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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第30章 サブネスト領へ
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第30章 サブネスト領へ3(終)

お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。

それでは、第30章3ご覧ください。


 ――昼過ぎ、アリスは馬車に揺られていた。向かいにはいつも通りモアが座っている。


「ぷっはぁ、たっく、なんだってのよ……」


 やたらプチプチと音のなる水筒を一気に呷りながら、据わった目つきで愚痴を零す。というのも、出発の時間になってちょっとした問題が発生したためである。


「コーラを飲みながら親父臭くするのやめてくだーませ。おっさんマスター」


 水筒の中から聞こえるプチプチ音は炭酸の音だったらしく、中に入っている液体は黒くて小さい泡が浮いていた。アリスが再現したコーラである。


「普通出発前にあんな案件持ってこないでしょ。そりゃぁ、町に『転移者』が新しく移住してくてくれるのは嬉しいけど……」


 持ち込まれた案件というのが、大規模転移で冒険者になったパーティーの一つが、近々グリムス領に移住するという話だった。

 機械人や吸血鬼、カイト達に続いて、新しい転移者パーティーが移住してくれるのはアリスとしても助かる。だが、間が悪かった。

 余談だが、グリムス領に移住した吸血鬼の内、冒険者にならなかった四人は二人がすでにグリムス領で伴侶を得て、吸血衝動の心配もなく穏やかに暮らしている。一人は妊娠すらしているらしい。自衛力については問題がないので、この一家の今後は安泰だろう。残りの二人も工房のある区画で青春を謳歌している。英雄アリスの種族である吸血鬼は王国民にとっては憧れの存在なので、周りの人々からいい意味で注目されるのだ。


 アリスの手が何かを求めるように宙を掻く。それが近くにないことに気付いたことで、表情が不機嫌そうに歪んだ。


「ぬいぐるみなら屋敷に置いてきたでしょーが。あれは外に持ち出さないと決めたのはマスターです」


「わ、わかってるわよ……」


 モアの指摘に、アリスは不機嫌な表情のまま再び水筒を呷るが、中身はすぐに底を突いてしまう。さっきから何度も口にしていたせいで、中身がほとんどのこっていなかったのだ。


「モア、おかわり」


「だめです」


 モアに中身のある水筒を要求するが、素気無くあしらわれてしまう。要求が通らなかったことに、アリスが上目がちにモアを睨む。


「じゃあ、膝枕」


「不貞寝ですね。そーですか。どーぞ」


 モアの的を射た言葉に、アリスは一度鼻を鼻を鳴らしてからモアの隣へと移動して、彼女の膝の上に頭を乗せる。そのまま目を瞑りながら口を開く。


「ねぇ、私、少しだけエレミアに会うのが楽しみなのよ」


「会うのが憂鬱だったり、楽しみだったり、まるでコウモリみたいなマスターですねー」


「あの子はいつも積極的に何かを望んではくれない、けど今朝いい夢をみたから、今回は違うかもしれない」


 モアが茶化したように言葉を返すが、アリスはそんなことは気にもせず、小さく笑みを浮かべながら期待を口にする。


(ぜってーあり得ねーです。あの人格愛情破綻ロリがマスターを苦しめる以外のことをするはずねーです)


 モアはその期待があり得ないことだと、内心で断じながら苦笑いを浮かべる。アリスの位置からその表情を見ることはできないが、これ以上ないほど顔が引き攣っていた。

 モアだけでなく従者三人はエレミアを苦手としている。エレミアの性格故に敵意を抱きそうになるが、アリスがエレミアを大事にしているため、敵意の欠片すら抱くことが許されない相手だからだ。イカリはエレミアに殺意すら芽生えそうになるくらいだ。

 エレミアの愛情はリリスの愛情とは似ているようで真逆だ。自身を犠牲にしてでもアリスのためにアリスを苦しめるのがリリスだ。エレミアは逆に自身のためにアリスを苦しめる。それ故にリリスから理解し難い『ナニカ』に見えている。

 モアにとってはエレミアはアリスに無理をさせる、禁忌にも等しい存在である。

 各々理由は違えど、エレミアという存在を嫌ってすらいる。


「ねぇ、私、引っ張ってきた転移者のデザイナーに新しいドレスを作ってもらったんだけど、あの子は気に入ってくれるかしらね」


 だが、アリスはそれを知ってか知らでか、穏やかな笑みを浮かべてエレミアへのプレゼントの話をしている。

 モアはこいう時はアリスに苦言を呈する役目を持つリリスが少し羨ましくなる。いない人物を羨んでも仕方ないので、モアは黙ってアリスの話を聞いている。エレミアが絡むと長くなるし、おかしくもなるので、モアにとっては苦行だ。恐らく、この苦行は一度馬車が止まるかどうかして区切りができるまで続くだろう。そう考えると、モアの気分は憂鬱になっていく。


(あぁ、さすがの私もマジめんどくせーです)


 結局アリスの話は夕飯になるまで止まることはなかった。


 ――夜、昨夜のように積極的な吸血を行ったアリスは眠りについていた。外だということもあって、昨夜ほどじっくりと吸血したわけではない。なので、モアは起きていて寝ているアリスの世話をしていた。


(吸血鬼としての見本示すために、ですか。あのヒトが絡むととことん自分のことを度外視するんですよねー。普段はビビリのくせに)


 アリスの髪を弄りながら、その寝顔を覗き込む。普段の苦悶の顔は見ることができず、今はとても穏やかな表情で『いい夢』を見ていることが窺えた。

 それはモアにとっては『悪い事実』であるため、穏やかに眠れていることを素直に喜ぶことはできなかった。


「あなたは気付いているんでしょうか。あなたのその想いは……」


 ――逃避でしかないことを……。


 ――月の光が照らす一室に下着姿の少女が立っていた。ベッドの上には虚ろな瞳で天蓋を見つめる茶髪の女性が倒れている。女性のふくよかな胸は小さな呼吸に合わせて上下していて、その疲労具合を察することができた。


「フィレア、お疲れ様。今日も『美味しかった』よ」


 そう言って、少女は椅子に座りながらエレアと呼ばれた女性を、赤く煌く瞳で見つめていた。金糸の髪を揺れさせて、つまらなそうな顔でフィレアを見つめている少女は小さくため息を吐き出した。

 そうして窓に目を向けた少女は、窓の外に見える月を見て頬を赤らめる。

 夜空に輝く月を見て彼女は思い出す。白銀に輝く月の光が良く似合う、銀糸を纏う愛しいヒトのことを。そのヒトを思うだけで、少女の頬は赤く染まり、身体は燃えるように熱を発し始める。

 少女にとって、月を背にした愛しいヒトを現すに足る言葉はこの世に存在しない。何故ならそれは至高の輝きであるから、何故ならその内面には秘めた『弱さ/愚かさ』が隠れているから、至高にして最低、矛盾しているのに、それが愛しいヒトの魅力になっている。それが少女の中にある真実。

 


「あぁ、お姉さま。お姉さま。僕はここにいるよ。お姉さまが僕に会いに来てくれるのを待ってるよ」


 もうすぐ訪れる愛しいヒトを思って、エレミア・サブネストは月を見上げる。月の光に照らされた金糸の髪が輝きを放つ。

 エレミアの手が窓を開くと、冷たい夜風が部屋の中へと舞い込んで来る。しかし、肌を冷やし、風邪すら引きそうな夜風であってもエレミアの熱を冷ますことは敵わなかった。

 窓というフィルターを取り除いた景色は、月の光を先ほどよりもより強く感じることができる。


「月光はお姉さまを照らすために、夜の大地はお姉さまを立たせるために、あぁ、世界はお姉さまのために存在してる。僕も世界も、お姉さまが強く、激しく、そして悲しく愛するために存在しているんだ」


 エレミアは月を見上げながら恍惚とした表情で『うた/呪い』を紡いでいく。


「世界は僕を拒絶したけど、お姉さまだけは受け入れてくれた。そして、世界もお姉さまを愛し、受け入れ、輝かせ、鈍らせる。お姉さまに喜びを、快楽を、悲しみを、苦痛を、絶望を、全てを与える。僕には苦痛と絶望しかくれなかった世界は、お姉さまには全てを与える。でも……」


 エレミアが恍惚とした顔を歪めて笑顔を浮かべた。その笑顔は喜びを表現するには、あまりに狂気に満ちたものだった。


「いいんだ、僕はお姉さまに全てをもらったから。仕方ないんだ、世界はお姉さまのためにあるんだから」


 エレミアは月が悲しげに輝く夜空に向けて両腕を突き出す。その腕の周りを不自然な風が舞い、彼女の腕を傷つけていく。風の発生源には魔法陣があり、何者か、否彼女自身が魔法を使ったことがわかる。

 この世界にエレミアに届く実力者など、転移者くらいしかいない。彼女に気付かれずに魔法を放つなど、この世界の人間には不可能だ。だから、この風の魔法が彼女自身が生み出したものであることがわかる。


「あぁ、この血の一滴すらもお姉さまのモノだから、同じ吸血鬼の僕の血はお姉さまを癒せないけど、それでも捧げるんだ。捧げて、捧げて、捧げて……」


 エレミアの傷はいつの間にか消えていた。彼女は部屋の中へと振り返り、月を背にして立つ。


「お姉さまを苦しめよう。お姉さまがもっと『罪』を感じてくれるように、お姉さまがもっと僕を『愛』してくれるように、お姉さまに捧げよう」


 ――僕の全てを


 声が部屋に木霊する。ベッドに倒れこんだフィレアは起き上がることなく、己が創造主であり、主である少女を想う。


 ――それがあなた様の幸せならば、それがあなた様の全てならば、己はただあなた様の望むままでいよう。己はただ、あなた様に貪られる餌であり、あなた様とあのお方を繋ぐ鎖でいよう。己もまたあなた様を愛し、捧げる者なのだから。


月の輝く夜に、壊れた吸血姫と壊れた人形が愛するモノへと己を捧げる言葉を口に、胸に紡ぐ。紡がれた言葉はどちらも世界に溶け、その一部となり、真実の欠片となる。壊れた主従の望む『真実/未来』は果てなき『奉仕/贄』の先に、ただ『永遠/死を許されぬ』、その先に続いていく。愛するモノを『抱きしめる/救わない』という選択と共に、続いていく。


 ――翌朝、揺れる馬車の中でアリスは考える。何故自分は『壊れていない』のか、何故自分はこんなにも『愛されて』いるのか。

 自分でもわかっている。自分のしてきたことが、いつもただのわがままでしかない。カイトのことも、エレミアを救ったことも、遡れば、街作りも、ストムロックを救ったことも、何もかもが自分のわがままだ。

 かつて自分を責めた女性がいた。戦うことを、力を恐れていたアリスのせいで、女性の仲間が死んだ時の話だ。

 かつて自分に自由の正義を語った少女がいた。やりたくないことから目を背けていたアリスのせいで、少女は死んだ。

 彼女達は自分のせいで死んだのに、なのに自分は英雄として語られ、慕われている。

 アリスには理解できない。『愛されるべきではないバケモノ』であるはずの自分が、何故この世界で愛されているのか。

 彼女はわがままを貫き通してきた。ただ一度を除いて。その一度だけ、彼女は自分のわがままから目を背けて、諦めた。だけど、それは彼女が……。


 ――自分バケモノを愛せないからだ。


 彼女はこの世界に来てから一度も、己のわがままによって罰せられたことがない。それが彼女を苦しめる。それが彼女が自分を愛せない理由。

 彼女は求める。自分を罰してくれる誰かを、ナニカを、ただ求め続ける。

 『愛/罰』を求める吸血姫はただひたすらに待ち続ける。罰を、痛みを恐れながら、彼女はただ待ち続ける。痛みなき罰を、恐れなき夢を、都合のいい幻想を……。


 目的地はすぐ近くだ。『壊れた』吸血姫と『欠けた』吸血鬼の再会と堕落の時が迫っていた。


退廃的な話になる二人の吸血姫編、最初の章の終了です。

二人の吸血姫の堕落していく姿にご期待ください。もちろん戦闘もちゃんとありますよ。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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