第28章 大狩猟祭1
第28章開幕です。
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――大狩猟祭を明日に控えた今日、アリスは執務室で魂が抜け落ちたかのような表情で天井の染みを数えていた。
「この領地にロリコンを死刑にする法を作ろうかしら……」
物騒なことを口走っているのだが、毎年大狩猟祭前日はこんな感じなのだ。その理由はもちろん……。
「コスプレするくらいで何言ってやがりますか、このペドマスターは……」
モアが言った通り、開会式のコスプレが原因だ。モアからしたら大したことはないらしいが、アリスにとってはそうではない。毎年露出度の高いコスチュームが選出されるので、元男としては勘弁願いたい状況なのだ。
余談だが、選出されるコスチュームはリストの中からランダムに選ばれた六個から、更にダイスを使って決定するため、アリスの意思が介在することはない。
去年の踊り子の時は直前で逃亡しようかとすら考えたくらいだ。
「なら、あなたが代わりにやりなさいよ。容姿は良く作ってあるんだから、観客もきっと盛り上がるわ」
「残念ですけど、マスターがやらないと意味ねーです。そーいうイベントなんですよっと」
アリスは何とかコスプレから逃げようと足掻くが、モアに正論で返されて舌打ちをした後に机に突っ伏して唸り声を上げた。
「くそがっ……」
ついには優雅さも気品も投げ捨てて、口元を歪めて悪態をつき始める。机に突っ伏した姿のまま、アリスは明日に迫る大狩猟祭のことを考える。
やることは今までと変わらない。事前に『獲物』を取り逃がすことがないように、従者とSランク冒険者を配置する。そして意図的に小規模のモンスター暴走事故を起こして、冒険者達と共に狩りを行う手筈となっている。
だが、アリスには別の目的があった。その目的のためにはいくつか追加の準備が必要になる。
「モア、会場になる場所付近で誰も寄り付かない場所を、いくつかピックアップしておいてちょうだい」
突っ伏したまま目だけをモアへと向けて、アリスはモアに仕事を与える。それを受けて、モアは黙って右手を前に突き出す。
「別料金でごぜーます」
そして、いつも通り金銭の要求をした。
――寮の食堂でカイト達は集まって明日の大狩猟祭へ向けて、打ち合わせを行っていた。
LD以外のメンバーは竜の箱庭から帰還した後、アリスとは一度も顔を合わせていない。
「明日の大狩猟祭、LDは別行動でいいんだね?」
「はい、登録もソロで行っています。『調整』も昨日で終わりましたし、予定通りでいいはずです」
アリスが睡眠時間を削って執務と同時に進めた『調整』の結果、LDのソロ参戦の準備は完了していた。
登録はそれ以前にソロで行っていたのだが、もし間に合わなかった場合は合同パーティーの形をとって四人で参加する予定だった。
「それで、俺達は普通に討伐に参加するんでいいのか? 能力を考えれば補給ポイント付近を陣取る必要はないが……」
大狩猟祭は普通の討伐とは違う点がいくつかある。意図的なモンスターの暴走もそうだが、それだけではただの暴走と変わらない。
まず一つ目は会場となる範囲が決められており、境界をアリスの従者やSランク冒険者の一部が囲って、モンスターを外に逃がさないようにしている。
次の二つ目が補給ポイントの存在である。アリスの個人的な蓄えを使って、町の道具屋や食品店などから大量の商品を買って、それを補給ポイントで無償提供するのだ。それだけでなく、一部の回復魔法の使い手達がここに待機している。これによって参加者の生存率を一気に高めるのだ。このポイントは範囲内に数箇所用意されていて、参加者ではない護衛の冒険者もいる。
例年ではこの補給ポイントの近くでスコアを稼ぐのが主なやり方となっていた。
だが、アイテムボックスと高い戦闘能力を持つカイト達はその方法を取る必要がない。故に出た結論は普通とはかけ離れたものだった。
「いや、今回の範囲の中でも最も補給ポイントから離れた場所を中心に狩ろう」
セオリーの真逆だが、これこそがAWOプレイヤーにとってのセオリーとも言える。LV差さえしっかり把握していればの話だが、他パーティーの狩場で狩るよりも誰もいない場所で狩る方が効率はいい。
「よっしゃぁ、腕が鳴るぜぇ! うっし、明日が楽しみになってきたよー!」
メイはもうすでに明日に思いを馳せて、気持ちが盛り上がっていた。手にはいつも通り食べ物を持って、もう片方の手を高く上げて振り回している。
「行儀が悪いぞ……」
王牙が妹のそんな姿に注意を促すが、当人は気にした様子もなく元気に色々と暴れ回らせている。しまいには、王牙のゲンコツが頭に振り下ろされ、頭を抱えて蹲ってしまう。
ここまでいつものやりとりとして定番になってしまっているので、カイトも今更反応したりはしない。
「明日の予定はこんなところですね。それでは、今日は解散にしましょうか」
LDのこの言葉を合図に、各々が席から立ち上がった。この日は狩りを休みにして、明日の大狩猟祭に備えると決めているので、解散後は宿へと帰っていくことになる。
(明日はアリスにかっこいいとこ見せないとな。何も起きなければいいけど……。とか、考えるとフラグってやつなんだろうなぁ)
カイトが頭の中でくだらない冗談を考える。明日、その冗談が現実のものになるとも知らずに……。
――アリスが執務室で唸っていた少し後、ギルドマスターの部屋では通信魔導具をアリスに繋いでいるニャアシュがいた。
《何の用事なのかしら? 私はロリコン撲滅のための思考に忙しいのだけど?》
「いやぁ、用事があるのはあちしじゃなくて、この子達なんだにゃぁ……」
アリスの言葉を受けて苦笑いを浮かべるニャアシュの前には、レオンギアをはじめとした数人の機械人達が綺麗に整列して立っていた。
「我々がここに来たのは、『F』ランク冒険者入りを進言するためです」
レオンギアの機械音声で告げられた言葉、それ聞いて真っ先に反応したのは通信の向こうのアリスだった。
《どこでそれを知ったか、なんてことは今更聞かないわ。でも、それは笑えない冗談にも程があるわね。まさか、機械人に冗談を言える機能が……、って、LDも冗談くらい言うわね》
アリスの皮肉を込めた言葉が魔導具から聞こえてくるが、その声音は明らかに怒気を孕んだものだった。
その威圧感に冷や汗を流すのは、ニャアシュだ。さすがにこの領の元冒険者でも、アリスの本気の怒気を受けて焦らずにはいられない。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいって。元々、転移者の『F』ランク入りは予定してたんだし、アンジェリスでは対人経験もあるんだから、そこまでマジになるようなことでもないでしょ!」
もはや語尾がどうこうなどと言っていられず、ニャアシュは素の喋り方で必死にアリスの説得にかかる。
だが、魔導具の向こうから伝わってくるのは更なる怒気であった。ニャアシュは呼吸が止まり、まるで水中にでもいるかのように錯覚する。
《ニャアシュ、あなたは私が転移者を『F』ランクにしたくないのに気付いていたでしょ。私がどれだけ隠そうと、その程度に気付かないようならギルマスなんてやってられないもの》
魔導具の向こうから小さく息を吸う音が聞こえる。そして……。
《何故私に繋いだの? そっちで断れば済む話ではないかしら? つまり、これは私への宣戦布告と見ていいのかしら?》
瞬間、ニャアシュの呼吸だけでなく、心音が止まりかける。アリスの怒りを目の前に身体が自然と死を受け入れた。否、受け入れかけた。
何故ギリギリの手前で踏み止まれたか、それはアリスが言葉言い終わる前にレオンギアがニャアシュと魔導具の間に割って入ったからだ。
「領主様、落ち着いて下さい。我々には我々の目的があって、今回の件に踏み切ったのです」
レオンギアが言葉を紡ぐが、アリスの怒気は収まることがなく、今も魔導具の向こうからは激しい怒りが伝わってくる。
《目的、ですって?》
「はい、我々には自己保存の義務があります。それに際してLDと違い、我々にはこの世界で唯一、性能の維持と整備をこなすことのできるあなたとの繋がりがない」
転移者の中には錬金術師の補助ジョブを習得している者もいるので、パーツの生産自体は不可能ではない。しかし、レオンギアなどのハイレベルプレイヤーのパーツはドロップ品であり、錬金術では本来生産できないものだ。
だが、アリスは一から技術を組み上げることで、その問題を解決することができた。自己保存とモンスターの討伐を義務とする機械人にとって、この世界ではアリスの存在は何よりも重要なものなのだ。
《はぁ……。『F』ランク入りなんかしなくても、整備くらいしてあげるわよ。だから……》
「かつても、今も、大した関わりのない我々にそれに疑問を抱くなと?」
呆れたようなアリスの言葉は、レオンギアの指摘に遮られることになった。
「ギルドマスターには話しましたが、我々はあなたとの利害関係を希望しています。こちらが差し出すのは裏表問わずの対人戦力、そちらは整備や調整を」
義務の遂行に関わるあらゆる可能性を考慮した結果、彼らは自身が切り捨てられる可能性を捨て切れなかったのだと言う。
それ故に確実な価値を示し、その代価として自身の義務遂行に必要な支援を受けたいのだ。
人間は無償の善意を理解できない。時にはそれに恐怖すら抱く。機械であれば、恐怖はしないが理解は人間以上にできない。彼らの『F』ランク入りは彼らの理解できる関係を築くために必要なことなのだ。
それが理解できないほどアリスは頭が悪いわけではない。わかってしまう。わかってしまうから、魔導具の向こうで彼女は黙ってしまう。
それから数分か数十分か、沈黙に支配される室内にアリスのため息が響いた。
《わかったわ。好きにしなさい。ただし、あなた達への依頼は必ず私の承認を通してもらうわ。いいわね?》
「了解しました」
その言葉の後に怒気も完全に収まり、ニャアシュがようやく呼吸を再開する。その息はとても荒く、顔は青褪めていた。
《ニャアシュもいいわね?》
「わ、わ、わかっ……てる」
アリスの確認に、ニャアシュはやっとの思いで答えを返すことができた。その答えを聞いて、すぐに魔導具の通信が切断される音がした。
ニャアスは椅子に身体を預けて、大きく深呼吸を繰り返す。その様子をレオンギア達は静かに見つめていた。
「君達の『F』ランク入りは了解した……にゃ。あとは君達の先輩に任せるから、そっちから詳しく聞いてほしいにゃ」
ニャアシュはそう告げて近くにあったボタンを一つ押して目を瞑る。
それから少しして、部屋のドアが開いて一人の男が姿を現す。それは普段カイトとよくつるんでいる男性冒険者だった。
「なんの用っすか、ギルマス」
「そこにいるの裏の新人だから、あとよろしくにゃ。私は少し寝るにゃ」
それを聞いて納得した男性は、一度だけ頷いてレオンギア達を連れて部屋を出て行く。
部屋に独りになったのを確認したニャアシュは大きくため息を吐くと、先ほどのことを思い出しながら恐怖に体を震えさせた。
(冗談じゃない。冗談じゃない。冗談じゃない! 何だって私があんな化け物と本気で交渉なんかしなきゃいけないんだ!
普段はバカみたいにかわいい、背伸びしたガキんちょにしか見えないくせに……。
悪い奴じゃないし、憧れの冒険王には変わりないけど、だからって、こんな関わり方、誰がしたいって言うんだ!)
ニャアシュの心は恐怖で埋め尽くされていた。普段、好意を持って気軽に接することができるのは、あくまで憧れとアリスのフランクな態度が理由だ。
だが、敵対すればどうなるのか、それを今日初めて知った。知ってしまったのだ。
(もう絶対怒らせないようにしよう。そうしよう……)
まるで恐怖による圧政である。だが、それでもうまく付き合うことができないわけじゃないし、暴君というわけでもない。だから、うまく付き合える。そう信じるしかニャアシュにできることはなかった。
――翌日、町の中の高い位置にあるカフェテラス、そこには一人の男が座ってお茶を飲んでいた。眼鏡をかけて、どこにでもいるような顔をした男だった。この町では目立ちそうなほど普通にしか見えない男は、何故か誰にも注目されることはない。
男は祭りで騒がしい町をテラスから見下ろしていた。
「ふむ、祭りか。祭りはどの世界でも賑やかでいいな。あぁ、私も以前は企画する側だったんだがな……」
視線を町から外して、遠くに見える開会式の会場となっているギルド前広場へと向けた。
そこには開会式を今か今かと待ちわびる冒険者たちの姿が小さく見えた。
「さて、辺境伯殿はどんな祭りを開催してくれるかな。楽しみだ」
男は笑みを浮かべながら、始まる祭りへと期待を抱く。
前夜祭とでも言うべき話です。
謎の男が再び登場。
あとアリスマジギレです。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




