第2章 薬草採取専門冒険者2(終)
お待たせしました。
いつも皆様ありがとうございます。
今回短いです。前回文字数の都合で入れられなかった部分になります。
――数時間の後、ギルドのホールには泣きじゃくるアリスの姿があった。床には嘔吐物を出した跡が残っており、彼女の服や髪は乱れてグシャグシャになってしまっている。
冒険者の仕事に泣いている子どもの相手というのは存在しない。つまり、周りの冒険者は何もできずみているしかできないのだ。
必然的に秘密を共有するイェレナがアリスを慰めることになった。
「あんた、ちょっと、泣いてるだけじゃわかんないってば。薬草採取に行ったんじゃないのかい?」
イェレナも元冒険者というだけあって、子どもの相手は得意ではない。エルフは長寿で子どもができにくいため、里にいた頃もそういった経験はなかった。
目の前で泣きじゃくるアリスからなんとか事情を聞きだそうとするが、アリスは泣いたり吐いたりするだけで何も語ろうとはしなかった。
見た目だけは小さい女の子がホールで泣いているのは外聞が悪いので、イェレナは半ば無理矢理にギルドの奥まで連れて行く。
それからしばらくして、ようやく泣き止んで落ち着いたアリスが事情の説明を始める。
最初に彼女は大量の薬草をアイテムボックスから取り出した。イェレナはそれを訝しげに眺めると、急にいくつも取っては眺めを繰り返して、目を見開いて驚愕の表情に変わる。
「なっ、どれも最高級の品質じゃないかい。こんなのどうやって見分けたんだい!」
ついつい声が大きくなってしまったが、それに怯えた表情を浮かべるアリスを見て、一度咳き込んで視線だけを向ける。
アリスの持ってきた薬草はどれも最高品質のものだった。鑑定(植物)でそれだけを見分けて取ってきただけでなく、薬師のパッシブスキル『材料品質向上(植物)』の効果もある。これは採取した材料の品質が上がるスキルだ。
ちなみに、鑑定スキルはその結果が頭に直接浮かぶ形で発現した。
「まさか、あまりの成果に嬉しくて泣いてた……ってわけじゃなさそうだね」
イェレナがまさかと思って口にするが、アリスの優れない表情を見てそれが間違いであることに気付く。アリスは俯いたままでいたが、決心したかのように重々しく口を開いた。
「途中まではよかったんです。採取も順調だったんだけど……」
そこまで話してアリスの表情が異常なほど怯えたものに変わった。
「出てきたんです。モンスターが何匹も出てきて、襲われて、怖くて、何もできなくて……。あいつら、あいつら、興奮してたんです。俺を見て欲情してたんです。でも、殺すのも怖くて、何とか抜け出して必死に逃げてきたんです……」
初めての戦いで恐怖で動けなくなるというのは新人にはよくある話だった。ただ、今回一つだけ違う点があった。それは、殺すことを恐怖するということだ。
イェレナの頭の中に、スタンピートの時のアリスの姿が思い浮かぶ。自分が殺したわけでもないのに、嘔吐し疲弊していた姿だ。その姿を思い出せば、今の状況も納得がいった。
(戦いに向いてないとか、そういう次元じゃないね。でも、この薬草の品質は逃すにはおしいね)
イェレナはそう考えるが、目の前の少女を見る限りモンスターのいる外に出すこと自体が憚られた。
新人冒険者の登竜門と言われるのがこの町であり、それ故にポーションの材料はいくらあっても足りない。そこに最高品質の薬草を見分けられる冒険者が現れたのだから、逃したくないと思うのも仕方ないことだろう。
だからといって、怯える少女に無理をさせるのも気が咎める。そこで、彼女の頭に妙案が思い浮かぶ。
「いい案があるよ。あんたの採取する近辺で討伐依頼をするパーティーを護衛に雇えばいいのさ。この薬草の品質なら、報酬は倍以上でるし、ついでの護衛だからそれほど報酬もいらんでしょ。
近くで戦闘があるわけだから、多少は怖い思いはするかもしれないけど、それも無理かい?」
それを聞いて、アリスが恐る恐るといった様子で顔を上げる。そこには優しい眼差しを向けるイェレナがいた。
それを見て少しだけ恐怖が和らいだアリスは、少し考えてから答えを返す。
「我慢……します」
「それじゃ、明日はこっちで信頼できる連中を見繕っておくから安心してちょうだい」
そこで話は終りになって、今日はすぐに宿に帰ることになった。帰る前に、アリスの乱れた格好に危機を感じて、無理矢理イェレナに身だしなみを整えられたりといった出来事があった。
この時、『青年/アリス』は自分が女になったことを嫌でも実感させられる。沈んだ気持ちのままギルドを出て宿へと歩いていく。
(何で、何で、助けがこないんだよ。科学も進歩してんじゃないのかよ。さっさと助けに来いよ……)
道すがら考えるのは、いつまでたっても助けに来ない地球の人々への恨み言だった。それが見当違いであることに気付くような余裕は『青年/アリス』にはなかった。
――翌日、ギルドに出向くと、イェレナの見繕った冒険者パーティーが待っていた。彼らはアリスに対して元気に声をかけると、自分達の名前、LV、得意職を説明し始める。
前衛二人、後衛二人のバランスの取れたパーティーだった。前衛は盾役、火力役で分かれており、後衛も遠距離攻撃と支援の二人だった。オーソドックスだが、正面に敵を据えている状況であれば安定して戦えるパーティー構成だ。低LVでは囲まれたりすれば瓦解しやすい構成でもあるが、LVが上がり経験も積めば、元の安定性を取り戻せるだろう。
「えっと、今日はよろしくお願いします。モンスターの分布とかわからないので、ポイントはそっちに任せます」
アリスもそうやって挨拶をするが、LVや得意職は口にしなかった。ギルマスの反応を見て、自身のそれが異常であることがわかっていたからだ。
その様子を疑問には思っても、口に出すものはいなかった。ギルドからの紹介というなら、信用できるが訳ありであることは明らかだったからだ。
余談だが、登録初日からこうまで待遇がいいのは、スタンピートでの立役者というだけでなく、ギルマスの指示があったからだ。元々、ギルド本部の幹部だったギルマスは人を見る目には自信があった。幹部が初心者向け地域のギルマスをしているのは、ただ単に隠居したいからといった理由だ。
――結果だけを言えば、今回の護衛付き採取依頼は大成功と言える。採取できた薬草の量も前日の倍近くになり、品質も落とすことがなかった。
しかし、問題が何もなかったわけではなかった。
それは護衛の冒険者達が慣れない護衛で、ポーションを切らしてしまった時に起こった。
「これ、使います?」
そう言ってアリスが取り出したポーションを、冒険者たちは何も疑わずに受け取った。受け取った時には何も問題がなかった。問題が起きたのは、それを使用した時だった。
このポーションはアリスがAWO時代に作ったアイテムだ。自身には使用できないので、露店――プレイヤーがプレイヤーに対してアイテムを販売する屋台のようなもの――で販売して小銭稼ぎに利用していた物だ。LV250のプレイヤーがLV250のプレイヤーが使用することを前提として作ったポーションなのだ。
護衛の冒険者が使用した結果、古傷まで治って凄まじい活力が溢れることになった。そのことをギルドで報告したことで、アリスは現在ギルマスの部屋に強制連行されている。
「なんちゅーポーション持っとるんじゃ……」
アリスのポーションを試しに一本飲んだギルマスが、溢れる活力のままにポーズを決めながら呆れた表情をしていた。イェレナは顔を覆って背けていた。
「えっと、ごめんなさい……」
アリスが落ち込んだ様子でソファーに腰掛けていた。
「いや、謝る必要はないんじゃがね。このポーションは今後滅多なことがない限り使わないようにしなさい。これは効力が高すぎる」
ギルマスは真剣な表情をして、アリスを見つめてそう告げた。それに対して、アリスは小さく頷いて答えを返した。
「じゃが、どうやってこのポーションを作ったんじゃ?」
その質問に対して、アリスは薬草を一束と液体の入った瓶、いくつかよくわからない植物を取り出した。そして、それを並べた後に『錬金魔法』を使用する。
材料の下に魔法陣が浮かんで、材料が光に解けていき、瓶の中の液体と混ざっていく。光が収まると、そこには青く輝く液体が入った瓶だけがあった。
「おんし、錬金術が使えるのか。それも、見たこともない高度なものじゃな。普通に調合しても同じものが作れるのかの?」
アリスは首を横に振る。AWOにおける調合はシステム的なものであり、自分の手で調合したことはない。
「調合はしたことがないので、わかりません……」
「ん~、あんたってやっぱアンバランスよね。詮索はしないけどさぁ」
イェレナの言葉を聞いて、アリスは身を竦めてしまう。それを見てイェレナは小さくため息を吐く。こういった気の弱さもイェレナの感じているアンバランスさを際立たせている。
「よし、それじゃ、折角じゃし、ワシにいい考えがあるのじゃが、乗ってみんかの?」
ギルマスは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アリスへと提案を告げようとする。アリスは首を傾げ、イェレナは痛そうに頭を抑えている。
この提案が、後々アリスの名を轟かせる一因になるとは、この時は誰も考えていなかった。
これで第2章は終りです。次に3章をやって次の編に移ります。
今月中に次に入りたいので、明日には3章終わらせます。今度こそ1話で終わるはず。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




