第27章 竜の箱庭5
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――カイトが黒竜王に案内されて来たのは、山を円形状にくり抜いた広場だった。
「ここなら存分にやり合えるだろう。それにしても、小僧、貴様本能にいいようにされているようだな」
広場の中心でカイトとにらみ合う黒竜王は、カイトの感情の昂ぶりに対して、そう感想を漏らした。
カイト自身も本能に振り回されているのは理解しているが、アリスを巡る敵にそれを指摘されて面白いはずもなく、不快そうに表情を歪める。
「敵の心配かい? それとも皮肉かな? どっちにしろ余裕じゃないか、王様」
カイトは感情のままに黒竜王に噛み付く。黒竜王としてはそんなつもりはなかったのか、目を閉じて呆れたようにため息を吐いている。
「まったく、若いドラゴンはどいつもこいつも、年寄りの言葉なんぞ聞かんのだな……」
自分を年寄りと評するが人化した姿は若かったし、アリスへの態度を考えれば仮に年寄りでも、好色爺と言った方がいいだろう。
そんな黒竜王の態度が気に入らないのか、カイトは頬を引き攣らせて口を開く。
「お話するためにここに来たわけじゃないんだ。さっさと始めようじゃないか」
黒竜王は目を開けてカイトを見つめるが、カイトは好戦的な表情で黒竜王へ睨み返す。
「仕方ない小僧だな。いいだろう、いくぞ!」
黒竜王は聞く耳を持たないことを察して、そう言うと翼を広げて雄叫びを上げた。雄叫びを受けて、カイトも剣を引き抜いて盾を構える。
最初に攻撃を仕掛けたのは黒竜王だった。黒竜王は距離を詰めることなく、口から巨大な火球を吐き出して攻撃をする。
カイトはその火球を構えた盾で受けて、そのまま炎に飲まれてしまう。
炎の中でカイトはアンジェリスで戦った時以来の苦痛を感じていた。
(身体が焼ける感覚がするな。でも……)
カイトが盾を横薙ぎに振ると、鈍いスイング音と共に包んでいた炎が散っていき、ほぼ無傷のカイトが姿を現す。
スキル『セイント・シールド』による属性防御だ。このスキルは一時的に盾に非物理攻撃に対する防御力を与えるものだ。
炎を払ったカイトは獣のような笑みを浮かべて、鼻で笑って口を開く。
「大したダメージじゃない……。この程度じゃ話にならないよ」
挑発にも等しい発言ではあるが、それを受けた黒竜王は怒りを浮かべることもなく、感心したような態度をするだけだった。
そして、目を細めて愉快そうな声音で声を出す。
「ほぅ、己の本能すら御せぬ半人前だと思っていたが、力だけは一級品のようだな。アリスには散々無視されたからな。楽しませてもらうぞ、小僧!」
黒竜王、竜の箱庭の竜王は自身と戦える相手に飢えていた。アリスに対しても、最初はグリムスの森を踏破する強者を、偶然見つけて勝負を仕掛けただけだった。無視され続けて、箱庭に食事と嘘を吐いて誘って戦ってやろうと思ったこともあった。その思惑は、箱庭で見せた、アリスの本気の大号令を受けて別の物に変わった。
それが今回の事件の始まりだった。
そして、今待ち望んだ強者が自分の前に現れた。これほど嬉しい誤算はなかった。
黒竜王が空を飛びながら、先ほどより大きな火球を間を置かず何発もカイトに向けて飛ばす。火球は威嚇と本命を混ぜたもので、わずかな本命以外はカイトを正しく狙ったものではなかった。
カイトは現状を打破するための手段を考えながら、正確に本命の火球だけを盾で防いでいく。
相手が空を飛んでいる状況では、カイトに選べる選択肢はほぼないと言っていい。何故なら、カイトには遠距離攻撃の手段が数えられるくらいしかないのだ。
一つ目は原始的な方法だが、投石。これは、ドラゴン相手に使おうにも鱗に阻まれるだろう。
二つ目はスキルが使えるようになる装備を付けての魔法。魔法に関係するステータスであるINTを上げていなかったカイトでは、これも効果は望めない。
最後の一つが、中距離攻撃スキルを使用しての迎撃だ。しかし、カイトのメインジョブは剣士ジョブの騎士系4次ジョブ神聖騎士、サブジョブは槍兵ジョブ騎馬系3次ジョブ鉄騎兵である。
習得している中距離以上のスキルなど一つしかない。この一つを凌がれればもはや打つ手なしとなる。
しかし……
「引き摺り下ろす……」
カイトは盾で火球を凌ぎながら、右手は後ろに限界まで下げる。その姿は、まるで弓を引き絞っているようだった。
黒竜王はそんなカイトの姿に警戒を抱き、狙いを絞らせない為に動き回りながら火球による攻撃を続ける。
盾に隠れて黒竜王からは見えないが、カイトの引き絞った腕に握る剣に光が灯る。光は徐々に輝きを増していき、黒竜王からも漏れ出た輝きを見ることが出来るほどになった。
「落ちろ、羽トカゲ」
カイトは本命の火球が飛んでくる直前の、わずかな隙を狙って右腕を突き出した。
突き出した剣から輝く実態を持たない剣が射出され、黒竜王の翼へと高速で飛んでいく。
黒竜王もそれを避けようと身体を捩るが、翼を射線上から外すよりも先に輝く剣が翼の付け根に突き刺さる。
「グガァアアアッ!」
黒竜王があまりの激痛に雄叫びを上げるが、その声は『爆発音』にかき消されてしまう。剣は突き刺さった後に、その場で爆発を起こしたのだ。
黒竜王は爆発を受けて滞空を維持できず、大地に向けて墜落してしまう。その巨体は、大地にぶつかると同時に巨大な土煙を上げる。
土煙が晴れると、そこからボロボロになった片翼を携えた黒竜王が姿を現す。
「やってくれたなぁ、小僧! ただ、一撃で我にここまでの傷を負わせる者など、それこそ『真竜帝』に連なる『覇竜』くらいだ!」
竜王はこの箱庭の王ではあるが、最強のドラゴンというわけでないと黒竜王は口にする。だが、カイトはその事実よりも、『真竜帝』の名前が出たことに驚いていた。
無理難題に殺意を覚えるくらいAWOでは散々聞いた名前だったが、ゲームのNPCと同じ名前の存在がいることは、一瞬とはいえ黒竜王への殺意を忘れるには十分なものだった。
「待ってくれ。真竜帝だって? いるのか、あの無茶苦茶なクソトカゲが!」
素のカイトが暴言を吐くほど、真竜帝のクエストは無茶苦茶だった。具体的には、依頼されたアイテムがレイドボス『始原竜アーカーシャ』のドロップアイテムだったり、LV300の真竜帝とタイマンで一定ダメージを与えるとかだ。
実際にこのクエストをクリアした竜人プレイヤーは口々に言った。
――あのクソトカゲをレイドボスに追加しろ。ぶっ殺してやる。
当然、竜人であるカイトも例外ではない。
「おい、小僧。言うに事欠いて真竜帝をクソトカゲ呼ばわりとは、怖いもの知らずにも程があるのではないか?」
黒竜王は呆れた様子でそう口にした。だが、かつて苦労させられたカイトからすれば、暴言を吐いても仕方ないくらいに真竜帝には怒りしかないのだ。
「思い出したくないくらいには、苦い思い出しかないからね。それより、地上で仕切りなおしといこうか」
カイトは少しだけうんざりした表情で口にした後、再び剣を構えて獰猛な笑みを浮かべる。それに応えるかのように黒竜王も、空を震わせるほどの咆哮を上げた。
カイトは狙いを絞らせないためにジグザグに、縮地法で移動しながら黒竜王の懐を目指して移動を開始する。
黒竜王もむやみに攻撃することはせずに、カイトが動きを止める一瞬を待っている。
「もらうっ!」
「させぬっ!」
カイトが懐に入り込んだ一瞬で、カイトは横薙ぎにディバイン・スラッシュを放ち、黒竜王は種族固有のスキルである『ドラゴン・クロー』を放つ。
二つのスキルが激突し、凄まじい衝撃が大地を走り、交差した点の真下の地面を中心に大地が大きく陥没する。
一瞬、力は拮抗しているようにも見えたが、それは次の瞬間には片方に傾くことになった。
カイトが競り勝ったのだ。
拮抗が崩れ、その力に黒竜王の巨体が弾かれて数メートルの後ろへと吹き飛ぶ。
しかし、黒竜王は転倒することなく、数メートル後方で足を踏ん張り体勢を整える。
黒竜王の視線の先では、カイトが剣を振りぬいた姿勢で歯軋りをしていた。
「うまく跳ばれたか……」
カイトの言うとおり、黒竜王は競り負ける瞬間に力に逆らわず後ろに吹き飛ばされることを選んだのだ。
それが原因でカイトは弐の太刀から先を放つことができなかったのだ。
「ほぅ、やはり何か企んでいたか」
黒竜王はカイトの悔しそうな表情に気を良くして、不敵な表情を浮かべている。
「このままでは埒が明かんか……」
カイトの予想以上の力に、黒竜王は内心では多少の焦りを抱いていた。しかし、王としてのプライド故に、それを表情に出すことはしなかった。
カイトも黒竜王のLV差を感じさせないほどの実力に内心で驚いていた。こっちもこっちで、表情に出すのは何か負けた気がするという理由で平静を装っていた。
「小僧、貴様に竜王が王と呼ばれる所以、その力を見せてやろう」
黒竜王が大きく息を吸って、身体を震わせる。地面が揺れると同時に、黒竜王の放つ威圧感が一気に膨れ上がった。
(竜王の所以……、まさか!)
カイトは何が起きるか理解して、動き出そうとするがすでに遅かった。何かが爆発したかと錯覚するほどの、圧の増加と共に黒竜王の姿がぶれた。
その直後、カイトの目の前に迫っていた黒竜王の爪を寸でのところで盾で防ぐが、今度はカイトが吹き飛ばされることになった。
「反応したか、面白い!」
黒竜王が吠え、再び姿を消す。縮地法のような技術ではなく、純粋なスピードで目視から消えているのだ。
火球を織り交ぜながら爪での攻撃を繰り返す黒竜王を、カイトはなんとか凌ぎながら思考する。
(『ドラゴンズシックス』! 使われるとは……、いや、竜王なら使えて当然か……)
カイトは謎のパワーアップの正体を見抜いていた。
『ドラゴンズシックス』、竜人なら三番目の階位『竜王』で習得できるスキルだ。その効果はSTR、VIT、AGIの大幅上昇だ。鬼人の狂鬼降臨のようにデメリットはないが、効果は狂鬼降臨と違って割合効果なので素のステータスに大きく依存する。
(はんっ、やってくれるじゃないか……)
迫る爪を防ぎながら、カイトは自身の切り札を切る機会を伺う。
「どうした、小僧。動きが完全に止まっているぞ」
黒竜王の声が聞こえ、カイトがそちらに視線を向ける。そこには、今までと違い火球でも爪でのない、巨大な稲妻が迫っていた。
(ちっ、こいつは魔法にも造詣が深いんだった!)
稲妻に対し、セイント・シールドを展開して何とか防ぐが、衝突の衝撃で十数メートルほど吹き飛んでしまう。
本来なら体勢が崩れて危うい場面だが、距離が開いたこの瞬間はカイトの待っていた瞬間でもあった。
(これなら、いける!)
カイトは切り札を切るべく、崩れた体勢のまま息を大きく吐き出した。当然、黒竜王も距離を詰めるために動き出すが、それより早くカイトがスキルを連続で発動する。
「なっ!」
黒竜王が驚きの声を上げる。それもそのはず、カイトが連続で発動したスキルは、『バックステップ』だったのだ。
ここにきて逃げの一手をとるカイトに、黒竜王も驚きを隠すことが出来ない。
「ドラゴンズシックスを使ってくるのは予想外だったけど、ならこっちも決めさせてもらうよ」
そう言って、カイトが大きく息を吸うと、先ほどの黒竜王の時と同じようにカイトの存在感が爆発的に増す。
だが、黒竜王の発動よりも遥かに遅い発動速度だった。黒竜王もその遅さに疑問が頭を過ぎる。しかし、何をしようとしているのかわかっているため、カイトとの距離を詰めようとする。
「教えてやるよ。『俺』は『竜王』風情が倒せるほど安くないってことをね」
一瞬にしてカイトの威圧感が爆発したかのように増大する。更にカイトの周りにオーラのような物が漂い始め、徐々にオーラがある形を作り始める。
「あ、ありえんっ! 『666』だと!」
カイトの周りを漂うオーラは『666』の数字へと形を変えていた。オーラの数字が胸に刻まれると、カイトの全身をオーラが覆っていく。
「『トリプルシックス』、小僧、貴様『真竜』だとでも言うつもりか!」
黒竜王の問いにオーラの中からカイトは獰猛な笑みで返すと、纏ったオーラを翼と尻尾、爪の形へと変化させる。そして、それらを勢いよく広げて、笑みを浮かべたまま大気を震わせるほどの声を発した。
「さぁ、第二ラウンドを始めようか!」
というわけで、戦闘回1でした。次回も戦闘回です。
カイトの階位は『真竜』です。この階位の説明はたぶん次回です。
それでは次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




