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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第23章 鮮血の万軍殺し(ブラッド・ヴラド)
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第23章 鮮血の万軍殺し(ブラッド・ヴラド)8(終)

23章ラストです

ブクマありがとうございます


 ――カイトが賊達を連れて森を抜けて少しした頃にコウモリの群れが森から飛び出てきた。コウモリの群れはカイトの近くで一つに集まると、少女の形を作っていく。


「待たせたわね」


 それはアリスだった。アリスは小さく微笑んでカイトに視線を向ける。カイトは内心で初めて見たコウモリ化に感心していた。


(へぇ、コウモリ化ってこうなるのか)


 カイトはそう考えながら色々あって聞く暇のなかった、ずっと考えていた疑問を口にする。


「そういえば、さっきの戦闘で使ったスキルって何なんだい?」


 カイトと同じ疑問を抱いたのは彼だけではなく賊達もだったらしく、賊達の動きが遅くなり聞き耳を立てているのがわかる。アリスは傷が完全に塞がった自分の腕を見ながらカイトの質問に返答を行う。


「魔法と血の儀式については戦闘時に話した通りね。奏でるは終焉の夜想曲は血の儀式とモンスターの魔石、そして貯め込んだ自分の血液を使って発動する魔法ね。私の二つ名『鮮血の万軍殺しブラッド・ヴラド』の代名詞とも言えるスキルで、効果は見た通りよ」


 二つ名は特別な功績を残した人間に王国から送られる称号のようなものだ。この世界の人間の例としては、ニールがスタンピート――モンスターの大氾濫の事――での活躍から『轟槍』の二つ名を与えられている。

 カイトは二つ名云々よりも『貯め込んだ自分の血液』という言葉に反応する。


「は? どうやってあんなに大量の血液を溜め込んだんだ!?」


 アリスはそれを聞いて唐突にブラッドポーションを一つ取り出すと、それを一気に飲み干した。その行動に理解の追いつかないカイトは何も言えずにその様子を見ているだけだった。


「見てもわからないとは思うけど、吸血鬼は血を飲むと体力や怪我だけでなく血液の量も回復するのよ。あとはモンスター相手に吸血しながら血を抜き続けて、作った血液専用のアイテムボックスに貯め続けるだけよ」


 平然と言うアリスだが、カイトにはそれがどれだけ負担のかかる作業なのかまるで想像できない。そんな経験があるのは地球でもこの世界でもアリスくらいなのだから当然だろう。


「なんであなたがそんな悲痛な表情してるのよ。慣れればこれくらいは大した負担じゃないわよ」


 アリスがそう言って呆れた表情で肩を竦める。カイトはその時自分が悲痛と言われるような表情をしていることに気付かされた。そして小さく一つため息をついた。


「悲痛な表情にだってなるさ。無限献血プレイとかマニアックどころの話じゃないだろ」


 カイトがあえてふざけた風に言うと、賊達も同意するように何度も頷いている。フードの男ですら小さな声でクスクスと笑っていた。


「人のことを特殊性癖の変態野郎みたいに言わないでよ。血液は色々使うから仕方ないじゃないの」


 そう言ってアリスは拗ねたように顔を背けてしまう。カイトはそんなアリスを楽しそうな笑顔で見つめている。そうこうしているうちに日が昇り始めており、遠目に町の壁が見えていた。行きと違い、帰りは14人の賊を縛って連れているため、どうしても速度が遅くなってしまったのだ。


「ようやく町が見えてきたわね。よろしくないことに太陽のくそったれも面を見せ始めてるみたいだけど……」


 アリスは口を開きながら太陽に向けて心底嫌そうな表情を浮かべている。


「身体は重くなるし、血の儀式は使えなくなるし、ほんと面倒な太陽だわ。それに今日は随分と最悪にいい天気になりそうね」


 夜の闇が太陽の光で払われ始めた空には雲はほとんど見えず、今日一日が快晴になりそうだと予想できた。吸血鬼にとっては面倒なことでしかないのだが。

 話をしている内に日は昇り、アリス達は門の目の前まで到着していた。門の前には10人近い兵士とウィリアムに集められた転移者の冒険者20人が集まっていた。ウィリアムだけは顔を手で覆って俯いてしまったが、彼らは賊を引き連れて帰還したアリス達を見て驚いた表情を浮かべる。


「随分と豪勢な出迎えじゃない。ウィル坊がこんなに気の利く男だとは思わなかったわ」


 茶化すように言うアリスをウィリアムは指の隙間から睨み付ける。


「なんでクソババァがいんだよ……」


「あら、私に隠し事ができると考えるなんて随分と舐められたものね」


 ウィリアムの悪態を皮肉で反してアリスはさっさと賊達を兵士に引き渡すために、そちらへと足を進める。カイトと二人で状況と結果を兵士に報告しながら賊の引渡しをする。

 最後の一人、フードの男を引き渡す時、男のフードが兵士の手で外される。そこから現れたのは前髪をオールバックにして、長めの後ろ髪をうなじの辺りで縛ったエルフの男だった。


「アぁ、最後だシ名乗っテオクよ辺境伯様。俺ノ名前はオーパルだ、覚エルまデもないだロウけド、覚えテおいてクレ」


 男、オーパルの独特の喋り方でされた自己紹介を聞いたアリスが目を見開く。オーパルは用は済んだとでもいう風に兵士に連れられてさっさと門の中へと消えていく。だが、アリスはその様子を目で追うこともせずにただその場で固まってしまっていた。カイトが何度も声をかけるが、それにも反応を示すことはなかった。

 固まったままのアリスに業を煮やしたカイトが肩を揺さぶってアリスに声をかける。


「アリスどうしたんだ? あの男の名前を聞いてから急に……」


 表情を驚愕に染めたままアリスはカイトへとゆっくり振り返り、数度瞬きをする。


「何でも、ないわ。今日はもう疲れたから宿に戻るわね……」


 しかし、すぐにカイトから目を逸らして門の中へと足早に入って行ってしまった。置いていかれたカイトはその場に佇んでいた。そこにめんどくさそうな表情をしたウィリアムが近付いて話しかける。


「おい、クソババァどこ行った? つかお前、何呆けてんだよ」


 一度だけ頭をかいて先ほどあったことをウィリアムに説明するカイト。その説明を聞いてウィリアムが表情を引き締める。


「エルフの男がオーパルを名乗るか……。おい、ちょっと話するから移動するぞ」


 ウィリアムの提案にカイトはわけもわからないまま頷くと、一緒に人のいない場所に移動する。


「クソババァの驚きも仕方ねーわな。オーパルって名前には特別な意味があるんだよ」


 ウィリアムが語るのはこの世界の御伽噺とある事件の話だった。アトラクシア王国の建国王を導いたエルフの英雄『オーパル』の話。数千年前、この地にまだ王国がなくいくつもの部族がバラバラに生活していた時代。彼らにスキルや魔法を伝え、カリュガ帝国と戦った大英雄がいた。それがエルフの英雄『オーパル』である。

 長命なエルフではあるが数百年前に既に亡くなっている。それに関わる問題が40年程前にあって、それを解決したのがアリスだった。それまで断絶していたエルフとの国交が再開した理由でもあり、ウッドレア辺境伯が貴族になった理由でもある。その事件の時にアリスはオーパルの姿を知ることになったのだ。


「名前が同じあの男がそっくりだったってことなのかな……」


「さてな、そればっかりはクソババァにしかわかんねーな」


 アリスが驚いた理由をそう予想するカイトと、増えた厄介事に頭が痛くなるウィリアム。結論が出ないことを考えることをやめた二人は門の方を見つめてため息をついた。


「ところで俺はまだ報告聞いてねーんだけど、なんであのクソババァがいたんだ?」


 ウィリアムはそう言ってカイトへ視線だけを向けると、彼は苦笑いをしていた。そして何があったのかを説明をし始める。話が進むごとにウィリアムの顔が歪み、アリスが奏でるは終焉の夜想曲を使った話の辺りで両手で頭を押さえて呻り始めてしまう。


「結局こうなっちまったか……」


 カイトも助けられたばつの悪さのせいか視線をウィリアムから逸らしている。投擲された斧を受けても人型のドラゴンとも言える竜人故に死ぬとは限らないが、逃走一択になっていたのは間違いないだろう。だが、偵察に出て大怪我して帰還は格好が付かない。その可能性があったためウィリアムと目を合わせられない。


「ったく、死ぬなつっただろうが。それにしてもスキルを使いこなすエルフの大英雄と名前も顔も同じ転移者か。あんまいい予感はしねーな」


 門を睨み付けるように見るウィリアムは、これが何かの前触れでないことを祈ることしかできなかった。


 ――宿屋の一室、女神部屋でモアに抱き付いて、大粒の涙を流しながら虚ろな瞳で船を漕ぐように頭を揺らしているアリスがいた。

 アリスはオーパルのことを考えていた。かつてエルフの国で起きた事件。エルフの国のトップのほとんどが英雄殺害の罪で追放されることになった出来事だ。その時アリスは英雄『オーパル』の霊と出会っている。その事件でアリスはエメラドを護り、オーパル死亡の真実を国中に明かすことで、エルフ達の抱いていた人間への隔意を取り除くことに成功したのだ。

 その時出会ったオーパルの霊と今日出会ったオーパルは瓜二つだった。まるで本人を見ているようにも思えるほどだったのだ。


(あの男は何? 名前だけなら、容姿だけなら、偶然と言えるのにその両方、いや、それだけじゃない。スキルの熟知に探知できなかった事実……)


 この世界に来て一月かそこらとは思えないほど、この世界の理に馴染みすぎていると考えてしまう。あり得ないとわかっているのに、どうしてもあの男が実はずっとこの世界にいたのではと考えてしまう。

 考え事をしていても疲弊した精神はアリスの目蓋を重くする。次第に考えも纏まらなくなり目蓋は完全に閉じてしまう。そんなアリスをモアは優しく抱きしめて背中をさすっている。

 アリスは夢の中に沈んで行く。


 ――君は転移者なんだな。もし、もしも……の俺……


アリスは頭に浮かんだその言葉を最後まで思い出すことはなかった。今日も悪夢が彼女を夢の底へと引きずり込む。


 ――カフェのテーブルで一人の男がお茶を嗜んでいた。眼鏡をかけたありふれた男だった。女性客の多いカフェではあるが、彼があまりに普通すぎて誰も彼を気に止めない。


(ふむ、オーパルが捕まったのか。しかし、本当にあの男は何がしたいのやら……)


 どうやってか仕入れたオーパル捕縛の情報を思い出しながら男は紅茶に口を付ける。男はずっとオーパルを見ていた。オーパルがこの世界で何をしようとしているのか見届けるためだ。


(あの男がこの転移の中心なのか、それともあの男はあくまでその余波でしかなかったのか、どちらにしろAWOが世に出た地点でこの事態は決まっていたのかもしれんな)


 男の頭の中には転移についての仮説がいくつか存在した。故にオーパルを注視していたのだ。AWOを知っているから、あの男を知っているから。

 男は紅茶を飲み干して席を立つ。そして眼鏡の位置を調整して雑踏へと姿を消していく。テーブルには飲み終わったカップだけが残っていた。


と言うわけでフードの男と眼鏡の男の謎を残して23章終了です

次回24章『冒険者領へようこそ!』

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