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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第1章 そして『俺』は『私』への一歩を踏み出した
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第1章 そして『俺』は『私』への1歩を踏み出した1

1章開幕です

ブクマ、評価ありがとうございます!


 ――白磁のような白い肌と銀色の髪を赤く濡らす少女が、暗い森の中を駆けている。息を荒げ、顔は恐怖で歪んでいる。その少女が木の根に足を取られて顔から転倒した。少女はそのまま動くことなく身体を震わせてえずいている。身体を起こそうと両手を地面に付いた後、力を入れようとするが、うまく身体が持ち上がらず四苦八苦しているようだ。

 何度も挑戦してようやく身体が少し持ち上がったが、少女はその姿勢のまま口から胃液と思われる液体を吐き出す。瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

 そうして少女が虚ろな瞳で地面を見ていると、森の奥から緑色の肌をした小人、ゴブリンが姿を現す。それに気付いた少女が尻餅をついてゴブリンの方を見た。ゴブリンの顔は喜びで歪み、腰布の中心が隆起している。少女はそれがどういうことなのかを理解してしまった。


「ふざけんなっ! 来んな! こっち来んなよ!」


 美しい顔立ちと光を反射する銀糸の髪を持つ少女が、その容姿と反した男勝りの口調でゴブリンへと叫ぶ。だが、ゴブリンは笑い声を上げなら少女へと近付いてくる。少女は尻餅をついたまま必死に後ろに下がって逃げようとするが、ゴブリンが飛び掛るほうが早かった。少女はゴブリンに押さえつけられ、涙と恐怖で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に抵抗する。


「やめろよ! 離せ、離せっ!」


 抵抗する少女の腕がゴブリンの手を逃れ振り回される。ゴブリンはその様子すら楽しんでいるのかだみ声で笑い声を上げている。振り回された腕がゴブリンの頭部へと触れた瞬間……。


ゴブリンの頭が爆ぜた。


 腕が触れると同時に感じる風船が弾ける様な感覚。目の前から降り注ぐ真っ赤な色の液体と何かよくわからない物体、そして鼻につく臭い。少女はそれが何かを悟って、また這いずるような体勢に変わると胃液を嘔吐する。


「なんで、なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ、ふざんけんな……」


 先程まで少女は意気揚々とモンスターを探していた。最初に見つけたモンスターは豚の頭を持った巨大なオークと呼ばれる存在だった。少女はオーク目掛けて飛び込むと、手に持っていた剣を横薙ぎに振るい胴体を真っ二つにする。ここまではよかったのだ。だが少女はここで現実を知ることになる。

  『少女/青年』がゲームをプレイしていた時にはなかった『現実リアル』がそこにはあった。二つに分けられた胴体からは内臓が溢れ出し、返り血が降りかかる。その後に鼻腔に入り込む嗅いだことのない嫌な臭い。オークの頭部を見れば見開いて光を失った瞳が目に映る。

 それを感じた瞬間『少女/青年』はその場に這いずって嘔吐していた。幸い胃の中に内容物がなかったため、飛び出したのは酸っぱい胃液だけだったが、精神的な疲労は変わらない。

 予想と違う現実に打ちのめされた『少女/青年』は逃げるようにその場を飛び出して、森の中を彷徨っていたのだ。

 『少女/青年』は憔悴した表情で森の中を彷徨い続ける。こんなはずじゃなかった。異世界転移したのだから、かっこよく戦って色んな人から持ち上げられて英雄などと呼ばれたりする。そうなるのだと思っていた。だが初めて味わった生き物を切り裂く感触、初めて浴びる溢れ出るそれが生き物だった証、そして初めて見る光を失い往く瞳。それらは考えていた華々しい活躍とはかけ離れたもので、『少女/青年』に『現実リアル』を突きつけるのに十分なものだった。

 『少女/青年』が森を彷徨っていると木々の隙間から遠くに壁のようなものが見えた。『少女/青年』は何も考えずそこへ向かって足を向けた。

 しばらく歩くと門と思われる建造物に辿り着く。顔や髪を血塗れにした『少女/青年』の登場に周りが一瞬呆気に取られたように静まり返る。ふらふらと歩く『少女/青年』を心配した門番の一人が駆け寄って話しかける。


「おい、君大丈夫か? 何があった?」


 『少女/青年』は門番の言葉に返事を返すことなく、ただボーっと門番の顔を見ている。門番は『少女/青年』の身体を見るが怪我はなさそうで安心する。服の損傷を見ていると、その服があまりに高価な布であり、デザインも町娘が着るものより明らかに豪奢であることに気付く。


「貴族様でしたか。とりあえず門の中へお入り下さい」


 口調を正した門番は『少女/青年』を連れて門の中へと歩いていく。詰め所に着くと門番は『少女/青年』を椅子に座らせて、自身は向かいに座る。

門番は話を聞こうとするが、何を聞いても『少女/青年』は俯くばかりで口を開こうとせず、身元を確認することすらできないので困ってしまう。

 身元がわからないということは、税の徴収元がわからないことと同義である。町に住むなどの領主の恩恵を受ける以上は税を納めなければならない。冒険者ギルドや商会ギルド、町民会などの組織に所属してそこを経由して税を納めるか、貴族ならば家毎で税を納める。

 こういった徴収元を証明するものがあれば門の通行は無料になり、所属組織に拠点変更届けを出すか、もしくは新しく町民会に入ることになる。

 逆に徴収元を証明するものがない場合は門の通行は有料となり、それを税の代わりとして数ヶ月の内にどこかの組織に所属してもらうことになる。無所属者はリストにも記帳され、組織に所属すればリストから名前が消されることになる。もしくは、数ヶ月で仮証明を返却して町を出れば、旅行者として処理される。

 長期間町に滞在して無所属でいると、通行料支払い時に渡される仮証明に組み込まれた魔法を辿って兵士が押し寄せる。もし仮証明を捨てたりしたならば、同時に町での人権を失うことになり、今後冒険者ギルド以外のほとんどの組織に所属することはできない。

 つまり現在門番は『少女/青年』に対して話を聞きだすか、通行料を請求して仮証明を渡すかしなければ町に入れることができないのだ。貴族であったならば、名前や家紋などを領主に報告すれば済むのだが、それを聞きだすことができないのが現状なのだ。


「はぁ、話してもらえないなら通行料を払ってもらうことになりますが、お金をお持ちでしょうか?」


 その言葉に初めて『少女/青年』が反応を示す。『少女/青年』顔を上げておもむろに手を差し出すと、手の上に乗った一枚のコインを差し出す。門番も見た事のないコインだった。少なくとも貨幣ではない。貨幣もコインの形をしてはいるが、『少女/青年』の差し出したコインのように綺麗な装飾は描かれていない。

 そのコインではダメだと悟ったのか、『少女/青年』はコインを握ってまた俯いてしまう。それを見た門番は居た堪れない気持ちになってしまい、頭をガシガシとかく。

 数瞬して門番は何かを思いついたのか、部屋の外の同僚を呼ぶと言伝をお願いする。


「ボンドさんを呼んできてくれないか。ちょっと面白い工芸品があるみたいなんでな」


 同僚は小さくため息をついて苦笑いになると、部屋を出て走って行った。それからしばらく部屋の中を沈黙が支配していた。何の音も響かない時間が四時間ほど続いた後、部屋のドアが開かれ小太りの禿げた男性が入ってくる。


「ボンドさんありがとうございます。さぁ、貴族様さっきのコインをボンドさんにお見せしてください」


 それを聞いて『少女/青年』がもう一度コインを出して、ボンドと呼ばれた男性に手渡した。ボンドは渡されたコインを熱心に見ると、顔を驚愕に染めて口を開いた。


「こいつぁすごい! ここまで均等な円形を持ち、ここまで繊細な装飾が施され、しかも完全純金製ときた。これならかなりの額で買い取りますよ!」


 ボンドは昂揚した様子で持っていた鞄から金貨を取り出す。その枚数50枚。この世界における一般人の稼ぎが月金貨10枚前後、食事は大衆食堂で一食銀貨三枚前後である。


「この金額で買い取りたいと思いますがいかがですかな?」


 ボンドがそう問いかけると『少女/青年』は小さく頷いて肯定を示した。それを見てボンドは金貨を改めて数えながら渡すと、受け取ったコインを眺めて嬉しそうな顔をしている。一頻りコインを楽しんだボンドは、一つだけ咳払いをして再度口を開く。


「貴族様、今後ともボンド商会をよろしくおねがいいたします」


 そしてボンドは興奮が冷めないのか、その大きな身体を弾ませながら詰め所を出て行く。それを見てから門番は苦笑いしながら『少女/青年』に話しかける。


「通行料は金貨二枚です。身元がわからない以上は領主様に引き渡すわけにもいきませんし、こちらで宿を紹介しますね」


 『少女/青年』は小さく頷く形で答えを返すと、金貨を二枚門番に渡す。門番はそれと引き換えに仮証明を渡して立ち上がりドアへと足を向ける。『少女/青年』もそれに合わせて立ち上がり、門番について行く。

 門番と『少女/青年』が詰め所を出て日が落ちた町を歩き始めてから数時間。『少女/青年』は門番に渡されたフードを被っている。『少女/青年』の容姿で頭部が血に濡れているのは目立つからだ。

そして二人は一軒の宿の前で立ち止まる。看板には『子猫亭』と書かれていた。

 門番は一度だけ『少女/青年』の顔を窺うと、宿の扉を開いて中へと足を踏み入れる。『少女/青年』もそれに続いて中へと入っていく。


「女将さんいるかい?」


 門番が声をかけると、カウンターの奥から歩幅のいい中年女性が姿を現す。女性は肩を叩きながら門番の顔と『少女/青年』を見ると、大きなため息をついて口を開いた。


「なんだい、ジム。ここは貴族様をお連れするような場所じゃないよ!」

「ちょっと訳ありっぽいんだ。表向きは仮証明の旅行者ってことになる」


 ジムと呼ばれた門番は事情を説明する。女将さんはそれを聞いてまたため息をつくと、『少女/青年』の方を見る。


「部屋は用意するよ。うちは一泊金貨一枚。食事は一食銀貨二枚と銅貨三枚だよ」


 それを聞いた『少女/青年』はフードを外すと先程受け取った金貨を10枚で一束にして、四束を女将さんに渡す。女将さんは目を丸くするが、すぐに気を取り直してそれを受け取って『少女/青年』に説明をする。


「これで泊まれるだけってことね。とりあえず30日様子を見てそれ以降はその時相談でいいかい?」


 『少女/青年』はそれに首を縦に振ることで返事した。


「あとタオルはすぐ部屋に持って行くから待ってなよ。綺麗な容姿が台無しじゃないか」


 女将の親切心から出た言葉に『少女/青年』は一瞬だけ顔を強張らせる。戦闘のことを思い出したのか、自分の身体が変わってしまったことを思い出したのか、恐らくその両方だろう。

 それから『少女/青年』は何も言わずただ案内されるままに女将さんに付いて部屋に向けて歩き始める。後ろではジムが手を小さく振っている。だが『少女/青年』にはそれに挨拶を返す元気はなかった。

 数分で『少女/青年』は部屋に到着し、女将さんがドアを開けて部屋の諸注意をする。それに首を振る動作だけで答える。そして諸注意が終わると同時に『少女/青年』は部屋に入ってベッドに倒れこむ。その様子を困った顔で見ている女将さんだが、その後すぐにドアを閉じて部屋をあとにする。

 女将さんの気配が遠ざかるのを感じて『少女/青年』はベッドの上で嗚咽を漏らし始める。頭の中はぐちゃぐちゃで、ただ『何で自分が』という気持ちで一杯だった。『生き物モンスター』を始めて殺した嫌悪感、モンスターに犯されかけた恐怖。そういったものがグルグルと頭の中を回っている。

 嗚咽は次第に号泣へと変わっていく。『何で自分が』という疑問は世界への憎悪へと変わっていく。『少女/青年』は虚ろな瞳から涙を流しながら、世界への憎悪を泣き声へと変えて発し続ける。そのまま『少女/青年』は夢に落ちる。落ちていく。この世界の『現実リアル』が見せる悪夢の世界へ落ちていく……。


次回でたぶん1章終わります(ぇ

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