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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第1章 そして『俺』は『私』への一歩を踏み出した
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第1章 そして『俺』は『私』への1歩を踏み出した3(終)

ブクマとか色々本当ありがとうございます


 ――数十分後、アリスは討伐隊の面々と軽く顔合わせと挨拶を行っていた。何故かやけに物覚えがよく、すぐに全員の顔と名前を覚えられた。ステータスが適応された結果、知力も上がった影響だろう。

 そのおかげもあって全員をスキルの影響下に入れることはできた。この辺りは通常の強化スキルと違ってパーティー全体効果である分楽だろう。通常の強化スキルだと複数対象でもパーティー外にも使える代わりに対象選択をしないといけないのと、対象人数が決まっている。

 パーティー全体効果の場合はAWO時代にはパーティー最大人数の六人が限界だったが、この世界にはパーティー最大人数が存在しないため、効果人数に制限がない。


「スタンピート第一波が見えたぞぉ!」


 そこに見張りの報告が響いた。全員の顔が一気に引き締まり、各々自分の武器を構えて門の出口へと足を向ける。アリスも壁の上に上ってモンスターを目視しようとする。さすがに身体能力や知力は上がったが視力は変わらない。なので、一枚の巻物を取り出してその使い方をイメージする。そうすると、巻物に魔力が流れていき、巻物は開かれて輝く。


(鷹の目のスクロールは問題なく機能してくれたわね)


 今のアリスの目にはモンスターの姿がはっきりと見えている。視力を上げるスキルを発動するスクロールアイテムを使用しためである。

 アリスの目に映るのはAWOで何度も見た、初心者卒業用と称されるLV50前後のモンスター達だった。少しだけアリスの表情が懐かしさに緩む。しかし、この世界はAWOとは違うことを思い出して、すぐに表情を引き締める。


「『燃え上がれ!』『駆け抜けろ!』『目を凝らせ!』『打ち砕け!』『いけるぞ!』『突き進め!』」


 プリンセスのステータスアップ系スキルである、『号令系』全六種を連続で発動するアリス。STRとVIT上昇の情熱の号令、AGIとDEX上昇の鮮烈の号令、INTとMND上昇の深遠の号令、クリティカル率上昇の撃滅の号令、HP(体力)、MP(魔力)、SPスキルポイントの回復速度を上げる悠久の号令、移動速度上昇の出陣の号令。

 前提ジョブの恩恵を受けられないプリンセスは支援スキルに特化している。全ステータスを他のスキルによる上昇とは別枠で上昇効果を付与できるため、効果の上書きが発生しない。レイドボスやボス戦には必須と言われる所以である。

 討伐隊の面々の身体に力が湧き上がってくる。湧き上がってきた力に困惑を見せながらも、その力に勝てるという確信を抱いた。


「確かにこれはすごいわね。でもこれならいけるっ!」


 受付の女性が笑みを浮かべて杖を軽く振って魔力を集中させると、杖には今までに感じたことがない程の魔力の流れを感じた。LVに換算すれば10や20ではきかないだろう。それだけの強化を得られるのは逼迫した現状では心強い。

 遠くにはモンスターの姿が見えるが、さっきまで程の絶望感はない。討伐隊の面々は身体だけでなく、心にも力が漲るのを確かに感じていた。

 モンスターの進行方向に合わせて討伐隊の配置が完了する。アリスはその中の一番後方に配置された。アリスには支援のかけ直しの役目もあるため、最優先の護衛対象として扱われている。


(もうすぐ、モンスターが『範囲内』に来る……)


 だが、アリスにはまだできることが残っている。そして震える身体でその時をただ待っていた。

 モンスターの姿が大きくなっていき、ついに戦闘が開始される。その直前……。


「『跪きなさい!』『戦闘を開始しなさい!』」


 アリスの声が戦場に響き渡った。だが、その声は討伐隊に向けたものではなかった。


「モンスターの動きが止まった?」


 討伐隊の一人が呟いた通り、モンスター達が動きを止めて明らかに怯えている様子だった。討伐隊達がアリスの顔を見る。口は震えて歯が鳴っているし、自信の身体を抱き締めて必死に震えを押さえ込んでいる。しかし、その目だけは敵を真っ直ぐ見つめていた。

 彼女が討伐隊を勝たせると言った、その意味を全員が履き違えていたことを悟る。何も彼女は強化支援のことだけを言っていたのではない。今行った『威嚇』と『大号令』によりモンスターへの弱体まで含んだ言葉だったのだ。


「いいじゃない! ほら、私達の小さな『女神』様が勝利の糸をたらしてくれたよ! 冒険者も兵士も気張りなさい!」


 受付の女性が討伐隊全員に対して檄を飛ばす。それを聞いて討伐隊は戦場を震わせる程の雄叫びを上げながら、モンスターに向かって駆けだしていく。

 最初の一人がモンスターに接敵し武器を振るうと、武器はまるでバターでも斬るかのようにモンスターを両断してしまう。あまりの勢いに倒したはいいが、身体がその勢いに持っていかれそうなるほどだった。

 それを見て更に勢いの付いた討伐隊は次々に接敵してはモンスターを一刀両断にしていく。敵の数が目に見えて減っていく。


(やれるわよね? 大丈夫よね? あっ……)


 アリスは戦闘の流れに確かな手応えを感じる。だが、それと同時に見たくないものは目に入ってきてしまう。両断されたモンスター、魔法で様々な死に方をするモンスター。目に映るのは溢れ出る内臓や、死に際の光が消えていく瞳。魔法で燃やされたモンスターの嫌な臭い。死が戦場に満たされていく。

 それを感じてアリスはすぐにしゃがみ込んで口元を押さえるが、込みあがってくるものを押さえ込むことはできず、それは溢れ出した。


「ちょっと、大丈夫!? って、服まで汚れてるんじゃ……あれ、服は綺麗なまま?」


 アリスはしゃがみ込んで嘔吐してしまっている。それを心配した受付の女性が話しかけるが、汚れていると思っていた服が汚れていないことに気付く。アリスの服は『真祖のブラッドドレス』というクエスト産の吸血鬼専用装備であり、『穢れを払う』という設定がある『神話級』装備だ。汚れはすぐに消えるし、壊れもしない。

 アリスは揺れる瞳で地面に視線を向けて動かない。しばらくそうしていたが、第一波が片付く頃には虚ろな瞳ではあったが、立ち上がることができた。

 立ち上がったアリスは再び討伐隊にスキルをかけ直すが、その言葉には最初ほどの覇気は感じられなかった。更にスキルをかけ直し終わると同時に、そのまま尻餅を付いて座りこんでしまう。


「あなた、本当に大丈夫なの? 顔色も悪いし……」


 受付の女性がアリスを介抱しながら質問するが、アリスは何も答えられないまま戦場に視線を向けている。

 受付の女性はこういった状態の人間に心当たりがあった。仲間を失ったりなどで心を折られた冒険者は皆こういった状態になる。

 だが女性の心当たりとは違い、アリスは心が折れているはずなのに、支援だけではあるが戦闘に参加しているし、あまりに高い能力を持っている。これだけ高い能力を持っているなら死を何度も乗り越えてきたはずなのだ。折れるまで大切なものだけは失わなかったのか、アリスの存在は女性にはちぐはぐに見えた。

 女性の考えを余所にアリスは第二波に向けて『威圧』と『大号令』を発動する。

第二波登場から十数分もするころには、モンスターの数は数えられるくらいまで減っていた。そうしてすぐに残りのモンスターも殲滅され、確認されているモンスターは第三波のみとなった。


「あと少しだよ。あなたのおかげで町は守れるのよ」


 アリスはその言葉に小さく笑みを浮かべた。その様子に女性は少しだけ安心することができた。アリスは第二波との戦闘の間も胃液しか残っていない腹から、何度も嘔吐物を吐き出していた。その度にアリスは顔を歪めて涙を流していた。女性はその様子をずっと側で見ていた。だからアリスについて一つの可能性を考えた。


(この子はちぐはぐだ。力はあるが、戦いに、命を奪うことに不慣れすぎる。だから、この子は命を奪うことに、奪われることに耐えられないんだ)


 それが女性が出した結論だったが、それはほぼ的を射た考えだった。さすがに異世界人で突然能力が高い身体になった、などとは考えられないだろう。

 アリスはもう一度なんとか立ち上がってスキルを発動する。すでに足はふらついており、身体は不規則に揺れている。


(なんでこんなことになったんだろう。どうして私はここにいるのだろう。『俺』は『私』になれているのだろうか。あぁ、『私』は本来こんなに無様じゃない……)


 『青年』は心の中で『アリス』になりきれない自分に強い無力感を抱く。アリスを演じて辛うじて一歩踏み出すことはできたが、そこまでだった。戦闘を恐れる気持ちはなにも変わっていない。『青年』が思い浮かべる『アリス』は戦うことを恐れたりしないし、こんな無様に嘔吐したりはしない。だが、一つだけ思い浮かべるアリスと変わらない点があった。それはとても残酷なもので、『青年/アリス』の心を苛むものだった。

 アリスの目の前でモンスターが切り裂かれている。戦いはもうじき終りを向かえるだろう。だがアリスの心は晴れない。その心には暗いものが巣食っていた。

 アリスの心には吸血鬼の本能が顔を出し始める。夢の中の黒い少女が笑っている、そんなありもしない光景が思い間では消える。

 夜は魔性の時間。アリスを苛むのは『吸血衝動』。討伐隊やモンスターの血の臭いが、『彼女』の食欲を刺激する。


(皆がんばって戦ってるのに、こんなの『バケモノ』じゃない……)


 息を荒げるアリスは座りこんだ姿勢のまま、アイテムボックスからブラッドポーションを取り出すと、それを一気飲みする。すると呼吸は自然と落ち着いていき、『吸血衝動』はなりを潜めていく。

 最後の一匹が冒険者の手で切り捨てられた。討伐隊の勝鬨を上げる叫びが戦場に鳴り響き、戦いが終りを向かえたことを告げた。


「ほら、見てごらん。あなたのおかげで勝てたんだよ。しかも、こっちの被害はなしときた。大快勝だよ」


 受付の女性が未だ朦朧とした表情で戦場に視線を向けるアリスを後ろから抱き締める。アリスを『女神』と呼んで勝利の雄叫びを上げる討伐隊を、どこか遠い出来事のように見つめる。それでも戦いの終りを理解し、彼女の目蓋は徐々に落ちていく。


 ――これは夢なのだろうと考える。今まで何もなかった空間に赤い水が溢れている。そして目の前には黒い少女が立っている。それが何なのかもうわかっている。

 それは『青年』が忌避し嫌悪する本能、そのイメージだ。決して本能そのものではない。目を背けたい自分の中にある本能。そのイメージなのだ。『アリス』になるということは、それすらも演じなければいけないのだろうが、『青年』にはそれができなかった。

 『青年』はどこまでも普通の日本人で、どこまでも中途半端で、どこまでも臆病者で、どこまでも卑怯者なのだ。

 目の前の黒い少女が手を伸ばすが、『青年』は顔を背けて目を瞑る。明確な拒絶を受けて、黒い少女は姿を消す。

 後に残されたのは『血の沼』に佇む『アリス』だけだった。


 ――アリスが目を覚ますと、そこはいつもの宿の一室だった。その日を境にアリスはこの町の有名人になる。小さな『女神』として様々な住民に礼を言われ、たくさんの人から声もかけられた。その中には女将さんとジムもいた。

 だが、彼女の表情が晴れることは一度もなかった……。


やっと第1章終わった!

次回第25章、の前に○○○○編 プロローグ 45年の軌跡・グリムス領主の苦悩

を一話だけ挟みます。

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