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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第31章 吸血姫伯爵(エレミア・サブネスト)
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第31章 吸血姫伯爵(エレミア・サブネスト)4

遅くなりましたが、お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


 ――朝、ネグリジェ姿のアリスが目を覚ますと目の前に眠るエレミアの顔があった。夜に寝て朝起きるというのは人間だった頃の生活の名残であり、吸血鬼である身体は夜の方が活力に溢れている。そのせいか、アリスもエレミアも朝に弱い。アリスの目の前で眠る少女は特にそれが顕著で、寝起きの悪さはアリス以上だった。

 アリスがサブネスト領に来て、すでに三日が過ぎていた。アリスに客室は用意されていない。三日の間、アリスはこうしてエレミアと一緒のベッドで眠り、一緒のベッドで朝を共にしている。サブネスト領に来たときはいつもこうなのだ。

 アリスは寝ぼけた頭でエレミアの頬を撫でながら、自身も再び目を閉じようとする。


「二度寝しねーでください」


 ベッドの横から、昨夜も美味しくいただかれたモアの声が聞こえた。その声が朝のまどろみからの二度寝という、至高の贅沢を味わおうとしていたアリスの頭を無理矢理覚醒させる。

 モアへと向けたアリスの視線はどこか、わずらわしそうな、呆れたような、そんな感情が入り混じったものだった。


「わかったわよ……」


 アリスはエレミアの頬を撫でる手を離しながらそう答える。その後、上半身だけを起こしてエレミアの頭の位置へ下半身を動かす。エレミアの頭を自分の膝の上に乗せて、彼女の頬へと手の甲を当てて再度口を開く。


「エレミア、可愛いエレミア、朝よ。朝が辛いのはわかるけど、もう起きる時間よ」


 アリスの手の冷たさを感じながら、エレミアは薄っすらと目を開けて上に見えるアリスの顔へと視線を向ける。自身を見下ろすアリスの視線に込められた慈愛の感情に、小さく欠伸しながら手を伸ばすことで応える。アリスはその手を握って自分の頬へと持っていく。

 アリスの体温を感じて、エレミアはそのままうつ伏せになってアリスの下半身に抱きつくように顔を埋める。


「朝は、嫌い……」


 アリスの下半身に顔を埋めながら、甘えるような声でそう告げたエレミアはその姿勢のまま動かなくなる。


「だめよ。食堂で朝食、今日はその後水晶薔薇の園に行く約束でしょ」


 アリスに優しい声で諭されたことで、エレミアは渋々上半身を起こす。上半身を起こしてみれば、すぐ目の前にはアリスの顔があった。愛する相手の困ったような表情を目にして、エレミアは目をこすりながらアリスの上から退く。

 アリスとお揃いのネグリジェを着込んだエレミアは、そのままベッドの端まで移動してそこから床へと足を付ける。


「着替えなきゃ……」


 すっかり眠気の飛んだアリスは、ベッドに座るエレミアを追い抜いてクローゼットへと歩いて行った。そして、クローゼットから自分とエレミアの分の着替えを取り出すと、すぐにベッドまで戻ってエレミアへと手を伸ばす。アリスは不必要なまでにエレミアの素肌に触れ、撫でながら、彼女を着替えさせていく。

 アリスもエレミアも普段は着替えを従者に任せるが、二人の時は互いに着替えさせ合う。できるだけ相手に触れていたい、そんな想いがあってのことだ。

 エレミアを豪華なローブに着替えさせて、アリスがエレミアをベッドから立たせる。着替えが終わる頃にはエレミアの目も覚めていて、立ち上がると同時にアリスのネグリジェへと手をかける。

 モアは少女同士の背徳的な光景を黙って見続けていた。


 ――食堂に着くと、食事と一緒にエレミアが目を通さなければいけない書類が用意されていた。

 ザブネスト領は精強な騎士団と軍によって防衛がなされている都市だ。そして、両組織の最終指揮権を持つのが、領主であり防衛責任者であるエレミア・サブネストなのだ。

 これは単純にエレミアが最も知識を持ち、最も武力を持っているからだ。サブネスト領最強であり、最終兵器、同時に軍師でもある。それに加えて、錬金術等の魔法研究にも余念がない。

 そのため、昨日の報告等の書類がいくつか朝に回ってくる。食事の後にアリスとの一時を過ごすには、この仕事は食事の間に手短に終わらせなければいけない。そうしなければ、アリスと過ごす時間が減ってしまうからだ。


「エレミア様……」


 書類を見ながら食事を取っていたエレミアに対して、困った表情のフィレアが一枚の封筒を差し出す。それを見て、エレミアは露骨に嫌そうな表情をして、テーブルに置かれたナイフを封筒に突き刺した。


「あら、手紙かしら? いいの?」


 アリスが疑問に思って口に出して問うと、エレミアは呆れた表情で大きくため息を吐き出して口を開く。


「相手もわかってるし、答えを返すつもりもない。くだらない紙くずだよ」


 そう言ってエレミアは封筒をフィレアの手から取ると、そのまま二つに破いて、いつの間にフィレアが用意したゴミ箱へと放り投げる。

 アリスの目には一瞬だけ、この領から少しだけ距離のある領地の貴族の名前が見えた。アリスもその貴族には見覚えがあったのか、その名前を見ただけで露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


「ふぅ~ん。あの男、今度はエレミアに手を出そうってわけね」


 その名前はかつてアリスにしつこく下女になれと言ってきた男の名前だった。辺境伯を下女にしようとは何事だという話だが、一部の貴族の中にはグリムス領の状況を理解できず、アリスを成り上がりとして見下す者がいる。そういった連中でも、アリスの容姿に惹かれはするが、成り上がりを妻にするのはプライドが許さないため、下女にして下劣な欲望を満たそうと考える。

 封筒の送り主はそんな貴族の一人で、屋敷に多数の錬金術師と情婦を囲い、黒い噂の絶えない太った男だった。黒い噂を聞いて、王国も調査をしたが、証拠が出ないどころか、領地の経営も問題が見られなかったのだ。

 黒い噂、曰く領民の美しい女性を無理矢理情婦にしている。曰く、領民を使って人体実験を行っている。様々な噂があったのだが、領民に聞いても『あんまり好きになれないけど、問題はない』という答えが返ってくる。情報屋を使っても、同じような情報しか入ってこない。それならと、リリスが潜入してみても、情婦達は皆幸せに暮らしているということしかわからなかった。

 だが、アリスが実際に会った時に感じたのは悪寒だった。見た目が生理的に受け付けないとかではなく、視線に込められた感情にそれは走った。下劣な欲望も感じたが、それ以外の何か、それをアリスは感じたのだ。

 初めて会って以降、その男はしばらくアリスに下女になれと言ってきたが、しつこい以外に強引な手段は一切なく、いつの間にかそれもなくなった。嫌な予感はするが、現状無害というのがアリスの評価だった。


「近々、息子に家を継ぐから、サブネスト領に来て僕を嫁にしたいとか言ってるんだよ」


 エレミアが純血の貴族であるため、アリスの時とは関係性は違うが、概ねアリスの時と同じようなものだった。それを聞いて、アリスは心底呆れたような表情を浮かべた。


「食事中に聞きたい話題じゃないわね。私のエレミアに手を出そうとか、あのデブ、ブチ殺してやろうかしら」


 パンを口に放り込みながら、アリスは再びゴミ箱へと視線を向ける。その中に入っている『ゴミ』を見て、一瞬悪寒が走る。その悪寒に目を細めながら、アリスは小さく舌打ちをした。


「そんなことより、楽しい話をしましょう」


 アリスはそう言いながら、視線をゴミ箱から外して、今日の予定を笑顔でエレミアと話し始める。


 ――ザブネスト領は騎士団や軍に力を入れてはいるが、何もそれだけの領地ではない。むしろ町の中には娯楽施設が多く存在する。

 前領主時代にアズマから仕入れた技術で作った温泉や、ボードゲームマニアの集う集会所、多目的公園に植物園など、それ以外にも様々だ。中にはアリスとエレミアが錬金術を駆使して作った施設も存在する。そういった娯楽施設は住民に大いに受けがよく、領主の評価にも繋がっていた。それは強固な軍に守られ、冒険者というあらくれ者がほとんどいない町だからこそとも言える。

 アリス達が今いる水晶薔薇の園も、二人で作った娯楽施設の一つだ。分類的には植物園になり、元々存在した薔薇園に増設する形で作られている。

 一般にも開放されている施設である為、その美しさを求めて他の領からも客がくるほどだった。特に日が落ち、月が出ている時間の客足は凄まじいものだった。


「夜の水晶薔薇もいいけど、昼の水晶薔薇もいいわね」


 水晶薔薇は月の光だけを吸収して胞子に変えるが、それ以外の光は全て貫通してしまう。だが、その全てを透過して後ろの景色を見せる花弁は、それはそれで幻想的な美しさがあった。

 ほんのりと輪郭が見えるのに、花弁そのものは透明で、背後に存在するものをそのまま見る者の目に映す。それはまるで非現実的な光景で、確かに存在するのに、まるで存在しないような、矛盾した美しさだ。

 ただ、月の光だけを取り込むことだけを考えていたため、昼の美しさは製作者である二人にも予想外のものだった。


「偶然。偶然だけど、偶然から生まれる美しさもある。お姉さまと僕の出会いがそうであるように」


 エレミアはそんな水晶薔薇に、自分とアリスの出会いという偶然の奇跡を重ねて、うっとりとした表情を浮かべている。

 アリスはその言葉を聞きながら、一厘の水晶薔薇に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。水晶薔薇は魔法植物である。水晶でできており頑丈だが、植物としての性質は失っていない。

 アリスの鼻に、薔薇のかぐわしい香りが入り込んでくる。その匂い自体は普通の薔薇と変わらないが、これがエレミアと自分の愛の形だと思うと、特別な匂いに思えてしまう。


「偶然はヒトの在り方そのものよ。偶然の出会いがヒトにその在り方を教えてくれる。必然の前には必ず偶然という奇跡があるのよ」


 『偶然』について語りながら、アリスはエレミアへと振り返る。その顔には穏やかな笑顔を浮かべていたが、瞳の奥には悲しみが秘められていた。エレミアはその色を見逃さない。そして、それに気付いていることを悟らせない。

 二人は正午の鐘が鳴るまで、水晶薔薇の園で優雅な一時を過ごした。


――男が立っている。水晶薔薇の園の中で一人の目立たない男が立っていた。

男は水晶薔薇に目を向けながら、その完成度に驚いた表情を浮かべていた。


「なるほど、錬金術にはこんな使い道もあるわけか。娯楽に転用とは、実に参考になるな」


 どこにいても背景に溶け込んでしまいそうな平凡な眼鏡男は、水晶薔薇にそんな感想を漏らしながら、アリス達がいる方向へと視線を向ける。


「吸血鬼化も設定通り、魔力と吸血の併用で可能というわけか。今のところ唯一で、貴重な実例だな」


 紙を一枚取り出して何やらメモを始めた男は、しばらくそうしてメモを取っていた。それが終わると、再びアリスのいる方向へと視線を向ける。


「この世界で50年生きた足跡は素晴らしく有用なデータだ。『私の力』がどこまで通用するかの指針にもなる」


 そう呟きながら、男は水晶薔薇の園に立ち続ける。貴族である二人の少女のために『貸切』になっている、水晶薔薇の園の中で男は思考を続けていた。


というわけで、朝の一時と謎の男再びです。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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