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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第31章 吸血姫伯爵(エレミア・サブネスト)
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第31章 吸血姫伯爵(エレミア・サブネスト)2

遅くなりましたが、お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


 ――モアが合流した時、アリスは食堂でスープを口にしていた。魔導具の光に照らされた室内は活動するのに十分すぎる明るさを保っている。モアは食堂に足を踏み入れる時、フィレアと目が合った。明るいため、相手の目をしっかり見ることができた。

 モアとフィレアは二人とも主に『血/命』を捧げる従者ではあり、同じホムンクルスだが互いに好意的な感情は抱いていない。人形のようにただ主に尽くすフィレア、主の幸せを願い苦言も呈するアリスの従者、従者としてのあり方が正反対であるが故に、嫌悪をすら抱く。だが、この場でいがみ合うような醜態は晒さない。


「モア、いつも通り後ろに控えててちょうだい」


 スープを口に運びながらエレミアと笑顔で会話していたアリスは、モアが部屋に来たことに気付いてそう指示を出す。指示を受けたモアはすぐに、言われた通りにアリスの背後へと歩いていく。

 アリスはスープがなくなると、スプーンを音を立てずに置いてエレミアへと顔を向ける。

 長い金色の前髪を整えることもせず、前髪の隙間からエレミアはアリスと視線を合わせる。アリスが何かを期待するように一瞬表情を変えたが、エレミアはすぐに立ち上がって口を開いた。


「お姉さま、夜も遅いし、僕は部屋に戻るけど、お姉さまはどうするの?」


 アリスの期待は裏切られ、エレミアは歩き始めようとする。アリスもすぐに立ち上がった後、笑顔を浮かべてそれに答えを返す。


「そうね、私も一緒に行くわ。そろそろ『夜食』の時間だもの」


 そう言ってアリスはすぐにエレミアの傍まで歩いていく。エレミアは一つ頷いた後に、アリスと二人で食堂の入り口へと足を進める。

 エレミアが頷いた時、アリスからは見えなかったが、確かに一瞬だけ表情が喜悦に歪んでいた。それをモアは見逃さなかった。


(ちっ、とんだ役者でごぜーますね。ほんと、気に障る奴ですねー)


 モアはフィレアと並んで二人の後ろをついて歩いていく。隣にいるフィレアは前を歩く二人を見ながら小さく笑みを浮かべている。それ見たモアは、自身の口の端が釣りあがるのを感じていた。


(人形が人間臭く笑うもんでごぜーますね。こんなのが同族だなんて、マジ勘弁してほしーですねー)


 フィレアに対してそんな感想を抱きながら、モアは前方の二人へと視線を向ける。そこには積極的に話しかけるアリスと、それに応えるエレミアの姿があった。

 話の内容さえ知らなければ、その姿は仲のいい姉妹にでも見えるだろう。だが、実際はアリスの話に対して、エレミアはただアリス『だけ』を褒め称え、話に出てくる他の要素には一切触れることをしない。そして、アリスもそれを気にする素振りを見せることなく話を続けていく。様々な話をするアリス、アリスのことにしか反応を示さないエレミア、この二人の会話はどこか噛み合っていないように思えた。


「ねぇ、お姉さま」


 アリスの話を遮ってエレミアが口を開く。アリスは首を傾げながら、何度か瞬きをする。


「どうしたの、エレミア?」


「今日もとても月が綺麗だよね。美しくて、素敵なお姉さまがいつも以上に輝いて見えるよ」


 廊下と廊下の丁度中間、この屋敷ではそこにドーム状になったガラスの天井窓が存在する。その窓から月の光が差し込み、アリスを照らしていたのだ。

 話に夢中で、そのことに気付いていなかったアリスは、そのことに気付いたことで嬉しそうに微笑んだ。エレミアもそれに対して微笑みを返す。


「ありがとう、エレミア。私の可愛いエレミア。あなたも、輝く金糸の髪がまるで光の束を纏っているようで素敵だわ」


「お姉さま、お姉さま、今宵の『食事』はきっと、とても美味しいよ。だって月がこんなに僕たちを見ていてくれているんだから」


 二人は思い思いの言葉を口にしながら、笑顔で見つめあう。微笑ましいはずのその光景は、どこか淫靡さと背徳さを感じさせるものだった。それはきっと、恍惚としたエレミアと、濁った瞳のアリスが浮かべる笑みであったからだろう。

 二人はしばらくそうして見つめ合っていたが、月が一度雲に隠れてしまうと、二人同時に再び歩き始める。

 二人はエレミアの寝室の前に辿りつく。ここまで他の使用人に出会わなかったが、寝ているわけではない。フィレア以外の使用人はすでに隠居か寿命で亡くなっているのだ。エレミアが吸血鬼になってから屋敷には新しい使用人が入ってくることはなかった。

 二人が扉の前に立っていると、フィレアが二人の前に出て扉を開けて二人を中へと促す。二人はそれに応じて部屋へと足を踏み入れた。

 アリスが来るということで、エレミアは部屋を少し模様替えしていた。部屋にあるのはクローゼットと大きな柱時計、『水晶薔薇プリズム・ローズ』と呼ばれる水晶でできた薔薇とそれが散りばめられた大きなベッドだけだった。薔薇はベッドだけでなく、部屋のあちこちにも飾られていた。

 この『水晶薔薇プリズム・ローズ』はアリスとエレミアが、二人で錬金術を駆使して作った『魔法植物マジック・プラント』だ。本来、『魔法植物マジック・プラント』は植物に回復や毒といった何らかの魔法的な性質を持たせた植物だ。だが、この『水晶薔薇プリズム・ローズ』はそういった実用的な性質は一切付加されていない。


「相変わらず美しいわね……」


 目を細めて蕩けたような表情を浮かべて、アリスは月の光に照らされる『水晶薔薇プリズム・ローズ』を眺めていた。

 『水晶薔薇プリズム・ローズ』は実用的な性質は持っていない。しかし、計算された造詣はあらゆる角度から入り込んだ月の光だけを内部で反射し、自身を淡く光らせて光の胞子を外に排出するように作られている。月の光しか取り込まないため、夜にしかその幻想的な光景は見ることができない。

 夜に幻想的な光景を作り出す。ただそれだけのために生み出された『魔法植物マジック・プラント』が、この『水晶薔薇プリズム・ローズ』なのだ。この薔薇にはもう一つ性質があるのだが、そちらも実用的なものではなかった。

 魔導具を設置していないため、『水晶薔薇プリズム・ローズ』の生み出した光と月の光だけが照らす室内をアリスとエレミアは歩いていく。

 アリスが生み出された光の胞子へと手を伸ばして触れると、弾けて光の粒子となって消えていった。

 アリスがそのまま部屋の中で回ると、触れる先から光の粒子が空を舞って、部屋は光の粒子が舞い散る光景を作り出す。


(あぁ、この子達は私とエレミアの愛しい子ども達。ただ美しくあってほしいと、そう願って生み出した子ども達)


 この薔薇はアリスとエレミアしか製造法を知らない。それ故に、王国内の貴族たちからは度々売ってほしいという話が持ちかけられる。二人はこの薔薇をただ二人の愛の結晶として生み出しただけだったが、愛の証であるためにそれらの要求に応じることはなかった。


(お姉さま、お姉さまと僕の作った光の舞台ステージが、お姉さまを彩り、お姉さまを輝かせ、お姉さまを喜ばせる。とても素敵だ。お姉さまのために生まれた子ども達)


 二人の想いに差はあるが、どちらも我が子のように思っていることは変わらない。

 アリスは回転を止めると、エレミアの手を取って小さく後ろに飛ぶ。すると、床に落ちていた花びらが宙を舞い、その花びらから光の胞子が二人を包み込んだ。

 花びらは柔らかく軽いが頑丈で、床に落ちても砕けることなく光を放っていた。


「エレミア、小さなエレミア。私の娘。あなたと紡いだ時間は、あなたと生み出したこの子達は、こんなにも美しく、こんなにも私の心を暖かくしてくれる。

 ねぇ、エレミア、あなたの望みを私に聞かせてちょうだい」


 後ろで見ていたモアの表情が歪む。アリスのその言葉は何度聞いたかわからない。モアにはわかっている。アリスが必死に気付かないようにしている、エレミアを知っている。だから、モアの内心に黒く、燃え滾るような感情が小さな炎が灯った。


「お姉さま……」


「なぁに、エレミア?」


「お姉さま、僕はベッドで『夜食』を取るけど、お姉さまはどうするの?」


 エレミアは望みを口にしない。アリスの手から力が抜けて、エレミアの腕が離された。エレミアはそのままベッドへと足を向ける。

 アリスの手が一瞬、エレミアを掴もうとしたが、何かに耐えるような表情に変わってそれを止めた。エレミアはアリスへと顔を向けずにベッドへと足を進める。時計の振り子の音が部屋に響く。振り子の音にあわせる様に、アリスの呼吸が小さく、だけど確かに荒くなっていた。

 なんとかアリスは表情を笑顔に戻すと、すぐに一歩だけエレミアの方へと足を踏み出して口を開く。


「えぇ、私もそうしようかしら。こんなに月が綺麗なんですもの、素敵な夜食会になりそうだわ。

 私達吸血鬼には欠かせない大事な食事ではあるけど、その時間は美しく、楽しくあるに越したことはないわ」


 アリスがベッドに近付いていく。背を向けたままのエレミアの顔は暗く歪んだ笑みを浮かべていた。アリスが吸血行為を好んでいないことを、エレミアはよく知っていた。だが、無理して気丈に振る舞い、自身を傷つけるアリスの姿はエレミアの心を満たしてくれる。だから、気付かないふりをして、それを享受する。


(ちっ、今度はイカリにでも代わってもらいてーですね)


 それを見ていたモアの感想は間接的にエレミアに喧嘩を売ってほしいということを示している。イカリがこの場にいれば、そもそもその前の段階で『憤怒』の本性を現して襲い掛かっていただろう。

 そこまで考えてモアは、フィレアが横目でこちらを見ながら黒い笑みを浮かべていることに気付く。


(この人形、勝ち誇った笑みなんぞ浮かべてんじゃねーですよ。マジで、このクソ木偶売女ぶっ殺してーです)


 フィレア一度鼻を鳴らすと、自身の主へと視線を向けて足を踏み出した。視線の先ではエレミアだけでなく、アリスもこちらに視線を向けていた。

 モアは腑に落ちないものを感じながらも、その視線の意味を悟って主の下へと歩き始める。


(あー、リリス、代わってくれーです)


 モアの望みは叶うことはない。ここにいるのはモアであり、アリスに血を与えるのもモアの役目だからだ。当然、実際にモアが他の従者にそれを提案することもない。

 ただ一つ、いつかアリスがこの歪な関係に終止符を打ってくれることを祈ることしかできない。


次のシーンが吸血描写なので、少し短いですがここで終りです。

歪みに歪んだ二人の愛情を楽しんでいただければ幸いです。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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