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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第21章 激動の始まり
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第21章 激動の始まり2(挿絵あり)

あらすじがネタバレにならない範囲までがんばった。

今回からアリスが別の意味で無双します

2月17日 挿絵変更しました

「ふざけんなっ!

 前回はアースドラゴン。 前々回は大怪獣鳥ズゥ。

 土産用意してて会議に遅刻しました、って冗談にしても笑えねーぞ!」


 一番最初に正気に戻ったストムロック卿が、アリスに向かって言葉を捲し立てる。

 ちなみにアースドラゴンと言うのは所謂巨大モグラで、大怪獣鳥ズゥと言うのは頭部がライオンの鳥だ。

 どちらも王国で最も危険で最も統治が難しい場所、『第1級危険指定領域・グリムス領』でしか確認されていない非常に強いモンスターである。

 そうグリムス領は冒険者との関係が重要視されるアーデンベルグ領以上の危険地域であり、最高ランクの冒険者達が命を削りながら生活する魔境、一般人お断りの地獄なのだ。

 グリムス領を領地にするくらいなら貴族やめます。と言うのが45年程前まで貴族達の間で常識だった。グリムス領行きは、実質死刑に等しかったのだ。

 当時のグリムス領には冒険者以外の人間が住んでいなかった、国は冒険者から税を取り立てようにも魔境すぎて徴税官が行けない。実質上の納税免除状態。

 アリスが治め始めてから少量ながらも冒険者から税金は取れるようになったし、鍛冶師や道具屋などの一部の冒険者に必要な人間も住めるようになり、商人も行き来できるようになった。冒険者ギルドも領主邸に併設することで設置できた。


「相変わらず荒い口調ね、ウィル坊。

 私はそんな風にあなたを育てた覚えはないのだけど?」


 ウィリアム・ストムロック。それがストムロック卿のフルネームであり……


「はぁ、昔はアリスママ、アリスママって可愛らしかったのに、どこで教育を間違えたのかしらね。

 こんなんじゃ、先代ストムロック卿に申し訳が立たないわ」


 アリスはウィリアムの育ての親の一人でもあるのだ。


(この世界に来てもう50年、20数年前にはよちよち歩きだったウィル坊も立派な貴族様か。

 まぁ、荒っぽい口調は立派とは言えないけど)


 アリス――現代の青年・山藤 孝道――がこの世界にVRMMOから転移してきて50年の歳月が経っていた。

様々な経験をした。この世界の残酷な『リアル』に打ちのめされ、最初のVRMMO感覚は微塵も残さず消え去った。

 怯え苦しんで、それでも乗り越えられず、『主人公』でも『勇者』でもない自分に気付いた。

 自分がどこまでも平和な『現代の日本人』でしかないのだと知った。

 それがアリスが歩んできた道の始まりだった。


(50年、色々な物が変わったわね。

 世界がどれだけ変わっても、結局私はまだ臆病なままなのだけどね。

 悪意が怖くて、殺すのが怖くて、誰かがいなくなるのも怖い。

 50年前と何も変わらない。ただ少し我慢強くなっただけ)


 アリスはそこまで考えて一度ため息を付いた。


「ガキの頃の話なんかすんじゃねーよ、クソババァ!」


 ウィリアムの言葉で我に返ったアリスは一度だけ彼に微笑むと、それを見て血の気が引く彼の顔めがけて飛び上がって、限界まで手加減したデコピンを打ち込む。

 バチコンッと大きな音がしてウィリアムの頭が後ろに弾かれる。

 そのままウィリアムは額を押さえて這い蹲るが、彼の従者すらも特に気にすることなく直立不動の姿勢を崩さない。


「まったく、レディにクソババァはないでしょう。

 それにその程度のデコピンで、そこまで大げさに痛がるのも頂けないわね。

 今度みっちり鍛えてあげるわ」


 転移当時のアリスは日常生活に問題があったわけではなかったが、ふとして拍子にその高すぎるステータスが表に表れていた。

 下手に他人にじゃれ付こうものなら、そのまま相手を殺してしまっても不思議ではなかったのだ。

 その力をコントロールできるようになったのも長い時間で得た成果の一つと言えるだろう。


「さて、二ヶ月ぶりねロマ。壮健そうで何よりだわ。

 あなたももういい歳なんだから少しくらい落ち着きなさいね。じゃないとまた奥さんにお説教されるわよ。

エレノーラだっていい歳なんだから疲れるでしょうに。もっと彼女を労わってあげなさい」


 呻いているウィリアムを無視して国王に向かって、王太子時代に遊びまわっていた時の愛称で呼ぶアリス。外でそんなことをすれば不敬罪は免れないだろうが、ここにいるメンバーでそれを気にする者はいない。

 ここにいる誰もが知っているのだ。アリスが王オーウェン8世とリュグナード卿の伯母でもある王妃エレノーラの二人の古くからの親友であり、同時に二人のみならずこの国全ての人々の英雄であること。

 そして……。


「アリス結婚してくれっ!」


「嫌よ」


 45年前、二人が出会ってからずっとオーウェンが事あるごとにアリスに求婚していることを。ついでに今回で800連敗であることも周知のことである。


「さて、今日の土産は『グラン・シーチキング』ですか。

 これは料理人も腕の振るい甲斐がありますね」


 宰相は一刀両断されて肩を落としている国王を無視して、アリスの『アレ』こと、いつものお土産について算段をつけていた。


「女神様も国王の求婚には微笑まないってわけねぇ。

 ほんと、身持ちの堅い女神様よねぇ」


「グレン、その女神ってのやめてもらえるかしら?

 あ、だからって冒険王って呼び名も却下だから」


 グレン・エインズワースの口にした女神と冒険王、この二つは世間が呼ぶアリスの愛称だ。かつてのアリスの偉業を人々は二つの物語とした。

 童話『臆病な女神様』

 ある町を怯えながらも救った一人の少女について語った童話である。

 小説『冒険王物語』

 一人の女性冒険者が打ち立てた様々な偉業を小説にした物だ。

 この二つは国内でも高い人気を誇る物語であり、臆病な女神様の舞台になった町では今でも子ども達に聞かせられている。

 そしてどちらもモデルとなったのはアリスなのだが、本人はこれらの呼称をあまり好んでいない。


「確かに女神様ってタマじゃねーわな。鬼ババァの方がしっくりくるぜ」


 いつの間にか復活したウィリアムが憎まれ口を叩くが、ウィリアム自身も臆病な女神様を聞いて育った一人だ。

 特にストムロック領の領主館がある町の住人はそうなのだ。かつてはストムロックとだけ呼ばれていたその町は今『アンジェリス』、天使アリスの町と呼ばれている。

 臆病な女神様の舞台となった町であり、アリスにとって第2の故郷とさえ呼べる場所なのだ。

 今はほとんど亡くなってしまったが、かつては大切な人達が沢山いた。そして今は、その大切な人達が残した人達が住んでいる。

 残酷な現実に打ちのめされたアリスを支えてくれた大切な場所は、今は守りたい大切な場所へと変わっている。

 アリスは暇を見つけてはこの町に訪れては昔を懐かしんでいる。

 そういったこともあって、ウィリアムは幼い頃によくアリスに面倒を見てもらっていたのだ。もう1人の母親と言っても過言ではない。

 当然そういう関係なのもあって、彼はアリスがかつてただの青年だったことを知っている。

 彼に限らず、この議会の人間は全員が知っているのだが。


(それにしても、随分と長い反抗期ね。

 この子も才はあるのだから、もう少し落ち着いてくれると安心できるんだけど)


「はぁ、口の悪さはまたいつか矯正するとして、とりあえず会議の方を終わらせましょ」


 そう言ってアリスが空いている最後の席に座ると、何も無いはずだった背後の空間から一人のメイドが姿を現した。

 その女性は目元を緑色の髪で隠していた。後ろ髪をポニーテールにしており、リュグナード卿やキュウテン卿の様な豊満な体つきをしていた。

 だが、そんな彼女に色気などと言った物を感じる者はここにはいない。誰にも気付かれず常にアリスの傍に仕える彼女に対して抱くのは恐怖。


「モア、一々隠密行動を取るのはやめなさい。『今の』あなたは従者として私の傍にいるのよ」


 モアと呼ばれたメイドは何も言わず、一度だけ頷くとそのまま手元にカップを一つを取り出すと、どこから出したのかティーポットで紅茶を淹れ始める。

 だが、周りはそんなものは気にもしない。見慣れた光景であるのも理由の一つだが、アリスの口にした『今は』と言う言葉が最大の理由だった。


(『今は』と申しんしたか。『今』以外なら隠密として動いてるということざんすね。

 うちの隠密連中でも見つけられないような隠密は堪忍なんし)


 キュウテン卿が考えている事はここにいる誰もが考えていることだ。

 敵対すれば全ての情報を引っこ抜かれかねない、それどころか暗殺だってできてしまう。そう思わせるだけのものがそのメイドにはある。

 何度もその技量は目にしているが、何度見ようと恐怖を感じてしまう。

 先ほど誰もがとは言ったが、この中に二人だけ例外がいる。一人はオーウェン、そしてもう一人が……


「モアの行動に一々びびってんじゃねーよ。こいつのこれは癖みてーなもんだろうが。

 ババァが命じねー限りこいつは無害だよ。そのババァだってその手の事が大嫌いなんだ。

 ほら安心だろ? むしろ心強いじゃねーか」


 ウィリアムからすれば昔馴染みのメイドの一人でしかなく、アリスの性格を考えれば大した問題でもないと言うことは理解しているのだ。

 周りの者達も理解していないわけではないが、ウィリアムやオーウェンのように無条件に信用できる程深い信頼関係を結んでいるわけではない。

 キュウテン卿は一度頭を振って恩人を疑うような真似をした事を恥じた。

そしてウッドレア卿の方を見るが、困ったような表情で頭をかいている所を見るにキュウテン卿と同じ気持ちなのだろう。

 そこでキュウテン卿は一つ今までは気にもしなかった疑問を抱きサブネスト卿を見る。

 サブネスト卿はある事情でアリスを盲信を通り越して狂信している。そのサブネスト卿が警戒を示したことに疑問を抱いたのだ。

 だがキュウテン卿の目に映ったサブネスト卿の姿は想像を遥かに越えたモノだった。


「お姉さまのお傍? お姉さまとずっと一緒? 食事中も? 寝室は? お風呂は? おトイレは? どうして、どうしてどうしてどうして

 ずるいずるいずるいずるいずるいずるい……」


 フードから覗く目は大きく見開き、口元は歪み、小声でぶつくさと呟き続けている。

 キュウテン卿は獣人の持つ聴覚故にそれを聞いてしまった。

 一人だけ警戒の意味が違うことに驚きはないが、その異常な状態に鳥肌が立ちそうになる。


「こら、エレミア。会議が始まらないからさっさと戻ってきなさい。

 今度あなたの領地にも遊びに行くから、それでいいでしょう?」


 アリスの声がキュウテン卿には救いの女神の神託に聞こえた。それくらいにエレミア・サブネストの状態は正気を削られるものだったのだ。

 アリスの発言を聞いたエレミアは恍惚とした表情で約束の時へと思いを馳せているようだったので、会議を始めるのに問題がないかと言えばそうでもないかもしれないが、それでも先ほどの状態よりはマシだろう。


「アマツも災難だったわね。これに懲りたら、今後はその子の独り言は聞かないように注意することをお勧めするわ」


 アマツ・キュウテンは自身がエレミアの言動を耳にしていた事を、アリスに知られていたことに驚きの感情を抱くが、アリスがこの世界で最も常識から外れていることはさすがに過去の大恩ができた事件で十二分に理解できていた。だから、そこまで驚くことではないと自身に言い聞かせその感情を静める。


「さあ、皆々様、楽しい楽しい会議をはじめしょう。

 会議は廻る、人も廻る。廻るのはこの会議とここの人間だけで十分。

 この国の民と隣人が廻ることがないよう、彼らが真っ直ぐ歩いていけるように、私達は精々無様にならないように踊り廻りましょう?」


 いつもの会議開始の宣言だ。いつも最後にアリスが到着して、国王が求婚して、断られて、モアに驚いて、そしてアリスが会議の開始を宣言するのだ。

 この言葉を聞いた面々は皆一様に表情を引き締める。


 ――荒くれ者みたいな態度だったウィリアム・ストムロック

 ――どこか呆けたような表情をしていたドムス・ヴァーデルン

 ――人を喰ったような表情をしていたステファニー・リュグナード

 ――目を瞑り会議の開始を待つだけだったダリル・ダムズ

 ――扇子で口元を隠して、椅子にしなだれかかっていたアマツ・キュウテン

 ――軽薄な笑顔を浮かべ何を考えているかわからないエメラド・ウッドレア

 ――汗をかくばかりで気弱な印象しかなかったブラッドフォード・アーデンベルグ

 ――恍惚な表情で約束に思い馳せるエレミア・サブネスト

 ――腰をくねらせ美の追求者を謳うグレン・エインズワース

 ――そして求婚を玉砕されて肩を落としていたオーウェン・アトラクシア・ローマン


 各々様々な思いは持っているが、それでも今は思うことは一つ


 ――今日こそはっ!


 おもむろにオーウェンの後ろに控える一人の男が手を挙げる。


「まだ宰相がグラン・シーチンキングを厨房に運んで行ってから戻ってきてないんですが、会議始めるんですか?」


 今日こそはグダグダな始まりにならないことを願った全員の想いが打ち砕かれた瞬間だった。


「まぁ、この議会の始まりはこうじゃないといけないわよね」


 一人、女神な冒険王だけが楽しそうに笑っていた。


挿絵(By みてみん)


やっと議会11人全員のフルネーム出せたー

あとサブタイの 臆病な女神様 も少しだけ回収。

詳細は一章を待ってね!女神と書いてゲロインと読む!

次回から会議開始ですよ!ほんとですよ!

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