第27章 竜の箱庭7(終)
遅くなりましたが、27章最終話お届けです。
いつも見に来てくださってありがとうございます。
――日が落ちた竜の箱庭の中、カイト達は気付けばドラゴン達の宴会に巻き込まれていた。酒と肉を好むドラゴン達は飲めや歌えやの大騒ぎの真っ最中である。
ドラゴン達は生肉を当然のように齧っているが、カイト達はLDの調理した肉を食べている。
最初、ドラゴン達もLDの料理に興味を抱いて食べてみたのだが、元々臭みのある生肉を好んでいた。そのため、臭みを落として調味料などで味付けのされた料理は刺激が強かったらしく、口に含むと同時に刺激で咽たり涙を流したりで、吐き出してしまった。
なので、調理した肉は現在カイト達だけが食べている。
「そーいえばさー。竜人ってどこにいるの? 確かドラゴンと一緒に生活してるんだよね?」
酒宴の最中、床に座って肉を頬張っているメイが、ふと思いついた疑問を口にする。それを聞いて顔を見合わせるドラゴン達だったが、酒を巨大な樽ごと飲んでいた黒竜王がメイの方を向いて言いづらそうに口を開いた。
「竜人は人化の魔法を使ったドラゴンとヒトとの間に生まれた同胞だ。この近辺にはヒトが住んでいない。一番近くて、ここから人間の足で丸一日以上かかるアリスの町だ。わかりやすく言えば、ヒトがいないから竜人がそもそも生まれんのだ」
グリムス領はモンスターも強いので、箱庭のドラゴンの中でも極少数しか行くことすらできない。箱庭近辺もグリムス領の町ほどではないがモンスターが強い。そのため、この近辺には誰も住んでいない。
つまり、ここのドラゴンにはヒトと触れ合う機会すらないのだ。ヒトと触れ合わなければ竜人が生まれることもない。それが、この箱庭に竜人のいない理由だ。
「ほぇ~。ドラゴンも大変なんだねー。婚活条件が高LV冒険者並の強さとか、厳しすぎでしょ」
「何なら、お嬢ちゃんが我か同胞の子を産んでくれてもよいのだぞ」
「無理。さすがに安売りはできないかな。あ、でも、この先子孫が残せなさそうな兄貴なら、好きなだけゆーわくしていいよー」
理由を聞いて同情していたメイは黒竜王の誘いをバッサリ断りながら、さりげなく自分の兄のことを茶化していく。
そんなことを口にすれば当然、目を付けられるわけで、メイの後ろには腕を鳴らす王牙が立っていた。メイはそのことに気付かず、大口を開けて笑っていた。
その後の結果は言うまでもあるまい。
(ふぅ、まさかドラゴンと酒を飲み交わすことになるなんて思わなかったな)
カイトは一人そんなことを考えながら酒を飲んでいた。カイトは最初、ドラゴンの牝に囲まれるくらいは覚悟していたのだが、黒竜王に勝ったというのが逆に恐縮される結果になっていた。黒竜王に交尾相手と認識されていなかったので、カイトにもそういう風に見られることはないと最初から諦めているのだ。
黒竜王がそんなカイトに巨体を揺らして近付いてくる。カイトは軽く視線を向けると、黒竜王と視線が交差する。
「おい、小僧。ちょっとこっちへ来い」
黒竜王はそう告げると洞窟の一つの中に入っていく。カイトは首を傾げながらも黒竜王に付いていく。
洞窟の中には何もなく、ただ道が続いているだけだった。数分ほど歩くと、そこは巨大なホールのような場所になっており、その真ん中には様々な財宝が山のように積まれていた。天井に空いた穴からは月の光が差し込み、カイトから見ればそれほどのレアアイテムではないはずなのに、月光を受けて輝く財宝達は至宝の一品達であるかのように見えた。
「ここは我の巣だ。この財宝はアリスの町の近くにある森、我々は『試練の森』と呼んでいる。そこのモンスターが落とした物だ」
そう言いながら、黒竜王は財宝のいくつかを手にとって眺める。
「我は数千年ほど生きているが、いつの頃からかモンスターがアイテムを落とすようになった。かつてはそんなことはなかったのだがな……」
カイトは何の話か理解できず首を傾げる。黒竜王はそんなカイトの様子に気付いて一度首を横に振った。
「いかんな。歳を取ると話が長くなっていかんな……」
「はぁ、それで結局、僕にどんな用事があるんだ?」
無駄話だったのだと悟ったカイトが呆れた様子で尋ねると、黒竜王は目を細めてカイトを見つめた。
国竜王は一度小さくため息を吐くと、手に持った財宝を山の中へと投げ捨てて言葉を紡ぐ。
「我はお前が、我に勝ったお前が本能に翻弄されているなどと、そんな情けない姿をみせているのが気に入らん。故にアドバイスを一つしてやる」
見下すような物言いだが、自身の本能を御せないのも事実ではある。本来、子を生せない小さい頃から本能と向き合い御すのがあるべき姿だ。だが、カイトは子を生せる身体であるにも関わらず、竜人としては一年にも満たない時間しか過ごしていない。
カイトの若い肉体は強い本能を持ちながら、精神はそれに抗う術を知らないのだ。それ故に彼は本能に翻弄されてしまう。
カイトとしては気に入らないところはあるが、素人ドラゴンとしては先達のアドバイスは大歓迎である。
「小僧、お前はアリスと全力で戦ってこい」
――アリスの屋敷、その寝室で寝巻きに身を包んだ屋敷の主は横になって、ソファーに力なくもたれかかりながら『報告』を聞いていた。
《……ですので、明日の朝には町に向けて出発する予定になっています》
報告を行っていたのは通信魔導具の向こうにいるLDだった。LDは周りが宴会を楽しんでいる中、通信魔導具を使って一人で報告を行っていたのだ。
アリスはその報告を合間に相槌を打つだけで、特に何も言わずに聞いていた。その内容は凡そ予想通りで、特に何か特筆することもなかった。
「そう、わかったわ。今回の件はよくやってくれたわね」
《その言葉は他の三人に言ってください。私はただ仕事をこなしただけで、それ以上も以下もあり得ません》
どこか違和感のある言い回しをして、LDはアリスの労いの言葉を切り捨てる。
「いいのよ、言わせなさい。あなたにとって意味のない言葉でも、言った側は自己満足を得られるのだから……」
LDにとって感謝などは意味のないものだ。感謝の有無は彼女の心に変化をもたらさない。それ故に時間を消費するだけの無意味なものとして考えているのだ。
アリスはそんなことは百も承知していて、あえてLDを普通のヒトと同じように扱っている。表向きは機械人の感情の発露を促す実験としているが、単純に感情を失っているのを放っておくのが辛いだけなのだ。
「それと、帰ってきたら急ピッチで『調整』するから、あなたはすぐに工房に来なさい」
そんな内心をおくびにも出さず、アリスは今後の予定を伝える。
《了解しました。到着次第、すぐに工房に向かいます。それでは通信を終了します》
LDは了承を伝えて、一言入れてから魔導具を切ったらしく、すぐに魔導具は機能を停止した。
通信が終わったことを確認したアリスは、肘掛けに顔をうずめて目を細める。
LDの報告内容を頭の中で反芻する。アリスは黒い竜人の話を聞いてすぐに、犯人が黒竜王で、理由がただの求愛だということを予想していた。その段階でアリスの中では依頼は完了したようなものだった。
それでもアリスが依頼終了を告げなかったのは、ある目的のために今回の件を利用しようと思ったからだ。
(わかっている。わかっているのよ……)
目的のことを考えていると、ふとアリスにとって忘れていたい、大切な思い出の一つが頭を過ぎる。
思い浮かぶのは一人の男の姿。その男に抱いた想いは、思い出してしまえば今も尚アリスの胸を焦がす。
身体が火照っていくのを感じる。自然と瞳は潤んでいき、口からは甘い吐息が漏れ始める。
(……っ! 何を考えているのかしらね。諦めたはずなのに、浅ましいにも程があるわ)
自身の身体の変化に気付いて、アリスは目と口を強く閉じて自己嫌悪を抱く。自己嫌悪が酷く自分を苛んでいく。胸を締め付けられる。心が悲鳴を上げる。
アリスが自分の中の感情に心を痛めていると、唐突に部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「お嬢様、ニャアシュ様がお見えになられています。如何なさいますか?」
扉の向こうから聞こえてきたのはイカリの声だった。どうやら、LDから報告を受けたニャアシュがアリスを訪ねてきたようだ。
アリスは心に刺さる痛みから無理矢理目を背けて、痛みなど感じていない振りをする。そうしていればすぐに痛みなど胸の奥に隠れてしまう。だから、そうする。そうするしかない。
それが自分の心を砕くことになるとわかっていても、英雄を演じるために必要ならそれを行う。そうしなければ大切なモノを守れないから、大切なモノが失くなってしまえばこの『見知らぬよく知る世界』で独りになってしまうから……。怖いモノから目を背ける為に『彼/彼女』は心を犠牲にする。
「いいわ、入ってもらってちょうだい」
アリスはそう伝えてからソファーから立ち上がると、クローゼットから一枚のローブと取り出して羽織る。その後、再びソファーに座るとドアから来客が来るのを静かに待っている。
数分して部屋の扉が開いて、そこからいつもの格好の猫耳ギルドマスターが姿を現す。
「おぉう、寝る前に申し訳ないにゃぁ。LDからの報告は受けたかにゃ?」
ニャアシュは入ってくるなり片目だけ閉じて、大げさなアクションで手を合わせて謝罪する。
その様子にアリスはわざとらしくため息を吐いて、呆れた表情を向ける。
「そういうのいいから、用件は黒竜王のことかしら? それとも大狩猟祭のこと?」
「にゃぁ……。どっちかというと黒竜王のことかにゃぁ」
曖昧な言い方をするニャアシュに、アリスは怪訝な表情で首を傾げる。ニャアシュはポケットから四つ折にしていた書類を一枚取り出して目を通す。
「えーっと、冒険者ギルド・グリムス領支部は、今回の黒竜王との件を考慮して、以下四名を大狩猟祭の成績如何でSランクに推薦する、にゃ」
続いて告げられた名前はカイト達のパーティー四人の物だった。
冒険者のSランク昇格の際にはグリムス領支部とグリムス辺境伯、その二者がギルド本部へ推薦状を送る必要がある。そのため、片方が推薦を考えている場合、もう片方にそれを伝えるのが通例となっている。
「そう、わかったわ。私も推薦に値すると考えていたから丁度いいわ」
アリスはニャアシュが無理に『にゃ』を付けていることにはあえて触れず、ギルド側の推薦に同調する意思を伝える。
答えを聞いたニャアシュは書類という名のカンニングペーパーをしまうと、両腕を絡めて頭上に伸ばしてストレッチを始める。
「うぅ~んっ! それにしても犯人が黒竜王だったなんて驚きだにゃ~」
「別に驚く程のことじゃないわ。黒竜王が私をそういう目で見てるのは知ってたもの。予想外だったのは奴隷や娼婦の意味を履き違えていたことね」
アリスの反応にストレッチの姿勢のまま驚いた表情で止まってしまう。
「えっ、領主様ってそういうの気付けるヒトだったの!?」
ニャアシュの反応は、アリスが異性の視線に気付いていたことに重点を置いたものだった。
普段のアリスの異性への対応を見ていれば、そう思っても仕方ない話ではあるが、アリスからしたら心外極まりないことである。
「言っておくけど、私は異性の視線には敏感なのよ?」
「寝言は寝て言えにゃ」
ニャアシュのあんまりな言い草に、アリスは無言でアイテムボックスから鎌を取り出して応えた。そして、柔らかい笑顔を浮かべて立ち上がる。
それを見てニャアシュは耳や尻尾の毛を逆立てるて、両腕をアリスの方へと突き出して声を上げた。
「ニャアッ! 冗談、冗談だってば。目が、目が笑ってないから、来んなぁ!」
最後には『にゃ』を付けるのも忘れて抵抗するが、アリスは止まることなくニャアシュへと近付いていき。
室内に一匹のイタズラ猫の悲痛な鳴き声が響き渡った。
――ニャアシュが帰った後、アリスはローブをクローゼットに戻してベッドに横たわっていた。
(もうすぐ、大狩猟祭が始まるわね。ここがチャンスだわ……)
アリスが大狩猟祭で考えているあることを想像する。それが『彼』にとって残酷なことであると知っていて、それでもアリスはそれをしなければならない。例え、それをやったとしても『彼』は許してくれるだろう。それが『彼』を傷つけることだと知っていながら、アリスはそれをしなければならない。
そうしなければ、いつか自分は『彼』の存在を拒絶して、失ってしまうから。そうしなければ、いつか自分が傷つくことになるから。だから、アリスは自分のために『彼』を傷つけることを選ぶ。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)
アリスは心の中で必死に許しを請う。浅ましく愚かな自分を守る為の犠牲にする、『彼』に対して許しだけを願い、甘える。
失うかもしれない恐怖から、自然と目から涙が零れ落ちる。
アリスの自分のための謝罪は、モアが部屋に来るまで終わることがなかった。
アリスの内心の弱さが前面に出てくる話でした。
次回からは 第28章 大狩猟祭 です。
次回もお楽しみにしていただけると嬉しいです。




