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第26章 兄妹4

ちょっと遅くなりましたが続きお届けいたします

最近またブクマやPVが増えまして、皆様本当にありがとうございます。


 ――翌日、アリスは執務室でこの領では高級品に分類される、『豚骨ラーメン』を啜りながらある書類に目を通していた。

 余談だが、オークは豚だが内側が筋肉質で食用には向かないので、この世界で豚肉は普通の豚の肉だ。

 汁が飛ばないように注意しながら目を向ける書類には、今回の大狩猟祭での冒険者の配置や規模などの予定がかかれている。これがしっかり決まっていないと、暴走したモンスターが領外に出て行って問題になってしまう。

 これを決めるのに使われるのが、リリスが掴んだ密猟者の情報だ。密猟者がターゲットにしている巣を中心に、彼らより先にモンスターを暴れさせることで密猟者が手を出せないようにする。

 普段はアリスやイカリが単身で密猟者の行動に先んじて、ターゲットの巣を軽く刺激して間引きをする。

それをこの時期だけ大規模にしてお祭り騒ぎをするのが大狩猟祭だ。


「ラーメンの再現度は80%ってとこかしらね。それにしても、今年も参加予想人数が多いわね……」


 書類を見ながら、引き攣った笑いを浮かべるアリスは、自分が今年も大人数の前でコスプレをしなければいけないことに肩を落とす。


「これも『準備』のためと思えばいいのかしらね……」


 アリスは机の上に広がったもう一つの資料に視線を向ける。そこには冒険者になった転移者のリストがあった。


「災害……ね。言い得て妙ね」


 アリスは手に持った書類を机に放り投げてから天井を見上げる。


「45年か……、長かったわね」


 領主になってから45年、アリスは食の再現を始め様々なことをやってきた。その中でも一番力を入れたのが冒険者の底上げだった。


「時間がない。勝負は今から20年」


 種族が人間の転移者が現役でいれるのは、恐らく20年が限界だろう。その間にアリスはしなければならないことがある。

 一つはこの世界の冒険者の更なる高LV化とサブジョブの取得。サブジョブの取得は過去に例が二つあって、現在も一人は存命しているため凡その目処は立っている。『教官』の補助ジョブを取得している転移者を使えば高LV化もなんとかなるだろう。

 二つ目が『第0級接触禁忌災害』の撃破手段の確立だ。これいついては大規模転移前には目処すら立ってなかった。今は転移者がいるが、その転移者も寿命や病気の問題がある。

 それ故の20年というタイムリミットなのだ。


 アリスは天井をぼんやりと眺めながら、これからのことを考える。

 そこに通信魔導具が鳴る音が聞こえる。


「通信かしら……、エレミア?」


 ――荒野の真ん中でカイト達三人は呆然としていた。LDも含めて、四人の周りにはアースドラゴンの死体が数えられないくらいに転がっていた。


「低LVの狩場に乱入した、高LVパーティーって感じだねー」


 メイの漏らした感想の通りだった。四人は到着してからわずか一時間足らずで、アースドラゴンの死体の山を築き上げてしまったのだ。

 

「43……。控えめに言って、やりすぎですね」


 LDはアースドラゴンを回収しながら口を開いた。口から漏れるのは今回収した死体の数だ。それでもまだ周りには数え切れない数の死体が転がっている。


「ズゥはこの調子で狩るのはやめようか。絶対値崩れ起こすから……」


 カイトはそう言いながら顔を覆ってしまう。王牙もそれに対して何度も頷いている。

 連携訓練のつもりだったのだが、その連携が思った以上にはまってしまった。王牙が敵を引き付け、左右からカイトとメイが敵を倒し、それを後ろからLDが援護する。回復役こそいないが、同LV帯のモンスターでないのもあって必要がなかった。


「それじゃ、まぁ、回収して休憩しようか」


 四人はモンスターの回収に動き出す。最終的にその数は200以上になった。周囲にはもはやモンスターは一匹も存在していない。

 カイト達は手ごろな岩場を見つけてそこに腰を下ろした。メイは早速ズゥ肉の串焼きを取り出して頬張っている。

 

「思った以上にうまくいってよかったよ」


「戦術自体はAWO時代の流用だがな」


 互いに今回の戦闘についての感想を漏らすカイトと王牙。


「問題は空を飛んでいるタイプのモンスターだね。さすがにそっちはAWO通りにはいかないから」


「空を飛ぶタイプはやり辛いな。撃ち落とすのはLD頼みになりそうだ」


「お任せください。本日は予定がないので最後までお付き合いします」


 そんな調子で三人はズゥ狩りについて相談を続ける。


「あ、そういえばさー。冒険王って、あの『吸血姫』なの?」


 『吸血姫』、その言葉を聞いてカイトが苦笑いを浮かべる。メイはそんなカイトの顔を覗きこんでいた。


「『吸血姫』とは何ですか?」


 LDが疑問を口にするが、メイは意外そうな顔をする。


「ん? LDちゃんはAWO時代からの冒険王の友達じゃないの? もしかして、カイトも?」


 メイの言葉にカイトは首を振って答える。そして、話し辛そうに口を開いた。


「アリスは間違いなく、あの『吸血姫』だよ。アバター狂い筆頭四人衆、至高のロリキャラ創造者、自分のアバターに貢ぐプレイヤー」


 AWOのアバターは課金さえすればいくらでも外観を変えることができる。だが、素人が変えようとしてもデザイン面など様々な実力が足りない。

 そこでアリスはプロのデザイナーにオーダーメイドでデザインの依頼をした。その上でAWO内に紛れ込んでいた、プロの3Dモデリングを仕事にしているプレイヤーにも依頼した。

 アリスのブラッドドレス一着にとんでもない現実の金をかけている。それに加えて、戦闘用装備以外にも何着も依頼しており、一時期一日100円生活とかしていたくらいだ。

 それがアバター愛好家の間で噂になり、ネット上の専用コミュニティで金持ちと誤解されて、『吸血姫』というあだ名で呼ばれることになった。

 

「やっぱりそうなんだー。リアルではやっぱり、お金持ちのお嬢様だったんだろうなぁ。貴族ってのもすっごい似合ってるし!」


 メイの無邪気な言葉にカイトは顔を覆って、首を背けてしまう。


「やめないか。リアルの詮索はルール違反だぞ」


「えー、でもでも気になるじゃんかー。兄貴も気になるでしょー?」


 カイトはついに頭を抱え込んでしまう。カイトは現実で『青年』にあったことも少なくない。『青年』はいたって普通の人間で、仕事はブラックでもなんでもない普通の会社員だった。

 一日100円生活のことも含めて、『青年』をよく知るカイトはメイの無邪気な言葉にどう反応していいのかわからないでいた。


「マイスターは元男ですよ」


 だが、LDがそんなカイトを無視して真実を告げてしまった。


「おぉぅ、冒険王って元男なんだー。社長とかだったのかなぁ」


 メイの中ではすでに金持ちなのは決定らしく、ただの平社員だという発想はないらしい。

 メイはアリスのリアルを想像して一人で盛り上がっている。王牙の言葉ももはや届かないのか、休憩時間の間、盛り上がりは治まる様子を見せることはなかった。


 ――ニャアシュとイェレナとサブマスの三人が、執務室で積み上がっていく書類に眉間を押さえていた。


「今回の参加申し込みもすごい量になりそうだにゃぁ……」


 今も執務室には職員が出入りして新しい参加受付書類を積んでいく。


「いやぁ、これはなかなか骨が折れそうじゃないかい」


 イェレナが書類の山を見て呆れた表情で口にする。一受付でしかないイェレナがここにいるのは、アンジェリスという冒険初心者向けの町で、サブマスとして多くの書類を捌いてきた実績を買われたのだ。


「ニャフフ、イェレナがうちに来てくれたのは僥倖ってやつだにゃ。受付終了の五日後まで三人でがんばるにゃ!」


 この仕事は、ただ書類を受け取るだけでは終わらない。まずその冒険者がここのギルドに登録している冒険者かを照合し、初参加であれば裏で何かよくないことを企んでいないかを調べさせる。更に最近の仕事の状況なども見なければいけない。

 参加登録一つにもやることは多岐に渡るのだ。書類仕事に慣れたイェレナがこのギルドに配属になったのは、ニャアシュ達にとって、まさに渡りに舟だったのだ。


「冒険者時代に諦めたグリムス領に配属されたと思えば、そこでこんな戦場が待ってるなんて思わなかったよ……」


 イェレナはかつて冒険者だった頃に感じた挫折感を思い出しながら、今の状況に苦笑いをして感想を漏らす。

 

「今はここがあちし達の戦場だにゃ!」


 ニャアシュは結婚を期に引退した冒険者だ。子どもは現在13歳と11歳。最初はこの領を離れるつもりだったのだが、結界があるのでここに残ることにした。現在二人の子どもはアリスに憧れて、錬金術師になるべく研究区に住んでいる。


「それじゃ、私らの戦いを始めるとしましょうか!」


 ここにギルド職員の大狩猟祭が幕を開ける。


 ――カイト達は少しだけ自重しながらズゥを狩って、現在帰り支度をしている最中だった。


「おおぉ、ズゥ肉がいっぱいだぁ! なんかお腹空いてきた!」


 メイが元気にズゥ肉に思いを馳せて叫びを上げる。カイトと王牙はそんなメイの様子に、半ば呆れながらも帰り支度を進める。

 LDは我関せずといった風で作業を進めながら、明日の講義と夜に予定されている自身の改造について考えていた。


(即日返事が来るのは想定外でしたが、マイスターにも息抜きが必要なのか、もしくは……)


 ――これも『災害』に対する準備の一つなのかもしれませんね。


「うん? LD、今何か言ったかい」


 LDの口から小さく言葉が漏れていたらしく、カイトがそれに反応を返す。しかし、LDは首を横に振って応える。

 カイトは釈然としない思いを抱きながらも、作業に戻る。


(声に出ていましたか。人格模倣プログラムのランダム要素というやつなんでしょうか)


 LDは人間の自分自身の思いがけない行動が発生する、プログラムの要素の一つなのだと自身を納得させる。

 

 しばらくして帰り支度を終えた四人は、帰り道を町へ向けて歩いていた。それぞれ今回の狩りで感じたものを胸に抱いていた。

 地上戦と違って、空を飛ぶモンスターとの戦いには反省点が山ほどあった。滞空時の敵に対してはLDしか攻撃手段がないことも、その一つだった。


「お肉がいっぱいなのはうれしいけど、やっぱ空飛ぶ奴はイライラするねー」


 メイはそんなことを言いながら口を尖らせて、不機嫌そうな表情をしている。


「そういえば、前にアリスが冒険者用の簡易魔導具で、二段ジャンプがどうとか言ってたっけ」


 カイトが思い出したように告げた内容に、メイが目を輝かせる。カイトに詰め寄ろうとするメイを、王牙が押さえて口を開いた。


「領主はこの国最高の錬金術師と聞いていたが、魔導具の開発までしていたのか」


「要所で使われている通信魔導具とか、町の結界とか、アリスの発明品は色々あるみたいだよ」


 カイトの返答に、王牙は首を縦に振って感心した様子を見せる。


「発明品の多くは研究区で試験的に使用されています。日本に近い生活もできるようになっているようです」


 LDがアリスの偉業について補足を加えると、三人は日本に近い生活ができるという言葉に驚きを隠すことができなかった。

 

「そこまでなのか。同じ転移者だというのに底が知れないな……」


「すっごいじゃん! さすが冒険王だよね。私達とは元からしてきっと出来が違うんだろーねぇ」


 アリスの元を知っているので、カイトはそんな二人の感想に苦笑いを浮かべる。


(アリスも元は普通の人だったんだけどね。そう、普通の……普通?)


 そこでカイトは少しの違和感を抱く。普通の『青年』が異世界で普通じゃない偉業を成し遂げる。カイトはあまり詳しくないが、ライトノベルによくありそうな展開だ。

 だが、カイトの知る『青年』は、そんなライトノベルの主人公みたいな人間ではなかった。だからこそ、そこに違和感があった。


(発明や冒険王物語のこともそうだけど、戦闘できるような人間じゃなかったはず。この世界に来て変わったんだって思ってたけど……。

 臆病な女神様の本をもうちょっとちゃんと読んでみるか……)


 カイトは臆病な女神様や冒険王物語の話を人づてにしか知らない。世の中には臆病な女神様と冒険王物語が同一人物とは知らない人もいる。カイトはその二つの物語の主人公の違いに、何かヒントがあると考えた。


「お、もうすぐ町に着くな。今日はこの後、ギルドで報酬を受け取って、大狩猟祭の参加申込書を出すんだったな」


 王牙の言葉にカイトは思考を中断して町へと視線を向ける。


「そうだね。申し込みだけは忘れないようにしないとね」


 四人は町へと足を進める。四人はこの後ギルドで参加申し込みのために、一時間近く並ぶことになることをまだ知らない。


次回で26章終わります。

今回は少し難産でした。

わざとあえて特に何もないストーリーを入れようという回なのですが、

何もないとすっごい書きづらいですね。メイに頼りきりでした


キャラクター紹介ページ欲しい人この指とーまれ アンケートまだまだ活動報告で受け付けています

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