表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第1章 そして『俺』は『私』への一歩を踏み出した
27/107

第1章 そして『俺』は『私』への1歩を踏み出した2

ブクマ・評価ありがとうございます

私に前書きのネタをくれ

あ、あと過去の投降にさかのぼってセリフの改行少し変えました


 ――目の前に黒い何かがいる。黒い何かは黒い何かでしかなく、それが何のかは理解できない。黒い何かは小柄な少女にも見えた。黒い少女は何もない空間に立っている。

 『彼』はしばらくの間その少女を見続けていたが、突然黒い少女を挟んだ向こう側にジムと女将さんの姿が現れる。黒い少女は二人に近付いていく。『彼』にはこの後何が起きるのかわかる。わかってしまう。

『彼』は叫ぼうとするが、声が出ない。黒い少女は『彼』に振り返ることもせずに二人へ近付いていき、ジムの首筋に噛み付いた。ジムの首筋と黒い少女の口から赤い雫が流れ落ちる。

ジムが脱力して倒れこむと、黒い少女はジムにしたのと同じように女将さんの首筋に噛み付く。そして女将さんも倒れこんでしまう。黒い少女は倒れこんで動けない二人に向けて剣を振り上げる。そして……。


二人が赤く爆ぜた。


――


「やめろぉおっ!」


 『少女/青年』がベッドの上で飛び上がって叫び声を上げた。ここは先程まで『夢』に見ていた何もない空間ではなく、『少女/青年』がこの一ヶ月間借りしている宿の一室だった。

 『少女/青年』は息を荒げながら周りを見渡して、そこが一ヶ月ですっかり見慣れた部屋であることを確認する。そして近くにある枕を抱き寄せて涙を流し始める。

 『少女/青年』がこの世界に来て一ヶ月――日本換算――程経ったが、『少女/青年』はこの部屋から一歩も出ていない。外が怖くて、自分の簡単に生物を砕いてしまう力が怖くて、何もかもが怖くて、この世界が憎くて、部屋に引き篭もることしかできなかった。

 この一ヶ月で吸血鬼になった身体には吸血衝動があることを知ってしまった。幸いダンジョン攻略後でブラッドポーションを大量に持っていたため、それで衝動を抑えることはできた。

 だが、その吸血衝動は『悪夢』として恐怖と共に姿を現した。目を瞑り眠る度に様々な形で『悪夢』は現れる。最初は黒い少女だけが人の形をしていた。しかし、この一ヶ月の間でジムや女将さんが『少女/青年』を気にかけてくれ、二人に対して少なからず好意を抱くようになると、『悪夢』の中に明確な被害者が生まれた。

 『少女/青年』は勇者なんかじゃなかった。『少女/青年』は自分は『バケモノ』なんだと思った。毎晩人の血を求めて喉が渇き、明確な殺意などなくとも容易に生き物を殺してしまえる力がある。こんなものバケモノ以外の何者でもない。少なくとも『少女/青年』はそう考えている。

 それでも『少女/青年』には自分の命を絶つことも、誰かに好意を抱かないようにすることもできなかった。最初は自分の命を絶とうと剣を首筋に当てたこともあった。でも、そこで手が動かなくなった。死ぬのも痛いのも怖くて仕方がなかった。だからといって、そこで開き直ることもできなかった。

 『少女/青年』は一ヶ月の時間をこの部屋の中だけで生きてきた。身体を拭くタオルもお湯も食事も女将さんが持ってきてくれていた。その度にこんな状態でも空腹を訴える自分の身体を恨めしく思った。食事を取る度に時間をおいて全て嘔吐物として吐き出してしまった。

 『少女/青年』の身体と心はとっくに限界など迎えていたが、それでも何ができるわけでもなかった。そのままこの部屋の中に引き篭もり続け、寝るか呆けるかの生活を送っていた。


 ――宿の一階ではジムと女将さんが話をしていた。ジムはほぼ毎日『少女/青年』の様子を見に来ていた。関わった以上、せめて身元がわかるか、ちゃんとした証明証を得るまではと思い放り投げることができなかったのだ。


「あんたもそんなんじゃ、ミィファに愛想を尽かされちゃうんじゃないかい」


 女将さんの言葉に困った表情になったジムは肩を落として口を開いた。


「まだ、告白もしてないんだけどな……」


 それを聞いて女将さんは引きつった表情で引き気味である。ジムももう20台後半、それが好きな女に告白の一つもできないでいるというのだがら引き気味にもなる。ちなみにミィファというのは酒場で働いている笑顔の眩しいウェイトレスの女性19歳だ。

 二人がそんなことを話していると、ジムの同僚の一人が慌てた様子で宿屋に入ってきた。同僚は何度か大きく深呼吸をすると、慌てている理由を告げた。


「なにやってんだ、ジム! 来い、スタンピートが起きたぞ。今回は規模の大きさもモンスターのLVも段違いだ。女将さんも早く広場に避難してくれ!」


 早口で告げた同僚はジムの腕を引っ張って宿屋を出て行く。女将さんは突然の出来事に理解が追いつかず、すぐに動き出すことができなかった。


 ――『少女/青年』は突然部屋に押しかけてきた女将さんに連れられて、女将さんの家族と一緒に夜の町の中を走っていた。他の宿泊客は先に逃げたらしい。スタンピートから起きたから避難するとしか聞いていないが、それを聞いた時恐怖で身が震えたのを覚えている。


(転移者のいる町にスタンピートが起きる。まるでラノベじゃん。でも俺はラノベの主人公じゃないんだ……)


 門番や冒険者が何とかしてくれる、そう考える『少女/青年』だが、冒険者が存在していることを確認しているわけではない。だが何とかしてくれると考えて現実から目を背ける。『少女/青年』が自分で何かをしようなどとは微塵も考えてはいない。

 避難の最中、門へと向かい『少女/青年』とは逆方向に走る冒険者達の会話が聞こえてくる。


「今回のスタンピートは確認できてるだけで、LV60オーバーがかなりいるらしいぞ」


 それを聞いた『少女/青年』はその敵のLVの低さに安心する。だが自分の手を握る女将さんの手が震えていることに気付いて女将さんの顔を見ると、青褪めた表情で驚愕していた。


「LV60オーバーなんて、この町じゃ相手できるのなんて三人しかいないじゃないか……」


 LV60はAWOでは初心者を脱したばかりのプレイヤーのLVだった。それがこの町では絶望的な数字だというのだから、『少女/青年』はそこに驚くばかりだった。

 そんな『少女/青年』の様子を恐怖で怯えているのだと勘違いした女将さんが、『少女/青年』を抱きしめる。


「大丈夫だよ。あんたのことはアタシが守ってやるからね……」


 女将さんの家族も『少女/青年』を見て拳を強く握っていた。考えて見れば当然の話だった。『少女/青年』が今まで使っていたお湯、タオル、食事、それを用意していたのは女将さん一人ではない。宿で働く女将さんの家族が用意してくれていた物も多いのだ。

 食事の残し具合などを見て女将さんの家族も『少女/青年』のことを心配してくれていた。


(『俺』には何もできない。できないんだよ……)


 その光景で奮起できるほど『少女/青年』の心は強くはなかった。もし『少女/青年』が戦えばモンスターを蹂躙することすら可能だろう。そんなことは『少女/青年』にもわかっているが、それでも『少女/青年』は戦うという選択を取ることができない。


(いくら、アリスの身体でも『俺』には戦うことなんて……アリス?)


 そこで思い出すのは『悪夢』の中の黒い少女だった。彼女はアリスの身体と本能を持った何かだったのだろう。アリスは『少女/青年』にとって娘のような存在だ。だが『少女/青年』は今それに縋ろうと考えてしまう。

 このままでは自分だけじゃなく、女将さんとその家族、そしてジムまで死んでしまう。それが怖かった。戦うことも失うことも両方怖い。だったら、『彼女』に任せてしまえばいい。だが『彼女』も結局は『彼』なのだ。どうやって縋ればいいかわからない。


(思い出せ。『俺』はアリスをプレイしている時どうしていた?)


 AWOでアリスをロールプレイしていた時のことを思い出す。アリスは高貴な吸血鬼の姫で、クールな少女だった。だが、その冷たさの中に優しさを確かに持っていた。

 『少女/青年』は心の中でアリスに謝罪して口を開く。


「『私』、行くわ……」


 その言葉に驚いた女将さんを振り払って走り出す。後ろを見ればもう進める気がしない。口調だけ真似ても根っこの部分が『彼』のままなのは変わらない。それでも走り出した足を止めることはできない。夜の闇を吸血鬼の『彼女』が走りぬける。


 ――門の前では兵士と冒険者が集まっていた。これから始まるのはモンスターの大群との生死を懸けた戦いだ。それも今まで以上に大規模で強力な相手だ。その場の誰もが緊張した面持ちをしていた。ジムもその中にいる。


(ミィファに告白しとくんだったなぁ……)


 思い描くのは意中の女性の姿だった。自分の情けなさに今更ながら後悔が募る。

それは何もジムに限った話ではなかった。周りにいる多くの者が同じように後悔を抱えた表情をしている。顔を俯かせて歯を強く噛み締めている。


「顔を上げなさい! 私達が負ければ町が蹂躙されるのよ! 私達は負けない、負けられない!」


 集団の先頭にいるエルフの女性が声を上げる。彼女は冒険者ギルドの受付業務をしている人物だった。女性は数少ないLV60のモンスターと戦える人物であり、町で二番目にLVの高い人物でもあった。

 女性の言葉に全員が顔を上げる。絶望的な状況が変わったわけではない。しかし、それでも立ち向かうしかないという覚悟を決めた。


 ――通しなさいっ!


 そんな場に似つかわしくない鈴の鳴るような幼声が響いた。そこには震える足で必死に踏み止まる少女が、兵士の一人に道を塞がれている姿があった。少女は今にも泣きそうな顔でここに集まった者達に視線を向けている。


「私は吸血鬼の姫、アリスよ! 私があなた達を勝たせてあげるって言ってんのよ!」


 『吸血鬼』その言葉を聞いても周りの反応はいまいちだった。アリスは飛び出したはいいがどうやって討伐隊に入るかを考えていた。その答えが『吸血鬼』の名を使うことだったのだが、大きな誤算があった。


「おい、キューケツキって何だ? 姫様って言ってたし、どっかの国の名前?」


 冒険者の一人が口にした言葉が示す通り、この世界に『吸血鬼』が存在していなかったのだ。アリスは自分の作戦が失敗したことを確信させられた。


「あ、君! どうして君がここにいるんだ!?」


 ジムがアリスの存在に気付いて駆け寄ってくる。アリスは駆け寄ってきたジムに気付いて視線を向ける。


「私は、あなた達を勝たせる為にここに来たのよ。聞けばほとんどLV30以下らしいじゃない。それでLV60の群れと戦おうなんて無茶もいいとこだわ」


 アリスは必死に震える身体を両腕で押さえ込みながら、ジムとその背後にいる討伐隊に向けて言葉を紡ぐ。しかし周りの反応は渋かった。アリスのような少女が勝たせるなどと言っても誰が信じられようか。見た目と相まって勘違いした貴族の令嬢が突っ込んできたようにしか思えない。

 その空気を察知したアリスは小さく舌打ちをすると、ジムを見つめる。


「この場で今から証明するから、ジム、私を信じて……」


 ジムは怯えを含んだ瞳を見て、小さくため息を吐くと一度だけ頷いた。


「何をするのかわからないけど、一度だけ何をするのか見せてもらうさ」


 ジムの言葉を聞いて、少しだけ笑ったアリスは頭の中にスキルを思い浮かべる。思い浮かべるスキルはプリンセスの代表的な『号令系』と呼ばれるものだ。アリスは頭に浮かんだ手順に従い腕を横に振って力を込めて言葉を紡ぐ。


「『燃え上がりなさいっ!』」


 その瞬間、何も起こらなかった。否、起こったように見えなかった。周りがため息を吐くのと反対にジムだけは驚いた表情で、手を何度も握っては開いてを繰り返している。更に剣を握って口を開く。


「あ、あり得ない。何だこれ。何でこんなに力が湧き出て来るんだ?」


 凄い速度で剣を素振りしているジムの言葉に、疑問の視線を向ける討伐隊の面々。アリスは一歩前に出て声を上げる。


「私の能力なら、私がパーティーと認識した全員に、身体能力超強化の効果を与えることができるわ。それこそ、LV二倍差くらいひっくり返せるわよ!」


 その言葉に周囲がざわめきだす。ジムの周りにも人が集まって、ジムに質問攻めをしている。

 今アリスが使った『情熱の号令』を含む『号令系』スキルはパーティー全体に強化を施すスキルである。この世界におけるスキルのパーティーへの効果は、AWOとは違いシステム的なものではなく、ある程度の信頼があれば、あとはスキル使用者の認識だけで効果を発揮する。理由はわからないが、アリスはそれを直感的に理解できた。

 味方の強化に特化したプリンセスの『号令系』スキルは高い効果を発揮する。それこそ、LV20前半のジムがLV70オーバーの力を得るくらいには高い効果を持つ。元の能力が高い対象に使えば更に高い効果を得られる。

 ざわめく討伐隊の耳に手を叩く音が聞こえる。その音の発生源は受付の女性だった。


「わかったわ。でもあなたをその震える身体で前線に出すつもりはない。支援にだけ徹してもらうわ」


 その言葉を聞いてアリスはなんとか自分が討伐隊に加われたことを悟る。そして後衛で支援だけをすると聞いて、安心していることに気付いてしまった。


(戦わないでいい事に安心してる。でも、できないものはできないのだから、仕方ないじゃない……)


 アリスは身体を抱きしめて必死に震えを押さえる。

 戦いの時は近付いている。接敵まであとわずかであり、討伐隊は戦闘の準備に取り掛かる。アリスは自分の役目を果たすべく頭の中に、ありったけの『号令系』スキルを思い浮かべる。

 アリスは気になってジムの顔を見ると、歯を見せて大きな笑みを浮かべていた。その姿に少なくない安心と喜びを感じながら、アリスはスキルの発動に専念するのだった。


おかしい、おかしい

終わるはずだったのにどうして終わらなかったんだぁ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ