第28章 大狩猟祭7(終)
少し短いですが、お待たせしました。
いつも皆様ありがとうございます
――時間は少し遡って、補給ポイントから少し離れた場所では風切り音、衝撃音、爆発音が連続で響いていた。
爆発の煙から姿を現したのは、モンスターを引きずり、肩に巨大な槌を担いだLDだった。
「これで200ですね」
引きずられたモンスターの死体は一体ではなく、それぞれ頭や腹など、身体の一部が抉られたように消し飛んでいる。
LDが肩に担いでいるのはアリスが作った『爆発魔法発動型噴射槌』、通称エクスプロードハンマーだった。この武器を使用するためにLDの腕には特殊な装甲が付けられ、衝撃を受け流す為に背中や腕にも特殊機構を組み込んでいる。そのため、LDの見た目は普段よりも厳つい感じになってしまっている。
モンスターの気配を感じて、LDが再びハンマーを構える。ハンマーの背に付けられたブースターが火を噴き始める。それと同時に脚部と肩の正面ブースターが起動して、LDの身体にブレーキをかける。
モンスターの姿を目視で捉えると同時にブレーキを外して、今度は背中のブースターを起動して飛び上がる。
空高く舞い上がったLDは手に持ったハンマーをモンスターへと向けて加速する。そのまま、接触直前にハンマーを振り切った。ハンマーはモンスターに触れる寸前に、表面装甲が大きく展開し魔法陣を描いた。モンスターの頭部へと接触すると、LDの全身に装備された耐衝撃機構が開いて衝撃を後ろへ逃がす。逆にモンスターに対しては衝撃を余すところなく全身に伝える。その後、少しの間を置いて魔法が発動し爆発が巻き起こり、モンスターの頭部が消し飛んだ。
LDは殺し切れない勢いのまま地面にまでハンマーを叩き込んで、ようやく停止することができた。その衝撃で砂煙が大きく巻き上がり、地面を砕く音が周囲に広がった。
「威力は凄まじいですが、一発で決めないと隙だらけな辺りはロマン武器ですね」
何故そんな武器を作ったのか、それについてアリスが語っていたことを思い出す。
――AWOの時に使用できてた武器なら、何故か反動とか衝撃とか、そういった物理的な要素を無視して使用できるのよ。
でもこっちで似たようなのや、新しいのを手作業で作ると、何故かそういった面倒な要素が適応されるの。
私も最初はそこに気付かなくてこれらを作ったんだけど、使ってみたら死にかけたわ。
地球出身者はこの世界において異質な存在と言える。転移者というだけでなく、その身体つきもまた不自然さがあった。
この世界の人間でもLVが上がれば見た目不相応に能力が上がる。しかし、その過程で近接ジョブなら多少なりとも筋肉が付いたりするのだ。
だが、AWOのキャラになっている地球出身者は違う。AWOでは作ったアバターは時間経過や鍛えることで変化したりはしない。LV1から筋骨隆々だったり、LV250で痩身だったりするのだ。
そこに加えて、装備もまた条件さえ満たせば、あらゆる要素を無視して使うことができる。痩身の魔法ジョブでも条件さえ満たせば、巨大な斧を自在に振り回せるのだ。
この世界の武器に限らず、あらゆる道具は重さで使い勝手は変わるし、要求される条件が明確ではない。持つことはできるが、うまく扱えない。重心の違いで振り回される。そんなことは当たり前なのだ。
AWO産の道具では可か不可の二択なのに対して、この世界の導具はそうではない。
(未だに我々転移者には謎が多いですね。理由、現状、過程、わかっていないことばかりのようです)
アリスも当然そこを調べたが、成果はなかったらしい。
「ともかく、今はこの祭りに優勝することを考えましょう」
LDは次のモンスターを探して荒野を歩き始める。一人で200という数はすでに断トツのトップなのだが、彼女がそれに気付くことはなかった。
――会場となっている範囲の端、そこには数人の死体と一人の捕らわれた男、それを見下ろす機械人がいた。
彼は『いないはずのハイエナ』である密猟者の処理を行ったFランク冒険者である。先日Fランクになったばかりの新人だが、その能力は領主の折り紙付きである。
「おい、てめぇ、よくも仲間をやりやがったな。縄を解きやがれ。俺のバックに誰がいるのかわかってんのか!」
捕らえられた密猟者が訴えるが、機械人、レオンギアはその訴えなど無視していた。彼にとって、犯罪者の言葉など騒音程度の意味しか持っていない。
そもそも、Fランク冒険者というのは、ギルドだけでなく一部の貴族の信用を得ている存在だ。それが、欲の皮が突っ張っただけの貴族の子飼いの密猟者程度に恐怖することはない。
「そろそろ仕事は終りのようですよ」
背後からイカリの声が聞こえるが、レオンギアはそちらへ視線を向けることもせずに頷いて応える。
「それでは私はまだ次の連絡がありますので、失礼いたします」
イカリの気配が消えると、レオンギアは一度会場となっている荒野の方へと視線を向ける。
「祭りも終りか。心が躍らないのはこの身体のせいか、それとも別の理由があるのか……」
その視線は方向があっているのかどうかすらわからない相手、LDへと向けたものだった。ただ一人、人間とほとんど変わらない生活をしている同族へと向ける。
――戦場は現場だけではない。ここは町の入り口の広場。ここでは現在、ギルド職員だけでなく、町の人間が総出で運び込まれるモンスターの処理に追われている。
次々と運び込まれる冒険者の狩ったモンスター達を捌くのは、これもまたかつてこの領で戦っていた元冒険者達だ。怒号が飛び、疲労が見えていても手を休めることなく、スピードもまた落ちることなく次々とモンスターを捌いていく。
「さすがはグリムス領の元冒険者ってわけかい……」
そんな人々に身体能力で一歩遅れるために、書類をメインに相手取っているのがイェレナだ。
彼女はかつて憧れ、自分が目指した冒険者達の今の姿を見て呆れたような、羨ましいような、複雑な表情を浮かべていた。
だが、そんな風に余所の作業を見ながら書類を処理していくイェレナの姿は、他の職員には凄まじく見えている。そこは、元サブマスであるイェレナの能力と言えるだろう。彼女がサブマスとしてアンジェリスで過ごした数十年は、彼女に驚愕の書類処理能力を与えていたのだ。単純にグリムス領のギルド職員には元冒険者が多いために、書類に強い職員が少ないのもある。
『時間』が迫っているせいか、運び込まれるモンスターの数も、必要になる書類の数も一気に増えてきている。それでも、速度を落とさずに処理しなくてはいけないのが、この戦場の勝利条件だ。一度でも滞れば、それだけで一気に仕事が溢れ出してしまう。
「負けるわけにはいかないねぇ……」
イェレナは気合を入れて書類へ取り組んでいく。
それからいくらもしない内に、町の中に鐘の音が鳴り響いた。それは祭りの終りを告げる音だ。
しかし、職員の戦場はこれからが本番である。最後の追い込みで狩られたモンスターが運びこまれるのはこれからなのだ。
「最後の大仕事だ。やってやろうじゃないの!」
――鐘の音はアリス達のいる場所にも拡声魔導具を通して聞こえてきていた。
「あら、祭りは終りみたいね」
アリスの言葉に、さっきまで腰を下ろしておしゃべりしていたり、目が覚めたばかりで頭を押さえ込んでいたりした三人は、ようやく大狩猟祭のことを思い出した。
そして、同時に自分達がアリスに会う直前から討伐数が伸びていないことに思い至った。
「あぁー! 討伐するの忘れてたぁ!」
メイが苦悶の叫びをあげて現状を口にした。同じ事実に気付いた王牙も表情が停止してしまっている。カイトは目が覚めたばかりで、呆けた表情で状況がうまく理解できていない。
「私はあなた達がある程度討伐数稼ぐまで待つつもりだったのよ。どっかのトカゲが私を呼び出したりしなければね」
アリスが鼻を鳴らして皮肉を口にすると、当の本人のカイトは未だはっきりしない頭で自分の失態に気付かされる。
「さっさと頭しゃっきりさせて、自分のせっかちさにもだえ苦しみなさい」
カイトは言われるままに数度深呼吸を繰り返した後、頭を横に何度か振ると、自分の頬を張ってアリスへと視線を向ける。
「君の心遣いを無碍にしたのは謝るけど、そもそも今日である必要はあったのかい?」
「私は忙しいのよ。今日以外だといつ時間が取れるかわからないもの」
アリスはそう言って立ち上がると、軽く付いてもいない土を払ってから再度口を開く。
「ほら、あなた達もさっさと帰る準備しなさい。もう祭りは終りよ」
大狩猟祭の終りを告げて、アリスは三人を置いて町の方へと歩き始める。アリスにはこの後も『祭りの仕事』が残っている。すぐに町に戻って準備をしなければいけないのだ。
アリスがカイトの横を通り過ぎて、町へと歩を進める時にカイトの耳に囁いた。
「夜に話があるから、時間を空けておきなさい」
その言葉に目を見開いてアリスへと視線を向けるカイトを、彼女は気にすることなく通り過ぎていく。
祭りの本番は終わったが、まだ祭り自体は終りではなかった。
――アリス達がいた場所より少し離れた場所で、眼鏡をかけた男がその様子を伺っていた。普通すぎるその男の口元は小さく歪んでおり、嬉しそうな表情を浮かべている。
「ほぉぅ、あのスキルは面白いな。あんなスキルを編み出すとは、彼女は実に興味深いな」
『夜で覆われている』はずのアリスのスキルを、まるで見ていたかのように語る男は目を細めて荒野を歩く彼女を見ていた。
そして、男は紙の束を取り出してメモを始める。そこにはびっしりとこちらの文字で、様々な事柄が書き記されていた。その中には『暗黒について』や『転移の原因(仮定)』と書かれている紙も存在した。
メモを終えて、後者の書類に目を向けながら男は顎に手を当てる。
(彼女だけが先に喚ばれたのは偶然か、いや、恐らくは……)
男は確信に近い仮定を追記していく。筆は滑らかで、迷いがなかった。そして、男は書き終えたのか、筆を止める。男は再び視線を荒野へと向けた。
陽が落ちていく空の下、男の瞳がこの世界で50年の歴史を刻んだ吸血鬼を見つめていた。
というわけで、舞台裏と大狩猟祭本番の終りです。
最後の男は何者なんでしょうね。もちろん作者は知ってます。作者が知らなかったら大問題です。
次回から第29章 閉会。大狩猟祭編のエピローグになります。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




