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第29章 閉会1

少し遅くなりましたが、お待たせしました。

いつも皆様ありがとうございます。


 カイトは町に帰ってきた辺りでようやく頭が完全に覚めて、自分がアリスと戦って負けたことを理解することができた。


(僕は負けたのか。そうか、負けちゃったのか。勝っても問題あったけど、負けたのかぁ……)


 内心どころか周囲に纏う空気すら沈んでおり、事情を知らない冒険者からは戦績が悪かったのだろうと思われている。事情を知っているメイと王牙はあえてカイトには触れないようにしていた。


(てか、あれはチートだよ、チート。GMなにやってんだよ。あ、これゲームじゃないからGMはいないんだった。むしろこの国じゃアリスがGM側みたいなもんか……)


 AWO時代に高確率で自分が勝っていた事実があるだけに、今回の敗北は最初に思っていた以上にショックが大きかったようだ。

 結局ギルド前広場に戻ってきてもカイトが復活することはなかった。メイと王牙も町の入り口くらいまでは心配していたが、それ以降はもう呆れるしかなかった。メイに至ってはいつものように串焼きを食べていた。

 ギルド前広場は開会式の時のように人だかりができていた。この後、優勝者の発表などを行う閉会式があるのだ。


「おい、カイト。いい加減そのじめっとした雰囲気をどうにかしろ。俺達の戦績はあれだが、せっかくの閉会式なんだ」


「人をキノコが栽培できそうに言うのはやめてくれないか……」


 いい加減放置もしていられないので、王牙がカイトに注意を促す。カイトは多少湿気を飛ばしてなんとか応える。

 メイはもう触れるのも面倒なのか、横目にジト目で見るだけで気にも留めていない。多少持ち直したカイトがその視線に気付いて苦笑いする。


「おーっす、何やらうまくいかなかったようね」


 そうしていると、人ごみの中からイェレナが手を上げて姿を現した。イェレナの姿を確認したカイトは、弄られる未来が容易に想像できてしまった。なので、その瞬間必死に沈んだ気持ちを持ち直す。


(弱みを見せるな。弱みを見せると、喰われるぞ、僕!)


「うっわぁ、そこで必死になっちゃうだぁ……」


 メイにしては珍しくトーンの下がった声で言葉を発する。その様子は、まさに呆れはてるという言葉がしっくりきていた。

 カイトからすれば、今後の死活問題? なので何を言われようと構っている暇などない。


「イェレナさんの方はどうでした? そっちは確か、入り口で書類整理でしたっけ?」


 イェレナは無理に立て直した様子に気付いていたようだが、あえて触れようとはせずにため息を吐くだけに止めた。


「こっちは地獄だったわよ。大半が元冒険者だったこともあって、誰も彼も書類の書き方が雑だし、ミスも多い。結局一人で大半の書類を片付けることになったわ」


 イェレナも元冒険者なのだが、すでにギルド職員暦60年を超える大ベテランである。すでに冒険者暦よりも長いくらいなのだ。

 そんなイェレナから見て、この領のギルド職員の錬度はあまりに低いと言わざるを得ない。元とはいえ、冒険者の中でもとびぬけて戦闘に特化していたグリムス領冒険者だったので、書類仕事などに苦戦するのは仕方ないことだろう。


「他の連中もやけに張り切ってたんだけどねぇ。どうにも空回りにしか見えなかったわ」


 『ある理由』から大狩猟祭に関わる仕事に、職員達は張り切っていた。しかし、そのほとんどは空回りしており、以前カイト達が潜入していた時にもあったとおりミスなどが多くなってしまっていたのだ。

 そんな中一つのミスもせず、見事に書類を捌ききっていたのがイェレナである。


「はぁ、ここの冒険者は例外だろうけど、職員の書類ミスの一つで冒険者の生死が決まるからね。本来は絶対にミスはできないのよ」


 再びため息を吐いて言葉を発したイェレナの様子に、カイトは以前潜入した時の様子を思い出して引き攣った笑みを浮かべた。


 ――舞台裏では現在アリスが、集計結果が出るのを待っているところだった。


(まぁ、結果はわかりきってるのよね。なんかもう予定調和っていうか、えこひいきっていうか、武装の実験に使うのはやっぱまずかったかしらね)


 LDの優勝を疑っていないアリスは、控え室のソファーの上に座りながらお気に入りのぬいぐるいみを抱いていた。

 アリスがぬいぐるみを抱きしめるのは、考えたくないことがある時だ。ぬいぐるみのふかふかした感触に意識が舟をこぎそうになるので、何も考えたくない時には丁度いいのだ。ただし、吸血衝動に襲われている時にやると本能のままに動いてしまうので要注意だったりする。

 

(はぁ、それにしても、いつもこのイベントは無駄に盛り上がるわね)


 アリスは帰り道の中ですれ違う度に、冒険者達が腕を空高く掲げて歓声を上げているのを見せられた。自分の名前を叫びながら歓声を上げる姿は、何か怪しい宗教の教祖にでもなった気分だった。

 ある意味、アリスは冒険者達にとって似たようなモノではあるのですが、本人はそんなことは露程にも思っていないので二者の間で認識に齟齬が生じている。

 アリスはぬいぐるみの頭頂部に顔を埋めて、うつらうつらとし始めていた。


「おっ、元気そうじゃないかにゃ」


 突如ニャアシュの声が部屋に響くが、アリスは意に介すことなく舟をこいでいた。

 別にニャアシュが部屋に入ってきたことに気付いていたわけではない。部屋の警備はモアに一任しているので、そのモアが通した相手を警戒する必要がないだけである。


「ん、昨日の件でてっきり私を避けてるのかと思ってたけど、報告なら手短に済ませてちょうだい」


 アリスは視線をぬいぐるみの頭頂部から動かすことなく対応する。ニャアシュは苦笑いしながら頭をかいているが、『避けている』と図星を突かれて内心冷や汗をかいていた。

 アリスと本気で敵対しかけたことは、ニャアシュにとってトラウマとなっている。それでも、仕事はきちんとこなさなければいけないので、こうしてアリスに直接会いに来たのだ。


「あー、報告はハイエナと飼い主についてだにゃ」


 アリスの視線が少しだけニャアシュへ向いた。ハイエナの対処について、Fランクになりたてのレオンギア達を配置したのは、本人達の希望があってのことだ。アリスはそれを渋々ながら了承した。我が子とも言える従者達を配置して、彼らを配置しないわけにはいかないので仕方ないと割り切ることにしたのだ。元々従者の配置はただですら人数が足りないための苦肉の策だったのだ。割り切るしかなかった。

 

「飼い主はリリスちゃんのおかげで証拠はばっちり、ハイエナ共は一部を捕獲。残りは全滅させたにゃ。詳細は……」


 続けて詳しい報告を終えたニャアシュは、眉を顰めながらアリスの顔色を伺っていた。Fランクの話そのものが逆鱗に触れるのではないかと戦々恐々としているのだ。


「そんなに怯えないでちょうだい。私だって仕方ないことだってことくらいわかってるのよ。それでも、私は転移者にヒトゴロシにはなってほしくなかった。ただのわがままよ」


 アリスが再び視線をぬいぐるみに落として、漏れた声はどこか沈んだものだった。ニャアシュはその様子を見て、ため息を吐く。


「あー、その、気持ちはわかるっていうか、私も子ども達がFランク入りを希望したらキれると思うし……」


 困った様子のニャアシュの言葉を最後に部屋の中を沈黙が支配する。

 アリスにとっては他人に目の前で怯えられることが悲しい、ニャアシュとしては子どもにしか見えない少女が落ち込んでいる姿に罪悪感を抱いてしまう。

 結果二人とも何も話せずに時間だけが過ぎていく。


「ヘタレが二人で何も話せないとか、どこのお見合いでごぜーますか?」


 突如モアの声が聞こえた。二人はその声に目を丸くして固まってしまう。


「はぁ、びびらずともマスターは殺気は向けても手は出せねーんですから、マスターも喉元過ぎれば熱さを忘れるって言葉の通り、時間が経てば解決する程度のことです」


 アリスの後ろに立っているモアが、二人の悩みをバッサリ切り捨てる。アリスを理解しているモアからすれば、アリスが殺意を理由にヒトを殺せないことを知っている。今回の件が無理矢理に転移者をFランク入りさせようとしていた、とかであったなら話は別だが、そうでない以上彼女が手を出すことは決してない。

 アリスが50年の間で殺したヒトはそれほど多くない。アンジェリスに襲撃をかけてきたカリュガ帝国の者達など極少数である。


「えーっと、とりあえず、口だけってことかにゃ?」


「そう言われると、あえて手を出してみたくなるわね」


「うぇえ!? ちょっと、堪忍してほしいにゃあ!」


 ニャアシュの身も蓋もない要約に、アリスは不本意だと言わんばかりに頬を膨らませてとんでもないことを口にする。ニャアシュはそれを聞いて腕を目の前で交差して慌てふためく。


「そういう風に、意地悪な物言いしかしないから、びびられるんでごぜーますよ」


 モアの指摘にアリスはバツが悪そうに身体ごと顔を背けてしまう。


「マスターはこの通り、どうしょーもなくガキんちょなので末永く仲良くしてやってくだせー」


「にゃはは、善処するにゃ。少なくとも、必要以上に怯える必要がないことはわかったにゃ」


 モアの言を受けて、ニャアシュは少し自分の態度を鑑みる。確かにやり過ぎれば本当に敵対することになるだろうが、今の様子を見る限り子どもっぽいところがあるのは事実であるようだ。それに対して怯えすぎるのも、ただむやみに相手を傷付けるだけだろう。

 転移者のことを知っている以上、ニャアシュもアリスの出生は知っている。ただ力だけを与えられて、ここまでの地位に上ってきてしまった。精神面が追いついていないのも仕方ない話だろう。

 そういったところの理解は、さすがは子持ちの母親とも言うべきだろう。


「あ、忘れてました。集計が終わったそうなので、職員が部屋の外にいますが、入れていいですか?」


 アリスとニャアシュの二人が勢いよくモアの方を向く。仕事を忘れて説教していたことにアリスの顔が怒気で歪み、ニャアシュは開いた口が塞がらなかった。


「先に言いなさいよ! もう、早く入室させなさい……」


 それを聞いて、モアが扉へと歩いていき、ドアノブに手をかける。扉を開けると、視線を逸らすギルド職員の姿が現れる。

 舞台裏に作った臨時控え室でしかないこの場所に防音性など求めてはいけない。全部ドアの前にいた職員の耳に入ってしまっていたのだ。


「集計が終わりましたので、ご確認をお願いします。えっと、何も聞いてないです、はい」


 ギルド職員が声を震わせながら書類を差し出す。最後の言葉はあえて聞かなかったことにして、モアがそれを受け取ってアリスへと持っていく。

 アリスの手に渡ったそれをニャアシュも覗き込む。そして、大狩猟祭の結果を見た二人の目が見開かれる。


 ――閉会式会場では結果発表を今か今かと待ちわびる冒険者達で溢れかえっていた。溢れかえっているのは開会式と一緒だが、冒険者以外の者も含めて皆疲労困憊で朝ほどの騒ぎにはなっていなかった。

 そんな中イカリが姿を現して、壇上へと歩を進める。その様子を見て、参加者は疲れた身体を動かして視線を壇上へと向ける。


「これより、閉会式を始めます。最初に領主様より閉会の挨拶、次に結果発表を行います」


 そう告げてイカリが壇上を降りると、入れ替わりにアリスが壇上へと上がってくる。その表情はどこか困っているようにも見えた。さすがにバニーガールの格好はしていない。


「えー、冒険者、サポーター、ギルド職員、皆一丸となって祭りを盛り上げ、成功させてくれたことを嬉しく思うわ。今回の祭りも死者0で終えることができたのも、全員の協力があってこそ……」


 アリスの挨拶が続くが、どこか歯切れが悪い場面が度々あった。それを不思議に思う者は少数ながら存在した。カイト達もその一人だ。


(何か問題でもあったのかな?)


「これで、閉会式の挨拶を終るわ。続いて結果発表を行うわ」


 結果発表の段階になって、アリスの表情が困り果てたものに変わる。数度深呼吸をした後、アリスが再び口を開いた。


「三位以上のみ発表するわけだけど、まず第三位いくわよ。第三位、チーム剣狼同盟。

 前回の優勝者チームね。今年は更に同盟パーティーを増やしてペースを上げたみたいで、前回以上の成績を残せたようだわ。

 ポイントは討伐のみで平均389ポイントね」


 このチームは説明通り、去年の優勝チームである。Sランクパーティー剣狼を中心に複数のパーティーが同盟を組んだチームだ。大人数によるハイペースな狩りで討伐数を稼ぐことで、入賞常連となっている。

 ポイントはモンスターの強さに応じて付けられたもので、アースドラゴンなら一匹五ポイントといった風になっている。計算は魔石の数で行われる。

 チームだと人数で割られるわけだが、一人400ポイント近く入るくらいの数を狩ったことになる。その数はこの大狩猟祭で狩られたモンスターの七割以上だ。

 優勝を確信していたチーム剣狼同盟の面々が肩を落とす中、第二位の発表が行われようとしていた。これが、大狩猟祭以降始まって以来の快挙の序章となる。


「第二位、ソロで参加のLD-19……」


 アリスの目が細められた。


LDがまさかの二位。

一体何が起こったんだ!


次回も楽しみにしてくれると嬉しいです。

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