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第26章 兄妹5(終)

第26章最終話お届けします。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ありがとうという言葉しか浮かばないです。

今回ちょっとこう男性読者には痛い表現があります。

あと、ちょっとファンタジーで定番のえっちな設定が出てきたりもします。


 ――参加申し込み開始から三日、締め切りが明日に迫ったこの日にカイト達は、研究区にある寮の食堂に集まっていた。


「和食だね」


「和食だな」


「サイコロステーキだぁ!」


 だが、LD以外の三人は食堂の料理に目が行くばかりで、打ち合わせは始まってすらいなかった。

 この国では和食はあまり受けがよくない。稀に和食とほぼ同じのアズマ飯を出す店はあるが極少数だ。メイだけは和食を頼んでいないが、三人は今までこの世界で和食を食べる機会がなかった。それため、感激して打ち合わせのことが頭から抜けてしまっているのだ。


「一日10食限定で豚骨ラーメンも出しています」


 そこにLDが爆弾を投下する。それを聞いてメイですら、フォークを手放してLDに振り返る。


「この研究区は魔法や錬金術、魔導具などだけでなく、ここ寮の厨房では食の研究も行われています。マイスターの注文で日本の料理を再現すべく、日々シェフ達が努力しているのです」


 LDの言葉に三人の喉から唾を飲み込む音が聞こえた。この世界の料理が美味しくないわけではない。多少臭みなどがあることが多いが、むしろ美味しい料理だと言える。

 だが、飽食の国日本で生活していた彼らは、どこか日本の食事情を懐かしく思っていたのだ。これを再現したアリスには感謝の念に堪えない。


「そんなことより、いい加減打ち合わせを始めませんか?」


 当然のツッコミがLDから入ったことで、三人は本来の目的を思い出して顔を驚愕に染める。


「すっかり忘れてたよ。食の魔力恐るべしってことだよね」


 カイトがそんなことを言って、顔を背けて遠い目をする。そこに王牙が頷いて肯定を示す。メイは例のごとく少し驚いた後に、黙々とサイコロステーキに手を付けている。


「そこの乞食娘はもう諦めるとして、さっさと打ち合わせを始めますよ」


 何を言われても気にすることなく食事を続けるメイを放置して、三人で打ち合わせを始める。そもそも、頭脳労働においてメイは数に入ってすらいない。

 打ち合わせを始めてまず考えたのは、どうリクエストリストを監視するかということである。


「一番無難なのはスクロールアイテムで、スキルを発動して監視する案でしょうか」


「確かにそれが無難だな」


 LDの案に賛成する王牙だが、そもそもここには探偵経験者がいるわけでもないので、手持ちのアイテムなどでゴリ押すくらいしか思いつかないのだ。自然とその案に決定してしまうのは仕方ないことだろう。

 だが、決定する直前、メイがフォークを止めて手を上げる。


「はいはーい! ふつーにリストをずっと監視してるだけじゃだめなのー?」


「メイ、いくらなんでもそ……」


「名案すぎて驚きです」


 メイのあんまりな意見にカイトが答えようとした時、LDがそれを遮って肯定の意を示した。それに驚いたのは遮られたカイトだった。

 だが、LDは呆れた様子を演じながらカイトに視線を向けて口を開く。


「スキルで監視すれば、スキルに気付かれる可能性がありますが、直接監視していればその心配はありません。なにより、すぐに動ける距離にいることができるのは大きいです」


 そう言われればカイトもメイの案が妙案に思えて考え込んでしまう。


「ついでに言えば、この世界はゲームではないので他人のLVを直接見ることはできません。適当にギルド職員に成りすませば警戒される可能性も下がるでしょう」


「僕達はちょっと難しく考えすぎてたってわけかぁ……」


 カイトが納得すると、王牙も黙って首を縦に振って応える。

 メイはそんな三人の様子に目を輝かせて満面の笑顔を浮かべた。


「えっへへ~。私、大・活・躍っ! ブイブーイ」


 メイは三人の反応に自画自賛しながら、両手でブイサインを作って喜びを全力でアピールする。そんな様子にカイトは苦笑いを浮かべ、王牙は顔を片手で覆っている。


「はい、大活躍です。おかげで計画に目処が立ちました。それでは『変態冒険者(仮)捕獲作戦』の概要を詰めていきましょう」


 三人は捕獲作戦の概要を決める為に相談を始める。そして、ギルド職員に変装するための諸々の準備のために、この後すぐにギルドに話を通しに行くことを決定する。

 メイは食事に戻りながら、今回の変態について考えていた。その中で疑問が頭をよぎって、それをそのまま口に出す。


「そういえば、この世界にも奴隷なんているんだねー」


 メイの疑問にカイトと王牙は日本人としての感性故に渋い顔を浮かべる。

 

「この国には奴隷制度はありませんよ」


「えっ、そうなのかい? てっきりこの国にもいるものと思ってたけど」


「この国はエルフの英雄を始め様々な伝説的な人物や、それを支える職人達、多すぎる冒険者がいます。

 そういった人物への憧れから技術を身につける者や、安価な労働力である冒険者の存在がいるので、奴隷という継続的な管理が必要な労働力に需要がないのです」


 LDが語ったことは事実だ。この国では、奴隷の需要が存在しない。奴隷には購入費だけでなく、管理の手間や維持費がかかる。肉体労働させるなら冒険者に依頼すればいいし、組織として成立している裏の人間達が性産業を管理しているため、そっちにも奴隷は必要とされていない。

 貴族の召し使いにしても奴隷というどこの骨ともしれない人間を使うより、才を磨いた一般人を雇う方が圧倒的に有益なのだ。

 この国では奴隷が必要ないほど、精勤な国民が多いのだ。

 必要ないため、不必要に他者を貶める奴隷制度を禁止してすらいる。仮にも英雄が建国した国という体面も、もちろんある。

 だが、それはまともな国民に限った話でもあった。


「奴隷制度は禁止されていますが、性質の悪い貴族の中には、裏で奴隷を作って着飾ったり、慰み者にする者もいるようです。

 今回の問題のリクエストである『奴隷娼婦』というのも、貴族が性的な目的で作った奴隷の低位の者を指す言葉のようです」


 LDの説明に三人は不愉快そうに眉を顰める。性質の悪い貴族がいるだろうということは予想していたが、実際に内容を聞いてみれば、漫画にでも出てきそうな下衆だったことに不快感を隠せない。


「それでも、そういった貴族はマイスターの過去の活躍のおかげで、かなり減ったようですよ」


 アリスの過去の活躍と聞いてカイトとメイが目を光らせる。そんな二人の様子に王牙は明後日の方向を向いて遠い目をしていた。


「アリスの活躍というのを詳しく教えてくれないかな?」


「冒険王の活躍! まさか、冒険王物語8巻『冒険王、悪徳貴族を成敗する』のやつ!?」


 二人の反応は違ったが、二人ともアリスの活躍に興味があるらしく、LDに熱い視線を向けている。

 余談だが、文字が読めないメイは、他の冒険者に依頼料を払って代読してもらったりして、冒険王物語を全巻制覇している。


「それでは、少しだけマイスターから聞いた話をお教えしましょう。小説とは色々違うので、驚かないでくださいね」


 LDが語ったのは、かつてアリスが依頼を受け、違法奴隷を囲う貴族のパーティーに潜入した時の話だった。

 冒険王物語では、国の依頼で悪徳貴族の違法薬品の取引会場兼パーティーに潜入した、という設定に変わっていた。

 実際は奴隷の中でも特に金をかけて綺麗に着飾った、『奴隷娼姫』と言われる見目麗しい特別な奴隷を持ち寄って互いに見せ合う会合だった。

 アリスは国と繋がりのある、当時のドン・アルバートが率いる裏組織の依頼でパーティーに潜入したのだ。

 参加者の一人を捕らえて、当時まだ顔が王宮内や一部の人間にしか知られていなかったアリスが、その参加者の奴隷娼姫として潜入したのだ。

 そして、アリスは関係者を記した書類などを入手して、その場にいた貴族を全員捕らえることに成功した。

 だが……


「その時マイスターはやってしまったらしいのです……」


「何をやってしまったんだ!?」


 LDの含みのある言い方に悪い予感がして、カイトは彼女に詰め寄って叫んだ。


「潰してしまったらしいんです……」


「つぶ……したって、一体なにをだい?」


「パーティー参加者全員の金のタマをです。しかも回復魔法を駆使して殺さないように注意して……」


 瞬間、カイトと聞き耳を立てていた王牙が飛び上がった。そして、腰を引いて自分の股間を両手で押さえてガタガタと震えてしまった。

 だが、貴族の睾丸を潰すというのは二人の思っている以上に重い罰になる。

 跡継ぎがまだいない貴族であれば、親族の有無次第では一族が断絶するということである。跡継ぎがいたとしても、その跡継ぎと一緒に参加していればその跡継ぎも潰されているので一族断絶だ。

 歴史と格式を重んじる一部の貴族にとっては死ぬまでの間、自分の代で家が終わるのを黙って待つしかないのは恐ろしいことなのだ。


「それにしても、冒険王もよくそんな変装したよねー。嫌じゃなかったのかなぁ」


「そこは割り切っていたらしいですよ。普段の寝巻きも結構扇情的らしいですし。むしろ、防御力皆無の服装をすることに落ち着かなかったと言っていました」


 股間を押さえている男二人を無視して、感想を漏らすメイとそれに答えるLDの二人。


「そこの二人もいい加減その無様な格好をやめてください。ギルドに行くのでしょう」


 LDの言葉を受けても股間を押さえることをやめることができず、そのままの格好で食堂の入り口へと足を向けた。

 メイは呆れながらもさっさとLDと二人で入り口へと歩いていき、男二人は腰が引けたまま必死に前を行く二人を追いかけていった。


――屋敷の寝室でアリスはベッドに身体を預けて、天蓋をぼんやりと見上げていた。


(最初は私に恨みを持った貴族が、冒険者を送り込んできたのだと思っていた。

 けど、あり得ない状況でのリクエストの追加がそれを否定している)


 アリスは件のリクエストのことを考えていた。かつて自分がしたことを思い出して、身体が震え始める。

 身体が震えているのは男だった時の感性が原因ではない。かつて奴隷娼姫として潜入した時に感じた周囲の視線、更に件のリクエストで最初に考えた可能性に至った時の恐怖を思い出したからだ。

 あのパーティーの日、間違いなく周りの下衆貴族共は、アリスを獣欲ためだけの存在として見ていた。その下卑た視線はアリスの心の奥底に言い知れぬ恐怖を刻み込んだ。

 欲望のための玩具として見られることに恐怖を感じて、捕縛時には全員の睾丸を潰してしまった。


(あの時期は『私』の中で『俺』との境界が曖昧になってた時期だし、変にトラウマになってしまってるのよね)


 アリスとして過ごしてきた50年は、時間だけで見れば『青年』として生きていた時間よりも長い。

 最初に『青年』と『アリス』を切り離してしまったせいで、こっちに来て数年した頃には、アリスとして振舞っている内は女としての感性が強く出てしまっていた。

 アリスはある事情から一時期、根本にある『青年』としての自分がアリスに飲まれかけていたことがあった。女としての自分が徐々に、過去の男だった頃の自分を侵食していたのだ。

 その頃に受けた依頼が違法奴隷を囲う貴族の摘発だった。

 大事な所は隠れてはいたが、肌を過度に晒す奴隷娼姫の格好をすることに、表面にこそ出さなかったが内心羞恥心で泣きそうだった。

 その中で受けた獣欲の視線は彼女の心を今も蝕んでいる。


(我ながら情けない話よね。ジムのおかげでなんとか、『俺』を失わずには済んだけど、ここまで引きずるとは思わなかったわ。ジム……か)


 摘発の後にアンジェリスで門番のジムとのある出来事を経て、なんとか『アリス』と『青年』の切り離しには成功した。その際にもアリスの中で、自身の女が確立されるある出来事があった。


(って、今更何を思い出してるのよ、私は……)


 その出来事はある意味、アリスの中では黒歴史扱いされているのだが、同時に大切な思い出でもある。

 懐かしい思い出に浸る内に身体の震えは止まっていた。

 

(あぁ、思考がまとまらなくなってきたわね……)


 ここ最近の連日の徹夜から思考がうまくいかない。自然と目蓋が重くなっていき、思考は闇に溶けていく。

 思考が失われていき、アリスは夢の世界に落ちていく。

 夢の闇に落ちる直前に思い浮かんだのは、最後まで門番としての自身を誇り、その生き様を貫いた一人の男の顔だった。


今回は奴隷関係の話や、アリスの過去に関する話が出てきました。

この主人公、空白の50年があるので、結構話題が多いです。

次回から 第27章 竜の箱庭 です。

楽しみにしてくださるとうれしいです。

メイとLD書くの楽しい。

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