第24章 冒険者領にようこそ!3(終)
第24章完結です
ブクマありがとうございます
――翌朝、アリスが食堂に行くとさわやかな笑顔のカイトが手を上げて挨拶をしてくる。
「おはよう! いい天気だね!」
(う、うぜぇ……)
アリスは片眉を動かしながら内心毒づくが、今のカイトはそれに気付くこともなくさわやかな笑顔で笑っている。ちなみに外はアリスには最悪なことに快晴である。
カイトは朝食の間も有頂天で、まるでクリスマスか誕生日にはしゃぐ子どものようだった。それに反してアリスのテンションはだだ下がりしており、何度カイトを怒鳴りつけようとしたかはわからない。黙々と食事を分析しているLDだけがアリスの心の癒しとなっていた。
いつも通りの速度で食事を取っていたアリスだが、カイトはさっさと食事を済ませてアリスを凝視している。爛々とした瞳で見てくるカイトにイライラが募るアリス。
「イカリッ! このクソガキ駄蜥蜴とLDをギルドに連れて行きなさい!」
爆発した。アリスの堪忍袋が大爆発を起こす。爆発はしたが、そこでカイトに直接ぶつけることはせず、大声でイカリに指示を出す程度に止める。アリスが声を荒げたのを見て、さすがに自分の失態に気付いたカイトは、ばつの悪そうな顔で苦笑いしている。
「後で私もギルドに行くから、イカリと二人のギルド移動登録済ませて待ってなさい」
アリスはそう言った後、目を瞑って食事を口に入れてゆっくり咀嚼する。カイトは頭をかきながらドアを開けたイカリに続いてLDと一緒に食堂を出て行く。
(あぁ、懐かしいわね。アイツっていつも新マップが追加されると、パーティーが集まるまでずっとソワソワしてたのよね)
その後自分が怒鳴るまでがワンセットだった。アリスはそんなAWO時代のことを思い出しながら小さく笑う。
「イカリには後で謝らないといけないわね。それにしても、いつまで経っても……いえ、私が歳を取りすぎたのかしらね」
――数十分後、アリスは先ほど抱いた感傷を今は見えない月までぶん投げた。
アリスは食事を終えてからモアを連れて、屋敷に併設されている冒険者ギルドまで来た。ギルドの職員にAランクの実力を求めることはできないので、一番安全な領主の屋敷に併設することで防衛策としているのだ。
アリスは冒険者のギルド間での拠点移動登録手続きを終えて、大人しく待っているだろうカイトを迎えに来たのだが……。
「アリスはあのロリボディがいいんじゃないかっ!」
「よくわかってるな、新人のあんちゃん! だがドワーフのロリ巨乳ボディも捨てがたいぞ!」
「いやぁ、俺としてはモアさんのエロパイボディが……」
カイトと冒険者AとBが意気投合して、女体談義をしていた。それを見たアリスは頭が痛くなるのを感じて、つい頭を押さえてしまう。モアは全力で蔑んだ視線を向けて、キザキザの歯をむき出しにしている。
「ほらっ、酔っ払い共! ギルドで遊んでないでさっさと仕事に行きな!」
しかも、どっかというかアンジェリスで見た事があるエルフの女性が、そいつらに檄を飛ばしている。
「イカリ、この状況は何? 説明しなさい。簡潔に、迅速に、私の頭がこれ以上痛くならないように内容を選んで」
「申し訳ございません、お嬢様。最後の条件が達成不可能でございます」
アリスはイカリの近くまで歩くと、無理な要求をするが、真面目にそれを要求しているのであって、微塵も冗談など含んでいない。
「イェレナ! あなた、どうしてここにいるのよ! あとそこの汚物共は死ね!」
アリスはどこかで見たことのあるエルフ、イェレナとカイト達に怒鳴りつけて全力で舌打ちした。アリスに気付いたカイト達は、悪戯がばれた子どものように顔を恐怖に引きつらせて口をパクパクしている。逆にイェレナはいつもの笑顔で片手を上げてアリスに近寄ってくる。
「アリス、ギルドからの通達はあったはずだけど、イカリさんから聞いてないの?」
それを聞いてイカリがアリスの身長に合わせて屈んだ後、小声でアリスにイェレナがここにいる理由を説明する。
冒険者ギルド本部で転移者の冒険者と最初に接触したギルド、アンジェリスの冒険者ギルドの人間を転移者が辿り着くであろうグリムス領に異動させることが決定した。サブマスという立場はあるが、アリスと関わりが深いイェレナがそれに選ばれた。アリスがアンジェリスを出発する頃にはもうこっちに着いていたらしい。信用できる相手だったこともあり、通信魔導具での報告に上げるほどのことではないとイカリは黙っていたらしい。
「冒険者ギルドに寄らなかった私にも非があるけど、いきなりすぎてさすがに驚くわぁ……」
アリスはアンジェリスではイェレナにあまり会いに行かなかった。最初の20日程はたまに会いに行っていたが、それ以降は転移者の冒険者関係で忙しくなったギルドに遊びにいくのも憚られた。出発の連絡だけはギルドに伝えていたが、そもそもアンジェリスにいなかったなんてことは想像もしていなかった。
「まぁ、これからよろしくってことね。アリス、いいえグリムス辺境伯様」
アリスは肩を落としながらも手を上げて軽く振ることで返事をした。後残った問題は……。
「で、そこの変態ロリコンクソ駄蜥蜴はどうして性癖暴露なんかしてたのかしら? というか、登録は済ませたんでしょうね?」
アリスは本気でキレると口調が荒くなるか、情緒不安定になるか、そうでなければ完全に無視する。そこまではいってないので、まだ挽回できる要素はあるのだろうと踏んだカイトは口を開く。
「登録はもちろん済ませたよ。LVもジョブも想定通りの結果だった。さっきの会話はその、先輩達とのコミュニケーションというか、何というか……」
ステータスというものが可視化されていないこの世界では、ギルド登録時や拠点変更時に特殊な魔導具で本人確認を行う。その際に何故かLVとジョブだけは鑑定されることになる。ただし、ジョブについてはどういった戦闘を最も得意にしているかで判定されているらしく、AWOでは魔法を使えなかったジョブでも魔法を習得している場合がある。
カイトの発言を聞いたアリスは頭を押さえて俯いた状態でため息を吐いた。
「登録を済ませたなら構わないわ……。それじゃLD、カイト……」
アリスは無理矢理表情を変えて、スカートを摘み上げて小さくお辞儀をする。
「ようこそ我がグリムス領へ。私はここを治めるアリス・ドラクレア・グリムス辺境伯。
誰かに看取られる最期がご希望なら内地へ帰ることをお勧めするわ」
グリムス辺境伯が挨拶をする。その挨拶を聞いて周りの冒険者達が口の端を吊り上げる。これはここにいる冒険者全員が経験した通過儀礼のようなものだ。アリスはこの地に来た冒険者全員にこの挨拶を必ず行う。この挨拶は『グリムス領/地獄』から抜け出す最後の糸なのだ。この糸を掴んで『グリムス領/地獄』から抜け出して元の世界に戻るか、それとも糸を振り払ってここで飽くなき闘争に身を落とすか、それを決める最後の儀式だ。
LDは表情を変えないが、カイトはそれを聞いて先ほどまで緩んでいた表情を引き締める。
「ありがとう、グリムス辺境伯。でも僕の居場所はもう決まっている。それを変えるつもりはないよ」
グリムス辺境伯はそれを聞いて小さく、だけど妖艶に笑うと再度言葉を発する。
「歓迎するわ、冒険者殿。ここは冒険者領、ここであなた達が何かを為すことを切に願っているわ」
その言葉の後、アリスは小さくため息を吐いてカイトの顔を見る。カイトはその視線を受けて優しく微笑んだ。
「何、微笑んでるのかしら、この変態ロリコン駄蜥蜴が。登録早々領主にセクハラを『為す』とかとんでもない奴がうちの領地に来たものだわ」
カイトの顔が青褪めて凍りつく。目の前には笑顔なのに目が笑っていない領主様が、剣を取り出している。
「ま、待った。今そういう話じゃなかっ……」
カイトが言葉を発すると同時に、風がカイトの横を通り過ぎる。目の前から床に何かが着地する音が聞こえる。そこにいたアリスのロングスカートはフワリと空気を含んで膨らんでおり、美しい銀糸の髪は宙を舞っている。アリスは一瞬の内に飛び上がって剣を振って、華麗に着地してみせたのだ。
「私ね、この後先に到着した冒険者に同じ挨拶をしないといけないの。それで時間があまり取れないから簡潔に聞くわね。オンナノコになりたい?」
アリスの言葉にその場にいたカイトとイカリ以外の全ての男が股間を隠す。そしてカイトは流れるような動作で……。
「申し訳ございませんでしたぁっ!」
ドゲザを行っていた。それはあまりに綺麗なドゲザだった。手は頭の横で綺麗に形作られており、足は綺麗に畳まれている。そのあまりの美しさにアリスとLD以外の全員が、一歩引いた。俗に言う『どん引き』である。
「あー、うん、わかったわ。もういいから、その土下座やめなさいよ。てか、あなたって昔からロリコンだったかしら?」
「いや、そうじゃなくて、僕としてはちょっと違うというか……」
顔を上げたカイトはアリスの質問に要領の得ない答えを返す。それを聞いたアリスは首を傾げて訝しげな表情をする。考えてもわからないと思ったのかアリスは訝しげな表情のまま踵を返す。
「私はこの後仕事があるから、あなたは適当に町でも見て回りなさい」
そう言って後ろ手で軽く手を振ると、領主の屋敷に繋がるドアへと入っていく。その後ろをモアとイカリが続く。
三人の姿が見えなくなると、LDがカイトの肩に手を置いた。カイトはLDの顔を見て小さくため息を吐いた。
「とりあえず町の把握に行きましょうか」
「うん、そうだね……」
LDの言葉に同意を示して立ち上がるカイト。二人はギルドの町側の出口に向かって歩を進めるが、LDが唐突に足を止める。
「そういえばあなたのことはてっきりホモだと思っていたのですが、ロリコンだったのですね。もしくは両刀? ですか?」
カイトのLDへ振り向くと、彼女は無表情のままカイトの顔を見つめていた。カイトは頭が痛くなるの感じながら口を開いた。
「なんでそうなるんだ……」
自業自得な部分はあるのだろうが、納得がいかないカイト。ただ偶然好きになったのが、かつて男だった頃のアリスであり、今の少女となったアリスなのだ。好きになった相手がそうだったというだけで、そういう趣味だったというわけではない、はず。
(そうだよな、僕はそういう趣味じゃなかったはずだよな? 少なくとも同僚には……)
カイトの苦悩は始まったばかりである。
――書類を片手に廊下を歩くアリスは先ほどのことを思い出していた。
(なんというか、騒がしくなりそうね……)
「あら? この書類……。もうそんな時期だったのね」
アリスは考え事の最中でありながら書類にはちゃんと目を通していた。その書類の中の一枚が目に止まった時、少し驚いた表情をした後、嬉しそうに口元を歪める。
「今年の『コレ』は騒がしくなりそうね。ふふっ、とても楽しみね……」
アリスは心なしか弾んだ様子で廊下を歩いていく。この先待っているであろう喧騒に少しの期待と不安、そして恐怖を胸に抱きながら。
――アリスの心には喜びが確かにあった。わずかな光も感じた。だけど、それでも心の奥底に眠る罪から逃れることはできない。喜びと光で覆い隠そうとしても、わずかな隙間からそれは手を伸ばしてくる。
彼女が救われる時はくるのだろうか、彼女が救いを受け入れられる時はくるのだろうか、そもそも彼女は救いを求めているのだろうか。
ただ彼女は罪を想い、償いを求め、傷つくことを恐れる。わがままで怖がりで臆病な女神様。その『少女/青年』がどこに辿り着くのか、その答えはまだ見えない。
次回から第1章 そして『俺』は『私』への1歩を踏み出した をお送りします。
酒場のおっちゃんらとのトークと言ったら女ネタが定番かなーと偏見




