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第27章 竜の箱庭1

第27章開幕です。

いつもブクマと評価ありがとうございます


「おい、新人。ちんたら動いてんじゃねぇ!」


 冒険者ギルドの奥に職員の怒号が飛ぶ。昨日入ってきた『新人四人』は先輩職員の指導を受けながら、数百人に及ぶ大狩猟祭参加希望の書類と格闘していた。

 二人は書類を精査し、二人が書類や様々な道具を運んだり仕分けたりしている。


「よっしゃー、次どんどんこいやー!」


 新人の一人が大量の書類を担当者の机に積み上げながら叫び声をあげた。怒鳴られながらも元気に振舞う、その新人はオフィスの中を東奔西走、動き回っていた。

 

「おっ、そっちの新人ちゃんは元気だなぁ。あとは、そっちの……」


 職員の向けた視線の先には、黙々と書類の精査を勧める新人女性がいた。彼女はすでに先輩職員達以上の速度と正確さで書類を片付けていた。

 あまりの速さに周りの職員も驚きそうなものだが、膨大な仕事量のせいか、もしくは別の理由か、とにかく新人女性の仕事の早さを気にしている者はいない。


「やべぇな。君がいたら、俺達の仕事なくなっちまいそうだ……」


「あ、先輩、ここの書類間違ってますよ。あと、これとこれと、これも……」


 驚きはしないが危機感を募らせている職員の横から、新人の青年が話しかける。その内容は職員の処理した書類の訂正報告だったのだが、細かいところまで見つけて報告してくるので数が多い。

 当の青年は爽やかな笑顔を向けており、逆にそれが恐ろしく見えた。


「すまない、先輩。これはどこに運べばいいんだ?」


 今度は新人の最後の一人である大男が話しかけてくるが、その内容は実に新人らしく、職員は自分の心が癒されていくのを感じた。


「お前だけだよ。新人らしい新人はさぁ……」


 愚痴を零す職員のその背中には哀愁が漂っていた。元気いっぱいで話を聞かない新人に、先輩以上の働きをする新人、先輩のミスを突いてくる新人、四人の内三人に癖が強すぎて、先輩の心はすでにボロボロだった。

 通例として怒号は飛ばすが、その実三人の仕事ぶりには注意すべき点があまり存在しない。唯一教え甲斐があるのが、四人の中で一番強面の大男だった。


(まだ、リストに怪しい動きはないか……)


 色々酷い新人四人の正体は、カイトを含む冒険者パーティー四人だった。イェレナ経由でギルドマスターに頼んで、リスト監視のために新人職員としてここに紛れ込んでいるのだ。

 そう、リスト監視のための偽装なのだ。


「うおっしゃー。まだまだいくよー!」


「ふむ、この記述は上に報告する必要があるようです」


「先輩、次は何をすればいいんだ?」


 例え、カイト以外の三人が本気で職員として仕事に打ち込んでいたとしても、これは偽装のはず……なのだ。


(これ、偽装だってこと、忘れてるわけじゃないよね? よね?)


 カイトは内心で心配するが、兄妹はともかくLDにまで心配するのは無用というものだろう。

 LDがカイトの机に書類を運んでくる。そして顔を近づけて……


「機械人に心配は無用です。分割した思考で、リスト周辺の監視は常時行っています」


 耳元でそう囁いてから、そそくさと自分の机に戻る。

 カイトはその様子を見て、頭をかきながら、LDに向けていた心配が無用だったことに苦笑いを浮かべた。


(機械人に任務放棄の心配とか不要だよなぁ。まぁ、あの二人はガチで職員やってるぽいけど……)


 カイトは職員の仕事に精を出す兄妹に視線を向けると、呆れた表情を浮かべる。

 偽新人職員の仕事はまだまだ続いていく。


 ――アリスが執務室で通信魔導具を前に、楽しそうな笑みを浮かべて会話に花を咲かせていた。


「カイト達がそんな作戦を実行するなんて予想外だったわ。てっきり、スキルを使った遠回りな作戦でも考えてると思ったわ」


《にゃはは~、そこはあのドワーフっが案を出したらしいにゃ。素直で真っ直ぐだからこそ思いつくことだにゃぁ》


 アリスはカイト達が新人職員として潜り込んでいることを聞いて、その内容の面白おかしさに笑いながらも感心していた。


(あの兄妹をパーティーに引き入れたのは正解だったわね。足りないところをいい具合に埋めてくれそうだわ)


 それからもニャアシュの報告は続いた。LDが先輩職員の自信を打ち砕いたとか、カイトが職員をへこませているとか、聞けば聞くほどどこのギャグ漫画かと疑いたくなる。

 ニャアシュも魔導具の向こうで、笑っているのがわかる話し方になっていた。時折言葉が止まっては、笑う音が聞こえてくる。


「それで、そっちはどんな状況なのかしら? まさか、笑い話をするためだけに、通信しているわけじゃないでしょ?」


 アリスは一頻り笑うと、真面目な表情になって魔導具の向こうの、ニャアシュに向けてそう告げた。

 魔導具の向こうから今まで伝わってきていた、緩い空気は鳴りを潜めていた。今、伝わってくるのは重く、鋭い空気だった。


「ふぅん、なるほどね。『裏』の『準備』が終わったってとこかしら?」


《ご名答。『準備』は重畳、いつでも『いないはずのハイエナ』を『飼い主』ごと食い散らかすことができる》


「あら、怖い。ギルドだけは敵に回したくないわね」


 いつもの語尾すらつけることなくニャアシュが、ある『準備』が整ったことを伝える。アリスはそれを聞いてわざとらしく震えて見せて、不敵な笑みを浮かべる。


「グリムス領とギルドに喧嘩を売る意味を、しっかり教えてあげないといけないわよね」


《もちろん。そのための『F』ランク冒険者だ》


 最低ランクがEであるはずなのに、ニャアシュが口にしたのは『F』。その言葉の意味を理解しているアリスは、目を細めて魔導具を見つめていた。

 

《そういえば、転移者をFランクに回す話はどうなった?》


 その質問を聞いてアリスは、不愉快そうに表情を歪める。そして、魔導具に伝わらないように小さく舌打ちをする。


「その話は待ってちょうだい。まだ仕事を任せられるような、そんな転移者の選出が終わってないのよ」


 アリスが言ったことは事実ではあるが全てではない。彼女は転移者に特殊すぎるFランクの仕事を受けさせることに抵抗があった。

 そのためアリスはあれこれと理由を付けては、転移者のFランク入りを先送りにし続けている。


《言っておくけど、いつまでも待てないぞ。アンジェリスでの転移者の暴走の件、忘れたわけじゃないだろ?》


 アリスの顔が苦痛に歪む。思い出すのは自身が殺した大男の姿だった。


「あぁ、そんなこともあったわね。別にさぼっているわけじゃないのよ。本当に適格者が見つからないだけよ」


 アリスはまるで忘れていたかのように言うが、その表情は今にも泣き出してしまいそうだった。必死に漏れ出してしまいそうな本心を内側で押さえ込んでいる。

 アリスとニャアシュの間で長い沈黙が続く。どれくらいそうしていたか、沈黙はアリスがため息を吐くまで続いた。


「じゃぁ、私は座して結果を待たせてもらうわ」


《そうだにゃぁ。また面白いことがあったら連絡するにゃ》


 二人は元の調子に戻ると、そのまま互いに別れを告げて魔導具を停止させる。

 通信が終わると、アリスは自分の身体を椅子に深く沈みこませて目を瞑った。


(あぁ、グルグル廻る。廻り廻って、廻り狂って、無様に踊り廻る……。私は相も変わらず無様に廻る)


 アリスは自分の弱い姿を『まわる』と表現している。これは元々、自身の過去のある行動を評して言っていたのだが、気付けば自分以外の者に対してもその言葉を口にするようになっていた。

 この言葉は自分への皮肉であり、自分のようになってほしくないという他者への警告なのだ。

 アリスは大きなため息を吐くと、通信魔導具の一つを取り出して起動する。悩みがあろうと、気分が沈んでいようと、領主である彼女にはやらなければいけないことがある。


「リリス、聞こえてるかしら?」


 アリスは領主として祭りを成功させるために働き続ける。


――夜、カイト達はギルドのオフィスで椅子に座ってお茶を飲んでいた。


「ふぃー、疲れたねー」


 メイの漏らした感想にカイトと王牙が同意を示す。今現在は上司が丁度、アリスに上げるリストの製作を開始するところだった。

 その様子を見ているのは、表面上はのんびりとお茶を啜っているLDだ。他のメンバーでは露骨になりすぎる可能性があったので、LDが機械人の無表情を活かして監視を行っているのだ。


「おう、新人どもお疲れさん。初日にしちゃ上等だったぜ」


 そこに先輩職員が挨拶をしにきた。一般職員はカイト達の目的を知らない。今回の偽装はギルド職員ではギルドマスターとサブマス、イェレナの三人と『一部の職員』しか知らないことだった。これは犯人に感付かれないための処置だった。

 先輩職員はカイトの肩に手を置いて、顔を近づける。


「それで、転移者ども、お前らの目的は果たせそうか?」


 先輩職員が耳元で囁いたその言葉に、カイトは自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。

 カイト達は事情を知っている『一部の職員』の存在を知らなかった。それも仕方ない話だろう。なぜなら……


「『裏』を専門とする俺達『Fランク』が、どうにもできなかった問題だ。転移者のあんたらには期待してるぜ」


 カイトは聞きなれない言葉に顔を先輩職員に向けるが、先輩職員はすでにカイトから離れて手を振っていた。


(転移者に俺達のことを明かせとか、ギルマスも何を考えているのやら。やっぱり領主様絡みの理由なのかねぇ)


 ギルマスの命令に疑問を抱く先輩職員の内心になど気付くことなく、カイトは立ち去る職員の後ろ姿を驚愕した表情で見つめていた。

 先輩がオフィスを去った後、ようやく気を取り直したカイトは顔を覆って俯く。


(はぁ、アリスに聞くことが増えたな。『裏』に『Fランク』か……)


「おう、どうした?」


 考えに耽っていたカイトの様子に、先輩職員の会話が聞こえていなかった王牙が心配して声をかける。


「ああ、なんでもないよ。大丈夫、今はこっちに集中しよう……」


 この言葉は王牙への返事というだけでなく、自分自身にも言い聞かせるものだった。


「そうですね、集中してください。どうやら、動きがあるようです」


 今までお茶を啜っているだけに見えていたLDが、カイトへの注意を促すと同時に、状況が動いたことを告げた。

 それを聞いてカイトと王牙は表情を引き締める。

 だが、周りには特に変化は見られず、何がどう動いたのかが理解できなかった。

 カイトと王牙が周りを警戒して見渡していると、室内を唐突に風が舞って、LDの姿が消える。

 否、消えたのではない、『アクセラレーションⅤ』という加速スキルを使って移動していたのだ。

 機械人は通常の方法でスキルを習得できない代わりに、パーツごとにスキルが設定されていて使用できる。


「公文書への改竄の現行犯です」


 LDはリストの編集をしている職員の前に立っていた。そして、その手に別の誰かの腕を握っている。

 その腕の先には今までいなかったはずの男がいた。男の短い髪と瞳は漆黒に染まり、肌は褐色だった。そして側頭部からは後ろに向けて一対の角が生えていた。それは竜人の特徴だった。


「おや、犯人は竜人でしたか。それではこのままお縄に……」


 LDが最後まで言い切る前に男は彼女の手を振り払って逃走する。カイト達は急いで追いかけようとするが、LDがそれを制止する。


「落ち着いて下さい。追いかける必要ありません」


「早く追いかけないと見失うぞ」


 王牙がそれに反論するが、LDは首を横に振って答える。


「あの竜人は何らかの方法で姿を消していました。追いかけるのは難しいでしょう。それに……」


 LDの説明に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるカイトと王牙だが、メイだけは何かに気付いたらしく手のひらを拳でポンと縦に叩いた。


「あー、竜の箱庭だね!」


 LDはメイの言葉に頷く。カイト達は意味がわからず首を傾げて考え込んでしまう。そんなカイトと王牙の様子に、メイは胸を張って自慢げに語り始める。


「冒険王物語11巻、冒険王VSドラゴンで出てきた場所だよ。グリムス領の近くにあって、ドラゴン達の住処で、ずーっと前にそこの竜王と冒険王は戦ったんだ!」


 冒険王物語の要約を楽しそうに語るメイの言葉に、カイト達も納得したらしく頷いていた。


「つまり、竜人である彼はそこにいけばいるってことだね」


 竜人はドラゴンの住処で一緒に暮らしているため、人々の目に留まることはない。それはこの世界での常識である。


「ええ、それでは竜の箱庭に赴いてみましょうか。例え本人がいなくとも、得るものは必ずあるはずですよ」


 LDの提案に頷く面々。置いてけぼりにされたギルド職員は、何が起きたのかわからず、目を白黒させていた。


「あ、先輩達、今日で私たち冒険者に戻るからねー!」


 メイの退職宣言にもはや思考は完全に停止し、カイト達がオフィスから出て行くのを、ただ呆然と眺めていた。

 職員が今回の件の事情を知るのは、翌日ギルドマスターに説明された時だった。


というわけで、カイト達冒険者の一日職員体験会でした。

目立たない主人公。

出番はあるのか!?

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