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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第30章 サブネスト領へ
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第30章 サブネスト領へ2

お待たせしました。令和最初の投稿です。

いつも皆様ありがとうございます。


 ――その晩、アリスは寝巻き姿で寝室のソファーに座りながら寛いでいた。月の光が部屋を照らし、惜しげなく晒したアリスの白い肌が光を反射して幻想的な姿を作り出していた。


「ねぇ、モア、準備はどんな感じかしら?」


 先ほどまで従者のモアが明日からの準備で忙しく動き回っていた。アリスが仮にも女性であるため、旅の準備となればイカリに出る幕はない。リリスは現在領を離れて、どこかで情報収集を行っている。必然的にモアが一人で準備しないといけなくなるのだ。


「あいさー。終りましたよーっと」


 軽いノリで返答するモアだが、その言葉は服装に反して従者らしくない。だが、アリスも今更そんなことは気にしない。

 答えを聞いたアリスは、右腕をモアに突き出して口を開く。


「まだ終わっていないわ」


 アリスの瞳はどこか虚ろだが、普段の『その時』と違い拒絶の色は見られなかった。それが意味するところを理解しているモアは、ゆっくりとアリスに近付いてソファーの前に跪いて服をはだける。アリスは目を細めてモアの顔を見つめながら言葉を発する。


「私はあの子の前では強くなければならない」


「はい」


「私はあの子の前では揺らいではいけない」


「はい」


「私はあの子の前では恐れてはいけない」


「はい」


「私はあの子の前では躊躇ってはいけない」


「はい」


 アリスの言葉にモアが返事を返し続ける。

 アリスは更に手を伸ばしてモアの首筋に触れる。触れた腕は月の光が反射して輝いているように見えた。

 指先がモアの首筋を撫でる。時に強く、時に優しく、何度も指を動かす。アリスが時折指を強く押し込むと、モアが小さく声を上げる。押し込んだ指をそのまま動かすと、モアの喘ぎが強く、長くなっていく。

 モアの顔が火照っているのを確認したアリスはソファーから立ち上がって、モアをソファーに座らせる。そして、モアの身体に抱きついて、精一杯上半身を伸ばして首筋の匂いを嗅ぐ。


「だから、私は気高き吸血鬼でなければならない。血を、命を喰らうことを恐れず、奪うことを躊躇わない」


 アリスはモアの首に舌を這わせる。時折甘噛みしたりしてモアの反応を伺う。歯が突き刺さりそうになる度にモアが恍惚とした表情で声を上げる。

 アリスの片手はモアの肩を掴んで、空いた片手を手持ち無沙汰に揺らしていた。だが、突如獲物を見つけたかのように素早く動き始める。その手はアリスの口が責めているのとは逆の首筋へと触れる。そして、先ほどのように首筋、そこに流れる血管を肌の上から責め始めた。

 爪を立てて軽くひっかいたり、突いたりする。その度に何度もモアが切なげな声を出した。

 吸血鬼故にアリスは血や血管について敏感である。本能的に相手のどこをどう弄れば痛みを感じるかどうかといったことが理解できる。吸血行為だけで快感を与えることもできる。やろうとすれば相手を吸血行為の虜にすることさえできるだろう。

 アリスは首筋から口と手を離すと、モアの頬を撫でながら前髪を弄る。前髪を弄られたことで、隠されたモアの目が見え隠れしている。

 アリスは潤んだモアの瞳を覗きながら、熱い吐息を漏らす唇へと自分の唇を重ねる。重ねた唇の間でアリスの舌がモアの唇を這う。時折唇に甘く噛みつきながら、噛まれて熱くなった部分を舌で丁寧に舐める。

 吸血鬼のイメージとして、アリスの吸血は首筋から行われることが多いが、どの部位から吸っても多少味は変わるが問題はない。モアもそれをわかっている。だから、アリスはこうして色んな場所を甘噛みしてじらしながら彼女をじらす。それが上位者たる者の在り方、それが奪う者の姿だと考えるからだ。

 アリスは唇を噛みながら、モアの髪へと指を通していく。梳くように指を動かすアリスは時折弄るように指を回して髪を巻いたりする。

 しばらくの間、そうしてモアの唇と髪を弄んでいたアリスだったが、唇を離すと潤んだ瞳でモアの蕩けた瞳を見つめる。モアの前髪は乱れて、普段のように目を隠すことはできていなかった。


「足りない……」


 吐息を漏らしながらそう口にしたアリスは、欲望の求めるままにモアの首筋へと再び顔を埋める。そして、白く艶やかな肌に牙を突き立てた。

 牙が食い込んでいくごとにモアの口から大きな声が溢れ出す。牙がある一点で止まると、モアは全身を脱力させてソファーへと身を預ける。アリスはその様子を横目で見てモアの状態を確認すると、舌の腹に力を入れてモアの首筋を押す。

 舌で圧迫されたことで牙の食い込んだ部分から血が溢れてくる。それと同時に力を抜いていたモアの身体が大きく跳ね上がる。顔は天井を見上げ、目は見開かれて、口は大きく開いて端からは唾液が垂れている。


「あっ、あぁっ!」


 アリスが舌の腹で肌を押し、溢れ出た血液を吸い上げる度にモアは声を上げて身体を震わせる。アリスが余っている手で、モアの震える頬を撫でる。

 頬を撫でる小さな手に、モアの身体は震えるのを止め、その暖かさをただ享受する。その手に身体を委ねて、モアはアリスの望むままに血を吸われ続ける。

 どれくらいそうしていただろうか、モアの目はすでに焦点が定まらず、空を見つめるだけだった。長い時間、アリスはモアの血を楽しんだ後、口を首筋から離す。

 視線をモアへと向けると、彼女はソファーの上で呆けた表情のまま脱力していた。全身に力が入らないその様子にアリスの欲望が再び顔を覗かせる。


「まだ、まだ足りない……」


 アリスはそう言ってモアを抱き上げると、彼女をベッドへと寝かせる。月の光に照らされるアリスの身体は妖しく輝いていた。白く輝く肌はあまりに幻想的で、その小さな身体は性とは無縁の美しさを感じさせた。

 アリスはベッドに寝かせたモアへと手を伸ばして、その肌に触れる。熱く火照ったその肌は、アリスの中にある吸血欲求を駆り立てるものだった。

 アリスは自身の中にある醜さを呪いながら、その欲求を表に出していく。その姿は自身が最も嫌う姿だが、そうあらねばならない姿でもあった。それは彼女の贖罪であり、『親』としての勤めである。


(私はあの子の前では常に気高き吸血鬼でなければならない)


 アリスはモアに身体を重ねていく。口から覗く牙で再びモアの命を奪う為に、己の内側にある欲望を満たすために、この夜、月だけが覗く部屋の中でアリスはモアの命を貪る。


 ――夢の中。いつもと違う夢。荒野でも闇でもない場所。そこは華美な装飾のされた部屋の中だった。窓からは月の光が差し込み、部屋の中を照らしている。

 その部屋の中で、アリスは自身の首に違和感を抱く。首に手を当てようとすると、何か硬いものが首に巻かれていることに気付く。それは首輪だった。身体へと視線を向けると、普段着ているネグリジェを身に纏っていた。

 また視線を動かすと、首輪からは鎖が自身の座るベッドの柱へと伸びているのが見えた。


(あぁ、今日はこの夢なのね)


 その夢をアリスはよく知っていた。この夢は今日が初めてではない。アリスが『彼女』を壊したその日から度々見る夢だ。

 鎖に繋がれ身体に力が入らない状態で、アリスは『彼女』がこの部屋を訪れるのを待っている。窓から見える月へと視線を向けて、もうすぐ訪れる『彼女』へと思いを馳せる。

 壊してしまった『彼女』、狂わせてしまった『彼女』、奪ってしまった『彼女』。アリスの『愛/贖罪』が『彼女』を悲しませることを許さない。

 部屋のドアが開く音が聞こえる。現れた『彼女』、エレミア・サブネストはアリスとお揃いのネグリジェ姿で一歩、また一歩とアリスに近付いていく。アリスはその彼女を柔らかい笑顔で迎え入れる。

 アリスがエレミアを拒絶することはない。彼女が望むなら、今のように彼女の愛玩動物ペットにされることも厭わない。それがアリスの『愛/贖罪』なのだから。

 エレミアはアリスの下にたどり着くと、アリスをベッドに押し倒して覆いかぶさる。それと同時にアリスの腹部に鋭い痛みが走った。

 エレミアが恍惚とした表情でアリスの腹部へと杭を突き立てていた。


(これは私の願望。エレミアに壊されることが、それを受け入れることが、きっと私の願望)


 エレミアは突き立てた杭へと頭部を動かし、そこから漏れ出すアリスの血へと舌を這わせる。潤んだ瞳でアリスの血を啜るエレミアの姿を見つめながら、アリスは我が子を見守るように優しい笑みを浮かべた。

 そんなアリスの表情に気付いたエレミアが嬉しそうな表情を浮かべて、アリスの腹部に空いた穴へと指を差し込んでいく。凄まじい痛みがアリスを襲うが、それでも笑顔を歪めることなくエレミアを見つめていた。


(いいの、いいのよ。あなたには幸せになる権利がある。あなたには私を壊す権利がある)


 アリスの心の中はエレミアへ全てを捧げる想いで溢れていた。それが、あの日、この子をバケモノへと変えてしまった自分の責務なのだと、そう自身へと定めているのだ。

 夢、夢の中でアリスは何度もエレミアに壊される。腕をもぎ取られる。眼孔を抉られる。舌を噛み切られる。『奪われる/捧げる』ただひたすらに、アリスは『奪われる/捧げる』。

 それがアリスの『愛/贖罪』で、アリスの『願望/夢』だからだ。


 ――朝、一糸纏わぬ姿で目を覚ましたアリスは、近くにモアがいないことに少しの寂しさを感じながら身体を起こした。

 寝ぼけた頭でぬいぐるみを手繰り寄せようとして手を止める。立ち上がってゆっくりとクローゼットまで歩いていき着替えを取り出す。

 珍しく自分で着替えていると、ドアが開いてモアが入ってくる。


「マスターが自分で起きて着替えるとは、めずらしーこともあったもんですね」


「今日は夢見がよかったのよ」


 モアへと振り向くこともせずに、アリスはそう答えを返した。アリスの『夢見がいい』の意味を知るモアは、一瞬だけ口元を歪めるがすぐに戻して口を開く。


「朝食できてますんで、お早めに食堂にきてくだせーませ」


 そう言って部屋を出て行くモアに最後まで振り返ることはなかった。アリスは化粧台へと脚を向けて歩いていく。化粧台に座ると、穏やかな表情の自分の顔が鏡に映っていた。


(今日はいい夢が見れたから、少しあの子に会うのが楽しみになってきたわね)


 世間一般で言えば悪夢に分類される夢だろう。相手がエレミアでなければアリスにとってもそれは変わらない。だが、相手がエレミアであるという事実一つで、悪夢は悪夢でなくなる。

 エレミアは普段アリスに何かを強く求めることをしない。だから、夢の中でも、それがアリスの嫌う痛みを伴っても、求められ『奪われる/捧げる』ことに幸せを感じてしまう。

 エレミアへの『愛/罪』は、生き物を殺す以上にアリスの心を蝕んでいる。ヒトとしての在り方を奪い、死を奪ったことはアリスの中で最も大きな傷として残っている。

 アリスはエレミアに壊されることを望むが、すでにアリスは壊れているのかもしれない。しかし、彼女がそれに気付くことはない。


(さて、行こうかしらね)


 アリスは椅子から立ち上がって部屋を出て行く。今日はこの後食事を取ってすぐにサブネスト領へと出発する。その行く先に、あり得ない期待を抱きながら、アリスは食堂へと足を進めていった。


ほぼ吸血描写でした。

この話についての裏話は活動報告にて……。

アリスの歪さとか、壊れっぷりが表現できてればいいなと思います。

アリスを語る上で、エレミアという特別な存在は欠かせないのです。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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