第3章 町の小さな薬屋さん(終)
やったー1話で終わった。
というわけで、皆様お待たせしました。
一応前の話から日付をまたいでいるので、明日ですよ?
いつも皆様ありがとうございます。
アリスはギルマスに紹介された道具屋で調合のアルバイトを始めた。最初は教わるだけだったのだが、すぐに調合手順を記憶し、身体もまたそれを覚えることができた。
今では教えられた材料と調合方法を用いて、アリスは失敗することなく安定してポーションを生み出している。
ポーションの調合はただ混ぜたりするのではない。魔法陣を書いた紙を調合台に乗せて、それに魔力を流しながら、その上で混ぜることによって行う。
アリス自身も驚くほど早く調合を習得できたことには驚きが隠せない。少なくとも、こんな繊細な作業を簡単に習得できる能力は『青年』にはなかった。
これはアリスのAWO時代のステータスが、そのまま今の肉体に反映されているのが原因である。
アリスは登録初日にギルマスの部屋を出た後、イェレナに自身のステータスがどうなっていたのか聞いた。しかし、イェレナはステータスが何を指しているのか理解できずに首を傾げてしまった。そこで、この世界にはステータスがないか、隠されているのだとアリスは考えていた。LVやジョブだけあるのは歪な気もしたが、考えても答えのでるものではなかった。
「いやぁ、アリスちゃんがこんなに早く戦力になってくれて助かるよ」
そう言って大声で笑うのは痩せこけた風貌のエルフの男だった。明らかに魔法使いですといった風のローブを着たこの男性は、この道具屋『夕焼けの天秤』の店主である。
アリスが来てから、この店の売り上げはかなり上がっていた。元々店主一人で切り盛りしていたため、その風貌でいまいち人気がでなかったのだ。ギルマスが信用するほどの腕を持っているのだが、若い冒険者も多いこの町ではあんまり受けがよくなかった。
アリスが弟子入りした初日に店番をしていたら、それが噂で広がっていき、売り上げが上がる結果になったのだ。冴えない痩せこけた男より、かわいい女の子が店番している方が受けがいいのは当然なのかもしれない。店の中も、アリスが暇を見つけて掃除や整理をしたため、以前よりも綺麗で入りやすくなっている。
その上、アリスはポーションの調合もこなしている。気付けば、町では『女神印のポーション』なんて呼ばれるようになっていた。
「そんなことより、お店開けるんですから、さっさと髭剃ってきてください店長」
アリスは呆れた様子でため息を吐きながら、洗面台のある方向を指差して、寝起きのままの店長を促がす。それを受けて、店長は面倒そうな表情を浮かべた後に重々しい足取りで洗面台へ向かっていく。
最近のアリスは、冒険者をしているより、こうして道具屋で働いている方が生き生きとしている。モンスターの出る外に出る必要がないこともそうだが、地球で学生時代にアルバイトをしていた頃を思い出して少し楽しくなっているのだ。
それでも、それだけで生活できるわけではなく、また店を紹介してもらった恩もあって薬草採取は続けている。
「それじゃ、私は店に出るから、店長はポーション作っててください」
アリスはそう言って、店の中を歩いていく。店の入り口に着くと、入り口の鍵を開けて外に出る。外に出た後は、『クローズ』を意味する言葉の書かれた札を『オープン』を意味する物に変える。そして店先にゴミなどが落ちていないことを確認すると、店の中に戻ってカウンターへ向かう。
そして高く調整された椅子に座って、客が来るのを待つ。今日が『アリスの日』であることは知れ渡っているため、十分もすれば客が『女神印』を求めて来店するだろう。
『女神印』とは言うが、冒険者二日目に護衛に渡したポーションとは違う、普通のポーションである。件のポーションについては護衛の冒険者を含め、ギルマスから緘口令が言い渡された。
アリスがポーションを弄りながら待っていると、入り口のドアが開く音が聞こえた。入ってきた客は、件の護衛を担当した冒険者だった。
「お、アリスちゃん店番今日だったんだ」
この冒険者達は件の緘口令の際に、代価として僅かな金銭の受け渡しとここの紹介をギルマスからされた。それ以降、この店の常連になって毎日狩りの前にここでポーションを揃えるようになったのだ。
店内に入ってきた冒険者達は各々、目的のポーションを探して店内を散策する。散策とは言うが、以前と違って今は綺麗に整理されているためすぐに見つけることができた。
いくつかのポーションを持ってカウンターに来た後、代金を払って後衛の一人で支援を担当している冒険者にポーションを渡す。その冒険者はそれをアイテムボックスにしまうと、アリスに手を振って他の面々と一緒に店を出て行く。
アイテムボックスは特殊属性の才能がなければ使えないとはいうが、逆にいえばそれさえあれば使えるということでもある。冒険者の中でも一定数のアイテムボックス持ちはいて重宝されている。
最初の客が帰るのを皮切りに様々な冒険者達が来客してきた。あまりの客数にポーションが切れそうになるが、朝早くきてアリスが作った分と、今店主が作ってる分を常時補充することで凌いでいく。
だが、昼も近付いてくると客足が少なくなってくる。冒険者の客は安全策を取りながら戦闘するために、できるだけ早い時間に狩りに出てじっくりと戦闘しなければならない。そのため昼が近付くと冒険者の客は少なくなっていき、昼になる頃には冒険者の客はほとんどいなくなる。
そうして冒険者の客がいなくなる頃に、来るのが近所の住民である。この時すでにポーションはアリスがいない日の分を除いて、ほとんど売り切れ状態だ。しかし、この来客の需要はそういったアイテム類ではない。
「おんや、アリスちゃんお仕事かい。えらいねぇ。それじゃいつもの奴お願いしようかねぇ」
一人の老婆がアリスの前に来てそう言った。それを聞いてアリスはカウンターから出て、棚の一つから先ほどの冒険者たちには売れ行きが悪かった、円形のケースを一つ取ってくる。
「はい、いつもの軟膏でいいんだよね」
そう言って手渡すのは、肩こりや腰痛などに効く軟膏だった。こういったアイテムは一部を除く冒険者にはあまり売れるものではない。だが、近所の住民には需要のある商品で、冒険者がいなくなると、こうして買いに来る客がいるのだ。
AWOには存在しないアイテムだったが、アリスはこれの調合方法もすぐに習得していた。調合技術の考えていなかった使い道に、アリスは驚くと同時に熱中した。簡単な傷薬や消炎剤、鎮痛剤など、薬師の名に恥じない様々なレシピを記憶していった。
「ありがとうね。はいこれ」
代金と一緒に渡されたのは、小さなパンで作った菓子だった。年老いた客にとって、アリスは孫のようなもので、頻繁にこうしてお菓子などをもらうことがある。最初は遠慮していたのだが、店主からある事情を聞いてからはもらうようにしている。
「ありがとう、おばあちゃん。これまぶした砂糖が甘くて美味しいんだよね」
アリスは菓子を笑顔で受け取ると、以前食べた時の感想を一緒に伝える。老婆も嬉しそうに笑みを浮かべると、小さく手を振って店を出て行く。
ある事情というのは、この町が冒険初心者の町であることが関わっている。初心者が多いということは、同時に右も左もわからないなりたてが多いということである。そういった冒険者が、依頼の最中に亡くなるのは珍しい話ではない。その中にはこの町に住む住民の子どもや孫も含まれている。
先ほどの老婆は目に入れても痛くないほどの孫をそれで失っている。その孫が好きだったのが、さっきアリスが受け取ったパンを揚げて砂糖をまぶした菓子だった。
そういった客はさっきの老婆だけではない。アリスはそういう客に対して、感想を口にしたり、時には話し相手になったりしている。それ以外の客に対しても真摯に接しているため、近所でも評判の看板娘みたいになっていた。
「もう、こんな時間か」
それから何度か接客を終えて、正午を告げる鐘が町に響き渡った。それ気付いてアリスは、椅子から腰を上げて一度外に出て『クローズ』に変える。
その後、調合部屋に行くと、髭を剃って小奇麗になって店主が薬の調合を行っていた。
「店長昼ご飯作るよー」
「んー、任せるよ」
簡単に話を伝えて、アリスは厨房へと足を向ける。この世界の食材は多少地球とは違う物もあったが、その全てがAWOに存在していたものだった。そこに疑問を感じるが、AWO時代のレシピがそのまま使えるので深くは考えなかった。
そんなレシピの中から一つ、お昼ご飯に丁度いい簡単なものを作り始める。20分ほどで完成させると、それを持って調合部屋へと足を向ける。
集中している店主を見て、今度は声をかけることはせずに近くの机に置いてから、数度机と軽く叩いた。店主がそれに反応したのを確認すると、アリスは店内へと歩いていき、外に出て再び『オープン』へと変える。
午後の店番を始めるアリスだが、午後の客足はとても少なく、近所の住民がたまに来るだけだ。
そうこうしている内に午後の鐘三回目が鳴る。鐘は午前に五回、午後に五回の計十回鳴る。地球時間で言えば、朝四時から二時間おきに五回、午後二時を一回目として午後十時まで五回である。一日の長さなどが、地球とは違うので一概に同じとはいえないが、日の光の向きで計算されて鐘は鳴らされる。
午後三回目の鐘、午後六時になってアリスは店を閉めるべく入り口へと向かう。『クローズ』に札を変えると、再び店内に戻って掃除や棚の整理を始める。
しばらく掃除をしていたが、入り口のドアを叩く音が聞こえてドアを開ける。そこにはギルマスが立っていた。
「いつもの依頼を頼めるかの?」
「わかりました、店主に伝えておきます」
要件だけの簡単な会話だけしてギルマスは帰っていく。アリスはメモ紙を取り出して、メモを終えると再び店内で掃除を始める。
同じように依頼が来る度にアリスは対応しながら、メモを取っていく。そして、次の鐘が鳴ると、調合部屋へと足を向ける。
アリスは調合部屋に入ると、メモ紙を取り出す。
「店長、調合依頼の注文書、ここに置いておきますね。後晩御飯作っていきますんで、ちゃんと食べてくださいね」
「ん~、わかった」
注文書を置いて昼食の皿を回収すると、厨房に向けて歩き始める。店長は放っておけば寝る寸前になるまで夕飯を食べないので、作るのは冷めてもある程度美味しく食べられるものを選んで調理する。
夕飯が完成すると、アリスは店の入り口から外に出て鍵を閉めると、宿に向けて足を進めていく。
これが、この町で『小さな薬屋さん』と呼ばれる、アリスの『薬屋さん』としての一日である。この後に『女神の天秤』と名前を変える道具屋で、アリスは充実した一日を過ごして宿へと帰っていく。
星の光しか照らすもののない闇に包まれた道も、吸血の瞳には昼のように明るく見える。星を眺めながら、アイテムボックスからブラッドポーションを取り出して口を付ける。気持ちは少しだけ、軽くなっていた。
――それは暗い闇。目の前にいる少女は『アリス』。『アリス』が手を差し出す、『青年』はそれから目を背ける。『アリス』は悲しそうに笑うと姿を消す。
瞬間、周囲の闇が赤く染まる。まるで『青年』を責めるように、世界が色を変える。その世界の中心で、端で、『青年』は怨嗟の声を聞く。耳を塞ぎたくなる衝動のままに行動するが、声はそれでも聞こえてくる。
声が『青年』を責め立てる。今日一日の『青年』の在り方を否定するように、許さないとでもいうかのように、声は延々と『青年』の耳へと、心へと反響する。
この夢が終わる時は来るのか、それとも永遠に『青年』を苛むのか、それは今の青年にはわからなかった。
というわけで、第3章です。
今回はアリスが調合を学ぶ流れを話にしました。
次回から次の編になります。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




