第25章 グリムス領の日常3
今回短めです
ブクマありがとうございます
イカリの次の講義を明明後日に変更
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「スリープモードを解除。簡易スキャンを開始……。全機能オールグリーン」
窓が一つもない殺風景な部屋。その中の布団など敷かれていない、硬質なベッドでLDは目を開ける。便宜上スリープモードと表現しているが、アリスが作った生活習慣プログラムの機能の一つだ。『食事』と『睡眠』の二つを取ることで人間性の発露を促そうという趣旨で作られたプログラムである。
「周囲の状況に変化なし。ボディ及びプログラムに変更なし。日常モードで起動します」
LDのボディは現在アリスが作った日常用の腕部及び脚部を装着している。継ぎ目こそ目立つが、ほとんど人間のそれに近い形状をしている。そのためボディの上には簡素なタンクトップとホットパンツを寝巻きとして着ている。
アリスが全力で服飾関係の元日本人の確保に走った結果の一つである。無駄に全力で確保して、無駄に全力で支援して、無駄に全力で錬金術を駆使したため、グリムス領にはいくつか服飾関係の店が開店していた。
LDはロッカーらしき物の中に規則正しく吊るされた服の中から一着分だけ取り出して、それを手に『洗浄室(浴室)』と書かれたドアを開ける。
半時間ほど後、ドアから一般的な町娘の服装に着替えたLDがドアから出てきた。そしてLDが部屋の中にあるボタンの一つを押すと、部屋の壁の一部がスライドしていく。スライドした壁の向こうにはガラスがあり、そこから町を一望することができるようになっていた。
この部屋は高い位置にあるらしく、町を見下ろすことができる。
LDは自身の目を望遠機能に切り替えて町を観察する。町は朝特有の活気に溢れており、冒険者など多くの人間が行き交っていた。
(本日の予定はこの後朝食、次に工房でイカリによる授業)
LDは頭の中で今日の予定を確認しながら次の行動に移るため、部屋の出口に向けて歩を進める。
ドアを出ると、そこもまた殺風景な廊下になっており、その奥には横開きの扉が存在した。
横開きのドアの前まで来ると、ドアの横に付いたいくつかあるスイッチの一つを押す。すると、スイッチの周囲に魔力が流れて廊下の床、その更に下へと消えていった。
しばらく待っていると、横開きのドアが開いて、その先に数人だけが入れる大きさの小部屋があった。LDはその中に入って、中にあるスイッチを押す。部屋全体に魔力が流れて、部屋が少しだけ揺れる。
一分ほどして、ドアが再び開くとそこには先ほどまでの廊下とは違う景色が広がっていた。
『魔力式エレベーター』。アリスの発明の一つであり、この建物を含むいくつかの建物にしか使われていない装置である。
「おはよう、LD。相変わらず機械人らしからぬ格好ですね」
LDがエレベーターを出ると、ドアの横から声が聞こえた。
LDが声の主に視線を向けると、そこには獅子の意匠がこらされたボディの機械人、レオンギアがいた。
レオンギアを含む機械人は経過観察も含む様々な理由でこの建物で生活している。彼ら機械人は自分の身体を維持する技術を持っていないので、技術を持つアリスの保護下にいるしかないのである。
機械人には自己保存と魔物の討伐という、二つの指令が組み込まれているという設定がAWOには存在した。感情のない機械人が超文明が崩壊して遺跡となったAWOの世界で、活動するために付けられた設定だ。
この世界では自己保存のためにアリスの下で、メンテナンスや診断を受けながら技術を学ぶしかないのだ。
「おはようございます。これも人に近い生活を送ることで人間性が生まれるかどうかという実験の一つです」
LDはレオンギアに対して、現在の自分の状況をそう説明した。別に好き好んで人間らしく生活しているわけではない。そもそも好き好むという感情すらないのだ。だが、マイスターであるアリスから実験を提案されて、それに協力することを選んだ。それは感情からではなく、現在頼れる相手がアリスしかいないことと、マイスターとして認識しているためだ。
LDはレオンギアと仲が良いわけではない。朝に挨拶を交わす程度の関係だ。それ故にこれ以上何かを話すこともなく別れて、双方目的の場所に向けて歩き始める。
レオンギアと別れて一分もしない内に目的地である食堂に到着する。食堂ではアリスが再現した地球の料理を食べることができる。洋食はこのアトラクシア王国にも元からあったが、米や和食の材料はアズマから仕入れている。
LDが食堂に入ると中ではすでにこの建物で生活する人々が食事を取っていた。彼らも元、ないし現冒険者であり、アリスの生み出した技術を学ぶためにここで生活している。
そんな人々の中を通り過ぎてLDはカウンターの前まで来る。
(今日は和食でいいですね。いえ、こっちではアズマ飯と言うのでしたね)
和食、もといアズマ飯はこの国ではそれほど人気があるわけではない。だが、LDは人間だった頃には朝食は和食を食べることが多かった。当時の行動を思い浮かべて、できるだけそれに近い行動を取ろうと考える。
「焼き魚定食をお願いします」
注文をして、そのまま受け取り口に向かう。カウンターの向こうでは料理人達の声が飛び交っている。アリスが招いた料理人や料理人志望の元冒険者などだ。
受け取り口で定食が来るのを待っていると、周囲の声が耳に入ってくる。ここにいるのは各工房で技術を学んでいる学生のような人たちだ。それ故に中には熱い議論を交わしている者達もいた。
LDは定食を受け取ると、空いている席に座って定食を食べ始める。味を感じることはできるが、その味に対して何らかの感情を抱くことはない。機械人になったための感情の欠如は美味しいと思う心も奪っていった。それを悲しいと思うこともない。
(何かが変わるとは思えませんが……)
LDは黙々と箸をすすめていき十数分で食事を終える。そして席を立ってから、返却口に食器を返してから食堂を出る。今も後ろでは住人達のたわいない会話に花を咲かせている。LDはそれに振り向くことも、気にすることもなく食堂を後にする。
エレベーターのあったロビーを過ぎ、建物の入り口へと歩を進める。巨大なガラス製の入り口を過ぎると青空と整備された道があった。
後ろには巨大なビルのような建物があり、前には屋敷と工房の立ち並ぶ場所へと続く坂道があった。この場所はそこそこの高台にあるらしく、アリスの屋敷も屋根を見下ろす形で見る事ができる。
(ここは実にファンタジー離れした場所ですね)
そんなことを考えながらLDは坂を下っていく。目指すのは機械人工房。後ろには彼女が暮らす通称『学生寮』があった。
――機械人工房の中でLDは講義が始まるのを待っていた。周りには他の機械人や、機械人の技術を学びに来た者達がいた。
初日は機械人の姿に周りも騒いだが、アリスが講義で一喝してからはそれも収まった。
待っていると、ドアを開けていつもの執事姿でイカリが入室してきた。イカリはその勤勉さと習得の早さからアリスから様々な講義を任されている。アリスも稀に講義を行うが、基本的にはイカリが各工房を周って講義を行っている。
「さて皆様、今日は機械人講義への参加ありがとうございます。今日も有意義な講義にできるようにがんばっていきましょう」
イカリは丁寧な口調で挨拶を終えると、すぐに黒板を引っ張ってきて講義を開始する。この部屋は元々工房内の空き部屋にすぎず、別に講義室として作られているわけではない。そのためここには折りたたみ式の長机と簡素な椅子があるだけだ。
イカリの講義はつつがなく続いていった。講義を受ける者達は皆必死な表情で講義のメモを取っている。表情こそ違うものの機械人達もメモを取っている。
(よくもこれだけの技術を一人で生み出したものですね)
LDが抱くのはアリスに対するそんな感想だった。見本があったとはいえ機械人の技術を一人でこの世界に生み出したのだ。アリスがいなければ転移者の機械人達は自己保存の指令を果たすことは難しかっただろう。
錬金術師のスキルで作れるパーツには多数の材料が必要になる。中にはこの世界では発見されていない『遺跡ダンジョン』でのみ取れる材料もある。そしてこの世界では現在『遺跡ダンジョン』は確認されていない。つまり錬金術師が作れるパーツの数にも限りがあるということだ。
「ふむ、もう時間ですか。今日の講義はここまでです。次回の講義は明明後日ですので、明日は各々研究をがんばってください」
イカリの講義が終り、彼が退室していく。黒板はそのままにされており、自由に見れるようになっている。
講義を受けていた者達は今回の講義に付いて議論を交わしている。この一幕だけ見ればまるで大学のキャンパスのようにも見える。
数十分もすれば議論を交わしていた者達も各々退室していく。議論をし足りない者達はこの後場所を変えて再度議論を交わすのだ。
だがLDは椅子に座ったまま動かずにいた。彼女はこの後アリスに待っているように言われているため、言い付けどおり待っているのだ。
一人、また一人と退室していき、今残っているのはLD一人だけだ。
「あー、お待たせしやしたー」
そんな声とともに部屋に入ってきたのはモアだった。LDはその声を聞いて立ち上がると、モアの前まで歩いていく。
「マイスターはどうしたのですか?」
LDの質問にモアは大きなため息をつくと、酷く疲れた様子で口を開いた。
「マスターは不眠不休でイベントの準備してやがります。いい加減美少女のしていい顔じゃなくなってますぜ」
「では私への用件はどうなるのですか?」
モアはめんどくさそうに肩を落としてしまう。
「あー、それね、私が案内するように言われてるんで、付いてきてくだせー」
モアはそう言って踵を返してドアに向かう。LDはそれ以上疑問を挟むこともなく、ただモアの後に続いていく。
モアに付いて歩いていくと、大きい扉の多いこの工房の中でも特に大きく頑丈そうな横開きの扉が見えてきた。モアはその扉の前で止まると、扉の横にある謎の機械に付いているレンズのような物に目を近付ける。続いて手を当てて魔力を流すと、扉が重い音を立てて開き始めた。
「ここの扉は網膜認証、指紋認証、魔力認証の三重認証だから、こうしないと開けらんねーんです」
そう説明するうんざりした表情のモアの説明を聞きながら、これだけ厳重な扉の存在に疑問がLDの頭を過ぎる。この扉の向こうには相応にやばい物があるのではと考えてしまう。
だがもしLDに感情があったなら、ここまで付いてきたことを後悔していたことだろう。この先にあるものを見なければよかったと、大人しく言う事を聞いて待たずに帰ればよかったと……。
グリムス領の日常LD編です
ここで一回切りたいために短くしました
主人公不在の恐怖継続中




