第29章 閉会2
お待たせしました。
いつも皆様ありがとうございます。
「ポイントは1024ポイント。過去最大ポイントよ」
ポイント発表まではLDが誰かと探るように周りを見渡していた冒険者達だった。しかし、発表と同時に辺りを見渡していた首が止まり、過去最大である四桁ポイントに驚愕していた。
当の本人であるLD自身はそのポイントに首を傾げていた。
(予定より数十ポイント程高い? どういうことでしょうか……)
「これだけの高ポイントは過去に例を見ない、今後の更なる活躍を期待するわ。次の発表に移るわよ」
アリスの最後の一言で、冒険者達は過去最高ポイントを超える第一位の存在を思い出して騒ぎ始める。
単身で四桁を出したLDよりも高得点をたたき出した存在がいることに、誰もが驚愕を隠すことができない。それはカイト達も同じだった。
「ほぇ、四桁の人が他にもいるんだねぇ。すごい冒険者もいるんだねー」
メイが素直に驚きを表す。隣ではグリムス領の冒険者の非常識さに呆れた表情を浮かべているイェレナがいた。イェレナはこの直後、表情を驚愕に染めることになる。
「第一位、優勝者は冒険者ギルド所属、ギルド受付嬢、イェレナ」
何故か優勝者の名前にイェレナの名前が呼ばれたことで、本人の表情は理解できない言葉を聞いたかのように呆けてしまった。
カイト達はイェレナへと振り返ってその表情を凝視している。
「例年でもサポーターやギルド職員にも仕事に応じてポイントが設定されていたのよ。でもミスやらなんやらでマイナスになったりして、よくてなんとか三桁いくだけだったの」
(なるほど、私のポイント増加は潜入時の書類分が加算されているのですね)
その説明にLDは少し前に抱いた疑問に答えを得ることができた。このギルド職員にポイントが入る制度だが、大狩猟祭中の職員のモチベーションが低かった為に導入したものだった。結果、モチベーションは上がったのだが、それに比例してミスも増えるということになってしまった。
アリスは一つため息を吐いてから説明を続ける。
「点数は討伐されたモンスターに関する書類734件、各一点。ミスはないからマイナス0。
緊急事態に対する備えに関する書類、52件。各二点。ミスなし。
予算超過に関する書類、29件。各三点。ミスなし。
開催前の準備に関する書類業務で、107件。各一点。ミスなし。
合計1032ポイントよ」
ちなみにミスは一件につきマイナス二点である。
冒険者の中にイェレナの得点概要の凄さを理解できるものはいない。だが、日夜書類と格闘しているギルド職員達には理解できた。
まず、たった一度のミスを犯さないことが難しい。文字一つ間違えてもミスはミスなのだ。更にこれだけの数をこなすには、速読、速記、の能力が必要になる。
イェレナがここに来るまでいたのは、アンジェリスである。アンジェリス周辺はモンスターもそれほど強くなく、冒険初心者が冒険者を始めるのに最適の場所だ。
もし、アンジェリスのギルドで書類ミスをすれば、何も知らない初心者を死地に送り出すことになってしまう。依頼書のモンスターの数を一匹少なく書き間違えるだけで、初心者は簡単に全滅してしまう。
そういう事情もあって、イェレナにとって書類ミスはそのまま自分以外のヒトの死に直結しているのだ。故にどれだけ急いでいようとミスだけは決してしない。
「あー、イェレナにはこの祭りの優勝とは別に、後日ギルド本部より、名誉ギルド職員として表彰されるのでそのつもりでいてちょうだい」
アリスから連絡事項が告げられる。それに対してイェレナは頭を抱え込んでしまう。
「というわけで、優勝者のイェレナは早く壇上に上がりなさい」
イェレナは促されて渋々壇上に向けて歩き始める。彼女が歩を進めると、冒険者達は道を開けるために後ろへと下がる。人ごみの中に壇上までの道が出来上がり、彼女は憂鬱な気分のままその道を歩いていく。
壇上に到着するとゆっくりと階段を上っていく。一段一段上る時の足の重さは、処刑される直前の犯罪者のような心境故だった。
そして、ついにアリスの目の前までやってきてしまった。
「安心しなさい。頭が痛いのは私も一緒よ……」
何の慰めにもならないアリスの言葉を受けても、イェレナには苦笑いしか返すことができなかった。
「誇りなさい。あなたの精勤さはどこぞの万年ワーストのギルマスにも見習わせたいくらいよ」
「いや、ギルマスのことは言ってやるなよ」
どこかにいる猫耳ギルマスの悪口を言って、互いに場を和ませようとする。舞台袖辺りから『おい、今あちしのことは関係ないだろ!にゃ』とか聞こえた気がしたが、二人はあえてそれには触れない。
「それじゃ、表彰を始めるわ……。あ、二位以下を壇上に呼ぶの忘れてたわ」
いざ発表を始める段階になって、アリスは重大な事実を口にして顔を背ける。先程まで騒然としていた会場が沈黙に包まれる。
二位のLDはともかく、三位のチーム剣狼同盟はこの雰囲気に苦笑いを隠せずにいた。
少しして、一位から三位が揃った壇上で表彰式が行われる。イェレナの授与の時だけ少しばかり場が静まってしまったのは仕方のないことだろう。
(これを機に他のギルド職員も気を引き締めてくれれば、来年は同じ惨状にはならないでしょうけど……)
アリスは内心そんなことを考えながら、ニャアシュの顔を思い浮かべて無理な話であることを悟る。
表彰式が終わると、チーム剣狼同盟から順番に壇上を降りていく。最後にイェレナが壇上を降りた後、アリスは会場に身体を向けて閉会の挨拶を口にする。
「これで閉会式を終りにするわ。今後のあなた達全員の活躍に期待させてもらうわね」
軽めに挨拶を終えると、アリスは壇上を降りるべく歩き始める。それと同時に、冒険者達から今日一番の歓声が上がり、会場がまるで地震でも起きたかのように大きく揺れた。
一部にとっては最中もだが、大多数にとっては最後の最後に予想外の出来事に見舞われたが、大狩猟祭は冒険者達の歓声が表すとおり成功で終わることができた。
だが、ここで祭りの全てが終わるわけではない。これから、この町は祭りの終りを記念した大騒ぎが始まるのだった。
――グリムス領の夜は他の領地と違い、暗闇とは無縁だった。夜の闇に覆われるはずの道は魔導具の光で照らされ、人々は夜でも行き交い活気を感じさせる。
特に今夜は祭りの後の夜ということもあって、夜にも関わらず屋台が立ち並び、皆騒ぎに興じている。
そんな喧騒の中、カイトは一人『言伝』で聞いた場所、町を見下ろせるLD達の寮の近くへと歩いていく。
イカリ経由でアリスからの伝言を聞いたカイトは、メイと王牙、閉会式の後合流したLDと分かれてその場所を目指していた。
余談だが、メイは今二人を連れて食べ歩きを楽しんでいる。
(呼び出しかぁ。お説教でもされるのかなぁ……)
カイトは負けてから、閉会式の中でアリスを見ていても以前のような獣欲を抱くことはなくなっていた。
逆に恋慕の情は強くなっているが、どっちかというと青春的な感じである。
(負けて『別の本能』が働いてるせいか、アリスに性欲が湧かないんだよなぁ。まぁ、悪いことではないんだけど)
ドラゴンにとって牝に負けるというのは、とんでもなく恥ずかしいことである。自分は強いのだと主張していたら、主張した相手の方が強かったという状況なのだ。強い子孫を残すことを重要視するドラゴンにとっては、性欲が一時的にとはいえなくなるくらいのことだ。性欲そのものは時間が経てば戻るが、一度負けた牝に対してはリベンジするまで発情することはない。
(んー、まだ約束の時間はかなり先だけど、どうするかなぁ)
アリスとの約束の時間はまだ先で、歩きながら適当に時間を潰す方法を探す。
町の中はお祭り騒ぎで、労せずとも暇を潰すものくらいは見つかる。しかし、カイトはそのいずれにも目を向けることなく素通りしていく。
彼にとって今の町の喧騒も、この先に待つアリスとの会合を思えば心躍るものではなかった。
(この町は建物こそ西洋ファンタジーって感じだけど、街灯とか、どこか日本を思い出すな)
カイトが立ち止まって町を見渡す。この町を照らす魔導具の光はまるで日本の夜のようで、気付けば遠くなった日本の姿が頭の中に浮かんでくる。
この世界に来て色々なことがあって、日本のことを考えている余裕はあまりなかった。
こうして近しい景色を眺めて見れば、かつての思い出が頭の中を次々と巡り始める。その中でも特に輝いて見えるのは、どれも『孝道』と一緒にいる思い出だった。
――徹夜でカラオケをしようとして、結局夜中で断念。その後電車もなく町の中を二人でバカ話をしながら歩いていた。
――イベントの帰りに、二人で飲み屋に行こうとして、どこも満席で席の空いている店を探し回った。
――大手家電量販店で買い物していたら、いつの間にか外が真っ暗になっていて、互いに遅くなった責任を押し付けあった。
バカをやった、苦労をした、喧嘩もした。どの思い出も、カイトにとっては大切な思い出だ。それが今はどこか遠くの出来事のように思えてしまう。
彼にとっては十数日ぶりに会った『孝道』が『アリス』になっていて、『海人』の知らない『彼女』になっていた。
でも、どこかやっぱり変わっていないところがあって、『彼女』が『彼』なのだと理解できた。
今日はそれでも『彼女』は50年の間で変わってしまったことを知ってしまった。
カイトにとっての十数日がアリスにとっては50年もの時間で、思い出は昔の出来事であることを気付かされた。
そんなことを考えていると、結局カイトは時間を潰すことを忘れて、歩き出して待ち合わせの場所まで到着してしまっていた。
(50年か、長いな。実力も思い出も、長すぎるよな……)
カイトは空を見上げてため息を吐いた。この場所まで来ると街灯もほとんどなく、目に映るのは満天の星空だった。
この星空の下でカイトはただ物思いに耽っていた。
アリスの泣き顔が頭を過ぎる。その姿はアンジェリスで見ていた貴族然としていたものとは違った。乱暴な話し方も、余裕のない表情も、どこかかつての『青年』を思い出すものだった。
変わったはずなのに変わっていない。変わっていないはずなのに変わっている。カイトは50年でアリスに起きた出来事を知らないから、今のアリスが変わってしまったのか知ることができない。
答えの出ない疑問を思い浮かべながら星空を眺めていると、後ろから足音が聞こえてくる。
「あら、ずいぶんと早かったじゃない」
やってきたのはアリスだった。
「やぁ、アリス、こんばんは。え? その服装は?」
カイトは現れたアリスの姿に目を丸くして驚いていた。
現れた彼女は普段のドレスではなく、黒のロングナイトドレスの上にケープを羽織った姿で、後ろ髪を根元で縛って肩から胸へと下げていた。
小さな身体には似合わない大人の妖艶さを纏った格好だった。
「この身体には似合わないでしょうけど、さっきまでイェレナと夕食会だったのだから仕方ないのよ」
アリスは先ほどまで優勝者の景品の一つである、夕食会をイェレナと楽しんでいた。
冒険者向けの夕食会のため、見た目だけは貴族趣味の食事だったが、味や量は冒険者向けのものとなっていた。イェレナ個人はサブマスだったこともあって、貴族との食事にも慣れているのだが、イェレナの優勝は予想外だったので仕方ない話だ。
余談だが、催された料理はスパイスの効いたチキンだったり、チキン南蛮だったりのズゥ肉をふんだんに使ったものや、外の領から仕入れたグリムス領では貴重な食材を使ったものだった。
(似合ってないとかじゃなくて、綺麗だったから見とれてた、なんて言っても軽く流されるんだろうなぁ)
カイトはそんなことを思っていたが、言っても意味がないのだと思って口に出すことはしなかった。
アリスは訝しげな視線を向けるが、彼は苦笑いするだけで何も口にはしなかった。
「はぁ、少し横失礼するわね」
断りを入れて、アリスはカイトの横に座る。彼もそれに習って地面に座り込んだ。
「ねぇ、私、ここから見る町の景色が好きなのよ」
そう言ってアリスは視線を町の方へと向けた。カイトも同じように視線を町へと向ける。その景色を目にして、彼は口を半開きにして固まってしまった。
というわけで、次回へ続く。
次かその次で29章は終りになります。
カイトの心情を書くのが思いのほか楽しくて、筆が乗った。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




