第26章 兄妹3
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第26章3お送りいたします
―― 一時間後、応接室には優雅にお茶を飲むアリスを見つめる四人がいた。イェレナは業務があるので部屋にはいない。アリスの前にはいくつかの資料が積まれている。
アリスは眠そうな表情で一組の資料を手に取って、それを眺める。
「さて、わざわざ来てもらったのは依頼のためなんだけど……」
そう言ってアリスは手に持った資料をカイトに投げ渡す。
「仮にも門外不出の資料にゃんですから、もっと丁寧にあつかってほしいかにゃぁ」
そんなアリスに苦言を呈す声が横から聞こえる。声の主は茶色い前髪だけをアップにして後ろで結った猫耳の女性だった。
「えーっと、その人は誰かな?」
カイトを含めた四人は目の前の女性と会うのは始めてだ。上は結構大きい胸をビキニで隠してベストを羽織り、下はミニスカを履いた露出度の高い服装を見るに、受付嬢ではないことは確実だろう。ギルド職員というより冒険者といった感じの格好だ。
「じゃぁ、軽く自己紹介するにゃ~。あちしはニャアシュ、冒険者ギルドグリムス支部ギルドマスターだにゃ」
ギルドマスター、つまりこの支部で一番偉い人である。だが、最初カイト達はそれを理解できなかった。語尾に『にゃ』などと付ける人がギルドマスターだと言われても、首を傾げるしかない。
「ニャアシュ、格好もそうだけど二児の母親なんだし、語尾に『にゃ』を付けるキャラ作りやめさないよ。そんなんだから冒険者からギルマスだって思われないのよ」
「いや、だって、これくらいしないと猫っぽくならないじゃん」
(えっ、あの語尾ってわざとだったのかよ! つか、人妻がそんな露出した格好していいの!?)
アリスとニャアシュの会話によって明かされた真実に、内心ツッコミを入れるカイト。
「それは、ともかく、この四人に依頼って『例の件』かにゃ?」
「そうね、とりあえずあなた達その資料を見てちょうだい」
カイト達が渡された資料を見ると、そこにはここ20年の衣装リクエストのリストが書いてあった。
時折カイトが生唾を飲み込む音が聞こえるが、別段おかしい内容は見受けられなかった。
「次にこっちを見てちょうだい」
そう言ってアリスは別の資料を投げ渡す。
四人がそれに視線を向けるが、書かれているのは先ほどの資料と同じようなリストだった。
「さっきのはギルドでした集計のリスト。今渡したのは私のところに上がってきたリストよ」
アリスの言葉を受けて二つを見比べる四人。そして、最初に口を開いたのは機械人故に違いに気付くことができたLDだった。
「二つ目の資料には『奴隷娼婦』というのが追加されていますね」
LDの指摘を聞いてカイト達三人は目を見開いて、再び資料に視線を向ける。よく見れば確かに二つ目の資料には『奴隷娼婦』というのが追加されている。それも20年分全てにである。
「そう、正直リクエストだけだったなら、一回か二回だけだったなら悪ふざけと変わらないから無視してもいいのよ。でも無視できない理由が二つあるの」
そう言ってアリスは再び資料を投げ渡す。その資料は今までとは違う物だった。
「それは、今この領にいる冒険者で、この領で20年以上現役を続けている者のリストよ」
資料には数えられる程度の人数の名前が羅列されていた。Aランクに上がるだけでも相当の努力が必要になる。そのためこの領の冒険者の平均年齢は30を越えている。その上でこの領で生き残り、現役を20年続ける。それがどれだけ困難なことなのかが資料から見て取れる。
アリスは目を瞑って一度ため息を吐いてから、眉間にしわを寄せる。
「そのリストにいる全員が犯人でないことはすでに確認済みよ。つまり容疑者が存在しないってことね。
そしてもう一つの理由だけど、ギルドの集計から私のところに来るまでに付け加えられているという事実よ」
そう言ってアリスはイカリへと視線を向ける。イカリは目を瞑って一度小さくお辞儀してから話を始める。
「集計段階から私が監視したこともありましたが、お嬢様用のリストを製作する段階で何故か追記がされてしまっているのです」
イカリのLVは200。その目を掻い潜ってリストに手を加えることができる存在、それに四人は心当たりがあった。
「転移者……でしょうか」
LV200を翻弄できる存在となれば、それ以上のLVの持ち主だ。その筆頭こそがLV250の転移者なのだ。
その可能性にカイト達の顔が険しくなる。
「私と同じように大規模転移前に来た可能性があるわ。だからこそあなた達に依頼したいのよ」
アリスは困ったような表情で四人の顔を見つめている。そして、椅子から立ち上がって腕を前に突き出す。
「グリムス領領主、アリス・ドラクレア・グリムス辺境伯としてあなた達冒険者に依頼します。
この謎の怪人物の正体を暴き、必要であれば捕らえてちょうだい」
カイトは表情を引き締めて他の三人に視線を送る。三人は各々了承を示した。それを受けて、カイトはアリスを見つめて首を縦に振る事で了承を示す。
だが、そこに上がる手が一つあった。
「はいはーい。受けるのはいいんだけど、冒険王が直接見つけるんじゃだめなのー? てか冒険王も転移者なの?」
メイが上げた腕を振り回しながら疑問を口にする。アリスが転移者であることはアンジェリスの転移者の中では、最初に呼び出された面々にしか教えられていない。それ故にメイと王牙はアリスが転移者であることを知らなかったのだ。
「有名なおかげで、動けばすぐに相手にバレてしまうのよ。それで姿を隠されても厄介だわ。
あと、私もあなた達と同じく転移者よ。ただし、AWOから50年前に転移してきた転移者だけどね。その話は今度してあげるわ」
そう言ってアリスは肩を竦めてため息を吐く。
メイは新しく聞ける話が増えたことに喜びを隠すことなく、満面の笑顔で両腕をブンブンと振り回している。
そんな様子を見てカイトと王牙も小さく口の端を釣り上げる。
「それじゃ、領主様、依頼に関する諸々の手続きお願いできるかにゃー? うちも超有能株の冒険者四人を貸し出すんだから、相応に出すもの出してもらうにゃぁ」
ふざけた口調だが、さすがはギルドマスターということだろう。さっきまでの柔らかい眼差しは鳴りを潜め、その眼は獲物を見つけた獣のように鋭いものになっていた。
アリスも眠気を堪えて表情を引き締めて、後ろに立つイカリに視線だけで合図を送る。イカリは一度頷くと、カイト達の前まで歩いて行き口を開いた。
「お嬢様はこれから仕事のようですので、依頼の詳細は今日中にお伝えいたしますので、皆様はこちらへどうぞ」
そう言ってドアへと四人を促す。LDはすぐにドアへと足を向け、三人は一度互いに顔を見合わせてからLD同様にドアへと足を向ける。
LDを先頭に次々に部屋を出て行く。最後のメイはトコトコと小走りでドアまで来ると、一度アリスの方を振り返って手を上げて大きく横に振る。それに対してアリスはニャアシュと会話したまま、手だけを軽く上げて小さく振って応える。メイはそれを見て、嬉しそうに笑うと、そのまま廊下へと飛び出して行く。
「おや、おやおや。領主様嬉しそうだにゃぁ」
アリスは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。今までのどこか憂いを帯びたものとも、クールなものとも違う、ただただ表情を緩めた笑顔だった。
「そうね、そうだわ。久しぶりの多人数パーティーだもの。だから、とても嬉しくて、とても楽しいのでしょうね。できることなら私も依頼主じゃなくて、一緒に冒険したいものだわ」
アリスはこの世界に来てから、基本的にはソロの冒険者だった。それ故にパーティーの喧騒というものに憧れのようなものを抱いていた。領主という立場がなければ、今頃五人で冒険に出かけていたかもしれない。
「今回は無理だけど、近いうちに一緒に冒険できるでしょうね。その時が楽しみだわ」
アリスが訪れるだろういつかを思って優しい笑みを浮かべる。同郷の同格な誰かとの出会いは、ほんの少しだけだが彼女の心を癒していた。
――ギルドのホールに戻ってきたカイト達は椅子に座って会話を交わしている。
「大狩猟祭の参加受付は明日から、参加受付終了はそれから五日後、そしてリクエストの集計が行われるのもその時。私達の仕事はそこからでしょう」
LDの予想に対して頷くカイトと王牙。メイは笑顔でズゥ肉の甘ダレ串を頬張っている。
(しかし、奴隷娼婦かぁ……。アリスが奴隷娼婦……)
カイトの変態スイッチが入りそうになるが、近くにイェレナがいるのを思いだしてなんとか耐える。
そうしてしばらく三人と串焼きを頬張っているメイの三人で話し合っていると、後ろから声がかかった。
「皆様お待たせしました。依頼書が出来上がりましたのでお持ちいたしました」
後ろにいたのはイカリだった。さすがの仕事の早さというべきか、カイト達が部屋を出てから二時間くらいしか経っていないにも関わらず、依頼書を完成させてきたのだ。
カイトと王牙はあまりの早さに驚いていた。メイはきょとんとした表情はしていたが、串焼きを頬張るのはやめないようだ。
「さすがですね。では依頼書を見せていただきます」
イカリの仕事の早さを生徒という立場から、理解していたLDはいつもの態度でイカリから依頼書を受け取る。
依頼所には詳細な依頼内容が書かれている。その内容は一枚目には目的や報酬、二枚目以降には去年までの状況などが書かれている。
「なるほど、了解です。マイスターによろしく伝えて下さい」
LDの言葉にイカリは一度お辞儀をして踵を返して、ギルドから屋敷へと戻って行く。カイト達はずっと呆けたままだった。
「もう、イカリは行ったので、二人ともさっさとそのアホ面をやめてください」
LDにそう言われて顔を引き締める。そして、LDが無言で差し出した依頼書を受け取って、その内容に目を通し始める。
メイはそういったことは全部王牙に任せているのか、今はズゥ肉の塩焼き串を貪っている。
「メイ、お前もいい加減、依頼の理解を俺に任せるのはやめろ……」
無駄だと思いながらも一応メイに注意をするが、当のメイは口の中の肉を飲み込んで口を開く。
「えー、だってズゥ肉だよ。外で食べたらすっごい高い高級料理だよ。食べずにいられないんだよ」
この町ではズゥ肉が普通の肉と同じ値段で食べることができる。むしろ他の普通の肉類の方が貴重なくらいなのだ。量に限界があるが、さすがは生産地ということだろう。
始めてこの町に訪れた冒険者の多くは、このズゥ肉の安さと美味さに驚くらしい。
「それじゃ、この依頼書を見ながら内容を詰めようか。連携の訓練は明日からでいいかな」
肉を頬張るメイ以外の三人で五日後の作戦を立て始める。作戦会議は日が落ちて完全に夜になるまで続いた。
ギルドを出て宿に帰ることになった面々は席を立って入り口に歩を進めた。
「そういえば、二人は宿とかはもう決めてるのかい?」
カイトがふと思いだしたかのようにメイと王牙に話を振った。それを聞いて二人は足を止めて固まってしまう。
「すっかり忘れてたよー。拠点変更したらすぐ宿探す予定だったのにー」
メイが珍しく落ち込んだ表情で唸っている。王牙も顔を手で覆ってうなだれている。
少し落ち込んでいたが、少しして二人は速度は落ちたが一度止めた足を再度動かし始める。そして入り口付近に到着すると……
「そんなお客さんに朗報だよ」
入り口からカイト達に向けて声が聞こえた。声の主はイェレナだった。
「む、たしかイェレナだったか。朗報とはどういうことだ?」
イェレナが口を吊り上げてカイトを指差す。指を指されたカイトは理解ができず、首を傾げる。
「そこな騎士様の泊まってる宿には空き部屋があるそうだよ。結構な朗報でしょ?」
LDは仕方ないとしても、パーティーメンバーが揃って同じ宿に泊まれるのは利点が多い。集まりやすく、互いの状況もわかりやすい。パーティーを組む冒険者にとっては確かに朗報と言えるだろう。
王牙はそれに対してメリットやデメリットを考えるが、そんなの知ったことではない少女が声を上げる。
「そこにしよー。どーせ探しても見つかるかわかんないし」
メイの楽天的な発言に王牙は考えるのをやめて、大きなため息を吐き出した。
「こういう時はお前のそういう性格が羨ましいな。だが、それに乗らせてもらうとしよう」
王牙の決断を受けてメイが満足そうに大きな胸を張る。提案したイェレナもどこか満足そうな表情をしている。
そこでLDだけが別れを告げて寮に帰る。その後、三人は宿に向けて歩き始めた。
宿に着いた時、宿の男冒険者からメイがおっぱいコールを受けて盛大に騒ぎ始めたため、王牙は頭が痛くなるのを感じる。
それでも領主と繋がりができるだけでなく、パーティーまで組めて、直接の依頼も受けることができたのだから、グリムス領初日は大成功としか言えないだろう。
二人はそれぞれ満足した表情で宿の部屋へと入っていった。
今回の編のメインである大狩猟祭関係の話が開始されました
次回から探偵物になるのか!?
たぶんならない




