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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
二人の吸血姫編・プロローグ
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プロローグ ある少女の独白

お待たせしました。二人の吸血姫編開幕です。

いつも皆様ありがとうございます。

今回は一人称視点になります。


 ――日差しが強く、カーテンを閉めなければ眩しくさえあったその日、彼女は突然僕の前に現れた。ただベッドの上で死を待つだけだった僕は全てを諦めていた。

 普通の子どものように外で遊ぶことも、誰かに恋をすることも、愛する子どもに囲まれる未来さえも、全部、全部諦めていた。

 だから、僕はその日のことを決して忘れない。僕に全てをくれる人が現れたその日を、その人が僕の全てになったその時のことを。


 彼女は全てを諦めていた僕の部屋へ父様に連れられて現れた。

 揺れる白銀の髪、陶器のように白く美しい肌、吸い込まれるような美しい赤い瞳。芸術と呼ぶに相応しい彼女は、僕の前に来て口を開いた。


「はじめまして、私はアリス、アリス・ドラクレア・グリムス辺境伯よ」


 その名前は知っていた。冒険王物語のモデルとなった冒険者で、『第一級危険指定領域』の領主となった大英雄。本の中だけで見る伝説の人物だ。

 本ばかりを読んでいる僕を思って、父様が連れてきてくれたんだろう。

 嬉しくないわけではないけど、同時に寂しくも思う。憧れを抱いても、僕には決して手が届くことのないものだ。だから憧れたくなんてない。物語は物語のままでいてくれればそれでよかった。

 自分の歯が軋む音が聞こえる。きっと、僕は今凄い表情をしてるんだと思う。きっと英雄も僕みたいな奴には関わり合いたくなんてないだろう。


「はぁ、あなたが何を考えてるかなんてわからないけど、小説の中の英雄は小説の中にしかいないわ。私はそんな小奇麗なナニカなんかじゃないから」


 彼女はうんざりした表情でそんなことを言った。僕にはそれが理解できなかった。僕が諦めたものを持っているのに、それが邪魔だと言わんばかりの顔。怒りすら湧いてくる。


「ついでに言わせてもらえば、小説のファンにサービスするほど殊勝な性格もしてないわ。

 私がここにいるのは、あなたのお父様にあなたの治療を依頼されたからよ」


 僕はきっと、今は凄く驚いた表情をしていると思う。けど、僕の治療なんてできるはずがない。今まで僕の診察をした奴らはみんな匙を投げたんだ。この人だってきっと……。


「それにしても珍しい『体質』ね。こっちではあまり見なかったけど、見る前に皆亡くなってただけでしょうね。普通の家庭じゃ延命処置なんてできないでしょうし」


 何を言ってるか理解できなかった。たぶん普通の家庭じゃないというのは、僕が貴族の子どもだからだろう。でも『体質』ってなんだろう? 僕は病気じゃないのだろうか?


「不思議そうね。あなたの『病気』は合併症といって、別の病気が原因で発症しているものよ。あなたの本来の病気は、病気というより生まれ持っての『体質』みたいなものね」


 僕が今苦しんでいるのは別の病気、体質のせい? じゃぁ、病気を治しても僕は治らないのだろうか。不安だ。すごく怖い。


「辺境伯、娘はどうにもならないのでしょうか?」


 父様も凄く不安そうな顔をしている。きっと僕も同じ顔をしてるんだと思う。でも、それを前にして、彼女は凄く落ち着いた様子だった。他人事だからだろうか、今日会ったばかりの僕のことなんてその程度にしか思ってないということだろうか。


「一晩考えさせてちょうだい」


 彼女から出た言葉は僕の予想していなかったものだった。何を考えるというのだろうか。考えれば答えがでるのだろうか。

 その後彼女は父様を連れて部屋を出て行った。できれば、二度と来ないで欲しい。僕はあの人が嫌いだ。

 すごく美しい人だけど、すごく嫌な人。僕の諦めたものを持っていて、僕の知らないものも持っている人。だから、僕はあの人が嫌いだ。

 考えたくない。寝よう。そうすればきっと、あの人のことでイライラすることもないはずだから。


 ――正直なところ、僕はこの日見た彼女の顔をあまり覚えていない。その日の僕は彼女を見たくなくて、必死に目を逸らそうとしていたから。


 結局寝ることができなくて、気付いたら夜が明けていた。目がしばしばするし、欠伸も止まらない。外は雨で気持ちも沈んでいる。鐘の音のおかげで辛うじて時間だけはわかった。

 もう昼をすぎて夕方になりそうな時間だ。結局あの人は来なかった。やっぱり、一晩考えたくらいでどうにかできるものじゃないだ。そもそも、あの人がデタラメを言ってたかもしれないし。


「入るわよ」


 扉の向こうからあの人の声が聞こえた。聞きたくない声だ。

 入ってきたのはあの人だけじゃなくて、いつになく神妙な顔をした父様もだった。

 二人は部屋に入ってきて、何かを話している。


「じゃぁ、いいのね?」


「はい、頼みます。でも……」


「わかってるわ。まずは本人の意思確認が必要よ」


 話が終わったあの人が僕に近付いてくる。その顔は昨日と違って泣きそうに見えた。

 その顔を見ればわかる。やっぱり、僕は……。


「あなた、生きたい?」


「え?」


 どうにもならないと伝えようとしているのかと思ってたら、その人は僕にそんなことを聞いてくる。

 僕には何を言ってるのかよく理解できない。だって、それは『一番抱いてはいけない憧れ』だから。僕は長くは生きられない。それを一番よくわかってるのは僕自身だから。

 僕は何も答えられない。答えたくない。


「さっきから黙ってるけど、答えがないなら私は帰るわよ」


 あぁ、帰ればいい。僕は君の顔なんて見たくないんだ。君が羨ましくて、憎くて、妬ましいから。だから……。


「生きたいと心から願っていないあなたじゃ、意味がないもの。自分の生死くらい、しっかり選びなさいよ」


 そう言って踵を返す彼女。僕はその言葉に頭が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じていた。意味がない? 自分で選べ? 何を言っているんだこの人は!


「ふざけるな! 自分で選べだって?

 選べるなら選びたいよ。でも、仕方ないじゃないか。選ぶ余地なんて残ってないんだから!」


 僕は自分でも信じられないくらい大きな声を出していた。急に大声を出したから、喉が痛くなってきた。口から咳が何度も溢れ出してくる。苦しい。


「じゃあ、今ここで、『ヒトとして』最後の選択をしなさい。死ぬこともできず、陽の光で身体が重くなり、雨の日に心が沈む、そんなバケモノになって生き延びるか、それともヒトのまま死ぬか、今ここで選びなさい」


 生きられる? バケモノになれば生きることができるのだろうか?

 今感じている苦しさも感じず、外に出て遊ぶこともできて、父様の仕事を継ぐこともできるのだろうか?

 溢れる。想いが溢れてくる。振り返った彼女の瞳があまりに綺麗だったから、想いが抑え切れなくて、口から漏れ出してくる。


「生きたい。生きたいよ。バケモノでもいい、それで生きられるならなるよ!」


 彼女の瞳が一瞬だけ悲しみに潤んだ気がした。彼女の小さな冷たい手が僕の頬に添えられ、徐々に首筋へと下ろされていく。それはとても甘美な感触で、僕の心が溶けてしまいそうだ。


「ごめんなさい……」


 彼女が何故か謝る。それと同時に首筋に鋭い感触を感じた。目を向けて見ると、そこには僕の首筋に噛み付く彼女がいた。

 噛まれている場所から光る輪のようなものが広がっていくのが見える。これは魔法陣だろうか。

 魔法陣の拡大が収まると同時に、僕の身体を熱いモノが広がっていく。


「あ、あぁあああ」


 思わず声が漏れる。熱い、熱い熱い。全身を何か知らないものが巡っているのがわかる。目の前が一瞬明るくなって何も見えなくなる。何も、見え、ない……。


 あれ?

 あの人が僕の頬を撫でて見下ろしている。綺麗な笑顔だ。こういうのを聖母の微笑みとかって言うのかな?


「目が覚めたかしら?」


 目が覚めた? 彼女は何を言ってるんだろうか。もしかして、僕は気絶しちゃってたんだろうか。


「あなた、丸一日寝てたのよ」


 身体を起こそうとするが、彼女の手でやんわりと押さえられた。何で?


「あなたは吸血鬼になったばかりなのよ。だから、しばらくはそのままじっとしてなさい」


 吸血鬼というのは聞いたことがある。たしか目の前にいる大英雄と同じ種族だ。大陸の外から来たとか、突然変異とか言われていて、この国には彼女一人しかいない。


「吸血鬼は細胞の一つ一つに至るまで強力だから、例え『病気にかかりやすい体質』でも、病気にかかることはないわ。当然身体能力や魔力も桁外れに上昇してるはずよ」


 本当だ。今まで苦しかったり、重かったりしたのに、今はそういうのを感じない。


「僕、治ったの?」


「体質が変わったわけじゃないんだけど、病気にかからない身体になったから合併症にならなくなったのよ」


 言ってることはよくわからないけど、それは僕が元気になったということだろうか。

 外に出ることもできて、町を歩いたり、屋台でご飯を買ったり、本屋で立ち読みしたり、他にも他にも……。


「身体がちゃんと慣れればいろんなことができるようになるわ。ただ、死ぬことを除いてだけどね」


 なんでそんな悲しそうな顔をするのだろうか。


――最後の一言を口にした時の彼女の儚げな表情を、僕は今もはっきりと覚えている。


 不老不死といえば、多くの人が望む永遠の夢のはずなのに。なのに、あなたはどうしてそんなに辛そうな顔をするの?


「エレミア、あなたはヒトではなくなってしまったかもしれないけど、あなたには幸せになる権利があるわ。

 私はそれを少しだけ手助けすることができる。いいえ、私にあなたが幸せになる手伝いをさせてちょうだい」


 こんなに優しくて、こんなに暖かい笑顔なのに、どうして悲しそうに見えるんだろう。悲しそうに見えるのに、それでも僕にはその笑顔が、言葉がすごく嬉しい。

 僕は幸せになれる。なっていいんだ。何だろう、何でだろう、凄く胸が熱い。


 ――目の前の美しい彼女が共に歩んでくれること、幸せになっていいってこと、それが嬉しくて僕はこの日、声の続く限り泣いたんだ。

 この時彼女が抱きしめてくれて、その暖かさが今も僕を包んでいる。

 今ならわかる。彼女の儚げな瞳は僕をヒトでなくしてしまったことへの罪悪感だったんだと思う。

 僕はそれに甘える。甘えて、彼女を放すまいと必死にしがみ付くんだ。

 その翌日には僕は自由に出歩くことができるようになって、父様達も喜んでくれた。彼女はしばらく滞在して身体や魔力の使い方を教えてくれた。

 僕が吸血衝動に襲われた時のために、ブラッドポーションの作り方も教えてくれた。

 次第に僕は彼女に憧れを抱き、彼女のような錬金術師を目指すようになった。その頃にはすでに『お姉さま』と彼女を呼んでいた。

 彼女が従者から血をもらうようになって、僕も同じようにホムンクルスを生み出して彼女の真似をした。無理なLV上げをしたこともあった。

 彼女はいつも悲しそうな瞳で僕を見つめてくれていた。僕はそれに気付かないふりをして、彼女を腕の中に留めようとする。

 彼女は生まれながらに死を定められた僕に、生きる道をくれたヒトだから。彼女は僕の全てで、全てを僕にくれるヒトだから。彼女に愛されることが最大の幸福で、彼女を愛することが僕の存在意義なんだ。

 僕は彼女が生きている限り生きられる。だって、お姉さまの『愛/贖罪』が僕の生きる意味なんだから。

 だからもっと、僕を愛してほしい。だからもっと、僕に償ってほしい。僕があなたの愛に満足する日は来ないのだから、僕があなたの罪を和らげる日は来ないのだから。

 

 だから、もっと僕にお姉さまの『愛/贖罪』をください。


一人称難しい。

この編はサブネスト領編となります。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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