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第29章 閉会3

遅くなりましたが、お待たせしました。

今回も皆様ありがとうございます。


「東京程とはいかないけれど、ここの夜景もなかなか悪くないでしょ?」


 二人の目に映った景色は、夜にもかかわらず爛々と輝く町の姿だった。光は地上に散らばった星のように、一つ一つは小さくとも闇の中で強く輝いていた。少し遠くへ目を向ければ、町の外が見える。そこにあるのはただの暗闇。二つの境界は町から漏れ出た光と闇が淡く入り混じっている。

 地上の星とでも言うべき景色は建物の様式こそ違うものの、まるで日本の夜景を見ているかのようだった。


「私がこの世界に来たのが50年前。その5年後に領主になって、領の発展が始まるのに更に5年。40年の時間をかけてここまできたわ」


 輝く町を見下ろしながら、眩しそうに目を細めてアリスが語る。その瞳はどこか遠くを見つめるような目で寂しげだった。


「最初は何で自分がって思ったし、帰る方法も必死で探した。けど見つからないまま時間が過ぎて、気付けば帰るための魔法研究はこの国のためのものに変わっていったわ」


 アリスは視線を動かすことなく、自身の今までを語る。カイトも目を夜景に向けたまま、黙って彼女の話を聞いている。


「私にも色々あった。領主になるのなんて嫌だった。

 でも、それでも、以前私に英雄の在り方を教えてくれた冒険者がいた。彼女の思いに触れて、私は受身ではない『自分の心』で、せめてこの世界にいる内だけはこの国の人々を護ることを選んだ。

 そんな選択が、この国に根付く今の私に繋がっている。この町を発展させるために、結界魔法を作った。色んな発明もした」


カイトの知らないアリスの時間が端的ではあっても語られていく。


「それでも望郷の念を忘れられなくて、こんな風に町を似せて慰みにしている。

 でも、『何故』も『方法』も見つけることができなくて、私は変わるしかなかった」


そこまで語ると、アリスは立ち上がってカイトへと視線を向ける。カイトも首を回して、彼女へと視線を移す。


「色んなことをしてる内に、私は地球あっちで生きた時間より、この世界こっちで生きた時間の方が長くなってしまったわ」


 アリスが大きく腕を広げて穏やかな笑みを浮かべた。その笑みに、カイトは自分の鼓動が大きく跳ねるのを感じる。


「ねぇ、この町は、私が人生の多くを捧げてきた町は好きになれそうかしら?」


 問いかけるアリスの表情に見とれていたカイトは、話をすぐには理解できずに呆けていた。

 アリスが怪訝な表情を浮かべてカイトの顔を覗き込む。そうしてようやく問いかけの意味を理解して、急いで回答を口にする。


「あ、もちろんだよ。もう、好きになってるよ!

 町の人達も何か気が合うし、堅苦しいのがあんまりないしね」


 慌てるカイトの様子に、アリスは小さく悪戯っぽく笑うと嬉しそうな表情を浮かべる。笑われた彼は恥ずかしさで顔を真っ赤にして顔を背けてしまう。


「とても冒険者らしい回答だわ。

 私はね、この町で冒険者達が新しい何かを見つけることができる場所になってくれればいいと思っているの」


 アリスは背けるカイトの頬に、その小さな両の手を当てて自身へと振り向かせる。

 カイトの目に映ったのは、夜風に吹かれてなびく銀糸の髪と、優しそうなアリスの笑顔だった。


「あなたもここで新しい何かを見つけてくれることを祈っているわ。がんばりなさい、『親友』」


 『親友』その言葉がカイトの胸に深く突き刺さる。


(やっぱり、君は気付いてくれないんだね)


 カイトは自身の思いに気付いてもらえないことに小さく絶望する。それでも今目の前にいる美しい少女の姿を目に焼き付けるために、その思いを胸の奥にしまいこんだ。

 瞳に映るのは吐息の音が聞こえるほど近くにあるアリスの顔だ。その表情はまるで聖母のように優しさに満ち溢れたものだった。

 しばらくして、アリスは手をカイトの顔から離して背を向ける。そして一歩だけ前に出て顔を半分だけ彼に向けて笑う。


「さて、もう夜も遅いし帰ることにするわ。おやすみなさい」


 アリスはカイトの返事を待たずに屋敷に向けて歩き始める。すぐに彼女の姿は見えなくなり、その場に彼一人が取り残される。その心臓は今も激しく脈動していて、先ほど顔が近付いた時の余韻が残されていた。

 カイトは自身の心臓をそのままに空を見上げる。


(怒涛の一日だったよな。ほんと、疲れたというか、得した気分というか、やっぱ疲れたかな……)


 空に向けて苦笑いを浮かべるカイトは、それから一時間程してからその場所を離れて宿屋へと帰っていった。


 ――屋敷への帰り道で、アリスは自身への嫌悪に苛まれていた。自分語りをしたことに嫌悪しているのではない。ある事実を隠してカイトに接していたことに嫌悪を抱いているのだ。


「ほぉんと、悪ぅいお姫様」


 丁度横の辺りの暗闇の中から女性の艶やかな声が聞こえる。その声を聞いて、アリスは立ち止まってため息は吐く。


「リリス、ホラー映画じゃないんだから、そういう出て来方しないでちょうだい」


 声の主が暗闇の中から姿を現す。現れた女性は赤い髪をなびかせたリリスだった。


「あなたの『色欲』の従者リリス、ただいま戻りましたわ」


 そう言ってリリスは軽く一礼してみせる。その姿はなかなか堂に入ってるもので、そこに彼女の教養の高さが伺える。高級娼婦でもある彼女は様々な教養を身に着けている。これもその一つなのだ。


「それにしても本当、酷いお姫様。気付いていて男心を弄ぶなんて、悪女の才能あるわぁ」


 リリスの言葉にアリスが眉を顰めて口元を歪める。リリスがアリスの顔を覗き込みながら指摘したのは、アリスの嫌悪の理由そのものだった。


「何のことだかわからないわね……」


 真っ直ぐ見つめるリリスから視線を外しながら、アリスは忌々しそうに否定を口にする。だが、リリスの表情は変わらず妖艶な笑みを浮かべたままで、その否定が嘘であることを見抜いていたようだ。


「う・そ。お姫様気付いてるじゃない。可愛い子犬ちゃんカイトも、ツンデレ坊ちゃんウィリアムも、どちらもあなたに異性として好意を寄せているの、知ってるでしょ?」


 アリスが目を見開いて腕を横になぎ払う。リリスは後ろに飛び退いてそれを避けて、唇に人差し指を当てて意地悪そうに笑みを深めた。


「クスッ、クスクス、お姫様こわぁい。軽く殺気が混じってたわよぉ」


「死なない程度に痛い目を見せる為にやってんだから、殺気くらい混じって当然でしょ」


 アリスは据わった目でリリスを殺気を込めて睨みつけていた。しかし、リリスはそれを軽く受け流して笑みを浮かべていた。

 リリスは自由奔放であると同時に、三人の従者の中で唯一アリスの心をかき乱す『役目』を持っている。

 モアは受け入れる役目を、イカリは絶対の忠誠を、そしてリリスはアリスに目を背けたくなる現実を突きつける役目だ。アリスはすぐに目を嫌な事から背けてしまう。だから、アリスの中にある嫌悪に決着をつけてもらうために、こうしてリリスが彼女に向き合う機会を作るのだ。

 これはアリスに与えられた『役目』ではない。アリスの精神の不安定さを知っている三人の従者が相談して決めたことだ。

 例え皮肉を言ったりビジネスライクな姿を見せても、例え忠義厚い従者であっても、痛いところを突いてきても、アリスを何よりも大切に思っているからこそ己に役目を課した。そのことでアリスに殺されたとしても構わない。自分の命よりも大切に思う。それが従者達の愛情の形なのだ。

 当然アリスはそのことは知らない。


「お姫様はまだ『ジム』のことを引きずってるのね。昔の失恋を引きずって、今向けられる好意に応えられない。それでも好意が心地いいから助長する」


「黙りなさい……」


「ねぇ、お姫様。いつまで、もういない男に縛られてるつもりなの?」


「黙れっ!」


 口を閉じないリリスに業を煮やして、アリスが荒げた声を上げる。一帯に凄まじい殺気が放たれて空気が一気に変わる。

 アリスの表情は憤怒に染まって、すぐにもでもリリスの命を奪うのではないかとさえ思えた。


「彼らは本当にお姫様を愛しているわ。『色欲』だけじゃない、本当の愛を胸に抱いている」


「うるさいっ!」


 その言葉と同時にアリスの姿が消えて、次の瞬間にはリリスの首を掴んで押し倒していた。背中から落下したリリスは肺から空気が噴出し、絞められた首は軋む音を鳴らしていた。それでも彼女は笑みを変えることはなかった。


「あの失恋はお姫様が『アリス』であるための大事な記憶だから、大事にしたいのはわかるわ。でも、それでも、彼らの想いに何の答えも出さないのは不誠実なんじゃない?」


 アリスの歯が軋む音が聞こえて、首を絞める腕に更に力が入る。なにがあっても、リリスの笑みが消えることはない。そう在ることがリリスの従者としての誇りだからだ。


「何が、あんた何が言いたいのよ!

 仕方ないじゃない。だって、私、まだ、ジムのことが好きなんだもん。忘れられないんだもん!」


 憤怒に歪んでいたアリスの表情が崩れていく。その表情はどうにもならないことに、泣きじゃくる子どものようだった。

 アリスだって従者が自身に課した役目こそ知らないが、従者達へ深い愛情を抱いている。本気で殺そうとすれば簡単に首の骨を折ることはできただろう。そうしなかったのは、何を言われても、何をされても、それでも失いたくなかったからだ。ただ、口を閉ざしてくれればそれでよかったのだ。

 だがリリスは口を閉ざすことはなく、アリスの聞きたくない事実を突きつけ続けた。

 アリスは泣き始めると、徐々に腕の力を抜いていった。そのまま腕を下げてリリスの上でボロボロと涙を流し始める。


「だって、わからないんだもん。ジムのことは諦めなきゃいけなくて、でも忘れられなくて……」


 そのままアリスは内心を吐露し続ける。諦められない恋心を、カイトやウィルに答えて二人から距離を取られるのが怖いことを、何より自分が傷つくことへの恐怖をだ。

 そうして、全てを吐き出し終わると、そのまま糸が切れたようにアリスはリリスの上に倒れこんでしまう。

 そうしてすぐにモアが影から姿を現す。


「リリス、お疲れ様でごぜーますよ。いつも損な役回りを押し付けて申し訳なく思ってないこともないかもしんねーです」


 モアの感謝なのか挑発なのかわからない言葉を聞いて、リリスは手を上げて軽く振るだけで応える。モアはそれ以上何も言う事なく、アリスをお姫様抱っこの形で抱き上げて屋敷へと足を向ける。

 モアは途中で一回足を止めると、リリスに向けて忠告を口にした。


「そうそう、そろそろカイト様がここを通ると思うんで、さっさと姿を消してくだせー」


「え、ちょっと、それ最初に言ってよぉ!」


 リリスは急いで立ち上がると、すぐに道の脇、その先へ向けて猛ダッシュを始める。その姿は数秒で見えなくなってしまった。

 モアは呆れた表情でその様子を見た後に、自身も屋敷に向けて再び歩き始めた。

 こうして、大狩猟祭の夜は終りを告げた。様々な想いが入り乱れ、様々な想いが変わってしまった、この祭りも来年まで開かれることはない。

 だが、アリスが築いた夜闇を照らす町は眠らない。終わった祭りに思い馳せ、祭りの成功を祝い、次回の祭りへと期待を膨らませ、彼女が築いた街の人々は街灯の照らす町の中で騒ぎを楽しんでいる。冒険王アリスへの感謝と尊敬を胸に抱いて、彼らは祭りの夜を過ごしていくのだ。


アリスやリリス周りの色々がはっきりしてきた話です。

従者達はアリスが大好きなので、自分の命を投げ打ってでもアリスに尽くします。

その結果が今回の件です。

次回で29章は終わります。

その次は過去編の2章~を書いて、次の編に移ります。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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