた書類を読み上げる。

 エレミアの吸血鬼として、戦闘者としての育成はアリスが方針を決めて行っている。アリスとしてはエレミアに戦闘などさせたくはないのだが、貴族という立場上避けては通れない。だから、せめて実力を付けさせようと色々と考え、課題を与えている。

 それは実際にエレミアの吸血鬼としての階位を上げ、LVを上げ、完全なこの世界の出身者でサブジョブを取得するに至った。サブジョブを取得した時にはさすがのアリスの驚愕で我を忘れたほどだった。その出来事のおかげで、サブジョブの取得方法を推測することができた。

 吸血鬼の階位上昇についても、ある程度の驚きはあったが、予想外というほどではなかった。

 それに加えて、現在エレミアのLVは207。転移者やドラゴンを除いて、現在王国における最強の存在である。エレミアが軍事のトップを兼任している理由の一つはここにある。


「LV上げはさすがに高LVのダンジョンでも見つかるか、転移者を付けないかぎり難しいわね。魔法方面は……」


 そう言いながら、一枚の書類を束から外して、エレミアに差し出す。


「しばらくのこの魔法を使えるようになるのを目指しましょう」


 その書類に書かれていたのは、魔法使いジョブ呪術師系四次ジョブ『ネクロマスター』の奥義とも言える魔法だった。

 一見、専門外のジョブの指導をしているように見えるが、実はそうではない。AWOにおいて特別な施設を使えば、ジョブの変更は一部を除いて自由にできる。一部というのは機械人の専用ジョブのことだ。

アリスはその専用ジョブ以外のジョブを全てマスター済みなのだ。超AWO廃人――そのゲームに異常な程のめり込んだプレイヤーのこと――であるアリスは、アバターに生活費を貢ぐだけでなく、空いた時間のほぼ全てを、時間がなければ作ればいいと言わんばかりに有給休暇も使いやり込んでいた。

 アリスは数少ない全ジョブマスターの一人となったのだ。現実の生活を投げすぎて、周りからはドン引きされていたが。

 当然、『ネクロマスター』もマスターしており、設定資料とゲーム内で実際に見たのを含め、魔法陣も記憶している。そのため、エレミアを指導することも可能なのだ。

 余談だが、それでもアリスがそれらのジョブのスキルを使用することはできなかった。縮地法など、技術の一部を再現することはできたのだが、完全に発動させようとすると何故かうまくいかないのだ。その理由はわからないが、アリスは転移者は一部のゲーム設定をそのまま引き継いでいるためと予想している。


「これって、どういう意味のある魔法なの?」


 書類を見ながら、エレミアは首を傾げてアリスに質問する。書類に書かれている内容がうまく理解できなかったようだ。


「あー、これは死霊を爆発させるだけなんだけど、死霊の能力に応じて爆発の威力が上がるのよ」


 書類には死霊を爆発させて攻撃すると書かれていた。そのまま戦わせたより強いのか、そもそも手駒を減らすのは悪手じゃないかなど、エレミアには意味のある魔法に思えなかったのだ。


「これの怖いところは、爆発させた死霊に使っていた魔力が半分だけ戻ってくることと、高LVの死霊だと私の半身くらい吹き飛ばせる威力ってとこなのよ」


 アリスは以前受けたことがあるのか、身体を軽く震わせながら遠い目をする。実際AWO時代にPVPで受けたことがある。


「これは更に、相手が防御を選択した時、相手に死霊を組み付かせた時、相手にこちらの手を絞らせないことに大いに役に立つわ。

 まぁ、使ったあとに再使用までの時間が長いこと、爆発させた死霊はすぐには再召喚できないこと、弱点もあるんだけどね」


 強力な死霊は一度に何体も出せるわけでない。ネクロマスターは自身の近接戦闘力が皆無と言ってもいいジョブなので、盾代わりでもある強力な死霊を爆発させると自身へと攻撃が向いてしまうのだ。強力な魔法ではあるが、同時に使いどころが難しい魔法でもあった。


「お姉さまはどんな風にこれを使ってたの?」


 アリスはそれを聞かれて一瞬エレミアから目を逸らす。


「わ、わざと強力な死霊を爆発させて、これ幸いと近付いてきた相手をサブジョブのスキルで殴ってたわ」


 要約するならば、あまり使いこなせなかったということだろう。ネクロマスターはプリンセスと並んで、『アリス』のメインジョブ候補に上がっていた。しかし、このスキルが使いこなせないために断念したのだ。

 うまいプレイヤーは弱い死霊をうまく使って、相手の足止めから、揺さぶりまで様々な使い方をしていた。当時の『青年』にはそれができなかなかった。


「まぁ、昔はともかく、今ならお姉さまに持たせたくないスキル筆頭だよね」


「個人的には『我至るは黄金の理なりアルス・マグナ』があるから、必要ないのよね」


 『我至るは黄金の理なり』の名前を聞いて、エレミアの目が輝く。エレミアにとって、このスキルはアリスの代名詞とも呼べるものだった。夜を生み出す大錬金術。それは同じ夜に生きるエレミアにとって最大の目標でもあった。

 余談だが、水晶薔薇は『我至るは黄金の理なり』の月光でも光の胞子を生み出すことが可能だ。


「あの大錬金術は美しいよね。まるで、お姉さまそのものと言えると思う。夜を支配し、昼を喰らう。まさに夜の女王。まさに夜の顕現。お姉さま程、夜と月が似合うヒトはいないよ」


 エレミアの異常な程持ち上げる言葉に、アリスは苦笑いを浮かべることしかできない。普段素っ気無い態度も多いエレミアだが、アリスを褒める時だけは別だ。饒舌に、凄まじい勢いでエレミアはアリスを褒め称える。


「あー、うん、わかったから……。あなたが私を好いてくれてるのはわかったから、少し落ち着きなさい。いずれ、あなたにも私の『血の儀式ブラッド・マジック』の全ては伝授するつもりだから……」


 アリスの最後の一文にエレミアの目がかつてないほどに輝く。

 エレミアの現在の吸血鬼としての階位は上から二番目、『ヴァンパイアロード』だ。本来この世界に存在しないと思われていた種族階位という概念は、何故かエレミアに適応されていた。それを知った後アリスが詳しく調べてみたところ、一部の冒険者などに階位が適応されていることがわかった。

 階位による恩恵は種族によって様々だ。それこそ初期の階位から恩恵のある種族もあれば、上位階位になるまで恩恵のない種族もある。吸血鬼は初期から恩恵のある種族の典型だ。逆に下位の階位が共通である、人間、エルフ、ダークエルフ、獣人、ドワーフは上位ではかなりの恩恵を得られるが、共通である下から三番目の階位までは恩恵がない。そのため、アリスは種族の階位が存在しないと勘違いをしていたのだ。

 だが、エレミアが種族スキルを習得したのを知って、冒険者の状況を調べてみれば、Sランク冒険者の中に種族スキルを習得している者がいたのだ。

 どうやって習得したのか調べてみたところ、AWO時代の階位上昇方法に近い方法で可能であることがわかった。

その結果と照らし合わせると、エレミアに課していた様々な事柄は組み合わせると、階位上昇クエストに非常に似た内容であったことに気付くことができた。

 階位上昇クエストNPCと同じ地位や位置にいる対象から、階位上昇クエストに近い内容の依頼を受けて達成すること、それが階位上昇の条件だった。

 吸血鬼の階位上昇条件は、始まりの吸血鬼『V』から階位上昇クエストを受けてクリアすることである。この世界における最初の吸血鬼は『アリス』である。そのため、アリスが『V』と同じ役割を果たすことができるらしい。詳しい理由まではアリスにもわからなかったが。


「それも、まずは『真祖』になってからの話だから、まだ先のことよ」


 まだ先と聞いても、エレミアは特に落ち込むこともなく目を輝かせている。吸血鬼故に時間くらいはそれほど気にするものでもないらしい。本来なら不老不死でも過去を振り返ればあっという間ではあっても、未来を思えば進む時間の速度は変わらない。その辺りはアリスさえいればそれでいいというエレミアらしい価値観だろう。


「さて、今後の課題も決まったことだし、そろそろ寝ましょうか」


 アリスはそう話を終わらせて『勢いよく』立ち上がる。そして、両の手のひらを合わせようとして、腕が交差してしまう。それだけでなく身体がふらついてしまう。

 二人は話に夢中で忘れていたが、この二人、さっきまでのぼせていたのである。その身体はまだ完全に回復しておらず、勢いよく立ち上がったことでぶり返してしまったのだ。


「あっ、お姉さま!」


 エレミアが『慌てて』立ち上がってアリスを支えようとする。この金の少女ものぼせていたわけで、慌てて立ち上がったりすればどうなるか。

 支えようとしたエレミアは、アリスを抱きしめたところで全身から力が抜けて、アリスごと後ろに倒れこんでしまう。そして後ろには椅子がある。

 椅子の上にアリスを抱えたまま座り込む形になったエレミアは、そのままアリスの体重を受けてバランス崩す。椅子の背もたれに少女二人分の重さが加わり、椅子の前足が宙に浮く。そのまま後ろに倒れこむ椅子。背もたれに勢いよく後頭部を打ち付けるエレミア。エレミアの額に勢いよく自身の額をぶつけるアリス。

 絶世の美少女二人が団子になって目を回すという珍妙な光景の完成である。


「なにやってやがりますか、マスター……」


 モアが心底呆れたといった表情で呟きながら近付く。フィレアはあまりの出来事に目を丸くして固まってしまっていた。

 これが大規模転移までは王国最強だった二人の姿とは思えない。そんな間抜けな一幕だった。


説明回とちょっとしたオチです。

お色気要素を期待した紳士淑女諸君、すまない。


次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。

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