第28章 大狩猟祭4
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カイト、甲賀 海人は幼い頃から自衛官だった叔父によって鍛えられてきた。当然のように自衛隊の学校に入り、自衛隊員への道を進んでいった。
だが、レンジャーになって、気付けば何の為に自衛隊員になったのかわからなくなっていた。
そんな時に出会ったのがAWOだった。最初はちょっと気になった程度だった。休日にやることがなくて、なんとなく手を出してみただけだった。
右も左もわからない時に出会ったのがアリス、山藤 孝道だ。当時の孝道はすでにアバター関係にリアルマネーをつぎ込んでおり、目立つ見た目をしていた。だから目についた。
――あら、新人かしら? AWOにようこそ、きっと楽しい時間になるわよ。
そう口にして去ろうとする孝道を、当時の海人は見送るだけだった。二人が一緒に行動するようになったのは、海人が気付かずに高LV用の狩場に迷い込んだ時からだった。
身体を動かすのが得意だった海人はLV以上の成果を出せていた。その結果、狩場を見誤ってしまったのだ。
すぐに海人はモンスターに追い込まれることになってしまった。そこを助けてくれたのが孝道だった。
――なーんか、あなた放っておくのは心配ね
それからしばらく海人は孝道に色々なことを教わることになる。ゲーム自体ほとんど経験のなかった海人はLVの重要性もあまり理解していなかった。そういった基本的なものから、AWOの設定などをそうして知ることになった。
LVも上がってきた頃には孝道と一緒に狩りに出るようなっていた。アリスの中にいるのが男性だという話を聞くまでの仲にもなった。まさに親友と呼ぶに相応しい関係を築いていた。
AWOでの充実した状況に反して、現実での状況は好転することはなかった。ある時、そのことを孝道に漏らしてしまった。
――ん~、むずかしい話だよなぁ。俺なんかはアリスを可愛くするために働いてる感あるしな。
アニメとかなら大切な人を護るためだ! とかあるけど、現実じゃそうはいかないだろうしな。あ、でも、どうせならAWOでの生活を護るためとかどうよ!
孝道が言ったのは冗談とも取れる内容だったが、海人にとっては天啓にも近いものだった。
そのまま取れば家族を護る夫のような理由だが、この国を護ることはAWOそのものを護ることに繋がる。この孝道とバカをやって楽しめる場所を護ることができるのだ。
そこから始めてみよう、そう考えてみることにした。それから現実生活にも少しだが、張り合いがでるようになった。
それから海人は孝道の様子を観察するようになった。孝道は見れば見るほど普通だった。その時はまだ友情しか抱いていなかった。だが、いつからか孝道に護るべき一般人の姿を重ねるようになっていた。
自分の居場所を護るということが、徐々に人々を護ることと重なり始めた。そして、孝道をその代表のようにみるようになっていった。孝道に護るべきモノを重ねていることだけは伏せて、人々を護ることを決意したことを告げる。
――かっけーじゃん。なんか、主人公みたいだな。よかった、お前、最近楽しそうだしな!
可愛らしいアバターの姿で喜んでくれた孝道を見て、一瞬動悸が跳ねるのを感じた。その日から、海人は少しずつ孝道への感情が変化していった。
一緒に喜んだり、驚いたり、時にはゲームの外で会って遊んだりもした。会えば会うほど、知れば知るほど、孝道はどこにでもいる普通の人だった。海人にとって護るべき人々その象徴とも呼ぶべき人物。
いつの間にか孝道を護ることが、そのまま国を護ることになっていた。自分の現実に意味をくれて、同じ時間を共有できて、一緒に過ごしてくれる彼に対して恋心を抱き始めていた。同姓故に抱くだけだった想いは、胸に秘めておくだけのモノだった。
異世界に転移してくるその時までは……。
カイトの目の前でアリスが泣いている。自分に色んなものをくれた大切な人が泣いている。何が悲しくて泣いているのか、それがカイトには理解できない。今、追い詰めているのはアリスで、追い詰められているのはカイトのはずなのだ。
「何で泣いているんだ?」
「何で? 何でと聞いたのか? お前がそれを聞くのか?」
カイトはアリスが何を言っているのか考えるが、心当たりは見つからなかった。
アリスが大鎌を振り上げて切りかかる。先ほどまでの冷静な太刀筋と違った乱暴な太刀筋。
「お前が、お前が……。わかるか、親友に獣欲の対象として見られる俺の気持ちがっ!」
アリスの鎌を必死に避けるカイト。鎌は何度も空を斬るばかりで、カイトに届くことはなかった。
「竜人の本能だってことくらいはわかってる。けど、お前が俺を『変態貴族』と同じ視線で見てるのが嫌なんだよ。だから、俺がお前をぶちのめして、目を覚まさせてやる!」
本来なら一方的な言い分に聞こえるだろう。しかし、カイトの耳にはそうは聞こえなかった。
愛している相手が自分の視線に苦しんでいる。AWOの頃、露出度の高い衣装でも嬉々として披露していた当時の『彼/彼女』では考えられないことかもしれない。50年この世界で生きてきた『彼/彼女』の変化は開会式でも察することができたはずだった。カイトはそこを深く考えないようにしていた。
今、目の前で『彼女』としての『彼』を目の前にして、考えずにはいられない。そして、一度考えてしまえばそれは止まることがなかった。
以前聞いた『奴隷娼姫』での潜入の件も、LDから聞いただけなら見事に解決してみせたように聞こえた。でも、今アリスが口にした『変態貴族』がその件の貴族だったなら、彼女は決して見事に解決してみせただけではなかったはずだ。内心でどこか、そいつらの視線に恐怖や嫌悪を感じていたのだろう。
カイトは自分がアリスにそんな想いをさせてしまっていたということに、ショックを隠しきれなかった。
(もう、本能がどうとか、そんなこと言ってる場合じゃないな。今やることは一つ……)
「受けてやるよ、『親友』」
カイトの目が少しだけ鋭くなる。その目からは少しだけ本気の闘志が見て取ることができた。
大切な人が耐え切れず涙を流している。『彼/彼女』は少し変わってしまったかもしれないが、今も昔も普通で弱くて、護るべき人物であることは変わっていなかった。
カイトがやるべきことは一つだった。
「本気でぶつかる。勝敗はとりあえず後回しだ!」
もはや、カイトには本気でぶつかることしかできない。護るべき『彼/彼女』の戦う覚悟に応えるために、全力で戦って勝敗をつけるしかない。
カイトが盾を構えてアリスの大鎌に備える。先ほどまでのただ突き進むだけの戦い方とは違う、本来の攻防一体の戦い方だ。
「ようやく、やる気を出してくれたってわけね!」
カイトの構えを見て、アリスはいつもの調子に戻って大鎌を構える。切り落とされたはずの左腕はいつの間にか再生し、その表情は心なしか嬉しそうだった。
AWO時代二人は何度も互いに勝負を行っていた。その勝負ではカイトの方が勝率は高かった。九割くらいがカイトの勝利で終わっている。
「はっ、今まで僕の勝ち越しなのを忘れてないよね?」
当時を思い出しているのはアリスだけではないようだ。カイトも当時を思い出して、更に少しだけ心の内側に獣欲とは違う別の熱さが込みあがってきていた。
アリスが腕を横に振って、イリュージョンブレイドを召還する。そこから、ステップを重ねながらカイトとの距離を詰めていく。
カイトの懐に入り込む直前に、アリスはイリュージョンブレイドをカイトに向けて放つ。カイトはその攻撃を盾とスキルを巧みに使っていなしていく。
アリスは動じることなく、大鎌の射程圏内に入ると同時に単体斬撃スキル『ケイオスブレイド』を振るう。
その斬撃はカイトの盾によって弾かれる。アリスは弾かれた勢いのまま、遠心力を加えて次のスキルである単体『特殊』斬撃スキル『インサニティ』を繰り出す。
先ほどと同じようにカイトの盾に弾かれるが、AWO時代の『インサニティ』とは違う動作だったために、それが『インサニティ』であることに気付けなかった。気付かずに弾いてしまった。
回避と防御の一番の違いは、回避はダメージが存在しないのに対して、防御はダメージを0にすることである。防御では0でもダメージが存在しているのだ。
それ故に『特殊』斬撃の特殊の効果だけは防ぐことができなかった。『インサニティ』はダメージは純粋な攻撃スキルには劣るが、状態異常『混乱』を付与することができるスキルなのだ。
混乱はプレイヤーがかかれば、一時的に視覚情報が歪んで見えて、平衡感覚も狂う状態異常だ。
カイトはそれにかかってしまった。そして、立っていることもやっとなほど目の前が歪んでしまっている。アリスの姿もまともに捉えることができない。
「こんな程度で、どうにかできるとでも思ってるのかい?」
カイトの言葉と同時に、彼の周囲で白い光が輝いてすぐに消えた。光が収まると同時にカイトの視界は元に戻って、平衡感覚も正常になる。
騎士系三次ジョブ以降には二種類のジョブがある。
一つがアリスのサブジョブであるダークナイト系統。これは闇属性攻撃とダークナイトだけでは混乱のみだが、状態異常攻撃スキルを持つ。
もう一つがカイトのメインジョブである聖騎士系統のジョブである。聖属性攻撃と純粋な回復職には、はるかに劣るが自身を回復するスキルが使用できる。今使用した状態異常回復もその一つだ。
「そんなのは当然、わかってるわよ」
だが、その隙は致命的なものだった。アリスが背徳竜の牙に持ち替えて、距離を開けたまま剣を振るっていた。
アリスが剣を数度振ると、そこから斬撃がカイトに向けて飛来する。
カイトは盾が間に合わないと察して、小刻みにステップして避けていくが、全てを避けることはできず一発もらってしまう。
だが、その一発はカイトにとっては致命的だった。AWOにおいて、属性の相性は聖属性と闇属性に限定すれば特殊な処理がされていた。攻撃側優位、つまり聖属性攻撃は闇属性キャラに大ダメージを与え、闇属性攻撃は聖属性キャラに大ダメージを与えるという仕様になっていた。
サブジョブの属性は反映されないが、アリスの種族属性は闇だ。更に装備で闇属性が強化されていて、神聖騎士は聖属性だ。その結果、カイトは闇属性中距離攻撃スキルである『スラッシュウェイブ』で胴に大きなダメージを受けたのだ。
「やってくれたね。でも、まだこのままじゃ終われないよな」
カイトがバックステップで距離を開ける。アリスはあえてそれを追うことをしない。何をするのか理解しているからこそ、カイトの全力を待っているのだ。
(そうよね。全力のあなたを倒さないと終われないわよね……)
アリスは心の奥底にある痛みを隠すために、あえて戦いに集中する。自分の行いをカイトは受けて止めてくれた。嫌われることも、本気の殺意を抱かれることも覚悟していた。それでも最後は許してくれる。そう考えていた。だが、カイトは許す以前にただ受け止めてくれた。それが彼女の心を苛む。
「さぁ、使いなさい。LDから聞いてるわよ。黒竜王相手にはわざと『死にスキル』を使ったんでしょ? 私にはそんな舐めたマネはしないわよね!」
本心を隠すために必死に『強いアリス』を演じる。
カイトが切り札を使う準備を始める。それと同時にカイトの存在感が爆発的に増加していく。それは黒竜王の戦いで見せたのと同じだ。ただ一つ違うのは、オーラが発生していないことだ。
「さぁ、正真正銘、僕の本気。『ドラゴンズシックス』使わせてもらうよ!」
カイトの周りを覆っていた圧が一気に爆発する。次の瞬間にはカイトの姿が消えて、アリスの目の前まで迫っていた。
そして繰り出すのは『トリプルシックス』を使った時とは違う、聖騎士のスキル『ディバイン・スラッシュ』だった。
アリスは一撃目を辛うじて剣で防ぐが、二撃目を再生したばかりの左腕を犠牲に凌ぐ。三撃目は右腕を犠牲に凌ぐ。そして、四撃目は懐に飛び込むことで避けることができた。
自分の身体を犠牲にして攻撃を凌ぐアリスに、カイトの表情が渋くなる。
「随分自分の身体を大事にしないんだね。僕としてはそういうのはいただけないんだけど……」
これは転移者全員にも説明したことだが、この世界にHPは存在していない。心臓を貫かれれば死ぬし、首を落とされても死ぬ。ただし、AWO時代のステータスがそのまま身体能力に変換されているため、防御力は肉体全体の強度に、HPは致命傷になる部分の強度や体力に変わっている。更に、AWO産や転移者の作ったポーションなら四肢欠損すら回復することができる。
だからこそ、アリスは四肢を犠牲に攻撃を凌ぐことができるのだ。
「これくらいしないと、あなたの聖属性攻撃は避けられないじゃないのよ!」
アリスはカイトの懐から霧になって一気に遠ざかる。そして、一本の瓶を取り出して一気に飲み干す。両腕が一瞬で再生していく。それに合わせて『耐久度無限』の効果でドレスも再生する。アリスが飲んだ液体、それは赤い液体だった。
「ブラッドポーションかい?」
「あぁ、ブラッドポーションじゃないわよ。これはモアの血液ね」
アリスの瞳が妖しく光る。カイトはここからが本番だと悟って、一層身を引き締める。
次回もバトル回です。
次回も楽しみにしてくれると嬉しいです。




