第21章 激動の始まり5
今日も1個投稿できたよ!
明日も仕事だからもう寝るけどね!
激動の始まり4の赤髪さんの表現少し変更しました
――蝋燭だけが照らす廊下を会議室へ繋がる扉に背を向け四つの影が歩く。
その影は会議を終えたウィリアムとその従者である壮年の執事、そしてアリスとモアの四人であった。従者二人は主人から一歩引いた位置を歩いている。
「大草原に転移してくるのは予想通り、けど1000人っていうのはさすがに予想外だったわね」
アリスが呆れた表情で口を開く。
アリス自身も自分以外の転移者が来ることを想定はしていたが、自分以外の当時ログインしていた人間全員が同時に転移してくるのは予想外だった。
「転移するにしても最大数十人、徐々に受け入れていけば問題ないって考えてたんだけど、ここまで当てが外れるとは思わなかったわ。
異世界転移舐めてたわ。頭が痛いわね……」
アリスは頭を軽く抑えながら現状に対する感想を洩らす。
「結界魔法の目処が立った、なんて喜べればいいんでしょうけど、それ以上にこの世界への影響がやばいわね。
竜人、鬼人はもちろんだけど、機械人なんて完全にこの世界じゃオーバーテクノロジーじゃない……」
AWOではプレイヤーは最初に自身の種族を選択する。
人間、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人、竜人、鬼人、初期では存在せずアップデートで追加された、吸血鬼、機械人
それらがプレイヤーが選べる種族だった。
この国でも人間が大体数を占めるが、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人もそれなりに多く見かけることが出来る種族だ。
だが、竜人は人化したドラゴンの末裔と言われており、この世界ではドラゴン達と一緒に人間達から姿を隠して生活している。
鬼人に至っては力が判断基準の多くを占めるが故に、アズマでは国と対立している種族なのだ。
かつてアリスはこの世界の鬼人と戦い、一時的に互いに不干渉とするよう盟約を結んだことがある。
そして、吸血鬼と機械人については、この世界には存在すらしていなかった。
「来ちまったもんはしゃーねーだろ。
向こうさんだって来たくて来たわけじゃねーんだろうし」
「わかってるわよ……」
来たくて来たわけではない。ウィリアムの言うとおりである。
アリスもこの世界に来た当初は、神の悪戯とやらを酷く恨んだものだ。
生活の全てが変わるどころか、自身を自身足らしめた肉体というアイデンティティの消失、それらは転移者に否応なく襲い掛かる。
文字はわからずとも言葉が通じるのは不幸中の幸いだろう。その文字ですらもゲーム時代にも存在した文字なのでわかる人はわかるのだが。
地球に帰還する方法がわかればまた違うのだろうが、アリスが40年以上の時間をかけて探ったが、結局原因の見当すらついていない。
「全員がなんとかこの世界で生きる術を見つけてくれればいいんだけどね」
ウィリアムはずっとアリスの顔を伺っていたが一度首を捻ると、小さくため息を付く。会議では座っていた為目立たなかったが、彼の身長は187cm、大してアリスは103cmとすごい差があるので首を曲げて見下す形となるのだ。
(どうしてそうなんのかねぇ。
同郷っつっても、見ず知らずの他人がほとんどで、中にはぷれいやーきらーなんて危険な人物もいるらしいじゃねーか。
なんで自己責任と割り切れねーんだか……)
ウィリアムは自分達が呼び込んだわけでもないので、この国や大切な人に害があるかもしれないから対処しているのであって、極論害がないなら放っておき、犯罪を犯せば処罰すればいいと考えている。
この世界は日本程優しい場所ではない。多くのことが自己責任とされ、時には自己責任の下、幼い命が散ることもある。
この世界に生きる人間は誰もそんな世界に生れ落ちることを望んだ訳ではない。ただ、人格形成が始まる前からその世界をその目で見てきたから受け入れられるだけなのだ。
大切な誰かが亡くなれば当然悲しい、だが見知らぬ誰かの死に過度に憤ったり反応することはない。
また殺すこと、殺されそうになることも同じだ。
アリスにはそれが受け入れられない、許容できないのだ。
ウィリアムはそんなアリスを見て育った、そんなアリスを愛してしまった。だから……。
(できればコイツに『最悪』の対処だけはさせたくねーんだけどなぁ……)
この世界に生まれ育ち、その残酷さを知っているウィリアムにはその願いが叶わないことは嫌と言う程わかっている。だからアリスに頼らず自分達にできることは自分達でするし、アリスに頼らなくていいように願うこともする。
「何難しい顔してるのよ?
先に言っておくけど、私はすべきことをするだけよ。それを選んだのは私なんだから。
それこそ自己責任ってやつよ」
そのくせアリスは自身にだけは自己責任を適応する。日本人が見れば自分をないがしろにしているように見え、気が狂っているのかと思うだろう。この世界の人間が見れば誰よりも優しい女神のように思えるだろう。
それが『アリス・ドラクレア・グリムス』という存在の在り方であり、存在意義なのだ。
「難しい顔もするだろ普通。
ただですら問題が山積みなのに、お前が再起不能にでもなればグリムス領の問題がぶり返しちまうじゃねーか」
だから、ウィリアムは強がって見せる。素直に気持ちを伝えるなんてのはガラじゃない。
自分はこれでいいのだ。心配していることも、懸想していることも伝えず、ただ憎まれ口を叩いて手間のかかる奴のままでいればいい。
なによりも、バカ正直に気持ちを伝えるにはこの想いは大きすぎた。
アリスはウィリアムの想いには気付かず半目、俗に言うジト目でウィリアムを見やると一度だけため息をつく。
「ところで、話を通す転移者はもうリストアップしているのでしょう?
あなたいつも仕事は早いのだから、領地に戻ったらすぐ動けるようにしてるんでしょ?」
「まあな、一応リストアップは完了してんぜ。つっても実際会ってみるまではわかんねーから、それなりに見込みがありそうなのを片っ端だけどな」
「それなら、落ち着いた雰囲気の赤髪三つ編みの白い鎧を着込んだ竜人の男がいたら、絶対に呼びなさい」
アリスの言葉を聞いたウィリアムの表情は驚愕がありありと表れていた。脳が一瞬理解を拒んだ。
アリスが『日本人』を巻き込もうとしている。
しかも、転移者の中の特定の個人を対象としている。
『日本人』がどういったものか、彼らにとってこの世界がどう映るか、それはアリスが一番わかっているはずだ。
それでも巻き込むということは、そこに『信頼』と『期待』があるということだ。
ウィリアムは自身の心がざわめくのを感じる。
(待て待て、コイツは今『男』って言ったよな。
男でコイツの知り合いってことは、男だった時の知り合いってことだよな。
なら安心じゃねーか。コイツの性格からいって男だってことは話してただろうし、何がとは言わねーけど、不安材料はねーじゃねーか)
「わかったけど、いいのかよ。ソイツ、潰れちまうかもしんねーぜ?」
ウィリアムは必死に動揺を隠しながらアリスに問いかけた。
その言葉を聞いたアリスは小さく、そしてその幼さに似合わない妖艶さを含んだ笑みを浮かべる。そして自身が知るその男の在り方を語り始める。
「潰れる? あの男は潰れないわよ。
これだけは断言できるわ。アイツは放っておいてもこの世界で剣を取る道を必ず選ぶわ。
それは英雄願望でも、使命感でもない。
アイツ自身の誇りと生き方がそれを選ばせるのよ。
だから決して潰れないの」
その言葉からは絶対的な『自信』と『信頼』が感じ取れる。
臆病でいつも最悪を考えるアリスをして疑いを抱かせない男がこの世界に来ているかもしれない。
それはウィリアムに強い衝撃を与えるには十分すぎるものだった。
(俺や陛下相手だってここまで断言はしねーよなコイツ。
さっきだって、リストアップのことは確認してきたんだし、少なくとも確認が必要な程度の疑いはあるってことだ。
俺達よりも信用できる相手だとでも言うつもりかよっ……)
ウィリアムの心に嫉妬の気持ちが芽生える。
オーウェンがストーレトに求婚している時にも抱いているが、今抱いているのはその比ではない。
だが、ここで歯軋りなどする愚考は犯さない。そんなことをすれば、自分の想いをアリスに悟られてしまうかもしれないからだ。
変なところで鈍いアリスならば、あからさまじゃない限り気づくことはないだろう。
実はオーウェンの求婚すら本気と受け取っていないのだ。
内心を隠すためか、ウィリアムはそれ以上何も口にすることができず、長い廊下を沈黙だけが包む。
「あーご歓談のところわりーんですけど、そろそろ出口が近いので『次の行動の給料』もらってもいーですか?」
沈黙を破って突然後ろで控えていたモアがキザキザの歯の見える口を開いた。するとアリスはジト目でモアを見つめながら、どこからか袋を取り出し、それをモアに向かって投げつける。
「次の行動は領地に帰るまで従者をすることよ。時間にして15日分くらいでいいかしら?
足りなければ逐次追加していくわ」
「ゲヒヒ、ありがとうごぜーますですよ、マスター」
沈黙を破ってくれたモアに感謝するウィリアムだが、普段寡黙なモアがへんてこな口調で話す姿は何度も見ても不気味さを感じてしまう。
髪の毛で目は隠れているが、一応美人の部類に入り、豊満で男が好みそうな身体をしているのだが、その口調はまさに『変人』。しかも金にやたらとがめついときている。
一応弁明しておくと、ウィリアム自身はモアには欠片も魅力を感じていないし、アリス以外の女性はすべて五十歩百歩だと思っている。
そのせいでスタイルのいい大人の女性であったエレノーラと結婚したオーウェンとは違い、議会の面々にはロリコンだと思われている。
「しかし、そいつのソレにも困ったもんだよなぁ。
その辺もう少しどうにかなんなかったのかよ。どうにでもできたんだろ?」
モアの生まれの関係上、アリスには性格くらいならどうにでもできた。
しかし、アリスは引きつった顔をしながら告げる
「性格には関しては自主性に任せる方針だったのよ。この子は最初の従者だったし、色々と縛りたくなかったの。
強欲さについてはこればっかりは仕方ないわね。戦闘能力も考えればこうなってしまうのよ。」
モアの生まれには普通の人間と違う秘密がある。その秘密こそがモアの隠密能力を支える一つであり、そのがめつさの理由なのだ。
「ゲヒヒ、マスター壁に耳あり障子に目ありでーすよ」
「そうね、これはこういうものと割り切るのが一番ね。少なくともこんなところで話す内容ではないわ」
もちろんウィリアムはその秘密を知ってはいるが、それが外に漏れていいものではないことも承知なのでそれ以上は口には出さない。
(ゲヒヒってどんな笑い方だっつの……)
ひっそり心の中ではツッコミを忘れないのだが。
アリスも肩を竦めて苦笑いでため息を吐いている。少なくとも多少呆れるくらいにはモアの性格には感慨があるらしい。
相談や雑談を交えながら歩いていた四人は、気付けば会議室のものとは違う大きな扉の前に到着していた。会議室のものとは違い豪奢な装飾などはないが、重さと力強さを感じる巨大な扉だった。
アリスとウィリアムの脇から音も立てずに前に出た従者二人は互いに扉の左右半分に手をかけると、その扉に力を込める。
扉は徐々に開いていき、その隙間から日の光が入ってくる。光に照らされた小さな埃が反射し目に付くが、それ以上に外に出れた開放感が自然と心を高揚させる。
そして扉が完全に開け放たれる。
開いた扉の遥か向こうから人々の喧騒がかすかに聞こえてくる。西洋風の町並みを人々が忙しく動き回る姿が二人の目に入ってくる。
国の営みが、国を支える地盤が、己達の守るべき風景がその目に映る。
二人はそれを見下ろしながら、静かに息を吐く。
二人が今いるのは小高い丘の上に作られた王城の上層であり、そこは王城内に特別に作られた会議専用の区画と王城に出入りするための通路区画を繋ぐテラスだった。
城下町の様子を伺いながら二人は窓の光指す通路区画へと足を向ける。
そしてアリスは空に顔を向けて目を細め、口を開く。
「あーだるいわね。吸血鬼にこの快晴、雲ひとつない空模様は地獄だわ。早く馬車に行きたい……」
すぐに顔を通路区画にむけると、吸血鬼の天敵、太陽から逃げるように早足で通路区画へ向かうアリス。それを早足で追いかける三人。
そして、通路区画に入る直前にアリスはもう一度太陽の方を見た。
「太陽のクソッタレ……」
捨て台詞だけを残して自分で少しだけ開けた通路の扉に身体を滑り込ませた。
通路の窓からさす日の光でまた太陽に悪態をつくことになるのだが、それは完全に余談だろう。
たぶん次で21章は終わります、そしてら次は22章
1章は25章辺りがおわったら書くと思います!